『陽の光に導かれ、人は力を手に入れる。

  月の光にいざなわれ、人は夢を手に入れる。

  月と太陽が交じあうとき、私は全てを手に入れる』






探偵水瀬名雪

月の光にいざなわれ
vanishing body

#10「月夜の晩に」





 私たちは時計塔の下に立っていた。

 香里と私は手をつなぎながら時計塔の下に立っていた。

 二人で時計塔の前で繰り広げられていることを見つめていた。

 香里の手は、少しだけ震えていた・・・・・・。





 「おっ!名雪!」

 祐一が私たちに気付いた。

 「折原たちがうまくやってくれた。もうすぐビューティー・ムーンを捕まえれるぞ」

 そういって祐一が時計塔の前の大通りを眺める。

 通りには、怪盗ビューティー・ムーンさんがいた。

 ムーさんは、幾人かの女の子たちと北川君に追いかけられていた。

 「やっ!水瀬さん」

 男の人が一人、私たちの方にやってきた。

 前に博物館で一緒に仕事をした人―――ONE綜合警備保障の折原さんだ。

 「見てのとおり、もう少しで怪盗ビューティー・ムーンを捕まえられるぜ。うちの社員達は女性ばかりだがな、そこらの男どもより働くし、有能なんだ」

 折原さんが誇らしげに女の子たちを見る。

 彼女たちは、少しづつムーさんを包囲し始めていた。

 「・・・・・・ONEの人たちも警備にあたってたの?」

 香里が掠れた声で祐一に聴く。

 「ああ、そうなんだ。外の警備を任せていた」

 そういって祐一が浩平さんの肩を叩いた。

 「祐一のやつ、いきなり電話してきて『今日、時計塔に怪盗ビューティー・ムーンが出現するから手伝ってくれ』だもんな。警察からの依頼じゃなきゃ断ってたぜ」

 折原さんが肩を竦める。

 「それにしても、本当にビューティー・ムーンが現れるとはなぁ。警察からの情報だから半分疑いながらここらで待機してたんだが、いきなり時計塔の電気は消えるは、空から何か降ってくるは、おまけにそれをキャッチしにビューティー・ムーンは現れるはで、未だに信じられん」

 「警察の情報が信用できなくて悪かったなぁ」

 「信用してないとはいってないぞ。ただ、警察はときどきポカやらかすからさ」

 「それを信用してないっていうんだ!」

 「ははは、そう怒るな祐一。今回ので見直したぞ。これからは少しは警察を信用してやるよ」

 「少しかよ・・・・・・」

 「さてと、俺もアレを手伝いにいくかな。また長森に『社長がサボってるだよもん』っていわれちまう」

 「待て、浩平。俺もいく。ONEばかりにいい格好をさせられないぜ」

 祐一と折原さんは、ムーさんの捕獲劇の中に身を躍らせた。





 ムーさんは駐車してある自動車や馬車の間を走り回っていた。

 一生懸命に逃げ道を探そうとしている。

 けれど周りはONEの社員たちに完全に包囲されていた。

 そして、その包囲網に祐一と折原さんが加わったことにより、ムーさんは完全に逃げ道を失っていた。

 「えう〜」

 ムーさんが変な声をあげる。

 その声を聴いたとき、香里が私の手を強く握りながら、小さく呟いた。

 「・・・・・・栞」

 それを聴いて、私ははっと香里を見る。

 「香里、やっぱり香里が・・・・・・」

 香里がビクッと体を震わせた。

 そして私の目を見てから、すぅと息をはく。

 「・・・・・・ばれちゃったのね。それとも、ばれてたのかしら」

 握っていた香里の手から、力が抜ける。

 「そうよ、名雪。私と栞が怪盗ビューティー・ムーンよ」

 香里は弱々しく微笑みながら、私にそういった。



 「ONE総合警備保障がいたのは誤算だったわ。あなたたちしかいなければ、栞は安全に逃げることができたのに」

 香里がゆっくりと言葉を紡ぎだす。

 「それに、エレベーターの前に常田さんが立ったのも。おかげで北川君と相沢君がエレベーターを使わなかったわ。使ってくれれば、停電で止まったエレベーターの中にしばらく足止めできたはずなのに」

 「香里、どうして怪盗さんを―――」

 「ふふふ。私が怪盗じゃおかしい?」

 「おかしくはないけど・・・・・・」

 「名雪はこんなときにも正直ね」

 香里が目を細める。

 「ねえ、名雪。一つ訊いていい?」

 「何?香里?」

 「私と名雪がはじめて出会ったのはいつだったかしら?」

 「え?何いってるの?香里とは昔からの友達だよ」

 「私とあなたは、いつどこでどうやって知り合ったの?」

 「だから、昔・・・・・・」

 「それはいつ?何年前?何歳のとき?」

 「えっと、それは・・・・・・」

 あれ?

