あの人は、私を知っていた。

 あの人は、私の過去を知っていた。

 あの人は、私の全てを知っていた。

 だから私は、あの人を信じてみることにした。






探偵水瀬名雪

月の光にいざなわれ
vanishing body

#7「ギャラクシー・キャンディーズ」





 「ゆ〜いち〜」

 「お、名雪か。待ってたぞ」

 「頼まれたもの、ちゃんと借りてきたよ〜」

 「サンキュー。とにかく中に入れ」

 「うん。お邪魔しま〜す」

 「警察署へ入るのに『お邪魔します』ってのもないと思うが」

 「気持ちの問題だよ」

 北川君の家にムーさんが現れてから三日後。

 私は祐一のいる警察署にやってきた。

 もちろん、ムーさんの正体について推理する為だよ〜。



 私と祐一は、テーブルの上にお互い持ち合った資料を並べた。

 「さてと、何からはじめるかな」

 祐一が椅子を斜めに傾ける。

 「ゆ〜いち。ちゃんと座らないと危ないよ〜。ひっくり返っちゃうよ〜」

 「名雪じゃないんだ。だいじょうぶだ」

 うにゅ〜、何かひどいことをいってるよ。

 「ひっくり返っても知らないから〜」

 「平気だって。それよりさっさと始めよう」

 祐一が机の上の書類に目を通す。

 「そういえば祐一。この前の北川君のお屋敷での出来事。あのあと何か進展あった〜?」

 「あれか。あれは特に進展がないんだ。栞にも手伝ってもらったんだが、だいたいあの日に俺たちが推測した通りだろうと」

 「『女神の林檎』はちゃんと返ってきたんだよね」

 「そうだ。次の日に綺麗な状態で戻って来た」

 「手紙は?」

 「それもあった。例のごとく『これは違うから返す』って書いてあった」

 「ってことは、ムーさんはまた現れるってこと〜?」

 「そういうことになるな」

 祐一が立ち上がる。

 「名雪、コーヒー飲むか?」

 「うん」

 「砂糖は?」

 「2つ」

 「ミルクは?」

 「いる」

 祐一がコーヒーを淹れてきてくれた。

 「そ〜いえば、祐一〜」

 「なんだ?」

 「バケツが櫓の上にあった理由はわかったの?」

 「それがわからないんだ。バケツどころか櫓の意味もわからん。香里は余裕をみせるためじゃないかっていってたけど、俺にはそうは思えないし・・・・・・」

 「じゃあ、ムーさんがワープした方法は?」

 「ワープ?」

 「うん。倉庫の上にいたはずのムーさんが、一瞬でお屋敷のバルコニーの方に移動したよね」

 「ああ。あれか」

 「あれをどうやったのかはわかったの?」

 「栞に『みて』もらった結果、倉庫の上にいた方がダミーだったらしい」

 「ムーさんははじめっからお屋敷の方にいたってこと?」

 「そうだ。倉庫にダミーを置いて俺たちの注意をそっちに向けさせ、その間に『女神の林檎』を盗もうとしたんだ」

 「じゃあ、倉庫には誰もいなかったってことになるよね」

 「そうなるな」

 「なら、北川君のロボットは何を追いかけてたの?」

 「あっ!そういえば・・・・・・」

 「確かロボットに『怪しい人物を追いかけるように設定した』っていってたよね」

 「そういえばそうだな・・・・・・。間違えて猫でも追いかけてたのか?」

 「ねこっ!ねこがいたの祐一!」

 「落ち着け、名雪。例えだ、例え!」

 「なんだ〜」

 「それにしても、その点は確かに疑問だな。北川に訊いてみるか」

 「そういえば北川君。このごろ元気ないね〜」

 「ああ、そうだな。『女神の林檎』が盗まれたのがショックだったのかなぁ?」

 「けど、それは無事に戻ってきたんだよ」

 「そうだよな〜。どうしたんだろ、あいつ」

 「なにか悩んでるって感じだよね」

 「あいつに悩みってのは無縁の気がするんだがな〜」

 そういって祐一がコーヒーを一杯飲んだ。



