名雪とピロと人形と
その2「昼過ぎの教室」





それは、六時間目のことであった。

六時間目は一日の最後の授業である。

六時間目が終われば楽しい放課後が待っている。

六時間目の授業は現国である。

現国の時間というのは、無性に眠くなる時間である。

オレは、先生の声を子守唄に、立て肘をつきながらウツラウツラとしていた。



うーん、眠い。

いかん、寝てはいけない。

ここで寝たら名雪と一緒になってしまう。

隣の名雪は既に寝ている。

うちの学校はクラス替えがないので、今年も名雪や香里や北川と同じクラスだ。

しかも、うちのクラスは席換えすらしなかった。

名雪を一瞥する。

「・・・・くー・・・ケロピーのラインダンス・・・・くー・・・・」

三年生になっても、相変わらず生活が変らないヤツだ。

ふあぁぁ・・・

欠伸をかみ殺す。

「このときエリスが・・・」

先生が何かを言っている。

けど、オレはもうダメだ。

よく、ここまで寝ないで頑張った。

スケさん、カクさん、もういいでしょう。

ああ、夢の中へ。

夢の中へ。

逝ってみたいと思いませんか・・・・





ピキーンッ

「はう!」

いきなり首筋にシャーペンで刺されたような痛みが走った。

思わずのけぞる。

いっきに目が覚めた。

後ろの席の北川が、オレを起こしてくれたのか?

ガンッ

今度は後頭部に、床に叩きつけられたような痛みが走る。

殴られた!?

思わず後ろを振り返る。

「なんかようか?相沢」

小声で聞いてくる北川。

この野郎、シラを通す気か。

さわっ

「!!」

今度は足の辺りを誰かが触った感触。

前を向きなおし、足の辺りを見てみるが何ともなってない。

さわさわさわさわっ

「・・・・うっ・・・・」

今度は全身をまさぐられる様な感覚。

さわさわさわさわっ

まるで、オレの形状を触って確かめているような。

さわさわさわっ

「うっ・・・くっ・・・あうっ・・・・」

くすぐったい!

あはははははは

気を抜くと大声で笑ってしまう。

何とか耐えねば。

「あはっ・・・・くぅ・・うっ!」

思わず声が洩れてしまう。

体もビクッ、ビクッと反応してしまう。

「おい、相沢。いくらなんでも授業中にナニすんのは・・・・」

ナニを言いやがる!北川!

「違う。オレはそんなことはしていない」

北川の方を振り返りながら言う。

その瞬間、今度は顔が左右に引っ張られる感覚。

「・・・・」

北川が変な顔をする。

「その顔は何の冗談だ?」

「な〜でもなひ。気にふんな」

また、正面に向き直るオレ。

この席は呪われているのか?

いや、そうじゃない。

これはたぶん、誰かがあの人形をいじくりまわしているに違いない。

いったい、誰が?

人形があるのは家。

今、家にいるのは秋子さん。

秋子さんがオレの人形を撫でまわしているのか?

他に家にいるのは・・・

真琴は・・・?

この時間なら既に帰宅している。

真琴なら人形をいじくりまわすかもしれない。

犯人はヤツだな。

謎は全て解けた!

・・・って謎が解けても何の解決にならない!

一向に収まらない体中のはがゆい感触。

くそ、このまま耐え続けるしかないのか!?





「あ、あと5分・・・」

慢性的に襲ってくる痒み、痛みに耐え続け、今やオレの精神は崩壊寸前である。

一刻も速く、原因を取り除かなければならい。

「あー、それでは最後に、この前やった漢字テストを返却する。呼ばれた者は前に取りにくるように」

前に取りにこいだと?

「相沢、阿部、石田、井上・・・・」

よりによって一番初め。

聞こえなかったふりをして、やりすごそう。

「祐一、呼ばれたよ」

いつの間にか起きた名雪が、わざわざ親切に教えてくれる。

「あ、ああ」

所詮血塗られた道、行くしかないのか。

覚悟を決めて立ち上がるオレ。

さいわい、今は小康状態だ。

素早く立ち上がり、教壇へ向かう。

自分の名前の書かれた答案をさっと受け取り、急いで席に戻る。

この間、4秒06!

