奇跡の代償
はっくしゅん、はっくしゅん!
へーちょ
ぶわっくしょん・・・・こんちくしょう!
クシャミが教室中に響き渡る。
オレ達のクラスでは風邪が大流行していた。
「ふぁっくしょん!」
かくいうオレも、昨日の夜から風邪にかかってしまっている。
「祐一、大丈夫?」
名雪が心配そうな顔をする。
「ああ、大丈夫だ。これしきの風邪・・・・ふぁっくしょん!」
今年の風邪は、クシャミが酷い。
悪化すると高熱が出るらしいが、まだそこまで病状は進行していない。
「おはよう、名雪。相沢君。」
香里が教室に入ってきた。
「今日は二人とも早いのね。」
「珍しく名雪が早起きしたんだ。」
「お母さんが風邪ひいちゃったから、頑張って早起きしたんだよ。」
「名雪のお母さんも風邪を・・・・・・ハクチュン!」
口を押さえながら、かわいいクシャミをする香里。
「大丈夫、香里?」
「香里も、風邪ひいたのか?」
昨日はまだ元気だったはずである。
「昨日、1日中、栞の風邪の看病をしてたら、うつされちゃったのよ。」
「栞も風邪をひいているのか。」
「あの子は昨日、私にうつした後に治ったわ。もう、すっかり元気よ。」
やはり、人にうつすと治りが速いというのは本当なのだろうか?
「それにしても大流行だな・・・・ふぁっくしょん!」
改めて、教室を見渡す。
クラスの90%は風邪をひいている。
「もう、風邪をひいていない人なんていないんじゃないの・・・・・ハクチュン!」
よし、数えてみよう。
「昨日、まだひいてなかったのは、オレと名雪と香里と北川。」
「私と相沢君が風邪をひいたから、後は名雪と北川君だけね。」
「名雪と北川だけか・・・」
ふと、思いついたことがあって、名雪の方を見る。
香里も同じように名雪を見つめている。
「何?二人とも?」
小首を傾げる名雪。
「いや、ちょっとね・・・」
まさか、『お馬鹿コンビ、名雪と北川は風邪ひかない!』とは言えないよな。
「ゆ〜いち〜」
「相沢君、声に出てたわよ。」
はうっ
またやってしまった。
「ど〜ゆ〜意味よ〜!」
オレの方を睨んでくる名雪しゃん。
でも、悲しいかな、ちっとも恐くない。
「それはな・・・・ふぁっくしょん、ふぁくっしょん!」
「わざとらしいクシャミでごまかしたってダメだからね!」
ちっ、作戦失敗。
「ど〜ゆ〜意味なの!」
もう一度問う名雪。
「言葉通りの意味よ。」
オレの代わりに香里が答えた。
「あ〜、香里まで。酷いよ〜。」
泣くふりをする名雪。
「北川君はともかく、私はバカじゃないもん〜」
「オレだって、バカじゃないぞ!」
いつのまに登校してきたのか、北川が話に加わってきた。
「いや、お前は馬鹿だ!」
「馬鹿よ!」
「バカだもん!」
いきなり集中砲火を浴びる北川。
しかし、今日の北川はめげなかった。
「ちっちっちっ」
人差し指を横に振る。
「オレにはバカじゃない証拠がある。」
「なら、見せてみろよ。」
「それはな・・・・・がはげほごほげほ!」
北川はいきなり咳き込みはじめた。
「げほげほ・・・・・どうだ。オレは風邪をひいているからバカではないんだ。」
そういってチーンッと花をかぐ。
「今の演技くさいぞ。」
「わざとらしさが漂ってたわ。」
「〇点。」
「なんだと!オレは本当に・・・・・・がはがはげほごはごははっは!」
すごい苦しみ方をする北川。
よく見ると、涙目になっている。
「うーん、どうやらホントらしいな。」
「そうね。」
「だから、オレはさっきから本当だと・・・・がほがほがほ」
やかましいクシャミをするヤツだ。
「そうなると、クラスで風邪をひいていないのは名雪だけね。」
「それは、もしかして・・・」
クラスで一番の馬鹿ってことか?
