くずれた壁。

 立ち上る煙。

 空を飛ぶ怪盗。



 薄い煙の中。

 現実は霞んで虚実となる。

 世界は歪んで異界になる。



 三角は四角に。四角は丸に。

 何もかもが捻れてゆく。

 イビツな形が集まって、今日と言う日を築いてゆく。



 この世には不思議な事がたくさんあるのだから。






探偵水瀬名雪

怪盗うぐぅの挑戦
a night flight

#5「怪盗VS探偵」





 「ばいばい。祐一君」

 空中の怪盗うぐぅがオレに呼びかける。

 その声を聞いて、オレは我に返った。

 「待て、怪盗うぐぅ。逃がすか!」

 「待てと言われて待つ人なんて、いないよ」

 怪盗うぐぅが空を飛んで逃げる。

 「ちっ!」

 オレは怪盗うぐぅを追いかけようとした。

 だが、そのオレの腕を名雪がつかんだ。

 「待ってよ、祐一」

 「何するんだ!名雪。逃げられちまう!!」

 こうしている間にも、怪盗うぐぅがどんどん離れて行く。

 「逃がさないぞ、怪盗うぐぅ!!」

 北川がSマシーンと一緒に走って行く。

 Sマシーンはズシンズシンと音を立てながら空飛ぶ怪盗を追いかけていった。

 「離せ名雪!」

 オレは腕をふって名雪を離そうとする。

 だが、名雪はオレの腕にしがみついて離れなかった。

 「祐一。たぶんあれはダミーだよ。追いかけても無駄だよ」

 「ダミー?」

 オレは空を飛んで行く怪盗うぐぅを見つめる。

 「普通の人が空を飛ぶなんて無理だよ。だから、たぶん風船か何かを飛ばしているんだよ」

 そう言われれば、風船に見えないこともない。

 「きっと、あの風船で注意をひきつけておいてから、ゆっくりと盗みを働くんだよ」

 そう言って、名雪が倉庫に向かって歩いて行く。

 「この煙も、風船であるって事をばれないようにする為のものだと思うよ」

 オレも名雪の後を付いて行く。

 崩れた壁の影に、蒸気の発生装置が置いてあった。

 オレはそのスイッチをOFFにする。

 しばらくすると煙が晴れてきた。

 だんだんと、倉庫の中がはっきりとしてくる。

 オレと名雪は倉庫の中に足を踏み入れた。





 倉庫の奥。

 何やら、高価そうなものが置かれている一角に人影があった。

 「誰だ!!」

 オレは手に持っていた懐中電灯の光を当てる。

 「うぐぅ?」

 「あ、あゆ?」

 光の中に浮かんだ人影は、北川のメイド、あゆであった。

 「あゆ。こんな所で何をやってるんだ?」

 「うぐぅ。えっと・・・・・・、お屋敷の方で大きな爆発音があったから、慌ててここにやって来たんだよ。そうしたら倉庫から煙が出てたから、火事になってたらいけないと思って中に入って確認をしてたんだよ」

 「そうか。仕事熱心なヤツだなぁ。あれは火事じゃなかったから大丈夫だぞ。ここはオレ達に任せて あゆは家に帰るんだ」

 「うん。そうするね」

 あゆが立ち去ろうとした時、

 「待って」

 名雪があゆを呼び止めた。

 「何?名雪さん」

 「あゆちゃん―――」

 名雪があゆの顔を見る。

 「あゆちゃんが、怪盗うぐぅなんだね」



 「え?」

 オレは名雪とあゆの顔を交互に見比べた。

 「何を言ってるんだ名雪?」

 あゆが怪盗うぐぅだと?

 オレはあゆの方を向く。

 あゆは一瞬真剣な顔をした後、笑顔で言った。

 「あはは。ばれちゃったね」

 あゆが仕方ないかと言う顔をする。

 「あゆ?」

 オレはあゆを見つめる。

 「そうだよ、祐一君。ボクが怪盗うぐぅなんだよ」

 「なに?」

 ばっ!!

 あゆが着ていた服を脱ぎ捨てる。

 するとそこには、タキシードを着込み、仮面とマントを付け、ステッキを持った怪盗―――怪盗うぐぅが立っていた。

 「か、怪盗うぐぅ・・・・・」

 オレは間抜なうめき声をあげる。

 まさか、あゆが怪盗うぐぅだったとは!

 「名雪さん。どうしてボクが怪盗うぐぅだってわかったの?」

 あゆが名雪に問い掛ける。

 「わぁ、本当にあゆちゃんが怪盗うぐぅだったよ」

 「へ?」

 一瞬オレと怪盗うぐぅの思考が止まる。

 「当てずっぽうで言ったら当たっちゃった。私ってすごい〜」

 嬉しそうにはしゃぐ名雪。

 「うぐぅ・・・・・・・・・」

 「うぐぅ、祐一君。それボクのセリフ・・・・・・・・・」

 「いいだろ。今ぐらい使わせろよ・・・・・・」

 気まずい沈黙。

 あゆが正体を明かさなかったらどうするつもりだったんだろか?

