バレンタイン・ウォー
(2月14日)




 2月14日。

 バレンタインデー。

 祐一と名雪が学校に向かって必死に走っている。

 「ヤバイ!!約束の時間に間に合わない!!名雪のせいだぞ」

 「祐一が悪いんだもん。何の説明もせずに、いきなり朝早くに起きろーって言ったって無理だよ」

 「いや、名雪なら、昨日の会議を寝たままでも聞くことができるだろうと思って」

 「いくら私でも、そんなに器用じゃないよ!」

 不毛な言い争いをしながら、学校への道を駆ける二人。

 両足ドリフトをしながら、コーナーを攻める。

 やがて、見慣れた学校が視界に入ってきた。





 学校の前には既に人だかりができていた。

 「遅かったか?」

 「そうでもないわよ」

 人込みの中から、香里が声をかけてきた。

 祐一と名雪と香里が一通り挨拶を交わす。

 「確かに、相沢君と名雪は遅刻だけど、それも5分くらいだわ。学校が始まるまでは、まだ一時間はあるのよ」

 祐一は、名雪に時間を聞く。

 確かに、まだ普通の生徒が登校してくるには、早すぎる時間だった。

 「女の子達の恋心を甘く見すぎたわね」

 香里があたりを見渡す。

 祐一も一緒に首を巡らす。

 たくさんの女の子達が、それぞれ手に包みを持って校門の前に佇んでいた。

 「みんな、朝早くに来て、そっと下駄箱や机の中にチョコを入れようとしたんだね」

 名雪が女の子らしい意見を述べた。

 「けど、なんで、みんなここで止まってるんだ」

 祐一が疑問を示す。

 「理由はあれよ」

 香里の目が、校門の両脇を見た。

 祐一もそちらを見る。

 校門には、変な男が二人、まるで門番のように立っていた。

 その腕には『生徒会・独り身部隊』と書かれた腕章がある。

 「あれって、もしかして生徒会の・・・」

 「もしかしなくてもそうよ。生徒会の連中は、私達の中で一番早くに来た天野さんよりも先に、学校に終結していたらしいわ」

 香里は、祐一と名雪に「ついてきて」と言って歩き始めた。

 祐一と名雪はその後に従う。

 女の子達の中をかきわけて、校門の脇に出ると、そこには昨日の会議の面子、『生徒にバレンタインを』のメンバーが揃っていた。

 祐一と名雪はみなと挨拶を交わす。

 「それで、あの二人は何なんだ?」

 「関所です」

 祐一の問に、佐祐理さんが簡潔に答えた。

 「あの二人は、三年の、『らんす・ぎーれん』さんと『にい・ぎーれん』さんです。あそこで、チョコ発見器を使って、チョコが校内に入らないように見張っているのです」

 「チョコ発見器?」

 「はい。何でも、この日の為に、久瀬重工でわざわざ開発したとか・・・」

 これだけの為にそんなものを開発させるとは―――アホだ!

 「それじゃあ、話し合いは・・・」

 「話し合いなんかできる状態では、ありませんよ」

 栞が意気込んだ。

 「向こうはもう宣戦布告をしているんです。だから、私達も戦うべきです」

 「そうね」

 香里が栞の意見に賛同をしながら、手にカイザーナックルを嵌める。

 「女の子の清楚な気持ちを踏みにじるような行為を許す事ほど酷なことはないでしょう」

 天野もどこから持ってきたのか、日本刀を手にしていた。

 「ちょっと待て、みんな物騒じゃないか?」

 祐一が皆を止めようとした時、

 校舎のスピーカーから、久瀬の声が聞こえてきた。

 『みなさん、おはようございます。私は、天井天下唯我独尊な生徒会長、久瀬大明神です。え〜、昨日宣言した通り、本日はチョコを持っている生徒を校内に入れることはしません。チョコなどは、不要物です。私の美学に反します。ですから、皆さん。その手に持ったクダラナイ物をそこらの道端に捨てて下さい』

 久瀬の放送を聞いた瞬間、『生徒にバレンタインを』のメンバーがキレた!!

