名雪とピロと人形と
その1「早朝の風景」





夜中に金縛りにあうようになったのは、2、3日前からである。

夜、締め付けられるような感覚が体を襲う。

時には、手や足が動かなくなったりする。

とても、苦しくなる。

しかし、その締め付けられている状態が気持ちよく感じる時もある。

なんともいえない安堵感に満たされることもある。

今日も目が覚めた後、体に何かが抱きついているような感覚があった。

「何か、祟られるようなことをしたかな?」

そんな事を考えつつ、オレはベットから這い出した。





ドンドンドンドンドンッ

「名雪〜、起きろ〜、遅刻するぞ〜」

ドンドンドンドンドン

う〜ん、反応がない。

ここのところ珍しく早起きが続いていたのに、今日は起きてこない。

「な・ゆ・き!」

無反応。

「名雪、入るぞ!」

ガチャッ

「・・・・くー・・・・くー・・・」

人形を抱えながら、平和に眠り続ける名雪。

かわいい・・・

っと、今は心を鬼にして名雪を起こさねば。

「おっきろー」

びよ〜ん

名雪のホッペタを引っ張ってやる。

「・・・うにゅにゅにゅ〜・・・」

これは、オモシロイ。

「起きないともっと引っ張るぞー」

びよよよよ〜ん

「うにょ、うにゅ、うみゅ〜・・・・ひゅーいち、いひゃいよ〜」

あ、起きた。

「起きたな、名雪。」

「おは・・よ・・・・・・くー・・・」

ボカッ

「おはよう、名雪。」

「ううう・・・酷いよ、祐一」

「起ない名雪が悪い」

「昨日までは、起きてたもん」

「昨日は昨日、今日は今日。あしたの為にその1だ!」

「祐一、わけわかんないよ」

はふぅわぁぁぁぁ・・・

あくびとため息を同時に出す名雪。

「えぐり込むように打つべし!討つべし!撃つべし!」

左ジャブを名雪の抱えている人形に撃ち込む。

「わ、ダメだよ!」

ガスッ

「ぐおっ!?」

不意によろける、オレ。

「どうしたの、祐一?」

「いや、いきなり後頭部に痛みが・・・」

さすってみると、わずかにコブになっている。

「祐一、大丈夫?」

「大丈夫だ。それより名雪もさっさと起きろ。走るのは嫌だからな」

「私、走るのは好きだよ」

「オレは嫌いだ・・・」

そう言い残して、名雪の部屋を後にした。





「祐一、おはよー」

「おはようございます。祐一さん」

「秋子さん、おはようございます。なんだ、真琴、起きてたのか」

「あうー、失礼ねー。真琴は、なゆ姉ちゃんとは違って、早起きなの」

テーブルでは、すでに秋子さんと真琴が朝食を食べはじめていた。

オレも自分の席に着く。

朝食はいつもの通り、焼きたてのトースターにコーヒー。

机の上にさりげなく、オレンジ色のジャムが詰まった瓶が置いてあるのは、見なかったことにしよう。

それにしても、真琴もだいぶこの家に違和感がなくなってきた。

秋子さんの養子になってから、半年ぐらい経つだろうか?

当初は、家庭の雰囲気になれず、どことなくぎこちなかったが、今はすっかりと溶け込んでいる。

秋子さんや名雪の人柄も然る事ながら、真琴の家族になりたいという一途な気持ちが実を結んだ成果であろう。

「真琴に祐一さん。朝から喧嘩しちゃ、ダメですよ」

頬に手を置きながら、秋子さんが仲裁に入った。

昼からならば、いいのだろうか?

