Beyond the Time


track 6 「一途な恋」




 バンッ!

 凄まじい勢いで中庭に続く鉄の扉が開かれる。

 そこから一人の女性が、男二人を引きずりながら飛び出してきた。

 「あなたぁぁぁぁ!」

 中庭に出た途端、女性―――春奈が大声で叫ぶ。

 作業を一時中断し一息ついていた高志は、その声を聴いた瞬間、飲んでいた紅茶の缶を落としそになった。



 「あ、やっと来たわ」

 香里が春奈の姿を見つけていった。

 「どうして私たちより先に学食を出た春奈さんの方が、私たちよりここに来るのが遅いんですかね?」

 栞が傍らにいた美汐に尋ねる。

 「たぶん、中庭がどこにあるのかわからなかったからじゃないですか」

 美汐が走りくる春奈を見ながらそう答えた。



 「どうしたの高志さん。顔色が悪いよ」

 「手も震えてるよ」

 ここに着いてから先程まで、高志と談話していた真琴とあゆが尋ねる。

 しかし高志の耳にその二人の声は届いてなかった。

 ただ冷汗を流しながら、じっと手に持った紅茶の缶を見つめている。

 その生まれたての子馬のような高志の前に、世界を滅ぼしに来た破壊神のような波動を醸し出す春奈が立ちはだかった。

 「は、春奈……」

 「あ〜な〜た〜。ここで何をしてるの〜」

 春奈の圧力に押され、高志が二歩三歩後ずさる。

 そのとき、高志が一瞬背後に目をやった。

 春奈はそれを見逃さない。

 「むっ……、そこに何かあるのねっ!」

 春奈が体を横に傾けて高志の背後を睨む。

 そこには、一本の古木がたっていた。

 そこは、祐一たちがいつも昼食を採っているあの場所であった。



 「何やってるんだ?名雪。それに舞」

 今まで春奈に引き引きずられていた祐一が、春奈から手を離していった。

 「相沢、俺には穴を掘っているように見えるぞ」

 同じように春奈に引きずられていた北川がいう。

 木の下には名雪と舞がいた。

 二人はシャベルを使って古木の根元を掘り返している。

 祐一は高志の方にも目をやってみる。

 高志の傍らには泥だらけのシャベルが置かれていたし、靴やズボンにもところどころ土が付着していた。

 「親父。そこを掘っていたのか?」

 祐一が、未だに穴を掘りつづけている二人を指差しながらいう。

 「う……、いやぁ、まぁ、そうだ……」

 高志がバツが悪そうに頷いた。

 それを見た春奈が眉をひそめる。

 「あなた、さては―――」

 春奈が木の根元にぽっかりとあいた穴に目をやる。

 それから視線を高志の方へと戻し、両手で高志の襟首を掴んで激しく捲くし立てた。

 「さては、人を殺したわね!」

 「殺人……」

 「この街に愛人を囲っていたけど、邪魔になったから殺したんだわ!」

 「不貞な行為……」

 「まず、運び易いように死体をばらばらにして―――」

 「死体損壊……」

 「ここに穴を掘って、そのバラバラ死体を埋める気ね!なんて鬼のような人っ!」

 「変死者密葬……、いや、死体遺棄ね」

 「ちょっと待て!春奈!飛躍しすぎだ!それからそこの君!後ろからぼそぼそっというのやめてくれ!」

 いわれた香里が高志から視線を逸らす。

 「こうなったら、あなたを殺して私は独りで強く生きてやるぅぅぅぅ!」

 春奈は相変わらず暴走していた。

 「落ち着けよ、春奈。俺が女性を殺すような男か!」

 高志が必死に訴える。

 「あなたが女を殺すかですって!…………そうね。あなたは女性の為に男を殺すことはできても、女性を傷つけることは決してできないような人だったわね」

 春奈が少し落ち着く。

 「そうだ、春奈。俺は全世界の女性の味方なんだ」

 そういって高志が春奈の手を取る。

 「あなた……」

 春奈は高志の手をきゅっと握り締めたあと、高志の顔を真っ直ぐに見つめながらいった。

 「じゃあ、なんで穴なんか掘ってるの?」

 春奈の問いに、高志の動きがぴたっと止まる。

 「何?私に言えない理由があるの?」

 春奈がジト目で高志を睨む。

 それでも高志は答えない。