 「女の子達の愛の結晶を、言うに事欠いて『クダラナイ物』・・・・・・舞!」

 コクンッ

 舞が剣を構える。

 「力よ・・・・・・はっ!!」

 舞が剣を振り下ろす。

 剣先から、強大な力が生まれる。

 力は、真っ直ぐに校門の横の壁に向かって行く。

 バカッ

 次の瞬間、壁に大穴が開いた。

 「さあ、みなさん。この穴から校内へ」

 佐祐理さんが『フォロー・ミー』と叫びながら、穴から中へ突入する。

 その後に、他の女の子達も続いて行った。

 「ぬうぅ!貴様等!!」

 にいが懐から笛を出して吹く。

 ピーヒョロロロロー

 音が校内に鳴り響いた。

 すると、校内からわらわらと生徒会独り身部隊が湧いて来る。

 『みなさん、私と戦う気ですか?愚かな。その行為がいかに無駄であるかを、我々が教えてあげますよ』

 ふははははは―――久瀬の笑い声響く。

 その声が、女の子達の怒りに油を注いだことは、言うまでもない。







 「ちょっと、待てよ!みんな!」

 祐一は絶叫した。

 しかし、誰一人として、祐一の声に耳を傾けるものはいない。

 「走り出したら、止まらないんだよ」

 「バカ、名雪!○蟲じゃないんだから、話し合いができるはずだ」

 「でも・・・」

 名雪が校庭を見る。

 独り身部隊と女の子達が衝突するのは、時間の問題であった。

 「こうなったらオレは、直接に久瀬の所に行く!!そして、説得して見せる!!」

 そうすれば、お互いに争いを止めるだろう。

 「わかったよ。私も協力するよ」

 「よし。そうと決まったら、さっそく久瀬の元へ行こう!」

 祐一と名雪が壁の穴から中へ飛び込んだ。

 すると、すぐそこに、門番の二人組み―――らんすとにいが立っていた。

 「くそ、もうこれ以上、校内に入れるわけにはいかない!!」

 らんすとにいが二人の前に立ち塞がる。

 「こんな事をしている場合じゃないだろ!!」

 「ええい!うるさい!」

 祐一の叫びも虚しく、らんすが襲い掛かってきた。

 「戦うしか、ないのか・・・」

 祐一がそう腹をくくった時、

 「商店街タックル!!」

 「うあぁぁぁぁぁぁ!!」

 どこからかあゆが飛んできて、らんすをぶっ飛ばした。

 「らんす!!」

 にいが驚きの声をあげる。

 その前に、ボロ布を被った人物が立ちはだかった。

 「あなただけは許さないんだから!」

 そう言いながら、バッと布を捲くり捨てる。

 言うまでもなく、それは真琴であった。

 「なんだ、ガキは帰りな!」

 にいは、真琴の姿を見て油断した。

 「女の子だからってなめないでほしいわね!秘技!狐火のロンド!!」

 真琴の手の先から炎が生まれる。

 それは、意思を持ったように蠢き、にいの体に巻きついた。

 「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 慌てて、池のほうへ走って行くにい。

 「祐一くん。ここは、ボク達に任せて!!―――って一度言ってみたかったんだよボク!!」

 「祐一。あなたは先に行って。ここは私が食い止める!!―――今の真琴、漫画みたいでカッコイイ!!」

 わけのわからん事で喜ぶ二人組み。

 「すまない、ここは二人に任した!―――って、もう片付いてるじゃないか!!」

 「いいんだよ。気分の問題なんだから」

 「そうよ」

 わけの判らないことを主張するあゆと真琴。

 ここで言い争っていても仕方がないので、祐一は先に進む事にした。

 「祐一君!もし生きて帰ることができたら・・・・」

 「祐一!あの場所で待ってるから!」

 後ろから聞こえてくる声を、祐一は敢えて無視した。







 校庭には、そこら辺に生徒会の独り身部隊が倒れていた。

 その中心には、二人の人間が佇んでいる。

 舞と美汐であった。

 「川澄先輩。さすがですね」

 「ミッシーもなかなかやる」

 「あの、ミッシーて呼びがたは・・・」

 「じゃあ、シオミー」

 祐一と名雪が舞と美汐のもとへ駆けつける。

 「まさか、これ全部、舞と天野で・・・」

 「大丈夫。峰打ちにしたから」

 「舞。お前の剣って、両刃じゃないのか?」

 「・・・祐一は細かい」

 「細かくない!!」

 興奮する祐一の肩を名雪が掴んだ。

 「祐一、こんなことしている場合じゃないよ」

 「っと、そうだった。舞、天野、ほどほどにしておけよ」

 「はちみつくまさん」

 「はい」

 祐一と名雪は一路昇降口を目指す。







 昇降口の中を、栞が他の女の子達と窺がっていた。

 昇降口では、独り身部隊の連中が、下駄箱の中にチョコを入れられないように見張っていたのだ。

 「見張りがいるんですね。だけど、無駄です。無駄無駄です。WRYYYYです」

 栞が四次元ポケットに手を入れる。

 そして、なかから怪しげなビンを取り出し、それを昇降口の中に放り投げた。

 ガッシャーン!!

