Beyond the Time


track 2 「Time to Count Down」




 そのとき真琴は、学校に向かって走っていた。

 「♪今日はちょっと早めに昼休み貰えたから〜、いつもより長くみんなといられる〜」

 説明的な歌を口ずさみながら、落ち葉の舞うアスファルトの上を走る。

 「♪お昼のおかずは何かな〜。肉まんだったら嬉しいな〜」

 ぺっこぺっこのお腹を抱えながら学校の裏口にたどり着いた真琴は、門の辺りを怪しい男(少なくとも真琴にはそう見えた)がうろついているのに気がついた。

 男は中肉中背で40才ぐらいで、顔中に無精髭を生やしていた。

 「あう?誰だろうあの人。学校に用があるのかな?」

 真琴は男を見ないようにしながら裏門に近づく。

 だが、やはり少し気になるのだろうか、その視線はちらっちらっと男に向けられていた。

 そのとき、いきなり男が真琴の方を振り向いた。

 真琴と男の視線が交差する。

 「あうっ!」

 真琴は蛇ににらまれた蛙のように固まってしまった。

 「ん、君は……」

 男が真琴のほうにやって来る。

 そして、真琴の顔を食い入るように見つめた。

 「あうー!変質者だったらどうしよう」

 真琴の顔が恐怖で青くなる。

 「失礼な、俺は変質者ではないっ!」

 「あう!?どうして真琴の考えてることがわかったの?」

 「声に出てた」

 「え……、それじゃまるで祐一じゃない」

 「祐一」という言葉を聴いて、男がふっと笑った。

 「あはは。相変わらずおもしろいやつだなぁ、真琴は」

 「あうー、真琴のことを知ってるの?」

 「そりゃそうだ」

 男はそういってにっと笑う。

 真琴は男の容姿をつま先からてっぺんまで見つめた。

 少なくとも、真琴にこの年齢の知り合いはいない。

 だが真琴は、男に何かを感じた。

 そう、自分のよく知っている何かを。

 「祐一みたいな匂いがする……」

 真琴はそういって男の目を見つめた。

 「あなた誰?」

 真琴に問われ、男が愉快そうに笑う。

 「あはは、俺がわからないか?」

 「あうー、誰なの?」

 「俺は相沢祐一だ」

 男はそういって真琴の頭をくしゃっと撫でた。



 「ゆ、う、い、ち……?」

 「そうだ。祐一だ。祐一君だ。祐一さんだ。祐一様だ。祐一大王だ!」

 「だって、祐一はそんなに年取ってないし、それに今は―――」

 真琴が学校の方を一瞬見る。

 「今は、学校の中庭にいるはずよ」

 「そりゃまぁ、今はなぁ」

 祐一がポリポリと頬をかく。

 「実は俺はな、今の祐一じゃないんだ?」

 「今の祐一じゃない?それってどういうこと?」

 「実は俺はな、未来の祐一なんだ。はるか未来からこの時代へとタイムトラベルしてきたんだ」

 「タイムトラベル……。じゃあ、この前読んだ漫画みたに、未来からタイムマシンに乗って……」

 「そうだ。最新式のタイムマシンに乗って、未来からやってきたんだ」

 「あうー!かっこいい!」

 真琴の目が光輝く。

 「ね、ね、祐一。未来から何しに来たの?もしかして地球の危機を救いに来たの?」

 「んー、いやー、そうじゃない」

 「え、違うの?じゃあ、ただの観光旅行?」

 「それも違う」

 「なら、何しに来たのよ」

 「俺が来た目的はな?」

 「目的は?」

 そこで男の動きがしばらく止まる。

 一分程経ったあと、しびれをきらした真琴が祐一にどなった。

 「もう!どうしてそこで止まるのよ!未来からきた目的は何よ!」

 「え、あ、う……。す、すまん。ちょっと理由が思いつかなくて……、じゃなくて!タ、タイムトラベルの影響でな、こうやってときどき思考が止まってしまうんだ」

 「あうー、そうなの?」

 「そうなんだ。未来になって科学が進歩したが、まだ時間旅行には危険が付きまとうんだよ」

 「ふーん」

 「それで、俺が未来から来た目的だったな」

 「そうよ、それよ」

 「俺が未来から来た目的は、俺の未来を変えるためだ」

 「祐一の未来を変えるため?何か悪いことが起きてるの?」

 真琴が不安で顔を曇らせる。

 「ああ。それがな、未来の俺の妻―――」

 祐一がそこまでいいかけたとき、通りの向こうから誰かが走ってきた。

 「あなた!見つけたわよ!」

