祐一は目を疑った。

こんなモノがこんなトコロにあって良いはずはないと。

体中に悪寒がはしる。

だが、目の前にそれは確かに存在した。

そして、それは己の存在を祐一へと訴えかけていた。

祐一は目を閉じる。

これは夢だ。

こんなことがあるはずはない。

視界を遮断し精神を安定させる。

良し。

心の中で掛け声をかけ、再び目を開ける。

だが、それはやはり目の前に存在した。

ぐらり

祐一は眩暈を覚える。

脈がドクドクと波打つ。

心臓がバクバクと騒ぎ立てる。

背中にぬるりとした汗をかいている。

手足の先が痺れてゆく。

目の前が霞んでゆく。

祐一は目の前にある忌まわしきモノから目を逸らした。

そして、現実からも目を逸らした。

こんなモノがあるはずがないと。

祐一は目で見たもの、

体で感じたもの、

心で想ったもの、

それら全ての記憶を心の中に押し込めた。

記憶は心の奥へと沈んでゆく。

深く深く沈められてゆく・・・



そして祐一はそれを忘れた。




閉じられた記憶




「祐一、放課後だよ」

今日も名雪が祐一に声をかける。

「そうか。もう放課後か」

祐一はボソッとそう返す。

祐一は、今日一日ずっと調子が悪かった。

どうも頭が重い。

どうしたんだろ。風でもひいたかな?