 気まずい沈黙。

 それをうち破ったのは、穴を掘っていた名雪と舞であった。



 「たっちゃん―――」

 舞が高志に呼びかけた。

 「これが出てきた」

 そういって舞が手に持っていたものを高志の方へ差し出す。

 それは、クッキーか何かが入っていた思われる、大きなアルミ製の缶であった。

 その缶を見た途端、高志の顔がぱぁっと明るくなった。

 「ねぇ、高志さん。これでい〜の〜?」

 名雪がシャベルを地面にざくっとつき立てながら訊く。

 「そうだ!これだ!これなんだよ!ありがとう、舞ちゃん。それに、名雪ちゃん、佐祐理ちゃん―――」

 高志が満面の笑みを浮かべながら、そのアルミ缶を受け取ろうとする。

 それを春奈が横からひったくった。

 「あっ!」

 「何よこれ」

 春奈がアルミ缶の蓋を開けようとする。

 「わっ!ダメだ!開けるな!」

 高志が必死になって蓋を押さえる。

 「ちょっと、何よ!何が入ってるのよ!私に見られたくないものでも入ってるの!」

 「ち、違う!別にそんなものが入っているわけではなく……。そ、そうだ!この中には悪霊が入ってるんだ!18年前に俺が封印した奴だ!だから開けちゃいけないんだ!」

 「またそうやって嘘をつく!」

 「嘘じゃない!俺を信じろ!」

 高志が春奈の両肩に手をおき、その目を真剣な眼差しで見つめた。

 「あなた……」

 「春奈……」

 「あなたはね、嘘をつくとき鼻の頭に青筋が浮き出るのよ」

 「なにぃっ!」

 高志が慌てて鼻頭を触る。

 「ほ、ほんとか、春奈!?」

 「嘘よ。けど、マヌケは見つかったようね」

 「はっ!」

 その場にいた人間が、一斉に高志を見つめた。

 「くっくっくっ……、おたく渋いね〜。全くもって渋いよ〜」

 高志が薄気味悪い笑いを浮かべる。

 その横で、春奈は高志にかまうことなくアルミ缶の蓋を開けた。

 缶の中には、折りたたまれた紙が一杯入っていた。

 「何よこれ?」

 春奈がその中の一枚を取り出そうとする。

 「み、見るな!」

 それを高志が慌てて止めようとした。

 高志の手が春奈に延びる。

 しかし焦っていた為であろうか、高志の手は春奈の手ではなく、春奈がもう片方の手で持っていたアルミ缶に当たった。

 その衝撃でアルミ缶が春奈の手から離れる。

 がちゃん

 蓋の開いたままの缶は地面に墜落し、その口から大量の紙束を吐き出した。

 「わぁぁぁぁぁ!!」

 高志が慌てて紙を拾い集める。

 その場にいた人間はみな、何となくばら撒かれた紙を拾いあげた。

 「手紙?」

 手にした紙を見ながら香里が呟く。

 「ラブレターみたいですねー」

 佐祐理があははーといった。

 「可愛らしい封筒です」

 美汐が古びた封筒を見ながらいう。

 「見てください。ハートマークのシールですよ。ドラマみたいですね」

 そういって栞が目をキラキラさせた。

 「うぐぅ、見て。宛名に相沢高志って書いてあるよ」

 「あうー。差出人は深沢春奈って書いてあるわ」

 あゆと真琴が高志と春奈を交互に見る。

 春奈は手にした一通の手紙をじっと見つめていた。

 「これって―――」

 春奈がゆっくりと手紙を開く。

 「私が高志さんに―――高校を卒業して、東京の大学に行ってしまったあなたに送り続けてた手紙じゃない」

 懐かしいわねといって春奈がその胸に手紙を抱く。

 高志はその様子をしばし見つめたあと、観念したように語りだした。

 「そうだ。その手紙は―――ここに埋めてあった手紙は、あのとき春奈が俺に送ってくれた手紙だ」

 高志が片手を首の後ろにおく。

 「18年前、久しぶりに故郷に帰って来たことと、新たなる門出への記念として、ここにこっそり埋めておいたんだ。ま、いわゆるタイムカプセルって奴だな」

 そういって高志は中庭に立つ古木に目をやった。

 「ここに帰ってくる度に無事かどうか確認してたんだけど、今回来てみたら、埋めた場所に学校が建っちまってるじゃないか。だから慌てて掘り出したんだ。まぁ、13年ぶりじゃあ、学校が建ってても仕方ないか」