 青い髪をした女性がものすごい形相でやって来る。

 女は、どこか秋子さんに似ていた。

 「やべっ!見つかった!」

 男はそう叫ぶと、女とは反対の方向へ走り出した。

 「ちょっと祐一!話の途中よ!」

 「真琴!機会があったらまた会おう!」

 男は振り返りながらそれだけいうと、一目散に青い髪の女から逃げていった。

 その男を女がものすごいスピードで追いかける。そして二人は、通りの向こうへと消えていった。

 二人の姿が見えなくなってからも、真琴はしばらくその方向を見つめていた。





 以上が本日真琴が経験したことであり、今真琴が祐一に話して聴かせたことも大体この通りであった。

 あゆの話もほぼ同じである。

 違ったところといえば、男があゆのことを終始「うぐぅ」と呼び続けていたことであろう。

 ちなみにこの二人は、左右からほぼ同時に祐一に話し掛けた。

 聖徳太子のような特技を持たない祐一は、このステレオアタックを理解することを途中で放棄し、ただひたすらにみんなが作った弁当を食べていた。

 他のみんなは、弁当を食べながらどちらか一方の話だけを聴いた。

 「ねえ、祐一。聴いてた?」

 真琴が唐揚を頬張る祐一に尋ねる。

 「ああ、聴いてたぞ」

 祐一が唐揚を飲み込む。

 「確か、『欲しいものは君と未来だけ、しなやかに僕を狂わせて』ってその男がいったんだよな」

 「あうー!全然聴いてないじゃない!」

 真琴が祐一の右腕を引っ張る。

 「じゃあ、ボクの話は聴いててくれたの?」

 あゆが祐一に訊く。

 「あゆの話もちゃんと聴いてたぞ。I wanna get you on the beat. Just go on、go on、all alone…って内容だ」

 「うぐぅ!ボク日本語話してたもんっ!」

 あゆが祐一の左腕を引っ張った。

 「いたたたた、何すんじゃ、おまえら!」

 祐一が二人を振りほどく。

 「だって」

 「祐一君が」

 「人の話を」

 「全然聴かないからっ!」

 真琴とあゆが交互に祐一を攻め立てる。

 「おまえらが一度に話かけるからだ」

 「だって……」

 真琴とあゆが祐一の剣幕に押されてしゅんとなった。

 「それにな、俺が聴いてなくても、他のやつが話をちゃんと聴いる。なぁ、天野、香里」

 祐一の問いかけに美汐と香里が頷いた。

 真琴の話は美汐と栞が、あゆの話は香里と名雪と北川が聴いていたのだ。

 「ほらな。ちゃんとあとで二人から話を聴くから、何も問題はない」

 そういって祐一が再び弁当を食べ始めた。

 「ほら、真琴とあゆも食えよ。もう時間ないぞ」

 祐一が弁当を二人に差し出す。

 そのとき、昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。

 「あ、時間だ。今日のお昼はこれまでだな」

 「あうー!真琴はまだ一口も食べてないわよ!」

 「うぐぅ!ボクもだよ!」

 真琴とあゆが騒ぎ立てる。

 「そんなこといったって、もう時間だ。俺たちは午後の授業に出なくちゃいけないし、真琴は保育園があるだろ。あゆは……、別に何もないか」

 「こんなお腹ぺこぺこじゃ、午後の仕事ができないわよ」

 真琴がお腹を押さえながら、情けない声を出す。

 「そんなこといったってな〜」

 「あうー」

 真琴が半泣きになる。

 そんな真琴に美汐が声をかけた。

 「真琴、これにお弁当の残りを詰めておきました。持っていって保育園で食べなさい」

 そういって美汐が小さなタッパーを渡す。

 「ありがとう!美汐!」

 真琴がそれを笑顔で受け取る。

 「さぁ。もう時間ですから、保育園にいってらっしゃい。途中で転ばないようにね」

 「うん。それじゃあ、みんな。また放課後にね〜」

 弁当入りのタッパーを抱えながら、真琴が保育園へと走っていった。

 「なぁ、天野」

 「何ですか?相沢さん」

 「いつもタッパーを持ち歩いているのか?」

 「そうですよ。レストランで食べ残しをしまったりできるので、なかなかに便利です」

 「そこまでいくと、おばさんを通り越してオバタリアンだな」

 「失礼ですね。『よく気のつくお姉さん』といってください」

 美汐がむっとしていった。



 「ねぇ、祐一君」

 あゆが祐一の裾を引っ張った。

