Beyond the Time
track 1 「金曜日のライオン」
「今日はいい天気だなぁ」
中庭に続く鉄の扉を開けながら祐一がいった。
「それに暖かいし」
隣にいた名雪が「うんうん」と頷く。
「こんなに暖かいと〜、眠くなっちゃうね〜」
中庭に足を踏み入ながら、名雪がのんびりといった。
「名雪、あなたさっきの授業の間ずっと寝てたじゃない」
「相沢も起きてるふりしながら寝てたぞ」
一緒に歩いていた香里と北川が苦笑する。
「だって〜、眠かったんだもん〜」
名雪がいつもの言い訳をした。
「そうだ。すごく眠かったんだからしょうがない。それにな、春眠暁を覚えずっていうだろ」
祐一も香里と北川に訴えかけた。
「相沢君、11月は間違っても春ではないわ」
祐一のボケに、香里が思わずツッコミをいれた。
「あ、みなさーん!」
栞が祐一たちに手を振る。
中庭に立っている一本の大きな古木。
その木の下に、栞と美汐がシートを広げて座っていた。
中庭には他に生徒はいなかった。
11月にもなるとだいぶ風も冷たくなってくるので、中庭で昼食を摂ろうなどという物好きな生徒は滅多にいないのだ。
だから今日も、中庭は祐一たちの貸切であった。
「あゆと真琴はまだ来てないのか?」
祐一がシートに座りながら栞に訊く。
「まだ来ていませんね」
栞は返事をしながら昼食の用意を始めた。
どこからか重箱を10個程取り出す。
祐一は、あの重箱がどこから出てくるのかを常々不思議に思っていたが、「四次元」とかいわれると返答に困るので、まだ一度も訊いてみたことがなかった。
「今日は、舞さんと佐祐理さんは来るんですか?」
美汐が祐一に尋ねる。
「今日は金曜だから、昼は来れないんじゃないか」
祐一は舞と佐祐理の、大学の講義日程を思い浮かべながら答えた。
いつの頃からか、この古木の下で昼食を摂ることが祐一たちの日課となっていた。
学校に通っている、祐一、名雪、香里、北川、栞、美汐はもちろんのこと、近くの保育園で働いている真琴、復学のために自宅で勉強中のあゆ、卒業し地元の大学に進学した舞や佐祐理もここにやって来ていた。
真琴やあゆはほぼ毎日来ていたし、舞と佐祐理も時間がとれるときはここを訪れていた。
「相変わらず、部外者が簡単に入れる学校だなぁ」
「祐一、どうしたの?いきなり独り言なんていって」
「いや、何となくふと頭に浮かんでな……」
「相沢さん、相変わらず突発的妄想癖が治らないんですね」
「そういう天野こそ、おばさん的人の粗探しが治ってないぞ」
「私は相沢さんの改善すべき短所を摘示しているだけです。粗探しをしているわけではありません」
「いや、天野の言葉には悪意と憎悪が満ちている。これは俺に対するいじめだ」
「私は相沢さんのためを思っていってるんです。悪意など微塵もありません。別に、いつもからかわれているから、仕返しをしているというわけではないです」
「ちょっと待て。いつ俺が天野をからかった?」
「平素です。普段です。常日頃です。今だって私をからかってます」
「それは誤解だ!俺はただ、天野とフリスビーな会話をしようとしてるだけだ!それなのにからかってるだなんて……。泣いちゃうぞ、俺」
「相沢さん、それをいうならフレンドリーです」
「なにが?」
「ですから、『フリスビーな会話』ではなく『フレンドリーな会話』です」
「天野。フリスビーってのは、投げて遊ぶプラスチックでできた円盤型の物体のことだぞ。それをいきなり『フリスビーな会話』だなんて。大丈夫か?」
「あ、相沢さんがいったんじゃないですか!」
「いくら俺でもフリスビーとフリードリヒをいい間違えたりはしないさ」
「フ、フリードリヒ?」
「どうした天野。いきなり赤髭のバルバロッサの名前なんて叫んで」
「どうしたもこうしたも、今相沢さんがいった……」
「俺がいった?ははーん、さては天野、耳までおばさん化したな。聴き間違えをするなんて立派なおばさんだぞ。もう救いようがないな。けどそれも、生きる為のルールだから、ほんの少し悲しいだけ……」
「何が『悲しい』ですか!私が聴き間違えてるんじゃなくて、相沢さんが勝手に話を曲解・捏造してるんじゃないですか!それなのに、人を『おばさん化した』だなんて!」
「おばさんのことは忘れるよ、ジェリア。今は……」
「誰がジェリアですか!」
祐一と美汐のやりとりを聴きながら、北川が香里にいった。
「なぁ、美坂―――」
「何?」
「相沢と話しているとさぁ、いつのまにか会話が漫才になってるよな」
北川の言葉に香里が深く頷いた。
「あゆさんと真琴さん、遅いですね」
栞が重箱の蓋をなでながら呟いた。
「そうだね。いつもならもう来てるのに……、どこかでお昼ねでもしてるのかなぁ?」
名雪が自分を基準とした意見を述べる。
「それとも、みんなを驚かそうとして、あのあたりに隠れてるとか」