 ビンが割れて、中から怪しい煙が発生する。

 「なんだ?この煙は・・・」

 「うっ!」

 「どうした、がいあ君。まっしゅ君。むっ、この煙は・・・」

 「おるてが先輩!!気をつけて下さい。この煙、何かやばい・・・・」

 煙を吸った独り身部隊が、バタバタと倒れてゆく。

 しばらくして、

 「もう、大丈夫ですかね?」

 栞が、昇降口の中に入っていった。

 そこで、安全を確認する。

 「みなさん、もう大丈夫です」

 栞が外の女の子達に合図をする。

 栞の言葉を聞いた女の子達が、昇降口に流れ込んだ。

 そこへ、祐一と名雪も到着した。

 「うわ!なんだこれ!!」

 祐一が、そこらへんに倒れている独り身部隊を見て、驚きの声をあげる。

 「栞、何をしたんだ?」

 「ちょっと、この前開発したガスを試したんです」

 「なんのガスだ?」

 「大丈夫ですよ。三日ぐらいで意識が戻りますから」

 「なんちゅーもんを生産するんだ!」

 「原材料は、秋子さんの作った・・・」

 祐一は、その先を聞くのが怖かったので、栞から目を逸らし、昇降口をぐるりと見渡した。

 女の子達が、それぞれ思い思いの下駄箱に、チョコを入れている。

 見ると、倒れている独り身部隊のポケットにそっとチョコを忍ばせている子もいた。

 「あの人達だって、バレンタインを楽しむことができたはずなのに・・・」

 名雪が悲しそうな顔をする。

 「そうだ。けど、それを奪ったのは久瀬だ。はやくアイツを説得して、こんなことを止めさせなければ!!」

 「そうだね。急ごうよ。祐一!!」

 「ああ」

 走り出す前に祐一は、栞の方を振り向いた。

 栞は、ポケットの中から巨大な何かを取り出して、それを祐一の下駄箱に無理やり突っ込もうとしていた。

 あまりに強引にやっているので、下駄箱がみしみしと音をたてて歪んでいる。

 祐一は振り返り目を閉じ、今見た光景を頭のメモリの中から消去した。

 そして、これ以上の悲劇が繰り返されるのを止めるために、生徒会室に向かって駆け始めた。







 生徒会室の閉じられた扉の前に、佐祐理さんが一人たっていた。

 「佐祐理さん。オレが久瀬を説得してきます」

 祐一が扉のノブに手をかける。

 「待って下さい」

 それを佐祐理さんが止めた。

 「今、この中は危険です」

 「危険?久瀬が何か罠でもはっているんですか?」

 例えそうでも入らなければならない。

 この騒ぎを止める為にも―――祐一は、もう一度ノブに手をかけた。

 「違うんです」

 「え?それじゃあ、どうして?」

 「さっき佐祐理が中に入ったとき、どこにも久瀬さんがいなかったのです」

 「けど、どこかに隠れているかもしれませんよ」

 祐一がノブを回す。

 「佐祐理もそれは、思いました。だから中で―――」