だが、あと数歩で自分の席という所で、

キーンッ!

股間に鈍痛が走った。

気の棒か何かで叩かれたような痛み!

「うぐぅ!!」

思わず動きが止まる。

痛くてこれ以上動けねぇ。

人形の股間に何かぶつかったな!

それとも、誰かが意図的に攻撃したのか!

「どうしたの、祐一?」

「何でもナッシング・・・・」

「相沢君。顔、真っ青よ」

「気のせいよ、香里」

おお、なんとなく口調がオカマ調に!!

「相沢、さっきから大丈夫か?」

宇宙人でも見るような目で語りかけてくる北川。

「なんでもないって、言ってるじゃないのよーっ!」

世界最大級の痛みに耐えつつも、歩を前にすすめる。

男ならー、何のこれしき!

オレは何とか席に辿り着いた。

「祐一、やっぱり変だよ〜」

「な、名雪・・・授業が終わったら話が・・・ある・・」

今は痛みに耐えるので精一杯であった。





キーンコーンカーンコーン

「香里、さっきの漢字テストどうだった」

「私のテストなんてどうでもいいでしょ」

「ちょっと、見せて〜・・・・・わっ!また20点満点だお!」

「オレはまた零点だぜ!」

「北川君、それ自慢になんないよ〜」

「そーゆー、水瀬は何点なんだ?」

「・・・・3点・・・・・」

「水瀬だってたいして変らないじゃないか」

「私、漢字だけは苦手だから・・・」

「相沢はどうだった?」

オレは、今やっと股間の激痛が治まったところだ。

あの痛みを最後に、体の異変は終わっている。

たぶん、アレ以来、人形に誰も触れていないのだろう。

ならば、今があの人形を無事保護するチャンスである。

「相沢、聞いてるのか?」

再び問い掛けてくる北川。

しかし、今、オレにとって漢字テストなどはどうでも良い。

「名雪」

「何?祐一?」

「相沢、オレを無視するなよ」

「黙れ、北川。こっちは真剣な話なんだよ」

「真剣な話?」

小首を傾げる名雪。

「名雪・・・」

「本番をやらせてくれ!」

どげげげげしっ

とんでもないことを口にした北川のテンプルにオレのコークスクリューブローが炸裂した。

宙に舞う北川。

そのまま教室の床に叩きつけられ、動かなくなる。

「話はそれたが、名雪・・・・」

「祐一が、そう望むなら私は・・・・」

そういって、顔をポッと赤らめる名雪。

「相沢君、ここは学校よ。そういう話は家に帰ってからにしたほうがいいわよ」

ものすごーく、冷たい目でオレを見る香里。

辺りを見回すと、クラスの人間全員が、オレ達の会話に注目している。

ダメだ。ここで話をしててもしょうがない。

こうしてる間に、誰かがまたあの人形に何かをしたら・・・・

「とりあえず、詳しい話は後だ。家に帰るぞ!」

そういって、名雪の腕を引っ張る。

「わっ!今日の祐一、強引だよ。私、どうなっちゃうんだろ」

あらぬ期待に胸をときめかせている名雪。

周りの視線がますます冷たくなって行く。

「やっぱり、早く家に帰って楽しみたいんじゃないか・・・・・ぐはっ!」

倒れながらもロクなことを言わない北川に、トドメの蹴りを喰らわしつつ、オレは名雪を連れて教室を飛び出した。

後ろを振り返ると、数人のクラスメートが教室のドアからこちらを覗いている。

「明日、学校に来たら、何を言われるんだろうか?」

ああ、人生が暗くなって行く。





オレは家に帰る途中に、名雪に人形のことをかい摘んで説明した。

「すると、誰かがお人形さんを殴ったりすると、祐一も殴られたように感じちゃうんだね」

「ああ、原理はわからないが、そういうことだ」

走りながら会話をする。

