タイヤキのエチュード(後編)





オレが魂を削りながら5匹のタイヤキきを胃袋に収めたころ、再びあゆが階段を上がって来た。

「祐一君!第二号機が完成したよ!」

機ってなんだ、機って。

「3時のおやつに食べてみて」

時計を見ていると3時半、確かにおやつの時間だ。

「はい、どうぞ」

そういって差し出されたタイヤキは、ホカホカと湯気をあげ、とてもおいしそうに見えた。

「おお、今度は成功だな」

ところどころについているコゲもいい感じである。

「いただきます」

いつもは、頭からかぶりつくのだが、今回は何となく尻尾から食べて見る事にした。

サクッ

「おいしい?」

あゆがオレとタイヤキを見比べる。

むぐむぐむぐ

「うむ、カリッと焼けた皮、適度に膨らんだ生地。いい仕事してますね〜」

「いい仕事?」

「おいしいぞ」

「ほ、ほんとう?」

「本当だ」

お世辞ではない。

「欲を言えば、尻尾の先まで、あんが詰まってて欲しかったがな」

もうひと口かぶりつく。

「ん・・・・・・・・しょっぱい!!」

口の中に入った瞬間、猛烈な塩味が舌を襲う。

「水、水!!」

「はい、祐一君」

あゆが差し出した水を受け取り、一気に飲み干す。

「ぷはっ」

水が少し甘く感じられる。

「しょっぱかった?」

「塩辛かった」

「やっぱり・・・」

やっぱりって、またか!

「実はまだ、生地の作り方しか習ってないんだよ」

確かに生地はうまかった。

「秋子さんが『一度にたくさんは覚えれないから、まず、生地から覚えましょうね』って」

「それで、中身は?」

「あんこはボクが自分で工夫して作ってみたんだ。けど、途中で塩がドバッて入っちゃって」

「自分で味見はしてみたのか?」

「うぐぅ、怖くてできなかった」

オレは毒見係か?

「でも、祐一君は、甘いの苦手だから塩辛いほうが好きかなぁって」

「確かにオレは甘いものは苦手だが、塩辛いタイヤキはもっと苦手だ」

もう一杯水を飲む。

「今度はあんこを習ってくるよ」

「次はちゃんとしたタイヤキが出てくるんだな」

「うん、絶対大丈夫!」

そういって、あゆは再び階下に消えた。

「信じて待つか」

オレは、残りのタイヤキを口の中に放り込んだ。





「祐一、おはよ〜」

名雪がオレの部屋を覗きながら言う。

「名雪、今何時だかわかるか?」

名雪が部屋の時計に目を向ける。

「ん〜、7時だよ。私はや起き〜」

「午後7時だ」

「わ、びっくり」

全然驚いた表情をせずに言う。

「こんな時間に起きてきて、何が『おはよう』だ」

「私は、起きたときの挨拶はいつも『おはよう』だよ」

「昨日、何時に寝たんだ?」

「たぶん、9時かな」

ぐはっ、22時間睡眠!

「お母さんにも朝の挨拶をしに行かなくちゃ」

「いや、だから朝じゃないって」

オレの突っ込みを無視して、名雪は1階に降りて行った。

「人間って、こんなに眠れるものだろうか?」

トタトタトタッ

この足音は名雪か?

今、下りていったばかりじゃなかったか。

「祐一〜、朝ご飯だって」

いや、だから、夕食だって。





テーブルの上にはタイヤキしかのっていなかった。

「すいません。あゆちゃんとタイヤキを作るのに一生懸命だったんで、他に何も用意してないんです」

「でも、味は保証できるよ」

そういって、あゆがオレにタイヤキを差し出す。

「私は大丈夫だよ〜、甘いのは好きだもん」

オレは、タイヤキがイヤなわけではないのだが、夕食がこれだけってというのは、少々つらい。

しかし、これしかないのなら仕方がない。

「よし、死ぬ気で食うぞ!」

「えっ、タイヤキを食べると死ぬの?」

名雪、脳みそはまだ寝てるだろ。

「うぐぅ、ボクのタイヤキはそんな危険物じゃないよ」

さっきまでのタイヤキなら充分に人を殺せると思うが。

何はともかく、あゆの料理の成長を確かめるために、タイヤキを食べる事にした。

はぐっ

あゆが真剣な顔でオレを見つめている。

「うまい」

あゆの顔が明るくなる。

「ああ、うまい」

もう一度、同じセリフを繰り返す。

本当にうまいものを食べた時には、この一言しかでないものだ。

「お〜いし〜い」

隣の席の名雪もそう言いながらタイヤキにかぶりついている。

「頑張ったな、あゆ」

そういって、あゆの頭をなでてやる。

「くすぐったいよ、祐一君」

目を細めるあゆ。

「タイヤキっておいし〜、今度私も作ってみようかな」

「名雪が作ったら、あんこの代わりにイチゴジャムが詰まってそうだな」

「それいいかも〜」

こいつは本当に作りそうだ。

「祐一さん、料理が上手になる秘訣を知ってますか?」

秋子さんがオレに問い掛ける。

「さぁ、なんですか?」

「それは、」

そこで一度言葉を切り、オレとあゆを見つめる秋子さん。

「好きな人に食べてもらう為に、作ることです。」

「うぐぅ」

真っ赤になって俯くあゆ。

「祐一、幸せ者〜」

チャチャを入れる名雪。

オレは照れ隠しのために、タイヤキにかぶりついた。





『朝だよ〜、タイヤキ食べて学校行くよ〜』

うっぷっ

オレは胃の辺りを押さえながらベットから立ち上がった。

昨夜は、タイヤキを食べ過ぎてしまった。

よく考えてみれば、昨日は昼からずっとタイヤキだったな。

はじめの方のやつは、タイヤキと言っていいのかわからないが。

それにしても、名雪のヤツいつの間に目覚ましの声を入れ替えたんだ?





