名雪とピロと人形と
その5「真夜中の騒動」





痛みを堪えて真琴の部屋の前に辿りついた時、そこは日常からかけ離れた世界だった。



「ピロ!早く逃げるのよ!この窓から!」

必死にピロに呼びかける真琴。

「ぶにゃぁぁぁぁぁぁ!」

「ねこぉぉぉぉぉぉぉ!」

真琴の部屋を、縦横無尽に走りまわるピロ。

涙を流しながらピロを追い掛け回す名雪。

どっちが動物だかわかったものじゃない。

見ると、ピロはもう人形をくわえてはいない。

「どこだ?」

部屋中を見回す。

部屋の中は、ものが散乱して荒れ果てている。

もとから散らかっていたが、いまはもっと酷い有様だ。

「あっ!?」

人形は、床の上に落ちていた。

そして、走り回るピロが踏んづけ、飛び台にし、三角飛びの蹴り台にしている。

さらに、名雪が走りながら蹴飛ばしていた。

ドガゲシッ

吹っ飛ぶ人形。

「のおおおおお!」

背骨に衝撃!

ガンッ

人形が天井に当たる。

「げふっ!」

顔面を強打したようだ。

どんっ

肩に衝撃。

そのまま人形は真琴の方に転がっていった。

「ねーこ、ねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこ!」

そんなことにはお構いなしの名雪。

もはや、ピロしか見えていない。

「ピロー、早く逃げて!」

真琴が必死に叫ぶ!

「そうだ!」

真琴が人形をつかんだ。

「ピロ!ピロの好きな人形だよ!」

人形をピロに見せる。

「にゃにゃ?」

ピロが僅かに反応する。

「ほら、人形はこっちだよ!」

そう言って、窓の外から人形を投げようとする真琴。

「待てぃ!!」

オレは慌てて部屋に飛び込み、人形を押さえた。

「何すんのよ!」

「それはこっちのセリフだ!」

「この人形を外に出せば、ピロもつられて外に出るかもしれないじゃない!」

「そんなことされたらオレが死んでしまう!」

「なんで人形投げたら祐一が死ぬのよ!」

「それは・・・だぁ!説明してるヒマはない!とにかくその人形をよこせ!」

人形の頭をつかんで引っ張る。

「何するのよ!」

真琴が人形を引っ張り返した。

くきっ

人形の首が変な方向に曲がる。

「おおう!」

オレ、もう泣きそう・・・・



なんとか人形を取り返したオレは素早く真琴の部屋を脱出した。

「まずは、この人形を安全な場所に隠さねば!」

自分の部屋に行く。

「とりあえず、ここだ!」

押入れの中に人形を座らせた。

ドンッ

その瞬間、自分も勝手にその場に座る。

「もういや・・・」

押入れの扉を閉めて、再び真琴の部屋に向かう。

「次は、名雪を止めなければ・・・・」

果たしてオレに暴走した名雪を止められるだろうか?



「ぶにゃぁぁぁぁぁぁ!」

「ねこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「あうー!」

部屋の中は相変わらずの修羅場であった。

「真琴、名雪を止めるぞ!」

「無理よ!」

「オレがなんとか名雪を抑える。その間にピロを逃がすんだ!」

オレは名雪の動きに全神経を集中する。

「今だ!」

オレは名雪にタックルをした!

「ねこ!」

ジャンプ一番!名雪はオレのタックルを難なくかわす。

「させるかぁ!」

オレはすぐさま体を捻り名雪の背後から飛びかかる。

ガシッ!

着地際を狙ったため、名雪は避けることはできない!

「ねこー、ねこー!」

それでも暴れる名雪。

「くそ、凄い力だ!」

押さえつけている腕が弾かれそうになる。

「真琴、早くピロを!」

「うん!ピロ!」

真琴が窓を全開にする!