 おかしいな。

 思い出せないよ。

 香里とは昔からの親友なのに。

 それなのに、出会った頃が思い出せない!!

 「名雪、私にはね―――」

 香里が空を見上げた。

 私も同じように空を見る。

 そこには、細長い月が青白く光っていた。

 「―――月の光を見るたびに思い出すことがあるの。広大な、閉じ込められた空間。永遠にやむことのない機械音。そして、お母さんの面影」

 お母さん?

 そういえば私、香里と栞ちゃんのお母さんに会ったことない。

 「月の光を見るたびに思い出すの。私以外誰もいない部屋。私以外何もない部屋。ただ一つの窓から見える、大きな大きな月」

 今も空には月が輝いている。

 私もずっと昔、こうやって月を見上げていたような気がする。

 「それがどこなのかはわからないわ。ただわかっているのは、そこではいつも同じことをやらされていたことだけ。毎日毎日同じこと。永遠に繰り返される同じこと。けれど、何をしていたのかは思い出せない」

 毎日、毎日同じこと?

 毎日、毎日――――――

 『名雪。今日もあなたの力を計測するテストをします』

 え?何?今の記憶?

 「そこには、私以外の誰かもいたわ。けど、誰が一緒にいたのか、誰と一緒にいたのか。それが全然思い出せないの。そこには確かに誰かがいたはずなのに」

 誰かと一緒―――

 『名雪、おれがついていてやるよ。ずっといっしょだぞ。そうすれば、こわくないだろ』

 また、

 また私の知らない記憶。

 「私には、7年前までしか記憶がない。それ以前は、記憶も記録も何ないわ。私は自分の過去を何も知らないし、誰も私の過去を知らないの。栞が本当の妹かどうかでさえ定かでないのよ。だけどね―――」

 月を見あげていた香里が、視線を私の顔に移す。

 「あの人は私を知っていた。あの人は私の過去を知っていたわ。あの人は私の全てを知っていたのよ」

 「あの人って・・・・・・、誰?」

 「私たちのお母さんよ」

 お母さん―――

 『今日から、私があなたたちの母です』



 「私はまだ、直接お母さんに会ったことはないわ。お母さんは手紙でしか私に話しかけてくれないの。その手紙も、どこからどのようにして来るのかはわからない。だけどいつも手紙には、私の知りたいことが書かれていたわ」

 香里が追い詰められているムーさん―――栞ちゃんを見る。

 「あなたが目的を達成するためには、『ギャラクシー・キャンディー』が必要だってね」

 「香里、もしかしてそれで怪盗さんに・・・・・・」

 「そうよ。それが、私が怪盗になった理由の一つ」

 「一つってことは、まだ他にも理由があるの?」

 「ええ。つまらない理由があと一つだけね」

 「なんなの?そこまでして達成しなければいけない目的っていったいなんなの?」

 「理由ね―――」

 香里が悲しそうな顔をする。

 「―――名雪。栞はね、病気なの」

 「えっ、病気?栞ちゃんが?」

 私は栞ちゃんを見る。

 栞ちゃんは、走りながら逃げ回っている。

 あの栞ちゃんが病気?

 いつも笑顔で元気な栞ちゃんが―――

 「幾人もの医者に見せたわ。けどね、栞の病気を治せる医者は一人もいなかったの。私も一生懸命調べたわ。それで栞の病気の原因はわかったの。けれど、病気を治す方法はわからなかったわ・・・・・・。そのときね、手紙がきたのよ」