「お母さん、悪いのは祐一だよ!」

いつのころからか、真琴は秋子さんのことをお母さんと呼ぶようになった。

ちなみに、名雪のことは『なゆ姉ちゃん』と呼ぶ。

当初、真琴は普通に『お姉ちゃん』と呼んでいたのだが、

ある日、名雪が

「『なゆちゃん』の方がかわいいから、『なゆちゃん』って呼んで」

と、真琴にプレッシャーをかけたのである。

真琴は三日三晩悩んだ挙句に、『なゆ姉ちゃん』に妥協した。

「真琴、なんでもかんでもオレのせいにするんじゃない」

オレは、コーヒーを飲みながら反論する。

「あうー、悪いのは全部祐一だもん」

「全部って何だ!」

「この前道で転んだのも、お皿を1枚割っちゃったのも、昨日お風呂の栓をし忘れたのも、祐一が冷倉庫に隠しておいたハムをピロにあげちゃったのも、ぜ〜んぶ祐一が悪い!!」

「人が楽しみに取っておいたハムを食べ・・・・・!?」

あれ、心なしか目の前が揺れているような・・・?

「祐一さん、どうかしましたか?」

自分のパンに、オレンジ色のジャムを塗りながら、秋子さんが尋ねてくる。

「いや、ちょっと、変な浮遊感を感じて・・・・」

何だろう?

一瞬、地震かと思ったけれど、真琴と秋子さんは何も感じていないみたいだし。

まさか、あのジャムは見るだけで、人間の五感を狂わせるのだろうか?

「って、それよりも真琴!オレのハムをピロにやったな!」

「ピロが欲しがってたのよ」

「理由になってない!やっぱり悪人は真琴じゃないか!この殺村凶子め!」

「あうー、誰が殺村凶子よ!祐一が悪い、祐一が悪い、祐一が悪い、祐一が悪い・・・」

ひたすらに『祐一が悪い』を連呼する真琴。

子供だ!

「祐一が悪い〜」

眠そうな声が、廊下の方から聞こえてきた。

「あら、名雪、おはよう」

「あ、なゆ姉ちゃん、おはよう」

「お母さん、真琴ちゃん、おはよ〜」

人形を抱えながら、ダイニングに名雪が入ってきた。

「名雪、その人形はなんだ?」

「なゆ姉ちゃんも祐一が悪いと思うよね?」

同時に質問するオレと真琴。

「うん、祐一だよ」

人形を空いている椅子に座らせながら名雪が答える。

「ほら、祐一が悪いって」

鬼の首をとったような顔をする真琴。

「悪いのもお人形さんも祐一だよ」

「どうせいつもオレが悪者だよ・・・って、人形もオレとはどういう意味だ!?」

聞き間違いじゃないよな?

「このお人形は祐一なの」

もう一度言う名雪。

何ですと?あれがオレだと?

「ホントだー、この人形、祐一にそっくりー」

「失礼な!オレはこんなにヘラヘラした顔していない!」

鋭さの全くない目。

ポカンと開いた口。

見れば見るほど間の抜けた顔だ。

「祐一さんの特徴を良くとらえていますね」

秋子さんまで・・・

オレってこんなに不抜けた顔をしているのか?

「祐一、どこ行くの?」

「鏡を見てくる」

「祐一、鏡なら代わりにアレ見なよ」

ケタケタと笑いながら人形を指差す真琴。

くそ、あとで憶えてろよ。

「それにしてもよくできてるわねー」

真琴が人形の顔をさする。

ごしごしごし

その瞬間オレの顔にも誰かが撫でているような感覚が走った。

「うおおお!?」

思わず声があがる。

「どうしたの祐一?」

不思議そうな顔をする名雪。

「あはははは、変な顔」

真琴が人形の顔を左右に引っ張る。

オレの顔も勝手に左右に伸びていく。

「祐一、おかし〜。朝からにらめっこ?」

名雪が思わず吹き出す。

もしかして、あの人形・・・

思いついたことを確かめるべく、オレは人形を軽く小突いてみた。

ごんっ

頭に走る衝撃。

間違いない。

この人形に何かするとオレにも同じ事が起きるらしい。

呪いの人形!?

何故だ?名雪はオレに怨みでもあるのか?