「さあ、ピロ!早く!」

「うにゃぁぁぁぁぁ!」

ピロは素早く窓から飛び出していった。

「ねこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

名雪が断末魔の叫びのようなものをあげる。

「ねこー、ねこー」

抵抗がだんだんと弱まってゆく。

「ねこー、ねこー・・・」

もう少しだ。

「ねーこー・・・・・・」

名雪の動きが止まった。

「つ、疲れた」

オレは名雪を放す。

「ねこさんが・・・・ぐしゅっ」

名残惜しそうな名雪。

「ほら、名雪。この部屋にいるとアレルギーが酷いから、部屋から出るぞ。」

「うん・・・・・・・・ねこ〜・・・」

名残惜しそうに部屋を振り返る名雪。

不憫なヤツだ。

名雪に続いてオレも部屋を出ようとしたが、真琴がオレを引き止めた。

「ちょっと祐一、待ちなさいよ!」

「何だ?真琴」

「部屋を片付けて行きなさいよ!」

「オレがか?」

「そうよ」

「待て、部屋を散らかしたのは名雪とピロだろ?」

「祐一も散らかした!」

「オレは散らかしてないぞ!それに何でオレだけ!」

「なゆ姉ちゃんはアレルギーがあるからいいの!」

「ピロは?」

「ピロの分は祐一がやる!」

「そんなのありか!」

「つべこべ言わないで片付けてよ!」

「やなこった!」

「お母さんに言いつけるわよ!」

「くっ・・・!それがどうした!」

「祐一の朝ご飯を毎日、ジャムにするように頼むわよ!」

「ひ、卑怯者ー!」

毎朝ジャムを食べさせられるのは勘弁なので、オレは仕方なく真琴の部屋を片付けるのを手伝った。





その日の夜。

コンコン

「開いてるぞ」

ガチャッ

「祐一・・・」

「名雪か。こんな時間に起きているとは珍しいな」

「お人形さんは無事だった?」

「ああ」

オレは押入れを開けて中の人形を取り出す。

「少しボロっちくなってしまったが、なんとか無事だ」

人形を名雪に渡す。

「かわいそう。洗ってあげなくちゃ」

名雪が人形の埃を払う。

「洗うのはいいのだが、その前にやる事がある」

「何?」

「どうしてこの人形に起きた事がオレにも感じられるのか調べるんだ」

「あ、そうだね」

そうしないと、安心して眠ることもできない。

「けど、どうやって調べるの?」

「うむ、そこなんだが。まず、どうやって作ったのかってところから考えようと思う」

「このお人形さんは私の手作りだよ」

そう言って、ギュッと人形を抱きしめる。

「何か、本とかを見ながら作ったのか?」

そこにヒントがあるかもしれない。

「うん。お母さんの部屋にあった本を見ながら作ったんだよ」

「どんな本だ?」

「部屋にあるから持ってくるよ」

名雪は人形をベットの上に座らせてから、自分の部屋へ本を取りに行った。





「持ってきたよ」

名雪が持ってきた本は、分厚くて古臭いものだった。

「この本の中に、いろんなお人形さんの作り方がたくさん載ってたから、黙ってもってきちゃったんだ」

そういって、本をオレに手渡す。

表紙には、

『日本巫術・呪詛大全』

とあった。

「名雪、この本・・・・」

「何の本かは、よくわからないんだけど、かわいいお人形さんの作り方が載ってたんだよ」

ページをめくってみる。

呪いの人形。

踊る人形。

反魂の術。

人身御供。

埴輪。

土偶。

陰陽術。

方術。

原始風水板。

巨○兵の製作法。

天空の城と青い石の関係。

石仮面の使い方と注意点。

三○眼がニンゲンになる方法。

何か、不吉なものばかりなのは気のせいだろうか?

「それでね、確か『しあわせの人形』ってのがあったから、それを作ってみたの」

「幸せの人形?」

巻末の索引で調べてみる。

「ないぞ」

「もしかしたら、違う名前だったかもしれない」

「違う名前?」

何だろ。

幸運の人形?

幸せを呼ぶ人形?

縁起の良くなる人形?

ひととおり調べてみたが、どれもない。

「やっぱりないぞ」

パタンッと本を閉じる。

「私、作り方は憶えてるよ」

「どうやって作ったんだ?」

「えっと、始めの方は、普通のお人形さんの作り方と同じ」

「普通と同じ?」

「うん。作りながらその人の事を思うと、より効果があるって」

ここまでは、普通だ。

「あ、そうだ。中に祐一の髪の毛も入れたよ」

髪の毛を入れる?

「それで、全部できてから・・・お人形さんにお札を貼るの」

「お札?」

なんか、あやしくなってきた。

「そう。祐一がシアワセになるようにって書いて、それを貼るの」

これってワラ人形の作り方に似てないか?