 「何だ?うぐぅ?」

 「ボクのお弁当は?」

 「ない」

 「うぐぅ!」

 「別におまえはなくたって平気だろ」

 「平気じゃないもん!ボクだってお腹が減って倒れそうだもんっ!」

 「どうせおまえは今日も食い逃げをするんだろ。それで腹が膨れるじゃないか」

 「そんなことしないよっ!」

 「今日も親父が一生懸命に鯛焼きを焼いてるんだろうなぁ」

 「うぐぅ……」

 「こう、鉄板に生地をすぅっと流し込んで、そこにあま〜いアンコをぽとりと落として……」

 「う……」

 「生地の焼ける、あのなんともいえぬ香ばしい匂いがしてきたら、パタンと鉄板と鉄板をあわせて……」

 「ぐ……」

 「焼きたての鯛焼きは、さぞ上手いだろうなぁ。紙袋の上からでもほっかほっかで、袋を開くとぶわっと甘い香りが蒸気とともに広がって。湯気がもうもうと出てる、まだちょっと熱いぐらいのやつを、頭からがぶっと……」

 「ぅ……」

 「あゆ。よだれ出てるぞ」

 「うぐぅっ!」

 あゆが袖口で口元を拭う。

 「で、あゆはこれからどうするんだ?」

 「こ、これから?ボ、ボクはちょっと商店街に寄ってから帰るよ」

 「あゆ。食い逃げすんなよ」

 「く、食い逃げ?そ、そんな鯛焼きが欲しくて、食い逃げなんて……、ボ、ボクそんなことしないよ」

 「今はお昼だからなぁ。もう売れきれてたりして」

 「はっ!こうしちゃいられない。はやくしないとボクの鯛焼きが海に逃げちゃうっ!それじゃあ、みんな!また後でね!」

 あゆはそういうと、「鯛焼きぃぃぃぃ!」と叫びながら走り去って行った。

 「いや〜、あゆをからかうのっておもしろいな〜」

 「相沢君―――」

 「何だ?香里」

 「教唆犯って知ってる?」

 「知ら〜ん」



 「そろそろ私たちも行かないと、5時限目に遅刻しちゃうよ〜」

 名雪が腕時計を見ながらいった。

 「そうね、名雪。それじゃあ、片付けて行きましょうか」

 香里の言葉を合図に、全員で片付けを始める。

 「そういえば……」

 手を動かしながら、栞がいった。

 「真琴さんの話で、最後に出てきた青い髪の女の人は誰だったんでしょうか?」

 「あ〜、その人ならあゆちゃんの話にも出てきたよ〜。その人、お母さんに似てたんだって〜」

 名雪が弁当箱をしまいながらいった。

 「男の方は、未来から来た相沢だったんだよな」

 北川がレジャーシートを畳む。

 「あの二人の言葉を信じればな」

 祐一が北川からレジャーシートを受け取り、それを袋にしまった。

 「ならさぁ、女の方も未来から来た誰かじゃないのか?未来から来た、青い髪の秋子さん似の女性……」

 北川の視線が名雪に向けられた。

 他のみんなも、名雪を見つめる。

 「私〜?」

 名雪が自分を指差す。

 「そうだ。きっと未来から来た水瀬だ。そうだ。そうに違いないっ!」

 北川が、自分で出した結論に妙に納得した。

 「ふ〜ん。私も未来から来てるんだ。会ってみたいな〜」

 名雪が楽しそうにいった。

 「そういえば……」

 香里がぽつりと切り出した。

 「その女の人は、未来から来た相沢君に向かって『あなた』といったのよね。もし、その女の人が名雪だったら、未来の相沢君が結婚した相手は……」

 香里はそこで言葉を切る。

 そしてじっと名雪を見つめた。

 「えっと、それって、もしかして〜、私と祐一が〜」

 名雪の顔がみるみる真っ赤に染まる。

 それを見て、祐一も顔を真っ赤に染めた。

 「そ、そんなことないぞ。だ、だいたい何でみんな真琴とあゆの話なんか信じてるんだ?おかしいぞっ!」

 祐一がしどろもどろにいう。

 「相沢、観念しろよ」

 北川がニヤニヤしながら祐一の肩を叩いた。

 「えうー!祐一さん酷いですー!」

 「そんな酷なことはないでしょう」

 栞と美汐が祐一をにらみつける。

 「なんだ!栞に天野まで!みんなしてタイムマシンがどーのこーのって話を信じてるのかっ!」

 祐一がそう叫んだ瞬間、中庭に、5時限目の開始をつげるチャイムが鳴り響いた。

 6人は一瞬顔を見合わせると、慌てて各々の教室へと走り出した。



 (続く)


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