「♪いっちごジャム〜」

幸せそうにトーストを食べる名雪。

その姿を見て確信する。

名雪がそんなことするわけない。

真琴ならありえるけど。

じゃぁ、何だろう?



「祐一さん、名雪、真琴。にぎやかなのもいいけど、もうそろそろ時間よ」

秋子さんが三人を見回しながら言った。

「あ、本当!急がなきゃ遅刻しちゃう!」

真琴は今、秋子さんの紹介で保育園で働いている。

働くといってもお手伝い程度なのだが、それでも一生懸命に頑張る真琴は保母さんの間でも評判が良い。

「ごちそうさま!えっと、カバン、カバン、カバン、カバン!」

二階に駆け上って行く真琴。

ズダンッ

「あうーっ」

階段で転んだな。

「名雪、俺達もそろそろ行くぞ」

「・・・くー・・・」

ボカッ

「痛いよ、祐一」

人形に話かける名雪。

「オレはこっちだ。」

「わっ、びっくり。祐一が二人いるよ」

「ボケはもういいから。行くぞ!」

名雪の腕を引っ張る。

「私まだ朝ご飯全部食べてないよ〜」

「諦めろ!」

そういって食卓の方を見るオレ。

つられて名雪もそちらを見る。

視線の先には、オレンジ色のジャムを塗ったくったジャムを美味しそうに頬張る秋子さん。

どうして、アレをおいしく食べれるのだろうか?

「!?」

今さらながらにジャムに気付く名雪。

はじめっから気付けよ。

「私、やっぱり、お腹一杯。もう朝ご飯はいいや」

思いっきり棒読みのセリフを発してから、立ち上がる名雪。

「お母さん、行ってきます」

名雪はそう挨拶すると、そそくさと玄関の方へ行ってしまった。

「じゃぁ、オレも行ってきます」

オレも名雪の後を追って、玄関に向かった。



「どきなさいよ、祐一!」

「オレにばかり言うな!名雪にどいてもらえ!」

「なゆ姉ちゃんはいいの!祐一がどいて!」

さすがに玄関に三人並ぶのはキツイ。

家を出て行く時間が三人ともだいだい同じなので、毎日こうである。

「ぐっ、前よりも狭くなったような気がする。真琴、太ったな!」

「失礼ね!真琴は太ったりしないわよ!」

「じゃあ、お前は名雪が太ったと言いたいんだな!」

「私、太ってなんかないもん〜」

なんとか靴紐を結び終わる。

「とう!いち抜けた!」

「えいっ!」

玄関から脱出しようとしたオレの足を真琴がつかんだ。

ゴンッ

「ぐはっ」

扉にもろに頭をぶつけるオレ。

「いっちば〜ん!」

そんなオレの横をすり抜けて、真琴が外に飛び出した。

「今日も真琴が一番!」

「ひきょうだぞ!」

続いてオレが外に出る。

「わ、待って」

最後に名雪が戸を閉めながら出てきた。

水瀬家、朝の風物詩、玄関脱出競争である。

順番も毎朝変らなかったりする。

「それじゃあ、なゆ姉ちゃん、祐一、行ってきまーす」

そう言って、真琴は保育園のある方に駆けていった。

保育園はオレ達の学校とはちょうど逆の方向にあるので、真琴とはいつも家の前で別れる。

「オレ達の時間はどうだ?」

「ギリギリ歩ける時間」

「よし、行くか」

「うん!」

オレと名雪も学校に向かって歩きだした。



「それにしても、いつのまにあんな人形を作ったんだ?」

歩きながら名雪に尋ねる。

「三日ぐらい前かな」

そういえば、オレの金縛りが始まったのもその頃だ。

「自分で作ったのか?」

「うん。そうだよ」

「そういえば、今日の朝、ふとんの中で抱いていた人形は・・・」

「あのお人形だよ。毎日抱いて寝てるんだ」

嬉しそうに言う名雪。

金縛りの原因はコイツか!