 祐一はドアを開けた。

 途端に中から溢れ出してくる白い煙。

 「わー、なんだこれは!!ゲホゲホゲホ」

 「きゃー、祐一!ゲホゲホゲホ」

 名雪と祐一が咳き込む。

 「―――中で、バ○サンを焚いたんです」

 もうもうと吐き出される煙。

 しかしそれも段々と薄れてきた。

 「これくらいなら、中に入れるな」

 祐一は生徒会室の中に飛び込む。

 まだ少し煙いので、窓を開けた。

 改めて、室内を見渡してみる。

 生徒会室の中には、誰の姿も見えなかった。

 「バル○ン焚いても出てこないってことは、ここには完全に誰もいないってことですね」

煙が完全に晴れてから、佐祐理さんと名雪が室内に入ってきた。

 「どこにいるんだろうね?」

 名雪が小首を傾げる。

 その時、また、久瀬の声がスピーカーから流れてきた。

 『皆さん、なかなかしぶといですね。まさか、私に勝てると思って抵抗を続けているんですか?はっはっは、これだから愚かな民草は。君達がいかに無力であるかを思い知らせてあげましょう』

 ゴゴゴゴゴゴゴッ

 校舎が震えだした。

 『♪僕達、せいとかいーぐみっ!!正しいっことを教えてーあげるっ!!』

 久瀬が歌い始める。

 揺れが少しづつ強くなってゆく。

 「祐一!見て!」

 名雪が窓の外を指差す。

 祐一と佐祐理さんも窓に取り付く。

 名雪の指差す方向にある建造物―――体育館が二つに割れる。

 そして、その中から、巨大なロボットがわき上がってきた。

 「なんだ!あれは!」

 『ふはははははっ!!見たか、市井ども!あれこそ、私の親の会社―――久瀬重工が開発した究極の趣味道楽マシーン!ジャー・クゼ・サタン!!』

 クゼ・サタンが立ち上がる。

 「まずい!校庭には、舞と天野とその他大勢の生徒が!!」

 祐一が校庭を眺める。

 校庭では、美汐がてきぱきとみなを避難させていた。

 倒れている者は、舞が『力』を上手く使って校舎に運んでいる。

 『さあ、行け!クゼ・サタンよ。女生徒からチョコレートを奪い取るのだ!!』

 ギョンッ

 クゼ・サタンのカメラアイが光り輝いた。

 「なんて、非常識な・・・」

 祐一は、阿呆の様につったってその光景を見ていた。

 隣の名雪も同じだった。

 だが、佐祐理さんは違った。

 懐から携帯電話を取り出し、どこかに電話をかける。

 「もしもし、パー○ーさん?。佐祐理です。はい。それで、至急、佐祐理の絶対無敵サユリオーを送ってください。場所は、ポイントX37564・Y84427です」  佐祐理さんが電話を切る。

 タンタタタンッ、タンッタンッ!タンタタタンッ、タンッタンッ!

 どこからかドラムの音が響いてきた。

 パッパラパー!パラパッパ、パーパラパッパッパー!!

 トランペットの音も加わった。

 ♪サン○ー、バー○ー!!