 「18年前に埋めた……。そのときって―――」

 春奈が高志の方に歩み寄る。

 「ああ。あの日だ。俺たちの結婚式だ」

 高志が少し照れながらいった。

 「それに、あの木。どこか見覚えがある。ここはもしかして―――」





 ―――20年前。

 大学の研究が忙しい中。

 男は、無理いってその日一日だけ休暇をもらい、飛ぶようにしてこの街に帰って来た。

 街に着くなり彼女と連絡をとり、彼女をそこに呼び出したときには、日は既に傾き始めていた。

 沈み行く太陽は、辺りを黄金色に染めていた。

 その草原で、二人は久々の再会を心から楽しんだ。

 草原には、一本の木が立っていた。

 二人はその木の下に仲良く腰を下ろした。

 渡すものがあると男がいった。

 なに?と女が尋ねる。

 男は懐からそれを取り出し、彼女の腕をとって、それを彼女の指にはめた。

 嬉しい―――女の声は震えていた。

 バイトして買ったんだ。それで―――男が女の顔を見つめる。

 今はこれが精一杯だけど、あと2年したら、俺が大学を出たら結婚しよう。

 男は少し照れながらも、力強くそういった。

 女は何もいわずに男の胸に身を任せた。

 男はそんな女を抱きしめる。

 そして優しい声で女の耳元に囁いた。

 春奈。誕生日おめでとう―――

 その日は女の誕生日であった。





 春奈の心の奥底から、懐かしい思い出がふわっと浮かび上がってきた。

 それは柔らかくて、暖かくて、とても甘い思い出だった。

 「高志……」

 高志の名を呼ぶ春奈の瞳は、少し潤んでいる。

 「それならそうといってくれればよかったのに。なのに、あなた一人で出て行っちゃって、おまけに私の顔を見る度に逃げまわって……」

 春奈が少し恨めしそうに高志を見上げる。

 「それは……、恥ずかしかったからに決まってるだろ………」

 顔を赤らめる高志に向かって、春奈は一言バカといった。





 「本当に馬鹿だよ……」

 祐一が、人前で見つめ合う両親を見ながらいった。

 「さんざん引っ張りまわされてさ。こっちはいい迷惑だ。なぁ、みんな」

 祐一がみなに同意を求める。

 「本当ね。私たちは何だったんでしょうね」

 香里がため息をつく。

 「けど、幸せそう……」

 真琴がぽつりといった。

 その言葉に舞がこくんと頷く。

 隣では佐祐理が、佐祐理もあんな恋をしてみたいですと小さくいった。

 「一途な恋。もう迷わない―――」

 「栞さん。なんですか?それ」

 「私の好きなドラマのセリフです。『くちづけを交わさなくても、きらめきも、ときめきも、揺れながら追いかけてゆく』。だって今の祐一さんの母さんとお父さん。まるで―――」

