再認識



 暖かな日差しがさんさんと降り注いでいる。
 頬を撫でる風はどこまでも優しく、鼻をくすぐる土の匂いが心に春を喚起させる。
 淡い青色の空にぽっかりと浮かぶ柔らかな雲。
 丘いっぱいに咲き乱れた黄色い菜の花の絨毯。
 「春だなぁ……」
 祐一は丘の端にある大きな岩に腰掛けながら、蝶たちと一緒に遊ぶ真琴と美汐の姿をぼんやりと眺めていた。
 ものみの丘にピクニックに行こうと言い出したのは美汐だった。
 祐一ははじめそれを聞いたとき「おばさんくさい発想だなぁ」と思い、また同時に、「ピクニックなんて今さら面倒だ」とも思った。しかし、真琴がひどくその案を気に入ったので、3人で丘に行くことにしたのだ。
 今日の朝は、真琴がお弁当を作りたいと言ったので、祐一は早起きをし、秋子さんに手伝ってもらって真琴と一緒にサンドウィッチをこしらえた。不思議なことに、サンドウィッチを作っているうちに、億劫に感じていたピクニックがだんだんと楽しみに変わっていった。
 祐一と真琴は、朝霧の漂う中、待ち合わせ場所である学校へと向かった。学校には、すでに美汐が到着していた。白色のワンピースの上に青色のチョッキをはおり、水筒とお弁当らしき包みを手にした美汐が、二人に向かってひらひらと手を振る。それを見た祐一は、ピクニックに行くことにして本当に良かったと心の底から思った。
 丘には10時前には着いた。
 着いたそうそう真琴ははしゃぎまわり、美汐も真琴と一緒に丘を走りだした。
 祐一ははじめ、そんな美汐の姿に違和感を感じたが、二人の姿を見ているうちに考えが変わった。
 美汐も年頃の女の子なのである。
 普段はどこかおばさんくさい――本人曰く、物腰が落ち着いているだけな――美汐だが、だからといって、美汐が芯からおばさんであると思うのは早計である。
 美汐だって楽しそうに笑うし、嬉しそうに走りまわったりするはずだ。
 今祐一の目の前で、真琴と一緒にこぼれる笑顔をふりまいている姿こそ、本当の美汐なのではないか。
 祐一は無邪気な少女のように遊ぶ美汐の姿をまぶしそうに見つめ、それから、自分が普段美汐に向かっていっている言葉を思い浮かべた。
 「おばさんくさい」
 いつもなら美汐にぴったりな言葉であるが、今の美汐には似合わない。
 ――そうだな。たまには違う言葉をかけてやるか。
 そんなことを思ってみる。
 さて、どのような言葉をかけるか。「意外に若い」というべきか?いや、それじゃあダメだ。なら、「女の子みたいだな――」、アホか、こんなことをいったらひっぱたかれる。「君の姿はまぶしい……」、キザ男か、俺は?うーん。ここはやっぱり、素直に「かわいい」と――。
 祐一がそんなことをあれこれと考えているところへ、真琴と美汐が戻ってきた。陽光の中走りまわったので、喉が乾いたのだろう。
 「けっこう暑いね」
 真琴がそういって岩に飛び乗った。その隣りで美汐も岩に登ろうとしている。
 「天野――」
 祐一が美汐に声をかけた。
 「天野って、実は――」
 「よっこいしょ」
 「――おばさんくさいな」


<終>


戻る