 「それで、名雪。頼んどいた本は借りてきてくれたか?」

 「うん。ちゃんと帝都図書館にいって借りてきたよ〜」

 私は借りてきた本を並べる。

 『砂糖芸術の世界』『砂糖の純結晶化と光の屈折率』『魅惑の飴玉、ギャラクシー・キャンディーズ』『ギャラクシー・キャンディーズの謎』。

 「怪盗ビューティー・ムーンが狙い続けているギャラクシー・キャンディーズ。この飴玉について、俺たちは何も知らないからな」

 祐一が本を一冊手に取る。

 「まず、ムーさんの狙いを調べるんだね」

 「おっ、名雪。なんか今探偵みたいだったぞ」

 「う〜、私探偵だもん」

 「あははは、そうだったな〜」

 うにゅ〜。祐一の意地悪。

 「名雪、本に目を通してきたか?」

 「借りてきたのは今日ここに来る途中でだよ」

 「そうか・・・・・・。じゃあ手分けして『ギャラクシー・キャンディーズ』のことについて調べてみよう」

 「うん」





 「とりあえず、こんなもんか」

 祐一が本をぱたんと閉じる。

 「結構時間かかったね〜」

 私は、祐一と二人でまとめたレポートを読んでみる。



   *   *   *



 ギャラクシー・キャンディーズ。

 菓子職人・神谷冬美がつくりあげた、特殊な技術により凝縮された高純度の飴玉。全七種類。

 精製技術は、神谷冬美のみが知る。いままで何人もの菓子職人が同飴玉を作ろうとして失敗している。

 神谷女史がこの飴玉の使用方法を作らなかったため、当時の科学者はその使い方を調べるところから研究をはじめた。

 研究の結果、以下のことが判明した。

 ●陽光・月光を吸収し内部で屈折させると、特殊反応を起こす。

 ●陽光を吸収すると、莫大な砂糖エネルギーを捻出させる。

 ●月光を吸収すると、催眠効果のある淡い光を発生させる。

 もともと工業用に作られたらしいが、その取扱方法が複雑かつ高度なため、むしろ芸術品として扱われてきた。

 現在のギャラクシー・キャンディーズの所持者・団体。( )は俗称

 『バナナ・ムーン』(ムーン・ムーン) 帝都タワー:展望台美術室。

 『ラズベリー・マーズ』(ベリー・マーズ) 老舗菓子屋キャンディー・ママ

 『マーキュリー・メロン』(マーキュリー) 蒸気号スティーブンソン:動力。

 『ジュピター・オレンジ』(ジュ・オー) 帝都博物館。

 『ヴィナス・アップル』(女神の林檎) 夜風オークション。

 『サタン・パイン』(魔王) スウィート・シティー大時計塔:動力。

 『ハニー・サン』(クレイジー・サン) 行方不明。



   *   *   *



 「月光を吸収すると、催眠効果のある淡い光を発生させる・・・・・・」

 そういえば博物館で、ムーさんが『ジュ・オー』と月を重ね合わせたとき、不思議な光があたりに溢れてたっけ。

 「なんか、不思議な飴玉だなぁ」

 「そうだね〜」

 「けど、どの飴玉も大差ない気がするな。ビューティー・ムーンはいったい何を探しているんだ?」

 「もしかしたら、飴玉によって光を発生させたときの効果が違うのかも」

 「そうかもしれないな。とにかく、あと残ってるのは『サタン・パイン』と『ハニー・サン』」

 「けど『ハニー・サン』は行方不明って書いてあるよ」

 「そう。だからヤツと対決できるチャンスは、たぶん次が最期だ」

 そういって祐一が窓の外を見る。

 窓からは、スウィート・シティー名物の大時計塔が少しだけ見えた。





 「ちょっと机の上が散らかっちゃったね」

 「そうだな。少しかたずけるか」

 祐一が本を机の隅に積み上げる。

 私も紙束をまとめる。

 「あれ?この絵・・・・・・」

 書類の束の中から、あの博物館で栞ちゃんが描いた絵が出てきた。

 「あ、それか。一応栞から貰ってきたんだ。何かの役に立つかなって思って」