 「ドラマみたいですから」

 決め台詞をあゆにいわれてしまった栞が、そんなこという人は嫌いですと頬を膨れさせた。









 「春奈さん、すごく機嫌がいいみたい」

 リビングをのぞきながら真琴がいった。

 「お母さんも」

 その隣で中を窺がっていた名雪がいう。

 「秋子さんも母さんと会うのは久しぶりだからな。それにしても、母さん。まだあの手紙を見てるよ」

 祐一が、半ば呆れながらそう呟いた。

 リビングでは、春奈、秋子、高志の三人がソファーに座りながら談笑していた。

 その楽しそうな様子を見ていると、祐一たちもどこか幸せな気分になってくる。

 「ねぇ、祐一。春奈さんと高志さんはいつまでいられるの?」

 「明後日までだ。日曜の五時頃にここを出るらしい」

 「じゃあ、明日は一日中いるんだね」

 「まぁ、そういうことになるんだな」

 「ふふふ……」

 「な、なんだ名雪。気色悪い笑いをしやがって……」

 「祐一。明日はちゃ〜んと親孝行するんだよ」

 「な、なんであんなアホ親に。俺はうるさいのが来て迷惑してるんだ。それなのに、さらにあのバカ親の相手をしろと?」

 祐一がやってらんねーぜというポーズをとる。

 「けど祐一。お母さんたちが来てからずっと嬉しそうよ。ね、なゆ姉ちゃん」

 「うん。真琴のいうとおりだよ」

 二人にいわれ、祐一はそんなことないぞといって、そっぽを向いた。

 その様子があまりにもおかしかったので、名雪と真琴は顔を見合わせて笑った。



 「いや〜、まさかあそこに学校が建ってるとは思わなかったよ。しかもそこに名雪ちゃんと祐一が通ってるとは」

 高志がしみじみといった。

 「けど、手紙を埋めておくなんて、とっても高志さんらしいですね」

 秋子が微笑みながらいう。

 「この人、大切なものをやたらに埋める、犬みたいな人だから」

 テーブルの上には、掘り起こされた手紙が置かれていた。

 「犬みたいとは失礼な。知らないのか、昔から大切なものは家の軒下に埋めるんだ。畳の下から小判入りの壺が出てきたって話とかよくあるだろ」

 「小判じゃなくて、手紙よ」

 「俺にとっては小判以上だ」

 「あらあら、ごちそうさま」

 秋子がくすっと笑う。

 「あなたなりに、大事にしていてくれたんだ」

 「そりゃあ、まあな……」

 「あなた………」

 春奈は高志をじっと見つめたあと、ゆっくりと目を閉じる。

 そしてテーブルの上から手紙を一通拾い上げた。

 「まだ見てるのか?いい加減にしまおうぜ」

 「嫌よ。せっかくだからもう少し見てたいわ。それに、あたなに訊きたいこともあるし?」

 「訊きたいこと?なんだい?」

 「それはね―――」

 春奈は、天使のように微笑ながら高志にいった。

 「美凪って誰?」

 「―――!?」

 一瞬、高志の息が止まった。

 「観鈴って誰?佳乃って誰?」

 春奈は、相変わらず穏やかな笑顔を浮かべている。

 だから余計に高志は恐怖を感じた。

 「あ、そうだ。忘れてたわ。まだ食器を洗ってなかったわね。すぐに洗わなくっちゃ」

 危険を察知した秋子は、そういって席をはずした。

 あとには、微笑む春奈と青ざめる高志だけが残されている……。

 「瑞佳って誰?茜って誰?みさきって誰?澪って誰?繭って誰?留美って誰?」

 「か、彼女たちは大学のゼミの仲間だった人で、一緒に学術的向上を目差し、来る日も来る日も研究に没頭していた日本の宇宙を背負い立つ……」

 「ずいぶんもてたのね」

 「お、俺にはやましいことなど何一つもなく、べ、別にデートのお誘いを断ったりしたら、彼女たちに失礼だと思って……」

 「へ〜、デートまでしてたんだ」

 「ぐはぁっ!しまったっ!」

 「こっちはラブレターかしら」

 「ぐはぁ!その手の手紙は、あのとき真っ先に拾い集めて全部回収したはずだったのに!」

 「地面に散らばったとき、私が見たことない封筒があったから、あなたに気付かれないよう拾っといたのよ。それにね、祐一のお友達が私に渡してくれた中にも何通かあったかわ」

 「う、迂闊っ!」

 「こ〜んな手紙まで大事に取っておいたのね。私のと一緒に。どうりで一人でこっそりと掘り起こそうとするわけよね〜」

 「ち、違うぞ!それだけが理由じゃなくて、恥ずかしかったってのも本当なんだ!いや、だって、ほら……」

 「私が一途にあなたのことだけを思って過ごしていた時期、東京で何をしていたぁぁぁぁぁぁ!」

 「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!すいませぇぇぇぇぇぇんっ!ごめんなさぁぁぁぁぁいぃぃぃぃ!」

 「ごめんで済んだら、警察はいらんわぁぁぁぁぁっ!」

 「堪忍やぁぁぁ!仕方がなかったんやぁぁぁぁぁ!」

 「許させないっ!大砲で月に撃ち込んでやるぅぅぅぅ!」

 「ジュール・ヴェルヌ作ぅぅぅぅ!地球から月へぇぇぇぇぇっ!!」

 その夜、水瀬家から怒声と悲鳴が絶える事はなかったらしい。





 (完)




 矢蘇部「ちわっす。矢蘇部っす」

 あかり「京極あかりで〜す。最後まで読んでくれたみなさん。ありがとうございます」

 矢蘇部「さて、今回のSSのテーマですが―――」

 あかり「重力ターン方式?」

 矢蘇部「そう!日本の誇れる宇宙技術!

     全段固定燃料ロケットを衛星軌道にのせることのできる―――

     って、ちがぁぁぁぁぁぁうっ!!」

 あかり「冗談よ。本当はTMNでしょ」

 矢蘇部「う、うおっ!な、何故わかったぁぁ?」

 あかり「タイトル見りゃぁ一発よ。おまけに本文中にも出てくるし……」

 矢蘇部「その通りなんだな。ほんと『TMNでいこう』ってだけで書き始めたし」

 あかり「それでBeyond the Time……」

 矢蘇部「本来はTIME CAPSULEって題名だったんだ。

     けど、それだとオチがばれるから、急遽Beyond the Timeに。

     まぁ、愛は時もメビウスの宇宙も越えるってことで」

 あかり「1話目がいきなり金曜日のライオンってのも凄いわね……」

 矢蘇部「一応全部TIME CAPSULEから出したんだぞ。

     4話なんて、当初は1/2の助走だったんだから」

 あかり「ふーん。それにしてもその辺りのネタってさあ。

     TMNわからない人にはチンプンカンプンなんじゃん」

 矢蘇部「いいんだ。俺は俺好みのネタで行く!」

 あかり「マイナー人間が……」


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