 「祐一!!歌声が聞こえるよ!!」

 「名雪!!アレを見ろ!!」

 祐一の指差したそらの彼方から、巨大な飛行機が飛んでくる。

 「あれって、サ○ダー○ード2号じゃないの?」

 「名雪。ずいぶん古いものを知っているな」

 飛行機は、学校の上空の停滞すると、胴体の部分に収納されているコンテナを校庭に落とした。

 ドーンッ

 衝撃で、校舎が揺れる。

 そのコンテナに、いつの間にか外に飛び出した佐祐理さんが入っていった。

 ゴゴゴゴゴッ

 コンテナの天井が開く。

 中から、一体のロボットが立ち上がった。

 『絶対無敵サユリオー!!』

 ロボットから聞こえてきた声は、佐祐理さんの声だった。

 『倉田さん。やはりあなたと私は戦わなければいけないらしいですね。私達も後一ヶ月足らずで卒業です。ここらで決着をつけましょう』

 『望むところです』

 『行け!ジャー・クゼ・サタン!!』

 クセ・サタンがサユリオーに向かって行く。

 サユリオーは、ライオン型の盾から剣を抜き、クゼ・サタンに切りかかった。

 ガキンッ!

 ゴキンッ!

 バキャンッ!!

 巨大な金属同士がぶつかり合う。

 轟く爆音!

 弾ける火花!

 サユリオーの攻撃を、クゼ・サタンが喰らう。

 バキャァァァン!!

 バランスを崩すクゼ・サタン。

 踏ん張るために出した足が、体育倉庫を軽く潰した。

 「すごい。映画見たいだお!!」

 「名雪!のん気なことをいってる場合か!あんなのほっといたらここら一帯が更地になってしまうぞ!」

 「そうだね。何とかして止めなくちゃ」

 「佐祐理さんは、あのロボットの中に乗り込んでしまったからな。ちょっと止めるのは無理だ。けど、どうやら久瀬はアレに乗ってなさそうだ」

 「そうだね。さっきからロボットに命令をしてるもんね」

 「しかし、いったいどこにいるんだ?」

 祐一は頭を抱える。

 「祐一・・・」

 「何だ?名雪」

 「さっきから久瀬さんの声は、学校のスピーカーから聞こえてくるよね。ってことは、放送室にいるんじゃないの?」

 「そうか!そうだよな!なんでこんな簡単の事に気がつかなかったんだ!よし!放送室だな!!」  祐一は生徒会室から飛び出した。

 「あ、待ってよ!祐一!」

 名雪もその後を追いかけていった。

 窓の外では、巨大ロボット同士の激闘が繰り広げられていた。







 放送室の前の廊下。

 閉じられた放送室の扉の前に、一人の生徒が仁王立ちしていた。

 金髪の髪。

 軽薄な顔。

 アンテナ。

 「北川?」

 祐一が級友に声をかけた。

 「こんなところで何をやってるんだ?」

 「何だと思う?」

 北川が静かに言う。

 ―――いつもの北川と違う?

 祐一は、北川に違和感を覚える。

 「北川君?それ・・・」

 名雪が北川の腕を見て、声をあげた。

 北川の腕には、『生徒会・独り身部隊』腕章がついていた。

 「北川!お前・・・」

 「そう言うことだ。相沢。オレは生徒会についた」

 「何故だ!」

 「うるさい!お前にバレンタインでチョコがもらえない男の気持ちがわかるか!」

 「落ち着け!北川!!」

 「チョコレートなんか嫌いだ!バレンタインなんかなくなればいい!」

 北川が咆哮をあげる。

 その時―――

 「あら、じゃあ、これはいらないの」

 祐一達の背後から声が聞こえた。

 「香里―――」

 祐一と名雪が振り返る。

 そこには、小さな包みを片手に持った香里が立っていた。

 「北川君は、チョコレート嫌いなのね。せっかく、作って持ってきてあげたのに・・・」

 「えっ!?」

 北川の動きが止まる。

 「バレンタインが嫌いなんだ。ふーん」

 そう言って、手に持った包みをぶらぶらさせる。

 「み・・・・・・みさかぁぁぁぁぁぁ!!」

 北川が猛烈な勢いで香里の前に飛び出した。

 そして、そこで膝をつく。

 「すみませぇぇぇぇん!!嘘ついてましたぁぁぁぁ!!」

 北川は、香里に土下座をした。

 「さっき、バレンタインなんかなくなればいいって言ってたわよね」

 「違うんですぅぅぅぅ!本当はオレだって、バレンタインを楽しみにしてたんですぅぅぅぅ!例え、もらえなくても、それはそれで楽しみなんですぅぅぅぅ!けど、昨日、美坂が、この手のイベントは嫌いって言うからぁぁぁぁぁ!!」

