名雪とピロと人形と
その4「夕暮れの街角」





「ピロー」

「ピロー、どこだー!」

「ピロー、肉まんあげるから出ておいでー」

ピロが失踪してから一時間はたっただろうか。





「あうー、ピロが人形を持ってっちゃった」

「どこへ行った!」

「あうー、窓から外へ出てった」

「窓だな!」

オレはいったんベランダへ出て、窓の方を見回した。

「くそ、どこだ!」

体には相変わらず、引きずられるような感覚がある。

「上か!?」

屋根を見上げる。

いた!ピロだ!

ピロは水瀬家の飼い猫である。

主に世話をしているのは真琴であり、ピロもだいたい真琴の部屋にやってくる。

名雪が酷いネコアレルギーの為、真琴の部屋以外に入らないようにしつけたのだ。

「ピロ!大人しく降りて来い!その人形を渡すんだ!」

「ピロ、降りてらっしゃい!」

真琴も窓から身を乗り出して叫ぶ。

「にゃ〜」

ピロはのどかな声を出してから、人形に顔をスリスリとこすりつけた。

「あははははははは!」

くすぐったい。

「祐一、こんな時に何笑ってるのよ!なゆ姉ちゃんの人形が持ってかれちゃってるのよ!」

そんなこといったって、くすぐったいものはしょうがない。

「祐一〜、どこにピロがいるの〜?」

下から名雪の声が聞こえた。

名雪が庭に出てきたらしい。

名雪は真琴の部屋に入っただけで、アレルギーで涙と鼻水が止まらなくなってしまうから、外の方にまわったのだろう。

「ピロは今屋根の上にいる」

「屋根の上?」

名雪も屋根を見上げる。

「あっ!」

ピロがオレの人形をくわえたまま、屋根の上を走りまわる。

ちょうど、服の襟をくわえているから良かったが、直に噛み付かれたらたまったもんじゃない。

ピョンッ

ピロは人形をくわえたまま、器用に隣の屋根に飛び移った。

ゴンッ

その際、オレの人形の頭が屋根の角に当たる。

「ぐはっ」

頭のてっぺんに猛烈な痛みがはしる。

これ以上、頭に衝撃があると馬鹿になってしまうぞ!

「祐一、ふざけてないでピロを追いなさいよ!」

「わかってる!」

オレだって自分の身の危険がかかっているのだ!

「あ、また飛んだよ〜」

ピロは屋根の上を次から次へと飛び移ってゆく。

「くそ、いったん外に出て追いかけよう」

オレは部屋の中に戻って、1階に駆け下りた。

真琴も後ろからついて来る。

外に飛び出すと、名雪が心配そうな顔で立っていた。

「名雪、ピロはどっちに行った?」

「あっちの方」

「よし。オレはピロを探しに行く」

「私も行くわよ」

真琴も玄関から出てきた。

「祐一」

「なんだ、名雪」

「私も行く!」

「名雪、お前はネコアレルギーなんだから、ここで待ってろ!」

「祐一の命がかかってるかもしれないんだよ。私一人だけじっとしてるなんてできないよ」

名雪の目は真剣だった。

「すまない。名雪」

「とりあえず、手分けして探そうよ」

「よし、オレはコッチを探す。あっちとそっちは名雪と真琴に任せた!」

「うん」

「了承だよ」

「ピロー」

「ピロー!」

オレ達三人は夕暮れの街に散っていった。





どれくらい走っただろうか?

ネコを見るたびに、その後を追いかけていってみる。

ネコの集まりそうな場所を覗いてみる。

体のあちこちに痛みがはしる。

これは多分、人形がいろんなところにぶつかっているからだろう。

「くそっ、いったいどこに行ったんだ!」

もうそろそろ、日が沈む。

夜になってしまったら、もう探し出す事はできないだろう。

「どこか、かならずピロが寄るところはないか?」

考えろ。

どこかあるはずだ。

辺りがだんだん暗くなってゆく。

ピロは夜はどこにいたっけ?

・・・・・・・

真琴の部屋だ!

いつも、このくらいの時間になると真琴の部屋に夕飯を食べに来るではないか!