「今すぐやめろ!」

「どうして?お人形を抱きながら寝ると、よく寝れるんだよ」

「オレが安眠できない!」

「どうして祐一が寝れなくなるの?」

顔を少し傾けながら名雪が聞いてくる。

どうやら、あの人形がどんなシロモノなのかには、気付いていないらしい。

話すべきか、話さぬべきか。

「何で?」

ややこしくなるから黙ってよう。

「オレのことはどうでもいい。それより、人形がなくたって良く寝るだろ。名雪は」

「それはそうかもしれないけど・・・・」

「それに名雪にはケロピーがあるだろ」

「うーん、確かにケロピーもいるけど・・・何て言うのかなぁ。気持ちが違うんだよ」

「気持ち?」

「あのお人形の方が、祐一と一緒に寝ているような気持ちになって、安心できるんだよ」

めちゃくちゃ恥ずかしい事を言う名雪。

「それに、最近祐一と一緒に寝てないし・・・」

聞いてるだけで、顔が赤くなってゆく。

「名雪、すごく恥ずかしいこと言ってないか?」

「祐一だから、言えるんだよ」

名雪の顔もホンノリ赤くなる。

まずい!

朝から二人して顔を赤くしている場面を知り合いに見られたら、どんな誤解を受けるかわかったもんじゃない!

「よお!相沢、水瀬!」

「わっ!」

急に後ろから声をかけられる。

「わっ!ってのは何だ。朝から失礼なヤツだなぁ」

それは、北川だった。

よりによってコイツに会うとは。

しかし、コイツは鈍いから気付かないかもしれない。

「ん、どうしたんだ。二人して顔を赤くして」

ぐはっ!いきなり気付かれた!

「な、なんでもないぞ」

ますます自分の顔が赤くなるのがわかる。

「そ、そうだよ。何でもないよ」

名雪の顔も赤くなってゆく。

「さては、お前ら二人して・・・」

ニヤッと笑う北川。

くそっ!どうする!

祐一ちゃん、ピーンチ!

「二人して遅刻しそうで全力疾走してきたな!たまにはゆっくりと歩いてこいよ」

謎は全て解けたという顔をする北川。

「ああ、そうだ。走ったから、熱くて・・・」

「そ、そうなんだよね。」

二人してホッと息をつく。

コイツが鈍いヤツで助かった。

その後、オレ達三人は話をしながら学校に向かった。

結局、それ以上名雪と人形のことを話すことなく、学校に着いてしまった。



(続く)





あかり「みなさん、『名雪とピロと人形と』の第一話をお読み頂いてありがとうございました〜」

矢蘇部「うおっ!?誰だ!お前!?」

あかり「あんたが考えた、後書き用キャラ『京極 あかり』よ」

矢蘇部「そんなもん、考えたっけ?」

あかり「あんたに記憶力はないの?」

矢蘇部「すまん。オレには人の顔と名前を12時間で忘れる特技があるんだ」

あかり「ただのボケじゃない」

矢蘇部「うるさい!」

あかり「それにしても、いきなり連載増やして大丈夫なの?」

矢蘇部「うーん、どうだろう?」

あかり「どうだろうって、あんたねえ・・・」

矢蘇部「この話、もともと短編として考えたのだが、以外に長くなってしまってな」

あかり「それで、連載にしたと」

矢蘇部「もとが短編だったから、そんなに長くならないと思うぞ」

あかり「どれくらいになる予定?」

矢蘇部「たぶん、全部で5話くらいになると思うな」

あかり「じゃあ、もう話の筋書きはできているのね」

矢蘇部「・・・・」

あかり「なんでそこで無言なの!」

矢蘇部「な〜んとかな〜るさ〜」

あかり「あっ、逃げた!すみません。私が責任持って捕まえて書かせますんで。

    次回も楽しみにしていて下さい。こら、待て〜い!そこのぐ〜たら男〜!!」


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