そんなことを考てみる。

座りっぱなしでいる祐一に名雪が声をかけた。

「どうしたの?祐一。ぼーっとして」

「ぼーっとなんかしてないぞ。それにいつもぼーっとしてるのは名雪じゃないか」

そんなことないよといいながら名雪が心配そうな顔をした。

そんな名雪の肩を香里が叩く。

そして何か耳打ちした。



「なんだ相沢。元気がないのか」

北川が祐一に声をかけた。

やかましいのがきた。

祐一はそんなことを心に思う。

「やかましいってのは何だ。人が心配してやっているのに!」

「何だ。聞こえていたのか」

「相沢。てめー、わざとだろ!」

北川が興奮して詰め寄る。

「わーた。悪かったよ。だからそんなに顔を近づけるな!」

祐一は手を伸ばして北川を引き離す。

「む、ここで殴りかかって来ないとは。やっぱり少し元気がないな。よし、今日はオレがいい所へ連れて行ってやる!」

北川が胸をドンッと叩いた。

すると、横から香里が出てきて北川を突き飛ばした。

「何するんだよ、美坂!」

「北川君。あなた邪魔よ。帰るわよ」

「何だよ、美坂。オレは相沢を元気付けてやろうと思ってだなぁ」

「なら、なおさら邪魔よ」

「なんでだよ」

鈍いわねと香里がため息をつく。

「北川君。行きたい店があるの。付き合ってくれる?」

「み、美坂?お、お前から誘ってくれるなんて珍しいな!」

「で、どうなの?」

「行きます行きます!どこでもお伴いたします!」

北川が喜びのあまり踊りだす。

「と、言うわけだ。すまんな、相沢」

「行くわよ。北川君」

「は、はい」

香里と北川は鞄を持ち、歩き出す。

香里が名雪にすれ違い様、「頑張ってね」と小声をかけた。





香里と北川が教室を出て行った後も、しばらく祐一と名雪はその場にいた。

「なんか、香里に変に気をつかわれた気がするな」

「そ、そんなことないよ」

「お前、さっき香里に何て言われたんだ?」

「え?な、何も言われてないよ・・・」

「どうせ『相沢君を元気付けてあげるのは、名雪の仕事よ』とか言われたんだろ」

「祐一、エスパー?」

祐一はため息をつく。

「なんだかんだ言って、香里も単純なんだよな・・・」

「けど、香里も祐一の事を思って言ってくれたんだよ」

それは、そうだろうと祐一も思う。

「だから、祐一には元気になって欲しいよ」

「香里に言われたからか?」

「それだけじゃないよ。私も元気な祐一を見ていたいもん」

「そうだな」

祐一は苦笑しながら、椅子から腰を浮かせた。





帰り道、祐一と名雪は二人並んで会話をしながら歩いていた。

「うーん。少し頭がぼーっとするなぁ」

「祐一。風邪?」

「いや、そんなんじゃなくて、何か頭の奥にモヤがかかっているような・・・」

祐一は頭を押さえた。

今日の朝から、いや、昨日の夜から何かが頭に引っかかっている。

けど、それが何なのかわからない。

それで、頭が少しぼけーっとしているのだ。

「何か、こう、頭の奥に何かが引っかかっているような気がして?」

「何かって、思い出みたいなものが?」

「そう。何かぼやけた記憶があるんだ」

「じゃあ、きっとそのうち思い出すよ」

「それがなぁ。思い出してはいけないような気がして・・・」

名雪が祐一の顔を覗きこんだ。

「祐一。思い出した方が良いよ」

「名雪・・・」

「例えそれが悲しい記憶でも・・・」

そこで名雪が目を伏せる。

「名雪」

祐一が名雪を抱き寄せた。

「大丈夫だ。そのうち思い出せるさ」

「祐一・・・」

「去年だって、オレは七年前の事を思い出しただろ」

「・・・うん。そうだね」

名雪は顔をあげた。

「物忘れをしているのも、ちょっと疲れてるだけさ」

そう言って、祐一は再び歩き出す。

「そうだね」

名雪もその後をついて行く。

「そうだ、祐一。それじゃあ、今から商店街へ行こうよ」

「商店街・・・」

その時、祐一の頭の中でシグナルが鳴った。

そのシグナルは祐一に『商店街は危険だ!』と訴えていた。

「どうしたの?祐一」

「いや、何か、商店街は危険な気がして・・・」

「祐一おかしな事言ってるよ。商店街が危険なハズないよ」

「それは、そうなんだが・・・」

祐一は少し躊躇する。

「行こう!祐一」

そんな祐一の手を、名雪は強引に引っ張っていった。





「祐一、商店街だよ」

「ああ」

「ほら、どこも危険じゃないよ」

名雪はそう言って祐一を商店街へ引きずってゆく。

だが、祐一の頭の中には、さらなる危険信号が渦巻いていた。

『商店街は危険だ!』

『引き返すなら今だ!』

『はやくしないと取り返しのつかないことになるぞ!』

そんな祐一を余所に、名雪はどんどん商店街の中へと祐一を引っ張ってゆく。

「うーん。商店街と言えば、まずは百花屋だよね」(注:名雪の場合だけです)

「百花屋!?」

その言葉を聞いた瞬間、祐一の頭の中の警戒警報は最大限に鳴り響いた。

『百花屋に行ってはならない!』

『下手をすると全てを失うぞ!』

『永遠に旅立ちたいのか!』

何かヤバイ!

祐一はそう感じた。

「名雪、百花屋はまた今度にしよう」

「えー、何で?イチゴサンデー食べると元気になるよ」(注:名雪の場合)

「それは、そうかもしれないが、何かヤバイんだ」

「何かって何?」

「それがよくわからんのだが・・・」

祐一は思い出そうとする。

だが、頭がそれを拒否する。

「もしかして、祐一が今日ぼーっとしている原因って、百花屋にあるんじゃないの?」

「うーん、そうかもしれないが・・・」

頭の中が霧で霞んだ様になって行く。

「それなら、行って確かめてみようよ」

「そ、それは・・・」

「それが辛い現実でも、きちんと向かい合った方が良いよ」

「それは、そうなんだが・・・」

踏ん切りがつかない。

何がこんなに百花屋を拒否しているのだろうか?

昨日からそうだ。

昨日、学校の帰りに百花屋でアレを見てから・・・

「アレってなんだ?」

祐一は頭を押さえた。

「祐一?」

その様子を見て名雪が立ち止まる。

「アレだ。そうだアレがここにあったんだ・・・」

「祐一、アレって何?」

「わからない。わからないが、決して見てはいけないものだった気がする・・・」

手のひらに汗がにじむ。

「祐一・・・」

そんな祐一を名雪が心配そうに見つめた。

「どうする?祐一。今日は、もう帰る?」

さすがの名雪も心配になってきたのだ。

だが、祐一は名雪に向き直ってこう言った。

「いや、オレは百花屋に行く。行って全てを確かめる」

「いいの?祐一・・・」

「ああ。オレは去年のあの日に、どんな困難なことからも逃げないと決めたんだ」

祐一は力強く一歩を踏み出した。





「この角を曲がれば、百花屋の前だ・・・」

祐一は誰に言うともなく呟いた。

まだ、頭の奥には霞んだ感じが残っている。

しかし、危険を知らせる声は止んでいた。

これは、別に危険が去ったからではない。

もう、手遅れであることを悟ってしまったからであろう。

祐一にもそれがわかった。

だから、角を曲がる時、祐一は思わず目を閉じた。



ゆっくりと目を開く。

道行く人々の向こう。

10メートル程先に百花屋が建っていた。

その佇まいはいつもと変らない。

だが、祐一の瞳は、百花屋の前のもう一つのモノも捕らえた。

それが見えたのは、行き交う人々の波が途切れた一瞬だけである。

しかし、その一瞬で、祐一は全てを思い出した。

なぜ、自分が記憶を封印したのかを。

どうしてここに来てはいけなかったのかを。

そして、今、全てが終わったことを。

「そうか。だから、オレは・・・」

ぐらり

目の前が揺れる。

「ここには来てはいけなかったんだ・・・」

ざっざっざっ

ゆっくりと百花屋へと歩を進める。

「オレは、今日で終わるのか・・・」

ざっざっざっ

人々の波をかき分けて行く。

「名雪は気付いているか?」

顔を名雪の方へ向ける。

その様子を見る限り、まだ気付いてないだろう。

「今ならまだ間に合うか?」

そう淡い期待を抱いたのは、一瞬であった。

いきなり、名雪の目が見開いた。

そして、百花屋の前へと駆け寄って行く。

「お、遅かったか・・・」

祐一は諦めてその後を追った。

名雪は百花屋の前で、一枚の立て看板を恍惚の表情で見つめていた。

祐一もその隣に立ち、看板を見つめながら深く重いため息をついた。

百花屋の看板には、こう書かれていた。



「新メニュー!!ジャンボミックス苺サンデーDX!!3500円にて颯爽と登場!!」



(完)






矢蘇部「『閉じられた記憶』完了!」

あかり「また、こんなSSを書いて・・・」

矢蘇部「題名とオープニングだけ見て読み始めた人が、どんな顔をしていることやら」

あかり「それが楽しみで書いてるんでしょ?」

矢蘇部「ばれたか」

あかり「最後のオチがあれだからねぇ」

矢蘇部「謎ジャムだと思った人、残念でした〜」

あかり「こんなものばっかり書いていると、そのうち刺されるわよ」

矢蘇部「蚊に刺されるのか?まだ、蚊の季節ではないぞ」

あかり「・・・・・・今ここで、私が刺してあげましょうか?」

矢蘇部「ふん。キサンなどに何ができる」

あかり「一条流霊戦格闘術!『仏淨大威拳』!!」

矢蘇部「ぐふぅっ!!」

あかり「作者がどこかに飛んでいったので、今回はここまでです。また読んで下さいね〜」




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