アイス
「祐一さん、ちょっと聞いてください」
顔をあわせるなり栞はそういった。
「ああ……」
祐一は生返事を返してから、しまったと思った。
過去の経験上、女の子が「ちょっと聞いて」といったときは、延々グチを聞かされるものと決まっている。祐一はおそるおそる栞の顔を見てみる。案の上、栞はとても機嫌の悪そうな顔をしていた。
「お姉ちゃんったら、酷いんですよ」
栞が頬を膨らませた。
どうやらグチは、栞の姉、美坂香里に関することらしかった。
「香里がどうかしたのか?」
祐一は一応栞に訊いた。こういうときにちゃんと訊かないと、女の子の機嫌がものすごく悪くなるからだ。挙句の果て、「鈍い男」というレッテルが貼られることもある。
「お姉ちゃん、昨日、私のアイスを食べちゃったんですよ」
栞は、香里のその行為が世界で最も犯してはならない行為であるといわんばかりの口調で言い放ち、そのことに対する祐一の返答をじぃっと待った。
「そ、それは酷いな……」
祐一が苦しそうに同意する。
すると栞は満足したように頷き、もう一度「お姉ちゃんは酷いんです」といった。
「私のアイスを食べちゃうような極悪お姉ちゃんは嫌いです」
「香里がそんなことするんだな」
「しょっちゅうです。冷凍庫にアイスがあると、私に断りもなく食べてしまうんです」
「けど、香里だってアイスを食べたいときがあるだろうに」
「ダメです。うちの冷凍庫のアイスは全部私のものなんです」
――んなアホな。祐一は喉まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。
「せっかく楽しみにしていたアイスでしたのに……」
栞が小さな声でアイスについての未練をぶつぶつと呟く。
「栞。それだったらさぁ、香里にアイスを弁償してもらえばいいんじゃないか」
祐一が至極当然及び妥当な意見を栞に伝えた。
すると栞は「そう。それなんですよ」と祐一に向かっていった。
「何がそれなんだ?」
「私もお姉ちゃんに弁償してっていったんです」
「そうなのか――」
そこで祐一は少し考えた。
今現在、栞は香里に怒りを感じている。ということは、香里は栞にアイスを弁償しなかったのであろうか?
「栞。香里はアイスを弁償してくれなかったのか?」
「弁償してっていったら、お姉ちゃんはアイスを買いに行くって家を出ていきました」
「じゃあ、問題ないじゃないか」
「それがあるんです」
「アイスを買ってこなかったのか?」
「いいえ。買って来ました」
「じゃあ、何が気にくわなかったんだ?」
「お姉ちゃん、アイスを買っては来たんですが、ウイスキーのロック用のアイスを買ってきたんです」
<終>
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