 「ふ〜ん、そうなんだ」

 あの日、栞ちゃんが描いた絵。

 独特の雰囲気を持った、不思議な不思議な絵。

 なんか、じ〜っと見つめてると、目がまわってくるような。

 「うにゅ〜?」

 「どうした、名雪。そんなにその絵が気に入ったのか?」

 だんだん引き込まれていくような・・・・・・。

 「だお〜?」

 「名雪、何寝ぼけてるんだ?」

 ぐるぐるぐるぐるぐるぐると〜・・・・・・。

 「名雪?」

 うにゅにゅにゅにゅ―――――――

 「なゆき――――――」

 あれ――――――?





 ――――――ここは?

 どこ?

 暗い場所。

 廊下みたいだね。

 ということは、どこかの建物の中?

 窓から月明かりがさしてる。

 その薄闇の中に人の姿が。

 あれは―――

 祐一と浩平さんと・・・・・・、私!?

 私が何で?

 それに、窓の前にはムーさんも・・・・・・。

 これって・・・・・・、

 これってもしかして、あの博物館の夜?

 あの『ジュ・オー』が盗まれた・・・・・・。

 あ、ムーさんが片手をあげた。

 手には『ジュ・オー』を持ってる。

 確か、あのとき・・・・・・、

 『ジュ・オー』が輝いて。

 わっ!

 あの時と同じだ。『ジュ・オー』が光ったよ。

 あれ?

 私たち、

 その輝いた『ジュ・オー』を見ながら呆然と立ってる。

 『あなたたちに―――』

 この声、ムーさん?

 『見せてあげるわ。何もない空間を』

 『見せてあげるわ。あり得ない時間を』

 『そしてあなたたちが気づいたとき、もうそこには誰もいないわ』

 『ただちょっと、私がそこを通るまでは、夢を見ていてね』

 ムーさんが窓を開ける。

 それから、博物館の方へ歩き出した。

 私たちの間を、ゆっくりと通り抜けてゆく。

 それなのに私も祐一も浩平さんも、呆然と窓の方を見つめてるだけ。

 『この程度の増幅度じゃハズレね。けど、一応調べるだけ調べてみるかしら』

 ムーさんは何かぶつぶついいながら、博物館の奥の方へいっちゃった。

 しばらくして、私たち3人が我に返る。

 そして、3人して窓の方に走っていった。

 『しまった!窓から飛び降りたのか?』

 『いない・・・・・・』

 『消えた・・・・・・のか?』

 いくら探しても無駄だよ。

 だってムーさんは、窓から外に出たんじゃなくて、歩いて博物館の方に戻ったんだもん。

 あれ?そうすると、

 香里の言ってた、ムーさんは屋上に登っていったって話は――――――





 「―――ゆき」

 うにゅ?

 「―――名雪!!」

 あれ?ここは?

 「ゆう、いち?」

 「名雪!よかった!気がついたか!」

 「祐一・・・・・・、私どうしたの?」

 「栞の絵を見ながら倒れたんだ。そのあと、いくら呼びかけても返事しなくて」

 「栞ちゃんの絵?」

 あ、手に持ってる。

 「どうしたんだ?名雪。栞の絵に酔ったのか?」

 絵に酔った?

 違う。

 今、私は―――

 「『みた』んだよ」

 「は?見たって何を?」

 「たぶん、栞ちゃんの『みた』もの」

 「へ?」

 「それでね!祐一。ムーさんは、窓から屋上に登ったんじゃなくて―――」

 「待った、名雪。誰かが来た」

 こんこん。

 うにゅ?誰かが部屋のドアを叩いてる。

 「開いてますよ。どうぞ」

 祐一が声をかける。

 扉が内側に開く。

 あ、お母さんだ。

 「祐一さん、名雪。お客さんですよ」

 「お客さん?だ〜れ〜?」

 「俺だ」

 お母さんのうしろから、北川君がひょっこりと現れた。



 (続く



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