「今も貼ってあるのか?」

「たぶん。貼ったままだと思うよ」

オレは人形を自分の方へ引き寄せる。

「お札を貼る時間も決まってて、確か夜中の2時半頃だったと思うよ」

それは、いわゆる丑三つ時ではないか。

これで五寸釘を打ち込めば丑の刻参りだ。

「よく、そんな時間に起きていられたな」

「祐一のためだもん」

そういって、少し頬を赤らめる名雪。

オレは人形の背中を見てみる。

「どこにもお札なんて貼ってないぞ」

「お人形の体に直接貼ってあるんだよ」

オレは人形の上着を脱がしてみた。

すると、そこには一枚のお札が貼ってあった。

「こ、これは・・・」

お札には赤い文字が記されている。

「名雪・・・」

「何?」

「今日の、漢字テスト何点だった?」

「3点だよ」

「3点か・・・・」

「私、漢字は苦手なんだよ」

そう。確かに名雪は漢字が苦手であった。

「それが何か関係あるの?」

名雪が小首を傾げる。

オレは机の上からメモ用紙と鉛筆を持って来た。

メモ用紙に漢字を書く。

「名雪、この字を読んでみろ」

メモを名雪に渡す。

「これくらいなら、私にも読めるよ」

「いいから読んでみろ」

これですべてがわかる。

「わざわい」

名雪はそう発音した。

「じゃぁ、これは?」

もう一文字、メモに漢字を書き記す。

「さいわい」

今度はこう発音する。

「名雪。それは、『わざわい』と読むんだ!」

オレが後からメモに書いた漢字は『幸い』である。

そして、最初に書いた文字は『災い』であった。

「『わざわい』でいいんでしょ」

「違う、『わざわい』はこっちだ!」

オレはメモの『災い』の文字を指す。

「え?こっちが『わざわい』?ならそっちが・・・」

「『さいわい』だ。」

オレは『幸い』の文字を指しながら言った。

「もしかして、私、読み方逆だったの?」

「そうらしいな」

名雪は、今まで『幸い』を『わざわい』、

『災い』を『さいわい』と読んでいたらしい。

「名雪、『さいわい』と『わざわい』の意味はわかってるのか?」

念の為に聞いてみる。

「『さいわい』が幸せって意味で、『わざわい』が不幸って意味だよね」

「ああ。意味はあってるな」

「それなら・・・・」

名雪が人形の背中のお札を見る。

「それなら、私が書いた『祐一に災いあれ』ってのは・・・・」

「オレに『不幸になれ』ってことだ!」

「わっ!びっくり!」

そう。

お札には、

『祐一に災いあれ』

と赤字で記してあったのだ。



「これを剥がせば!」

オレは人形から札を剥がす。

「良し。これでオッケー」

お札をゴミ箱に投げ捨てた。

念のため人形を突付いてみる。

つんつんつん

「何も感じない」

喜びが込み上げる。

そう。全ては終わったのだ。 「祐一、ゴメンね・・・・」

「何が?」

「私が漢字を間違えたから・・・」

名雪がとてもすまなそうな顔をする。

「気にしてないよ」

「でも・・・」

「気にするなって。」

そういって、オレは名雪を抱きしめる。

「あれは、あれで結構楽しかったさ」

それ以上に辛くもあったが、そんな事は忘れた。

「それに、名雪がどんなにオレの事を思ってくれていたのかもわかったしな」

改めて、名雪の愛しさを痛感した。

「今日は、ありがとうな」

それはオレの素直な気持ちだった。



「けど、私にも責任があるよ」

「それは、もういいって」

「だから、これは私からのお詫びだよ・・・・」

名雪の顔が目の前一杯に迫ってくる。

二人の目と目とが会う。

オレ達はどちらともなく目を閉じた。

「ん・・・」

静かな夜の部屋、二人はいつまでも口付けを交わす。

「・・・・」

「・・・・」

ぷっつん

オレの中で何かが弾けた。

「名雪!」

「きゃっ!」

オレは名雪をベットに押し倒す。

「オレからのお返しだ!久しぶりだから、ガンガンゆくぞ!」

オレは名雪に飛びかかる。

「愛いヤツじゃ!愛いヤツじゃ!」

「わ!わっ!わっ!!」

少しだけ抵抗する名雪。

しかし、そこから拒否の意思は感じられない。

「さっきまでの真面目な展開は?」

「愛の前に消滅した!!」

「そんなのメチャクチャだよ」

「メチャクチャでも構わない!な〜ゆき〜!!」

「あ〜れ〜!」

・・・・・・・

・・・・・

・・・





   *   *   *



『日本巫術・呪詛大全』P42

第参章「人形」



その1 簡単にできる『災いを呼ぶ人形』



手順1

 まず人形を用意します。

(人形の作り方は、P72を参照。)