そういって名雪が中庭の端を見ると、校舎の陰から真琴が飛び出してきた。
「あ、真琴ちゃんだ」
「ゆーいちー」
真琴が顔を真っ赤にしながら走ってくる。
「なんだ、あいつ。何を興奮してるんだ?」
真琴は祐一たちのところまで走ってくると、息を切らせながら祐一の肩をつかんだ。
「ゆ、祐一!た、たいへんなのよ。ほんとにすっごく、たいへんで……」
真琴が捲くし立てながら、祐一の体をガクガクと前後に振る。
「聴いて聴いてとにかく聴くのよ。聴かない聴きます聴く聴くとき聴けば……」
「おおおおおおおお落ち着け真琴。何をいってるのかわからんんん!」
「落ち着いてなんかいられないわ。だって、そこで祐一に会ったのよ!」
真琴が祐一をさらに激しく揺さぶった。
「おおおお俺にあったぁぁぁぁ???きききき気持ち悪いぃぃぃぃぃぃ」
祐一の脳みそがいい感じにシェイクされる。
「真琴―――」
美汐が横から手を出して真琴の動きを止めた。
「とりあえず、これを飲みなさい」
美汐が水筒からお茶を注ぎ、真琴に手渡す。
真琴がお茶を手にとり、それを一気に飲み干した。
「ふぅー」
「落ち着きましたか?真琴」
「うん、美汐ありがとう」
真琴がシートの上にちょこんと座った。
「それで真琴。いったい何があったのですか?」
美汐が真琴に尋ねる。
「あのね、そこで祐一にあったの」
そういって真琴が学校の外を指差した。
「俺ならここにいるぞ」
「会ったのは祐一だけど、今の祐一じゃないのよ」
「なにいってるんだ?おまえ?」
「私が会ったのは、未来から来た祐一なの」
「へっ?未来?」
祐一が真琴をまじまじと見つめる。
「そうよ。学校の外で未来から来た祐一にあったのよ」
真琴がもう一度力を込めていった。
「真琴。人を騙したいならもっと上手い嘘を考えろ」
祐一がボソッといった。
「嘘じゃないわよ。本当に会ったのよ!」
真琴が祐一の耳元でわめきちらす。
「そんなこといってもなぁ」
祐一が耳を押さえながら皆を見回す。
名雪も香里も栞も北川も、みんな信じられないという顔をしていた。
ただ美汐だけは、真琴の言葉を真剣に聴いていた。
「真琴、本当に未来から来た相沢さんに会ったのですか?」
「あうー、美汐まで信じてくれないのー」
真琴が半泣きになる。
「いいえ、私は信じますよ」
「ほんと?」
「はい。真琴はこのような嘘をつく娘ではありませんから」
「みしおー」
真琴が美汐に抱きつく。
「真琴。その未来から来た相沢さんと会ったときのことを詳しく話してくれませんか?」
「いいわよ」
真琴が美汐の言葉にコクンと頷いた。
そのとき、遠くの方から奇怪な叫び声が聴こえてきた。
「うぐぅぅぅぅぅ」
叫び声が中庭に響き渡る。
「あゆがやってきた」
祐一が声だけを聴いて判断した。
「あゆちゃんだね」
名雪も同じことを呟く。
「あの叫び声は間違いないわ」
香里も振り向かずにそういった。
「うぐぅ!大変!大変だよ!大変だろだっでにだななら!」
声の主はやはりあゆであった。
あゆは中庭を疾走し、祐一たちのもとへと突進してきた。
「うぐぅ、止まれない!!」
あゆが絶叫する。
そしてそのまま祐一の背中にぶつかった。
「ぐはぁっ!ひ、久しぶりに……」
祐一がシートに倒れこむ。
栞と美汐がシートの上に並べられた重箱と弁当箱を素早くのける。
祐一の背中の上に、あゆがしりもちをついた。
「うぐぅ、止まった……」
あゆが祐一の体の上でホッと胸を撫で下ろす。
「お、重い……。潰れる……。死ぬ……」
その下で、祐一がひきがえるのような声を出した。
「失礼だよ、祐一君。ボクそんなに重くないもん」
「それはいいから、早くどけ!うぐぅ!」
「うぐぅじゃないもん」
あゆが祐一の体からぴょんとおりる。
「いきなり何をするんだ、このうぐぅは」
祐一は体を起こして、あゆの頭を軽く小突いた。
「うぐぅ!祐一君、ボクはうぐぅじゃないよ!さっき会ったときも人のことをうぐぅ、うぐぅって!本当に失礼だよ!」
あゆが祐一のことを睨みつける。
「ちょっと待て、あゆ。今おまえ、さっき会ったっていわなかったか?」
「いったけど」
「俺は今日おまえに会うのは、今が始めてだぞ」
「あ、そうだ!」
あゆがぽんっと手を叩いた。
「あのね、祐一君。今さっきそこで祐一君に会ったんだよ」
あゆの言葉にみんなが顔を見合わせた。
「なぁ、あゆ。もしかしてそれって、未来から来た俺か?」
祐一があゆに尋ねる。
みんなもあゆに注目する。
「うん、そうだよ。未来から来た祐一君だよ。けどなんでわかったの?」
あゆが不思議そうな顔をした。
「ほらね、真琴のいった通りでしょ」
あゆの言葉を聴いて、真琴がそれみたかと胸を張った。
みんなは呆然とその二人を見つめていた。
(続く)
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