「私、バカじゃない〜!」
また口に出していたか。
「しかし、クラスで唯一風邪をひいていないのは確かだぞ。」
「馬鹿は風邪ひかないっていうしね。」
「う〜」
オレと香里のダブルアタックを受けてたじろぐ名雪。
ちなみに北川は、
「がほがはげほげほごっほほごががんが!」
一度クシャミをしだすと止まらないらしい。
「バカじゃないもん・・・・」
「だったら、名雪も北川みたいに馬鹿じゃないことを証明すればいい。」
「証明?どうやって?」
「それは名雪が考えることだ。」
うーん、と唸ってしまう名雪。
「そうだ!」
「何か思いついたか?」
「私、香里みたいに寝ないで先生の話をちゃんと聞いてきちんとノートをとって授業を受ける!」
また、えらく変な事を思いついたなあ。
「一日中、頭の良い香里と同じようにできたら、私も頭良いってことになるよね。」
それは、ちょっと違う気がするが。
「私が頭良いかどうかはともかく、それだけできれば馬鹿じゃないわね。」
納得する香里。
確かにそれは言える。
しかし、それは・・・
「それは、無理だ・・・・・ふぁっくしょん!」
思わず大声をあげてしまい、咳き込んでしまった。
「ふぁっくしょん・・・・奇跡でも起きない限り不可能だ!」
「できるもん。」
「名雪、起きないから奇跡って言うんだぞ。」
「相沢君、それ私のセリフ。」
「祐一には、奇跡は起こせないかもしれないけど、私には起こせるもん。」
決意に燃える名雪。
心なしか目の中には熱い炎が見える。
「わかった。名雪。やってみろ。オレはお前を信じる!」
「信じるか。でえっきれいな言葉だが、お前が言うと・・・・げほげほがほげほがはっ!」
北川、突っ込むなら最後までちゃんと言え。
「うん、頑張るよ!」
今日の名雪はいつもと違い燃えていた。
そんな名雪を見ながらも、オレは心の中で『無理だろうな。』と呟いた。
「無理じゃないもん!」
うおっ、また口に出ていたか。
「嘘・・・・ハクチュン」
「香里、起きないから奇跡って言うんじゃなかったのか?」
「奇跡じゃないよ。私の実力だよ。」
なんと、名雪は今日の午前中の授業を一睡もしなかったのだ!
しかも、先生の話を真面目に聞き、ノートもバッチしとっていた。
さらに、驚く事に、わざわざ昼食まで香里と同じにした。
つまり、学食でA定食を頼まなかったのである。
「あとは、午後の授業もちゃんと受ければ完璧だよ〜。」
ニコニコと微笑む名雪。
「大変だ!天変地異の前触れだ!雪が降るぞ・・・・ふぁっくしょん」
「今日は朝から雪だよ。」
「何か変なものでも食べたんじゃないの・・・・・ハクチュン!」
「朝は祐一と同じものだし、昼は香里と一緒だよ。」
「がはげほげはげはごほごほほん!」
「北川君、早く家に帰って寝たほうがいいよ。」
「名雪、お前熱があるんじゃないのか?」
「熱があるのは、風邪ひいてる祐一たちだよ。」
名雪が自分のオデコとオレのオデコに手を置く。
「わ、祐一、冷たいよ!風邪ひいてるのになんで冷たいの?」
驚きの声をあげる名雪。
何?オレのオデコが冷たいだと?
自分の額に手をやってみる。
「何だ。普通じゃないか・・・・・・」
だいたい、風邪をひいていない名雪より熱がないなどということがあるわけない。
「いったい、どういう比べ方をしたんだ?」
オレは名雪のオデコに手をやった。
「ぐおっ!熱い!」
思わず叫び声があがる。
「お前熱があるじゃないか・・・・ふぁっくしょん!」
「私、熱なんてないよ。風邪ひいてなんかないもん。」
「これ何度あるのよ!いったい・・・ハクチュン!」
名雪の額を触った、香里も叫ぶ。
いつもと全く変らないからわからなかったが、名雪はものすごい高熱を出していたのだ。
それにしても、熱がある方がむしろ調子が良いとは・・・
「大変だ!すぐ保健室に行こう・・・・ふぁっくしょん!」
「私は平気だよ。」
「平気じゃないのよ・・・・・ハクチュン!」
オレと香里はぐずる名雪を保健室まで引っ張っていった。
保健室で、診察してもらった結果、名雪はその場で家へ強制送還となってしまった。
家へは、担任の石橋が車で送ってくれることとなった。
「それじゃ、先生お願いします。」
「ああ。お前らはちゃんと午後の授業に出るんだぞ。」
バタン
ブロロロロー
名雪を乗せた車が遠ざかって行くのを見つめながら、香里が呟いた。
「奇跡を起こすには、大きな代償が必要なのね・・・・」
その目はどこか遠い処を見つめていた。
(終わり)
クラスでミンナが風邪ひいてるのに、一人だけ元気だと馬鹿にされるんですよ。
それで、後で遅れてかかると、それはそれで馬鹿にされるんです。
みなさんも風邪をひく時期には気をつけましょう。
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