デビル・バスターズ




 ギギギギギィ

ドアを開ける音が夜の校舎に響き渡る。

名雪は辺りを見渡す。

「誰も気がついてないよね」

そう自分に言い聞かせて、名雪は夜の校舎に侵入した。

夜の校舎はほの暗く、窓から入る月明かりのみが唯一の光源である。

薄暗いその空間が、名雪の遠近感を狂わせる。

その日常からかけ離れた光景は、どこか、異世界に迷い込んだような錯覚を名雪にもたらした。

「はやくノートを取ってこよう」

名雪は自分の教室に向かって小走りに移動する。

カッカッカッカッカッ!

自分の足音がやけに大きく聞こえる。

 (怖いよ〜)

不安な気持ちを抱えながら走るうちに、やがて自分の教室の前までやってきた。

自分の教室に入ろうとしてドアに手をかける。

その刹那、

ヒュン

何かが名雪の方に飛んでくる気配がした。

 (えっえっえっ)

「何!?」

ばっ

危険な波動を感じた名雪は、素早くドアから飛び退く。

ドガシャッ!!

 (きゃぁ!)

今さっき、手をかけていた教室のドアが音をたてながら歪む。

「まさか、悪魔?」

名雪は素早くあたりに気を配った。

周りには、嫌な気が満ちている。

その気は廊下の先の方から続いていた。

「誰?誰かいるの?」

名雪は廊下の先に向かって声をあげる。

すると、一陣の風が吹き付けてきた。

 (わっ!)

「!?」

危険を察知した名雪はその場所から飛び退く。

名雪がいた場所に黒い影が走った。

「避けたか。さすがだな」

影は、廊下の途中で引き返してきた。

名雪の前で止まる。

そして、すくっと立ち上がり、名雪に話し掛けた。

「さすがは、デビルバスター名雪・・・」

「悪魔?」

「そうさ。オレは魔神ルクセンブルク。貴様に倒されたリープクネヒトの兄貴さ」

黒い影、悪魔はそう名乗った。

「弟の仇、討たせてもらう」

 (弟?あ、この前でてきたヤツ)

黒い影の密度があがった。

次の瞬間、影は光をも越える速さで名雪に迫った。



シュッ

 (はっ!)

バッ

 (にっ!)

ガガッ

 (わっ!)

影が繰り出す攻撃を名雪は紙一重で避けていた。

「くそ、喰らえ!」

影が鋭いツメを振りかざす。

 (きゃー、きゃー、きゃー!)

シュキーンッ

名雪はその一撃もかわし、影から少し間合いを取った。

「どうしよう。戦う道具を何も持ってないよ」

まさか、夜の校舎で襲われるとは思わなかったので、名雪は何も武器を持っていないのだ。

 (名雪ちゃん。ぴーんちっ!!)

だから、今の所はひたすらにかわし続けているしかない。

「うおりゃぁぁぁぁ!!」

そんなことを知ってか知らずか、影、ルクセンブルクは名雪に攻撃を繰り返していた。

ガッ

 (あ!)

キンッ

 (ひっ!)

シュッ

 (るっ!)

ツメが、廊下の床を削り取ってゆく。

 (あんなのが当たったら・・・)

そのルクセンブルクの攻撃を避けながら、名雪は口の中で呪文を唱え始めた。

「おのれ!ちょこまかと!」

苛立ってきたルクセンブルクの攻撃が大振りになる。

その一瞬を名雪は見逃さなかった。

 (えいっ!)

「ライトニング!!」

名雪がルクセンブルクの前に手をかざす。

手のひらから生まれる閃光。

その強烈な光は、ルクセンブルクから一瞬視覚を奪い去った。

うろたえるルクセンブルク。

 (やった!)

その隙に、名雪はさっきルクセンブルクが破壊した扉から、教室の中に飛び込んだ。

すぐに自分の席に走る。

そして、机の中から忘れ物のノートパソコンを取り出した。

 (愛用のノートパソコン。マックちゃんだ!)

すぐにパソコンを起動する。

ザッ

教室の入り口からルクセンブルクが入ってきた。

「目くらましまでしておいて、逃げ場のない場所に逃げ込むとは」

ルクセンブルクが笑いながら名雪に近づいてきた。

「ここに逃げ込んだのは、このノートがここにあったからだよ」

名雪はノートパソコンにインストールされているプログラムを起動させた。

それは、悪魔召喚プログラム。

この世に、悪魔と呼ばれる存在を人為的に呼び出す電子的儀式。

名雪の足元に魔方陣が生まれ、その中心から光が迸る。

「破壊神ケロピー。汝を古の契約により召喚する!!ムイサッ、エムイロエ!」

 (行けー!)