 「その・・・、お母さんから?」

 「その通りよ、名雪。お母さんは『ギャラクシー・キャンディー』のことを教えてくれたわ。そしてその使い方もね」

 「使い方って、あの謎かけみたいなやつ?」

 「そうよ。『陽の光に導かれ、人は力を手に入れる。月の光にいざなわれ、人は夢を手に入れる』」

 「『月と太陽が交じあうとき、私は全てを手に入れる』」

 「名雪も知ってたの」

 「この前、お母さんが教えてくれたの。ねぇ、この最後の部分がわかったの?」

 「最後?違うわ。私が必要だったのは2番目の部分。『月の光にいざなわれ、人は夢を手に入れる』」

 「催眠光線・・・・・・」

 「そう。栞の病気を治すには、強力な催眠術が必要だったの」

 「香里、栞ちゃんの病気っていったい・・・・・・?」

 そのとき、栞ちゃんが叫び声をあげた。

 見ると、今にも祐一たちに捕まりそうである。

 「えぅー!!お姉ちゃん、助けてくださいー!!」

 「栞っ!」

 香里が走り出そうとする。

 その香里の手を私は握った。

 「待って、香里!」

 「名雪。栞の病気はね―――」

 香里が深刻な顔をする。

 「―――アイス食べたい病よ!」

 「へっ?」

 「ひたすらにアイスを食べつづけたくなる病なのよ!!」

 私の思考が一瞬止まった。

 体中から力が抜ける。

 きっと今、目が点になってるんだろうな〜と自分で思う。

 その隙に、香里は私の手を振り解いて栞ちゃんの方に走っていってしまった。





 「怪盗ビューティー・ムーン!もう逃げられんぞ」

 折原さんが栞ちゃんに手を伸ばす。

 その折原さんと栞ちゃんの間に香里が滑り込んだ。

 「え、美坂さん?」

 「私の妹に手を出さないでくれる」

 香里が栞ちゃんを庇うように手を広げる。

 「香里、やっぱりおまえが・・・・・・」

 祐一が香里を見つめる。

 「そうよ、私がビューティー・ムーンよ」

 香里の目が煌めく。

 みんなが香里の目を見る。

 「だめっ!」

 香里のあとを追って、やっとみんなのところにたどり着いた私は、近くにいた祐一の顔を背けさせた。

 私も香里の方を見ないようにする。

 「みんな、香里の目をみちゃだめ!」

 私は叫んだ。

 「名雪、もう遅いわ・・・・・・」

 私ははっと顔をあげる。

 香里と栞ちゃんはみんなの間をすり抜け、包囲の外に出ていた。

 折原さんたちは、さっきまで香里と栞ちゃんが立っていた場所をただ見つめていた。

 「それにしてもさすがは名雪ね。私の能力に気付いてるなんて」

 「わかったのは、時計塔の中でだよ」

 「名雪、何の話だ?能力ってなんだ?」

 「祐一さん、私が『みる』能力を持っているのは知ってますよね」

 「ああ。一度見せてもらったからな」

 「私はね、栞とは逆に『みせる』能力を持ってるのよ」

 「みせる?じゃぁ、あいつらは・・・・・・」

 「私の『みせた』幻覚をみてるわ」

 そういって香里が微笑む。

 「さて、そろそろ帰ろうかしら」

 「そうですね、お姉ちゃん」

 「待って、香里。今度は私が訊きたいことがあるの」

 「なに?名雪」

 「どうして『ギャラクシー・キャンディーズ』を何個も盗む必要があったの?」

 「『ギャラクシー・キャンディーズ』はね。7つのうち一つが本物の『ギャラクシー・キャンディー』で、あとの6つはそれのレプリカなのよ。レプリカでは栞の病気はなおせないわ」

 「じゃあ、本物かどうか確かめるために、何個も」

 「そうよ」

 「もう一つ教えて。どうしてキャンディーの名前と曜日をあわせたの?そんなことをしなければもっと楽に盗れたのに」

 「それは、名雪。あなたと勝負するためよ」

 「え?私と勝負?」

 「そう。私たちはいつも『スウィート・シティ』最高の探偵っていわれてたわ。けど、どちらの方が優れているかは誰もいってくれなかったし、私にもわからなかった。だから、一度あなたと勝負してみたかったのよ」