 「と、とにかく、逮捕するぞ怪盗うぐぅ!!」

 オレは沈黙に耐えられず、声をあげた。

 「ボクはまだ逮捕されるわけには行かないんだよ」

 怪盗うぐぅも気を取り直して叫んだ。



 怪盗うぐぅが小脇に黒い板を抱えた。

 「なんだそれは?」

 オレはその黒い板をアゴでさす。

 「祐一君は、知らなくてもいいんだよ」

 「それは―――」

 名雪がその板を見て、呟いた。

 「それは、鯛焼き用の鉄板?」

 「うぐぅ。そ、そうだよ」

 「凄い。また当たったよ。私ってエスパー?」

 「・・・・・・またカンかよ」

 こいつ本当に探偵か?

 けど、カンが優れているのも名探偵の条件かもしれない。

 ん、待てよ。

 鯛焼き用の鉄板。

 一応、黒いな。

 ま、まさか?

 「まさか、それが黒いモノリスって言うんじゃないだろうな!!」

 「そうだけど」

 「普通、モノリスって言ったら石板だろ!!それは鉄板だ!!」

 「祐一君。細かい事を気にしちゃダメだよ」

 「気にするわ!!」



 オレは怪盗うぐぅと睨みあう。

 スキを見せたら飛び掛れるよう体勢を整える。

 オレは、少しづつ怪盗うぐぅとの間合いを詰めていった。

 怪盗うぐぅの背後は壁。出口はオレの後ろの方にしかない。

 オレの後ろには名雪もいる。

 このまま、ジリジリと追い詰めて行けば逃げ場はないはず。

 ここで怪盗うぐぅを捕まえれば、給料UP間違いなし。

 刑事の汚名も洗い落とせる。

 そして、毎晩名雪と会える。

 オレは怪盗うぐぅを壁へと追い詰める。

 「祐一君」

 怪盗うぐぅが下がりながら語りかけてくる。

 「このまま行けば、ボクを捕まえられると思ってるんだね」

 「ああ。今日こそ逃がさないぞ」

 「確かに、普通ならこの状況からは逃げられないよね」

 「そうだ。だから観念しろ。オレの給料と欲望と愛の為に捕まれっ!!」

 「けどね、ボクには祐一君の知らない能力があるんだよ」

 「能力だと?」

 目の前で怪盗うぐぅが微笑んだ。

 次の瞬間――――――

 オレの前から怪盗うぐぅの姿が消えた。

 「これがボクの能力だよ」

 背後で声がした。

 いつの間にか、怪盗うぐぅがオレの背後に回り込んでいた。

 「ば、ばかな。オレは一瞬たりとも目を離さなかったはずだぞ」

 オレは、虚空を見つめたまま、背後の怪盗うぐぅに語りかける。

 「祐一君。世の中には不思議な事がたくさんあるってお母さんが教えてくれたんだよ」

 「お母さん?」

 「そう。ボク達のお母さんだよ」

 怪盗うぐぅが走りだした。

 オレは慌てて振り向く。

 「名雪!!うぐぅを止めるんだ!!」

 出口の前には、名雪が立ちはだかっていた。

 「祐一との夜の為にも逃がさないんだよ!」

 「名雪さん。ボクの能力の前には何をしても無駄だよ!!」

 怪盗うぐぅが名雪の目の前まで走って行く。

 そして、いきなり怪盗うぐぅの姿が消えた。

 名雪の前にいた怪盗うぐぅが名雪の背後―――出口の前にワープした。

 少なくともオレの目にはそう見えた。

 だが、しかし!!