魔方陣の中心から黒い影が生まれる。

その影、破壊神ケロピーは天に向かって咆哮し、ルクセンブルクに向かって駆け出した。

「これが、貴様の守護魔神か!?」

ルクセンブルクもケロピーに向かってツメを振るう。

ケロピーは、両手を前にだし、その拳から衝撃波を放った。

ドンッ!

一撃でルクセンブルクが教室の壁まで吹き飛ばされる。

 (ケロピー、強〜い)

「げふっ!こ、これが破壊神の力・・・」

何とか立ち上がったルクセンブルクにさらにケロピーが襲いかかる。

「く、オレの力ではこいつを倒すことはできない。しかし・・・」

ルクセンブルクは両の手を広げケロピーの目の前に立ちはだかった。

 (え?なにをする気?)

シュッ

ケロピーの右腕がルクセンブルクの腹に食い込む。

「ごふ!!くっくっくっ・・・」

ルクセンブルクは、ケロピーの一撃を食らいつつも、笑いながら両手でケロピーの体をつかむ。

「オレにコイツを倒すことはできない。だが、オレの生態エネルギーを全て使って、コイツを異次元に封印することはできる!」

ルクセンブルクの体が青紫色に輝き始めた。

その輝きはケロピーの体を包みこんでゆく。

 (わっ!たいへん!!)

「ケロピー!?戻って!!」

その様子を見た名雪は慌ててケロピーを戻そうとした。

だが、ルクセンブルクがケロピーを呪術的に拘束しているため、ケロピーは身動きがとれなくなっていた。

 (そんな!?)

あたりの空間が歪みはじめる。

「このケロピーさえいなければ、貴様など人間の女に過ぎない。兄貴、あとは頼んだぞ!」

闇が、ルクセンブルクとケロピーを包み込む。

それは、一度広がった後、急速に収縮していった。

 (ダメ!!)

キキィィィィンッ!!

高い音をだしながら、闇は、空間の一点に吸い込まれてゆく。

闇が全て消え去ったあと、そこには何も残ってはいなかった。

「ケロピー!!」

名雪がケロピーの消えた場所へ駆け寄る。

 (あーん。ケロピーが消えちゃったよ〜)

その時、

天井に新たな黒い影が現れた。

名雪はその影に気付き、後ろに飛び退く。

影は、天井から床にゆっくりと舞い降りた。

 (また、新しい悪魔?)

「ルクセンブルクよ。よくやってくれた。後は、この私に任せろ」

「誰?」

「私はスパルタクス。リープクネヒトとルクセンブルクの兄だ」

スパルタクスは丁寧に頭を下げた。

 (やっぱり、新しい悪魔だよ)

「デビルバスター名雪。貴様に退治された悪魔の怨み、今、はらさせてもらうぞ」

スパルタクスが両手を広げる。

その手の先のツメが、青白く輝く。

「ケ、ケロピー!!」

名雪は悪魔召喚プログラムを発動させる。

だが、何も起こらなかった。

 (ケロピー・・・)

「無駄だ。貴様の破壊神ケロピーは、我が弟ルクセンブルクが命を賭して異次元に封印した。もう、召喚することはできん」

「そ、それなら、ライトニング!!」

名雪の両手が光輝く。

「ふんっ!!」

スパルタクスは、それを避けようともしなかった。

「そんな、光を発するだけの魔法で悪魔が倒せるはずがなかろう」

スパルタクスが一歩づつ間合いを詰める。

 (嫌!来ないで・・・!)

名雪はじりじりと後退し、教室の壁まで追い詰められてしまった。

名雪は、デビルサマナーとして数々の悪魔と戦ってきた。

それも、守護魔神ケロピーがいたおかげである。

絶対的破壊力を誇るケロピーの力で、多くの悪魔を沈めてきたのであり、

また、名雪自信もケロピーの力を借りて、様々な魔法を操ってきたのである。

しかし、今、ケロピーは封印されてしまった。

そのため、名雪もライトニング程度の魔法しか使えなくなってしまったのである。

さっき、ルクセンブルクが言った通り、今の名雪は普通の女の子とほとんど変らないのだ。

 (どうしよう!どうしよう!どうしよう!)