 「もしかして、それがさっきいってたもう一つの理由・・・・・・」

 「つまらない理由でしょ」

 香里がニッコリと笑った。



 「名雪、悪いけどそろそろお暇させてもらうわ。あの人たちももう目覚めそうだし」

 「待て、香里!それに栞!」

 「何?相沢君。私忙しいんだけど」

 「いくら親友だからって見逃すことはできないぜ。何故なら俺は、警察だからな!怪盗ビューティー・ムーン!ギャラクシー・キャンディーズ窃盗の現行犯で逮捕する!!」

 そういって祐一が懐から拳銃と警察手帳を取り出す。

 「私もね、栞の病気を治すまでは捕まるわけにはいかないわ」

 「栞の病気?なんだそれは?」

 「アイス食べたい病よ」

 「はっ?」

 祐一の動きが一瞬止まる。

 その隙に、香里と栞ちゃんが走り出した。

 「あ・・・・・・、待て、香里!」

 祐一が走り出す。

 私も一緒に走り出す。

 そのとき、香里たちの前方に巨大なものが立ちはだかった。

 「Sマシーン・・・・・・」

 香里たちが足を止める。

 「美坂・・・・・・」

 Sマシーン、鉄人RX―78号の影から北川君が現れた。

 「北川君。そういえばさっき、栞を包囲している中にはいなかったわね」

 「途中から抜け出してな、もし怪盗ビューティー・ムーンがあの包囲から逃げおおせたときのために、ここで待機してたんだ」

 「北川君、そこをどいて」

 「いや、どかない・・・・・・」

 北川君が悲しげな目を香里に向ける。

 「美坂、話は聞かせてもらった。もうこんなことはやめてくれ。栞の病気の治療は俺が手伝ってやる。アイス食べたい病だって、どこでもすぐに眠る病だって俺が治してやる!」

 「えうー、どこでもすぐに眠る病は私じゃないです。名雪さんです」

 「とにかく、美坂。俺のところに来い!」

 「ありがとう、北川君・・・・・・。でもね、遠慮するわ」

 「どうして!?」

 「たぶんこれはね、私たちだけの問題じゃないのよ。何か大きな流れの前兆なんだわ。もう逃れられないの」

 「何いってんだ?美坂!?」

 「北川君、あなたに昔の記憶はある?」

 「当たり前だ。幼稚園の頃のことだって覚えてるぞ」

 「そう、ならあなたを巻き込むわけにはいかないわね」

 香里が私たちの方に振り向く。

 「名雪、覚悟しておいた方がいいわよ。たぶんあなたにも手紙が届くから」

 そういったあと、香里はいきなり走り出した。

 「わっ、美坂!」

 北川君があわてて香里を止めようとする。

 「無駄よ、北川君!」

 北川君の動きが一瞬止まった。

 たぶん、香里が北川君に何かを『みせた』んだ。

 「うぉぉぉぉぉぉ、美坂ぁぁぁぁぁ」

 北川君が体をめちゃくちゃに動かす。

 そのとき、手に持っていたコントローラーをどこかにぶつけた。

 ガガッ

 途端、動き出す鉄人RX−78号。

 「わっ!」

 香里と栞ちゃんが再び足を止める。

 RX−78号は、その巨体を道路脇に立っていたガス灯にぶつけた。

 ガス灯は根元から折れ曲がり、香里たちの方へと傾きだした。

 高さ5メートル程の鉄の柱が、ゆっくり、ゆっくりと香里たちの方に向かって行く。

 「香里ぃぃぃぃぃぃ!逃げてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 私は叫び声をあげた。

 けど、香里と栞ちゃんはいきなりのことで動けない。

 「くそっ!」

 祐一が北川君のもとへ走り出した。

 その間にもガス灯は香里たちの方へ傾いでゆく。

 祐一は北川君からコントローラーを奪いRX−78号を操作した。

 78号がガス灯をつかもうと手を伸ばす。

 だが、もう少しというところでつかみそこねてしまう。

 ガス灯は、容赦なく香里と栞ちゃんの上に倒れゆく。

 「!!」

 私は思わず手で顔を覆う。

 「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 祐一の絶叫。

 そして―――静寂。



 静かだった。

 何も聴こえなかった。

 ガス灯が倒れる音も聴こえなかった。

 私は恐る恐る目をあける。

 そこには、手を伸ばしているRX−78号だけが立っていた。

 倒れかけていたはずのガス灯はどこにもなかった。

 そして、香里と栞ちゃんの姿もなかった。



 「ゆ〜いち〜」

 私は祐一と北川君のところに駆け寄る。

 北川君はまだすこしぼーとしていた。

 「祐一、いったいどうなったの?」

 「消えた・・・・・・」

 「え?」

 「いきなりガス灯がパッと消えたんだ」

 「香里と栞ちゃんは?」

 「ガス灯が消えたあと、落ち着きを取り戻して走り去っていった」