 北川が香里の足にすがりつく。

 「だからぁぁぁぁ、そしたらぁぁぁ、急にぃぃぃ、寂しくなってきてぇぇぇぇ!幸せな奴らが憎くなってきてぇぇぇぇ!」

 「そこを、久瀬さんに付けこまれたのね」

 「オレだってぇぇぇ!オレだってぇぇぇぇ!!ホントはぁぁぁ、バレンタインを楽しみたかったんだぁぁぁぁぁ!!」

 北川が絶叫した。

 その様子を見て、香里がため息をつく。

 「ホントに馬鹿ね。あなたは」

 「ううっ!」

 北川がへこむ。

 「けど、嫌いじゃないわよ」

 「え?美坂?」

 北川が香里の顔を見あげた。

 「北川君の、その一直線な所は、少しは好きよ」

 そう言って、香里が包みを北川に差し出した。

 「はい。バレンタインのチョコレート」

 北川がそれを受け取る。

 「みさかぁぁぁぁ!!」

 北川が漢泣きに泣いた。

 「けど、これからは、もう少し考えてから行動してね」

 泣きながら北川が「うんうんっ」と首を振る。

 香里はしばらくそんな北川を見つめた後、視線を祐一と名雪に移した。

 「相沢君、名雪。後は、頼んだわよ」

 「ああ、もう北川のような人間をつくらせはしない。必ず久瀬を止める!」

 「任せてだよ!」

 祐一は、放送室の扉に手をかけた。







 「久瀬ぇぇぇぇぇぇ!!」

 祐一が、放送室に飛び込む。

 「おや?君は相沢くん。それに、水瀬さんもいるのか。やっぱり私の邪魔をしに来たね」

 久瀬が不敵に笑った。

 「久瀬!すぐにこんなことをやめるんだ!」

 「それは、できない相談だな」

 「何故だ!何故、バレインタインデーを禁止したんだ!」

 「学校の秩序を著しく崩壊させる危険性があるからだよ」

 「恋愛は生徒の自由だろ。それを拘束するのか!」

 「確かに、恋愛は生徒達の自由だ。だが、バレンタインは違う」

 「何だと!?」

 「考えてもみたまえ。バレンタインなど製菓会社の企業戦略でしかないのだよ」

 「そ、それは・・・」

 祐一は一瞬言葉に詰まった。

 「何だ。君もそう感じているのではないか。バレンタインなど営利を目的とした金の亡者達が考えついたイベントに過ぎない。みんな、踊らされているだけだ。君らがチョコを買えば買うほど、そういう人間達がほくそ笑むのだ!」

 祐一は、反論できない。

 「本当に人が人を好きになれば、チョコの力など借りる必要はない筈だ。それに近年は義理チョコなどと言う、何の役にもたたない風習まで生まれつつある。チョコを配るのが、いつのまにか義務化している。そのお返しをすることまで強制する。完全に製菓会社の思うツボではないか。これは忌忌しき事態だ。だから私は、そんな腐りきった慣習を一掃する為に、我が校でのバレンタイン及びチョコの受け渡しを一切禁止したのだ!」

 祐一は完全に言葉を失った。

 久瀬の言ってる事全てが正しいとは思わない。

 だが、それを完全に否定する事もできないでいた。

 「君も目を覚ませ。この腐りきったお祭り騒ぎにピリオドを打つんだ!!」

 久瀬が祐一に話し掛ける。

 祐一は、考える。

 久瀬の言ってる事は間違ってはいない。だが、正しくもない。

 何が正しいのか。それを見極めなくては。真実を教えてやらなければ。

 ―――正しい?