「さあ、後がないぞ。どうする、デビルサマナーよ」

スパルタクスが笑みを浮かべる。

 (こ、怖いよ〜)

名雪には何もすることができない。

ツメを振り上げるスパルタクス。

 (うにゅ〜!!)

その腕が振り下ろされようとするその瞬間!!

教室の中に飛び込んでくる人影があった。

「名雪!!」

「祐一!?」





   *  *  *





「名雪」

「きゃぁ!祐一!?」

「なーにが『きゃあ!祐一!?』だ。さっきから呼んでるんだぞ」

リビングで本を読んでいた名雪は、本に枝折を挟み机の上に置いた。

「なんだ、小説を読んでいたのか。なになに『悪魔召喚師・デビルバスターズ』?おもしろいのか?これ」

「すっごく面白いよ」

「まぁ、名雪がどんな小説を読もうと勝手だけどさ。読みながら声を出すのは止めた方がいいぞ」

「え、声出てた?」

「ああ。『はにわ!』とか『あひる!』とか『うにゅう!』とか」

「う〜、そんなことないもん」

言いながらも名雪は顔を赤くする。

祐一は、本を取り上げてパラパラとページを捲った。

「挟んである枝折をとっちゃだめだよ」

「はいはい」

祐一は適当なページに目を通す。

「なんだ。こりゃ。ヒロインの名前は名雪って言うのか?」

「そうなんだよ。私が自分で冒険してるみたいでとても面白いんだよ」

「うおっ!ヒーローの名前が祐一だと!?」

「祐一、とってもカッコいいんだよ」

「なんか、恥ずかしくなるような設定だな・・・」

「そんなことないよ」

「そうか?」

「そうだよ」

名雪は祐一と小説をチラっと見た。

「どんなピンチの時も、いつも祐一が助けに来てくれるんだよ。白馬の王子様みたいなんだよ〜」

「それは、小説だからだろ?」

「小説の祐一だけじゃないよ。今、私の目の前にいる祐一も、私が困っている時は、いつでも助けに来てくれるもん」

名雪が微笑む。

そんな名雪を見て、祐一は顔が赤くなる。

祐一は、慌てて名雪から目線をそらした。

「どうしたの?祐一?」

「いや、なんでもない・・・そうだ。名雪、お前に用があったんだ」

「顔が赤いよ?」

「そんなことないぞ。えっと、そう、秋子さんに買い物を頼まれたから一緒に行くぞ」

「祐一ごまかしてる」

「ほら、行くぞ名雪」

祐一は一人でリビングから廊下に出てゆく。

「あ、待ってよ。祐一〜」

その後を慌ててついて行く名雪。

「祐一、コートを取ってくるからちょっと待ってて」

「そんなヒマはない。さきに行ってるぞ」

「待っててよ」

そう言い残して名雪は二階へ駆け上がった。

自分の部屋でコートを着込み一階へ戻って来たとき、既に家の中に祐一の姿はなかった。

玄関の扉を開けて外へ出る。

外では、祐一が名雪を待っていた。

「遅いぞ」

「ちゃんと、待っててくれたんだね」

「行くぞ」

そう、ぶっきらぼうに言って、商店街の方向へ歩き出す祐一。

そんな祐一の背中を見ながら名雪は呟いた。

「小説の中でも、現実の中でも、祐一は私の王子様だよ」



(終わり)






矢蘇部「♪ららら〜、久しぶりの一話完結もの〜」

あかり「出た!恐怖のリサイクル小説!!」

矢蘇部「♪没ネタに〜、ヒッカケをプラスして〜、リサイクル完了〜」

あかり「とことん、ぐ〜たら人間ね」

矢蘇部「♪みなさ〜ん、ちゃんとひっかかりました〜?ひっかかってくれれば本望だお〜」

あかり「こんなん、途中で気付くでしょ」

矢蘇部「♪それは言わないお約束〜、途中まで気付かず読めば、幸せもの〜」

あかり「確かに、途中で気付いちゃったらツマラナイかも」

矢蘇部「♪そうだろ〜、そうだろ〜」

あかり「けど、気付かなくっても、ツマラナイ」

矢蘇部「♪ぐは〜!!」

あかり「あ、死んだ。作者が倒れたので、今回はここまでで〜す。また、読んでね〜」




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