 「もしかして今の、香里が私たちに『みせた』もの?」

 「いや、それは違うだろ。だってほら、そこのガス灯」

 祐一がRX―78号の横を指差す。

 ガス灯は、上の部分が折れてなくなっていた。

 「・・・・・・何が起こったのかは、俺にはわからない」

 「けど、香里と栞ちゃんは無事だったんでしょ」

 「ああ・・・・・・」

 「よかった〜」

 私は安堵の息をはいた。

 「あいつら、これからどうするんだろうな?」

 祐一が道路の先を見ながら呟く。

 「それはわからないよ。けど、もう怪盗ビューティー・ムーンさんは現れないと思う」

 「そうだな・・・・・・」

 祐一が背筋を伸ばす。

 「名雪、とりあえず帰るか」

 「そうだね」

 私と祐一は、北川君を正気に戻し、三人で夜の道を歩き出した。









 『都合により、しばらく休業します。 美坂少女探偵団』

 私は入り口の張り紙を読む。

 「香里・・・・・・」

 あのあと、香里と栞ちゃんはどこかに消えてしまった。

 次の日、私の事務所に『魔王』が届いた。

 いつも通り一緒に手紙が置いてあってけど、『これは違うから返す』としか書かれていなかった。

 香里たちがいなくなってから、ムーさんが再び現れることはなかった。

 ムーさんの正体は、私たちとONE綜合警備保障の人しか知らない。

 祐一が折原さんにお願いして、あの夜のことを秘密にしてもらったからだ。

 だから、香里たちがムーさんだったことは、街のみんなは知らないことだった。

 私は香里の事務所を見ながら、あの日香里がいったことを思い出した。

 『私と名雪がはじめて出会ったのはいつ?』

 「ごめんね、香里。私も覚えていないんだよ・・・・・・」

 本当に覚えていない。

 思い出せない。

 私も、香里と一緒・・・・・・。

 『名雪、覚悟しておいた方がいいわよ。たぶんあなたにも手紙が届くから』

 手紙。

 お母さんからの手紙。

 私たちのお母さん―――

 そういえば、あゆちゃんも同じようなことをいっていた。

 「いったい、誰なんだろう?」

 何故か、急に怖くなってきた。

 嫌な寒気がする。

 そのとき、昔のことがちょっとだけ思い出せた。

 『もう大丈夫よ、名雪。これからはずっとお母さんと一緒だから』

 そういって、お母さんが私を抱きしめてくれたぬくもり。

 そうだ。

 私にはお母さんがいる。

 私はずっとお母さんと一緒だった。

 「お母さんに会いたい・・・・・・」

 私は、私のお母さんのいる警察所へと走りだした。



   *   *   *



 この街は、常に甘い薫りで覆われている。

 至る所から甘い蒸気を噴き出し、

 街の全貌を、深い薫りの中に隠している。

 その甘い薫りに紛れて、数多くの怪人、怪盗が現れ、人々の平和を脅かしている。

 だが、

 その薫りに覆われた街を愛する者達もここにいる。

 正義に燃える警察と真実を求める探偵は、人々の心の煙を取り払おうと戦う。

 祐一と名雪は、今日も闇と戦う。

 このスウィート・シティを守る為に。

 このスウィート・シティに住む人々に笑顔をもたらす為に。







 「月の光にいざなわれ」(完)



 矢蘇部「『月の光にいざなわれ』完結ぅ〜。
      読んでくれた皆様。誠にありがとうございました」

 あかり「けっこう長かったわね」

 矢蘇部「はじめの予定では『うぐぅ』と同じぐらいのはずだったんだが・・・・・・」

 あかり「やっぱ途中の『エセ推理』が悪かったんじゃないの?」

 矢蘇部「そう思う。会話が長くなって死ぬかと思った」

 あかり「慣れないことするから」

 矢蘇部「まぁ、いいじゃないか」

 あかり「で、『月の〜』はこれで終わりなんでしょ」

 矢蘇部「そうだが」

 あかり「けど、終わってないような気もするんだけど」

 矢蘇部「そりゃ正しい」

 あかり「は?」

 矢蘇部「『月の〜』は終わったが、『探偵〜』としては始まったばかりなんだ」

 あかり「とうことは、この先も話が続いていくと」

 矢蘇部「そういうことだ」

 あかり「ねぇ、次はどんな話になるの?また怪盗が出てくるの?」

 矢蘇部「さぁ・・・・・・」

 あかり「・・・・・・さてはあんた。また何も考えてないわね」

 矢蘇部「そ、そんなことないぞ・・・・・・」

 あかり「じゃあ、なんで少ずつ遠ざかってるのよ」

 矢蘇部「俺はトイレに行きたいんであって、逃げようとしてるのでは・・・・・・、さらば!」

 あかり「逃げた・・・・・・。まったく、どうしようもないわね〜」




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