 正しい事などこの世にあるのだろうか?

 ―――真実?

 真実とは何だ?

 そんなものは、虚像ではないのか?

 わからない。わからない。わからない。

 祐一が頭を抱える。

 ―――何が正しくて、何が真実か?―――

 

 「それは、違うよ」

 声が聞こえた。

 「違うんだよ」

 声は、祐一の隣から聞こえてきた。

 声の主は、名雪であった。

 「確かに、バレンタインは、製菓会社の人たちがお金儲けの為に考えたものかもしれない。けど―――」

 名雪が一歩前に出る。

 「―――例え、始まりが不純なモノだったとしても、バレンタインが女の子にとっての聖なる日であることは、変らないよ」

 名雪が久瀬を見据えた。

 「女の子が夢を見て、心をときめかせて、恋を輝かせて。その純粋な思いが、バレンタインを聖なる日へと変えたんだよ」

 「それこそ、企業の用意した陳腐な設定だ!人はみな、それに踊らされているだけだ。その日に、人を好きになるよう操作されているだけだ!!」

 「違うよ!人は、他人の心を操ることはできないもん。どんなに心を動かされても、どんなに心を揺らされても、どんなに心を締め付けられても、最後に心の行く道を決めるのは自分自身なんだよ。私達は、自分の意思で人を好きになって、そして愛を育むんだよ」

 「だったら、バレンタインなど必要ないではないか。全て自分で決められるなら、プレゼントも、それを贈る日も、全て自分で決めればいい」

 「全てを自分で決められる程、人は強くはないよ。人は、一人ではちっぽけな力しかだせないんだよ。だから、みんなの力を借りるの。友達に、家族に、贈り物に、暦に、自然に。愛するもの全ての力をほんの少しづつ借りるの。ちょっとだけ背中を後押ししてもらうの。そうして、初めて人は前進できるんだよ。告白だって同じ事。告白には勇気がいるんだよ。それを、全て自分の力だけで行えるほど、人は強くはないよ。だからバレンタインは、それをほんの少しだけお手伝いするの。女の子の心に、小さな勇気を灯すの。そこに存在するのは、純粋な愛のみ。だから、企業の人達のお金儲けの話なんかが入り込む余地はないんだよ」

 久瀬が名雪を見つめたまま黙った。

 そして、名雪の言葉を噛み締めた。

 「久瀬さん、お願い。私達の希望を閉ざさないで」

 名雪が最後に懇願するように言った。

 久瀬は、相変わらず黙っている。

 祐一も、発する言葉が見つからず、ただ名雪と久瀬を交互に見つめた。

 時間が流れた。

 どれくらい時間が経っただろうか?

 一分か十分か。

 もしかしたら、一秒も経ってないのかもしれない。

 「私の―――」

 久瀬が言葉を発した。

 「私の考えは、間違ってはいないはず。だが、水瀬さん。あなたの考えが間違っているとも思えない。どちらも、真実に思える。何故だ?」

 「それは―――」

 廊下から声が聞こえた。

 そこには、いつの間にか、香里が立っていた。

 「真実は、一つではないからよ」

 「真実は、一つではない?」

 「そう。世の中に一つだけしかないのは事実。真実は、その事実を見た人の数だけ存在するの。人が事実を見て、それに対する正しいと思われる解釈をした時に、真実が一つ生まれるの」