 古来はワラ人形を使用していましたが、普通の人形でも充分効果があります。

 人形はなるべく手作りの物をお勧めします。

 災いをかけたい相手に似せて、中にその人の髪の毛を入れ、また、作るときにその人の事を思い浮かべますと、より効果が期待できます。



手順2

 人形が完成しましたら、お札を用意します。

 お札は、49ページの『災いの札』を参照下さい。

 午前2時半頃にお札を人形の胴体部分に貼って下さい。

 以上で完成です。



 人形の詳しい使い方は、別冊『方法でみる呪術』をご覧下さい。



注意事項

 ● お札は剥がしても効力が持続します。

   必ず、100ページの『浄化』を参照し、焼却処分して下さい。

   以上を守らず、お札が他の者に付着した場合、

   その付着した物を依代(よりしろ)として、呪が存続する怖れがあります。



   *   *   *



『日本巫術・呪詛大全』P222

第弐拾弐章「呪いと動物」



その2 猫



 猫も、犬と同様呪力を感じることができる。

 しかし、犬と違い、呪を嫌悪するのではなく、呪を好む傾向がある。

 呪術中に呪符・依代を猫に持って行かれることもあるので注意されたし。

 猫は死臭にも敏感であり、妖怪猫又としても・・・・(以下略)



   *   *   *



「名雪!」

オレは二階の廊下で名雪に声をかけた。

「どうしたの?祐一」

「オレ、昨日、お札どこにやったっけ?」

「祐一がゴミ箱に放って・・・」

「それがゴミ箱の中にないんだ!」

「けど、入らなくって、落っこちたよ」

「そうか、中に入らなかったのか!」

「お札がどうがしたの?」

「この本を読んでみろ!」

オレは『日本巫術・呪詛大全』のページを開いて名雪に渡す。

「えっと・・・・」

ページに食い入る名雪。

オレは廊下から、自分の部屋に戻り、ゴミ箱の周りに注意を向ける。

「!?」

何かが動いた。

バッ!

「ピロ!」

ゴミ箱の陰からピロが飛び出してきた。

ピロはオレの横をすり抜け、オレの部屋の出口に向かう。

その口元には、例のお札がくわえられている。

「ピロ!その札を返せ!」

オレの言葉など無視して部屋から飛び出すピロ。

「わっ!ピロ・・・・・・・ねこおぉぉぉぉお!」

まずい、名雪が暴走した!

真琴の部屋へ逃げてゆくピロ。

追う、名雪。

「あ、ピロ。何くわえてるの?」

「ねこおぉぉぉぉぉぉ!」

「あうー、なゆ姉ちゃんが暴走してる!!」

「ぶにゃにゃにゃにゃー!!」

「あうー!!!!!」





結局、今日も1日、ピロを追いかけ続けた。

無事お札を取り戻し、『浄化』できたのは、真夜中になってからである。



(完)




あかり「ねぇ。『日本巫術・呪詛大全』って何?」

矢蘇部「それはオレが考えた出鱈目だ。だから、本気にしないでほしいぞ」

あかり「あと、『幸い』と『災い』を読み間違える人なんて・・・」

矢蘇部「実際にいるぞ」

あかり「みたことあるの?」

矢蘇部「高校の時のオレ」

あかり「・・・・・・」

矢蘇部「何で無言なんだよ?」

あかり「呆れてモノも言えない・・・」

矢蘇部「どうだ、まいったか!」

あかり「まいったわよ!」

矢蘇部「何はともかく、これで『名雪とピロと人形と』は完結!!」

あかり「読んでくださった方々、本当にありがとうございました〜」

矢蘇部「さて、次のSSを書き始めようかな?」

あかり「ネタはあるの?」

矢蘇部「まぁ、な〜んとかな〜るさ〜」


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