「家に戻っているかもしれない!」

オレは足を家の方角に向けた。





家の前には名雪が立っていた。

「名雪」

「祐一」

暗がりの中、名雪がこちらへ振り返る。

「見つかったか?」

「ううん」

「そうか。こっちもだ」

「そう」

「もしかして家に帰って来てるんじゃないかと思って」

「私もそう思ったの。今、真琴ちゃんが部屋に様子を見に行ったところ」

そう言って、真琴の部屋の辺りを見上げる。

パッと真琴の部屋に電気がつく。

しかし、それ以上の変化は何もない。

「帰ってなかったのか・・・」

軽い絶望を憶える。

「祐一・・・」

名雪がオレの方に寄りかかってきた。

「祐一、お人形さんが見つかんなかったらどうしよう」

「そしたら、しょうがないさ」

「だって、あの人形に起こったことは、祐一にも起きるんだよ」

「そんなものは、我慢する」

「だって、お人形さんがなくなっちゃったかもしれないんだよ!」

「そうかもしれないが・・・」

「もしかしたら、祐一もいなくなっちゃうかもしれないんだよ!そんなの私、ヤダよ!」

名雪は泣いていた。

「私、ヤダよ!祐一がいなくなっちゃうなんて!」

声が嗚咽に変わる。

「私、祐一がいなくなっちゃうなんて耐えられないよ!私には祐一が必要だもん!」

オレの目の前で、慟哭する一人の女の子。

オレは名雪をそっと抱きしめた。

「祐一・・・」

「名雪、オレはどこにもいかないよ」

「でも、お人形さんが・・・」

「人形は人形、オレはオレ。現に今、名雪の前にオレはいるだろ」

腕の中でコクンと頷く名雪。

「オレは名雪の前からいなくなったりはしない」

名雪がオレの顔を見上げる。

「どんな時でもオレは名雪の側にいる。そして、ずっと抱きしめていてやる」

オレは名雪を強く抱きしめた。

「祐一・・・」

名雪はもう泣いてはいない。

「もう、大丈夫か?」

名雪に優しく問い掛ける。

「うん。けど、もう少しこのまま・・・」

「ああ」

オレはしばらくそうやって名雪を抱きしめていた・・・・・・・



「はぐわっ」

「どうしたの!?祐一!」

「ぐわたたたたたたっ!!」

首の辺りを噛み付かれたような痛みが襲う。

思わず飛び上がりそうになる。

その時、真琴の部屋から大声が聞こえてきた。

「あ〜、ピロ!こんな所に隠れて!」

「えっ!ピロ?」

名雪が真琴の部屋を見上げる。

「待ちなさいピロ!」

真琴の大声。

その瞬間、体中にはしる大激痛!

これはたぶん、ピロが直に人形に噛み付いている。

「部屋にピロが帰ってたんだ!私、行ってくる」

「まて、ネコアレルギーのお前が行ったら!」

オレが止めるのも聞かず、名雪が家の中に突入していった。

「くそっ!」

痛みを堪えてオレも後を追う。

家に入ると真琴の部屋の方から声が聞こえてきた。

「あうー、ピロ待ちなさい!」

ドドドドドドド

「にゃ〜」

ピョンッ

「ピロー!」

バンッ

「あ、なゆ姉ちゃん!」

「ピロ、大人しくそのお人形さんを・・・・・」

「大変!ピロ!逃げて!」

「にゃ?」

「・・・・・・・・ねこー、ねこー!」

「あうー、なゆ姉ちゃんが暴走したー!」

ドドドドドドドドド

「ぶにゃー!」

がりがりがりっ

「ねこー!」

「なゆ姉ちゃん!」

「にゃにゃにゃー!?」

ずがーん



「・・・・・」

事態は手遅れかもしれない。

オレは体中の痛みと格闘しつつ、真琴の部屋に向かった。



(続く)


あかり「今回、あんたには珍しく『ラブ』に挑戦したみたいね」

矢蘇部「『ラブ』ってなんだ『ラブ』って!」

あかり「呼び方なんてどうだっていいじゃない」

矢蘇部「まぁ、そうなんだが。少しでもそんな感じを読み取ってもらえれば幸いかなと」

あかり「恋愛経験どろこか恋愛感情すらないあんたにしては、ガンパッタわね」

矢蘇部「うぐぅ・・・」

あかり「けれど、最後の展開は・・・」

矢蘇部「盛り上げといて、落とす!オレのSSの基本だ!」

あかり「はぁ。あきれてものが言えない・・・」

矢蘇部「ほっとけ!」

あかり「そういえば、予定だと次で最終回だけど、終わるの?」

矢蘇部「終わる・・・・・・・たぶん・・・」

あかり「たぶん?」

矢蘇部「ま、なんとかなるさ」


戻る