 「それでは、人の数だけ―――」

 「そう。だから名雪の言葉は真実。久瀬さんの言葉も真実。どちらがあっているとも間違っているとも言えないわ」

 「じゃあ、どうすれば?」

 「真実とは、道よ。どの道を選ぶかは、その個人の自由だわ」

 「そうか。確かにそうだな―――」

 久瀬が名雪の顔を見た。

 「道を決めるのは、自分―――私か」

 「そうよ。それぞれみんな、見据えている道は違うんだから。誰か、他人がその道を決めることはできない」

 「すると、私はとんでもない事をしてしまったのか―――」

 久瀬は、放送室のマイクの方へ歩いていった。

 「私は、自分のこの考えが間違っているとは思わない。だから、これからもこの考えを選び続けるだろう」

 機械のスイッチを入れる。

 「だが、それを他人に強制してはいけなかったのだな。私は、みんなをバレンタインの束縛から解放させようと思いながら、逆に、私の考えでみんなを束縛していたのだな。そう、他人の道を勝手に閉ざしていたのだ。そのことに、今、気付いたよ。だから―――」

 マイクを手に取る。

 「―――だから、この馬鹿げた取締りを中止しよう」

 久瀬がマイクのスイッチを入れた。

 そして、校舎にバレンタインの禁止を解除する旨の通達が流れた。







 「疲れた」

 祐一は自分のベットに倒れこんだ。

 久瀬の放送で、あの争いは終結を迎えた。

 そして、何事もなかったように、その日の授業が始まった。

 ただ、体育の授業だけは、ロボットが体育館と校庭をめちゃめちゃにしてしまった為に中止となった。

 壊した学校の施設は、久瀬重工で全て修繕費を賄うらしい。

 どうやら、久瀬は、もとからそのつもりであったようだ。

 授業が終わった後、祐一は色々な女の子達にチョコを渡された。

 そのチョコを受け取りながら、祐一は名雪と久瀬の言葉を思い出した。

 ―――オレはどっちの道を選ぶんだろう?

 そんなことを考えながら一日が終わった。





 「それにしても、疲れる一日だった」

 祐一は布団の上で寝返りを打つ。

 その時、何かが布団の中に入っている事に気付いた。

 「何だ?」

 引っ張り出してみる。

 それは、小さな包みであった。

 綺麗にラッピングされて、リボンが巻いてあり、さらにカードが差してある。

 カードには、「祐一へ」と書かれていた。

 「名雪か・・・」

 祐一は字を見てそう判断した。

 「俺達、付き合ってんだから、面と向かって渡してくれればいいのに―――」

 祐一の心に名雪の姿が浮かぶ。

 心の中の名雪は、祐一に語りかけてきた。

 ―――告白には勇気がいるんだよ。

 ―――それを、全て自分の力だけで行えるほど、人は強くはないよ。

 ―――だからバレンタインは、それをほんの少しだけお手伝いするの。

 ―――女の子の心に、小さな勇気を灯すの。



 祐一はしばらくその包みを眺めていた。

 そして、おもむろに包装を解き始める。

 中には「祐一LOVE」と書かれたチョコが入っていた。

 それを一欠けら口の中に放り込む。

 そのチョコレートはとっても甘くて、そしてほんの少しだけ苦かった。



(終わり)




矢蘇部「お、終わった・・・・・」

あかり「今回は、ずいぶん強行日程だったわね」

矢蘇部「ああ。何せ、『13日』を書き始めたのが、2月の12日だったからな」

あかり「しかも、それを即行でSSリンクに登録するし」

矢蘇部「おかげで後に引けなくなってしまって。泣きながらこの『14日』を書いたよ」

あかり「続きは、一年後の2月14日とかにすれば良かったのに」

矢蘇部「そんなことをしたら、読者に殺されてしまうわ」

あかり「ええ!?あんたの腐れSSを読んでいる読者なんかいるの?」

矢蘇部「うっ!!・・・いるかもしれないだろ!!」

あかり「いたとしても、今回のSS読んだらみんな幻滅するでしょうね」

矢蘇部「・・・みんなぁ、見棄てないでねぇぇぇぇぇ!!」

あかり「以上、絶世の美少女、京極あかりとクソ人間、矢蘇部磯六でお送りしました」




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