珍しく早く起きた名雪と共にキッチンに赴く。

「昨日はたくさん寝たから、はやく起きれたの」

名雪が昨夜眠ったのは、9時。

つまり、昨日の名雪の活動時間は2時間。

起きて、タイヤキを食べて、風呂に入って、また寝ただけである。

「おはようございます」

秋子さんに挨拶をする。

「おはようごさいます。二人とも」

そう言いながら、秋子さんが出した朝食の皿には、それぞれ2匹づつタイヤキが乗っていた。

「・・・また、タイヤキですか?」

はっきり言ってこれはツライ!

「今日はちょっと趣向を変えてみようと思いまして」

昨日の延長でしかないのは気のせいだろうか?

「わ〜、タイヤキなんて久しぶりだよ」

昨日の夜も食べただろ。

「秋子さん、オレ、今日ちょっと胃の調子が悪くって」

事実、タイヤキの姿を見るのもイヤである。

「それでは、仕方がないですね」

秋子さんが残念そうな顔をする。

「わ、これイチゴジャムが入ってる。おいしい〜」

「昨日、名雪が言ってたでしょう。だから、作ってみたの」

「♪イッチゴジャム、イッチゴジャム」

歌いながらタイヤキを食べる名雪。

「先に玄関で待ってるぞ」

「待って、後1匹だから」

名雪がもう一匹のタイヤキにかぶりつく。

「!?」

その瞬間、名雪の動きが止まった。

「どうした、名雪!?」

見ると涙目になっている。

名雪はなんとか口の中のものを飲み込むと、

「行って来ます!!」

そう叫びながら玄関の方に走っていった。

もしかして、もう1匹のタイヤキの中身は・・・

「オレも行って来ます」

それ以上深く考えるのは止め、名雪の後を追いかけることにした。

「行ってらっしゃい」





「どうだった、久しぶりに食べたジャムの味は」

「最悪だったよ・・・」

暗い瞳の名雪が応える。

名雪は家を出た後、全速力で学校まで駆けて来たらしく、オレは教室まで名雪に追いつかなかった。

「相沢、水瀬の様子が変だぞ。何かしたのか?」

「相沢君、名雪どうしたの?」

香里と北川が尋ねてくる。

「出かけに、アレを食べてしまったんだ」

「えっ!アレを・・・」

「?」

驚愕の表情を浮かべる香里と何の事だって顔をする北川。

「それはそうと、相沢君、ノート返して」

そういえば、土曜日に香里にノートを借りたっけ。

「ああ、たぶんカバンの中に入りっぱなしだ。勝手に持っていってくれ。」

香里にそう言って、オレは名雪を元に戻す方法を考える。

「じゃあ、勝手に取っていくわね」

う〜ん、どうすれば、名雪が戻るだろうか?

やっぱイチゴジャムか?

いや、もう一度、謎ジャムを食わせれば?

ふいに、オレの席の方がざわつきだした。

ん?なんだろう?

「相沢君、学校に何しに来てるの?」

席の方を見ると、香里が軽蔑した目でオレに向かってそう言ってきた。

「何って、勉強だが」

「へー、勉強ね」

笑いながら北川や齋藤が言う。

「相沢君、私のノートは?」

「いや、だからカバンの中」

「へー、これがノートなのか」

そう言いながら、北川がカバンの中から取り出したのは、数冊のエロ本だった。

しまった!

そういえば、昨日、そこにエロ本を隠した気がする!

まわりの女子も騒ぎ出した。

「相沢君って、やっぱりムッツリスケベだったのね」

「イヤー、変態!」

「普通、学校にまで持ってくるかしら」

「スケベ!」

違う!違うんだ!

「だいたい、その本は北川のだぞ!」

「あ、相沢!テメー、人を巻き込むな!」

「オマエがオレに本を貸しさえしなければ!」

「お前だって喜んで借りていっただろ!」

そのとき、虚ろな目をした名雪が急激に立ち上がり、オレ達に向かって言い放った。

「どーぶつ・・・」

その日からオレと北川は、「けだもの」と呼ばれるようになった。





「けだもの〜、放課後だよ」

名雪が隣の席から呼びかけてくる。

「誰がけだものだ!」

「立派な獣よ」

香里が冷たく言い放つ。

「今日はどうするの?」

「帰る」

「途中で、いかがわしい本を買っていったりしたらダメだよ」

「買うか!」



校門では、あゆが待っていた。

ものすごく大きな紙袋を両手で抱えながら。

「あ、祐一君」

「あゆ殿、もしかしてそれは、タイヤキですか?」

「うん、いっぱい焼いてきたよ」

作ってきてくれるのは嬉しいが、こうタイヤキばかりだと、さすがに身が持たない。

「お願いだから、他の料理も覚えてくれ」

そう口に出そうとする前に、あゆがタイヤキを差し出してきた。

「とりあえず、お一つどうぞ」

そういってニコッと微笑む。

オレは出されたものは素直に受け取る主義だ。

バクッとタイヤキに食いつく。

「おいしいぞ、あゆ」

「好きな人に『おいしい』って言って貰えるとうれしいよ。」

そう言いながら真っ赤になるあゆ。

オレはタイヤキをほおばりながら、

「やっぱ、タイヤキだけでもいいかな」

などと、心の中でつぶやいた。



(完)






なんとか完成。
しかし、後半は何がなんだがわからなくなってしまったなぁ。
反省しなくては。




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