 「うぐぅ!!」

 怪盗うぐぅが自分の手元を見る。

 持っていたはずの鉄板は、何故か名雪が持っていた。

 「名雪さんも同じ能力を持っていたなんて――――――」

 怪盗うぐぅがこちらを背中越しに見た。

 「祐一君。名雪さん。今日のところは引き分けにしといてあげるよ。けど、ボクは諦めないよ。また今度会おうね」

 「今度だと!」

 「そう。今度また続編があったら会おうね。それまでは、バイバイだよ」

 そう言うと、怪盗うぐぅが出口から外に飛び出していった。

 「続編――――――あるのか?」

 倉庫の中には、オレと名雪だけが呆然と取り残されていた。







 次の日の朝。

 「さすがは相沢と水瀬だ。見事怪盗うぐぅを撃退してくれたな」

 北川がオレと名雪の為にイチゴサンデーを買って来てくれた。

 「いや、結局、怪盗うぐぅには逃げられてしまったわけだし。一昨日は小豆を盗まれたし、倉庫の壁 は壊されるし―――」

 「まぁ、言うなって。それくらいの出費など全然痛くない。それに、鯛焼き用の鉄板も無事だったんだ」

 北川は、テーブルの上に置かれた鉄板を見て言った。

 鯛焼きも、この世界では高級品である。

 甘いものであると言う事だけでなく、鯛焼きの形に焼き上げる鉄板も滅多に手に入る物ではないので、一般人ではなかなか食べれるものではないのだ。

 「この鉄板は、伝説の菓子職人、神谷冬美が手がけた一品でな。これで焼いた鯛焼きには、神が宿ると言われているんだ。本当に無事でよかった」

 北川が持ってた布で鉄板を磨く。

 「それにしても、雇ったメイドが怪盗だったとはなぁ」

 「ほんとだよな。いい子だったのになぁ」

 オレはあゆを思い浮かべる。

 ちょっとドジだったが仕事に一生懸命だった女の子。

 「祐一。鼻の下が伸びてるよ」

 名雪に言われて、オレは無理やり顔を引き締めた。

 「そう言えば、名雪。あの最後の時、いったい何が起きたんだ?怪盗うぐぅが言ってた能力ってなんだ?」

 「うーん、それが私にも良くわからないんだよ。ただ、あの時は一生懸命で。とにかく、鉄板だけでも取り返さなきゃと思って手を伸ばしたら、取り返す事ができたんだよ」

 「そうか」

 「まぁ、いいじゃないか、相沢。とりあえずはお祝いだ。食え」

 北川が、オレにイチゴサンデーをもう一杯進める。

 「オレは甘い者は苦手なんだ」

 「じゃあ、祐一の分は私が食べるんだお」

 名雪がオレのイチゴサンデーを奪う。

 既に、あれで5杯目である。

 「あんまり食うと太るぞ」

 「大丈夫だもん」

 パクパクとイチゴサンデーを食べる名雪。

 そんな名雪を見ながらオレは思った。

 このまま平和な時間が続けばいいなぁと。





 ジリリリリリンッ

 「ん?電話だ」

 北川が電話に出る。

 「もしもし。北川です。秋子さん、何か用ですか?」

 ん?秋子さんから電話?

 「え?相沢ですか?はい。ここにいますよ。あ、はい。今代わります」

 北川がオレの方を向く。

 「相沢。秋子さんから電話だ」

 北川が受話器を差し出す。

 オレはそれを受け取った。

 「もしもし。お電話代わりました。相沢です」

 『祐一さん。怪盗うぐぅの事件はどうなりましたか?』

 「あ、一応解決はしましたが」

 『そうですか。それは良かったですね』

 「それで、何かまた事件なんですか?」

 『はい。メレンゲ通りの老舗菓子屋。キャンディ・ママに泥棒が入り、飴玉が盗まれました』

 「今度は飴玉窃盗ですか」

 『それが、犯人が美少女怪盗ビューティー・ムーンらしいのです』

 「ビューティー・ムーン!!」

 『それで、今すぐキャンディ・ママに行って欲しいのですが・・・・・・』

 「わかりました。すぐに向かいます」

 『すみません。事件を解決したばかりなのに』

 「この街を守るのはオレの仕事です。それでは失礼します」

 オレは受話器を置いた。

 「すまん。北川。事件が起きた。すぐに行かなくちゃならない」

 「働き過ぎは良くないぜ」

 「刑事はオレの生きがいだ」

 「そう言うと思ったよ。オレもできる限りサポートをするぞ。Sマシーンが必要な時は言ってくれ」

 「ああ。そん時は頼むよ」

 オレは上着を羽織ってここを出る用意をした。

 「待って、祐一」

 そんなオレを名雪が呼び止めた。

 「なんだ、名雪」

 「祐一。私も行く」

 「今度の相手は、ビューティー・ムーンだぞ」

 「私もこの街が好きだもん。それに祐一の役にたちたいもん」

 オレは名雪の目を見つめた。

 しばらくの沈黙。

 「よし!行くぞ!名雪!」

 「うん!祐一!」

 「がんばって来いよ。二人とも」

 オレ達の背中に北川のエールが送られてきた。



   *   *   *



 この街は、常に甘い薫りで覆われている。

 至る所から甘い蒸気を噴き出し、

 街の全貌を、深い薫りの中に隠している。

 その甘い薫りに紛れて、数多くの怪人、怪盗が現れ、人々の平和を脅かしている。

 だが、

 その薫りに覆われた街を愛する者達もここにいる。

 正義に燃える警察と真実を求める探偵は、人々の心の煙を取り払おうと戦う。

 祐一と名雪は、今日も闇と戦う。

 このスウィート・シティを守る為に。

 このスウィート・シティに住む人々に笑顔をもたらす為に。



(完)





 あかり「ねぇ、矢蘇っち。これ続くの?」

 矢蘇部「さあ」

 あかり「さあって、あんたずいぶんいい加減ね」

 矢蘇部「うーん、読者の反応を見てからだな」

 あかり「確かに、誰にも読まれない物を書いてもしょうがないわよね」

 矢蘇部「ぐはぁっ!」

 あかり「あら、どうしたの?」

 矢蘇部「はぁ、はぁ――――――いや、大丈夫だ」

 あかり「そう言えば、続けるとしても、ネタはあるの?」

 矢蘇部「ぐぐはぁっ!」

 あかり「ないのね」

 矢蘇部「くっ!なくったって、なんとかなるさ」

 あかり「あんたって、本当に楽天的ね」

 矢蘇部「刹那主義!万歳!」

 あかり「はぁ。もう少し考えて生きなさいよ」


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