「だから、一刻も速く、あの人形を保護しなければならないんだ」

オレにとっては死活問題である。

「今日の朝、人形はどこにしまったんだ?」

「食卓に座らせてそのままだと思うよ」

「じゃあきっと、帰ってきた真琴がそれを見つけてイタズラしたんだな」

「朝も祐一の人形で遊んでたもんね」

ってことは、食卓に置いたままか、真琴の部屋にあるのに違いない。



ぐらっ

いきなり目の前が揺れた。

思わず転びそうになる。

「わっ!祐一、大丈夫?」

なんとか転ばずに持ちこたえる。

「だ、大丈夫だ。少し、変な揺れを感じるだけだ」

揺れが体を襲ってくる。

「また、誰かがお人形さんに触れたんだね?」

「くそ、急ぐぞ!」

街中でさっきの様になったら、ご近所で変人扱いされてしまう。

オレと名雪は、家〜学校間のベストタイムを更新する勢いで走り抜けた。





ガチャッ

「ただいまっ」

靴を脱ぎ捨て、食卓へ急ぐ。

「ただいま〜」

後から、名雪もついて来る。

「ない!」

椅子の上には人形は見当たらなかった。

念のため、テーブルの下も確認してみる。

「やっぱり、ない」

「私、リビングの方を見てくる」

名雪がリビングに消える。

「オレは二階を見る」

オレは二階に駆け上った。

「あるとしたら、真琴の部屋か?」

オレの体には、まだ変な感覚がある。

ということは、真琴がオレの人形で遊んでいる可能性が高い。

真琴の部屋の前に立つ。

いつもは、勝手に開けると怒るのだが、今はそんなことを言ってられない。

ノックもせずに、部屋の扉を開く。

バンッ

人形で遊んでいる真琴の姿を想像したのだが、部屋には誰もいなかった。

一応、部屋の中も確認してみる。

床に散乱した漫画や雑誌。

ゴミ箱に詰まったお菓子の空袋。

開きっぱなしの窓、揺れるカーテン。

跳ね上げられたままのベットの上のフトン。

「他の部屋か!?」

真琴の部屋を飛び出し、自分の部屋と名雪の部屋もざっと見てみる。

「くそ、ない!」

どこだ。どこにあるんだ!

「ゆ〜いち〜」

階下から名雪の呼び声が聞こえてきた。

「どうした、名雪?あったのか?」

階段を駆け下りる。

「祐一、大変だよ!」

「何だ?」

「お母さんに聞いたんだけど、真琴ちゃんがね・・・」

「やっぱり、真琴か。真琴がどうしたんだ?」

「今さっき、真琴ちゃんがお人形さんを持って遊びに行っちゃったんだって」

「なにぃぃぃぃ!」

さっきから感じる揺れは、真琴が人形を小脇に抱えて歩いているからか!

「どこにいったのかわかるか?」

「天野さんの家に遊びに行ったって」

「そうか!」

グズグズしてはいられない。

オレは再び外に飛び出した。

「祐一、待って。私も行く!」

後ろから名雪も着いてきた。

オレと名雪は、今度は天野宅へ向けて駆け出した。



(続く)


あかり「みなさん『名雪とピロと人形と』第三話をお読み頂いてありがとうございました」

矢蘇部「うーん、やっぱ、連載二つはツライなぁ」

あかり「この程度でヘバルなんて、ショボイわねぇ」

矢蘇部「ほっとけ」

あかり「しかも、なんか前回より短くなってない?」

矢蘇部「ぎく!!そんなことはないぞ」

あかり「次は、もっと短くなるんじゃないでしょうね?」

矢蘇部「そうならないように、前向きに検討致します」

あかり「何、政治家みたいなことを言ってるの!」

矢蘇部「ま、なんとかなるさ〜」

あかり「はぁ。心配だわ」


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