Beyond the Time


track 3 「アクシデント」




 『キーンコーンカーンコーン』

 チャイムが一日授業の終了を告げる。

 その音が鳴り終わるのと同時に、祐一、名雪、北川がむくりと起き上がった。

 「ふぁ〜、今日もよく寝た」

 「うにゅ?朝?」

 「パワー全開」

 それぞれあくびをしたり、体を伸ばしたりする。

 「あなた達、何しに学校に来てるの?」

 香里がため息をつきながら三人に訊いた。

 「そりゃ〜、もちろん。勉強するためだ」

 「相沢君。あなたずっと寝てたじゃない」

 「香里。俺はただ寝てたわけじゃないぞ。新しい睡眠学習法の実験をしていたんだ」

 「それじゃあ、5時限目に石橋が『ここは重要だ』っていったのは何?」

 「愛しているから答えを出せないってこと」

 「全然違うわよ」

 「じゃあ、さびしさから始めればこれ以上傷つかないさ」

 祐一の言葉を聴いた香里は、ため息をつきながら首を横に振った。



 「で、今日はどうするんだ?」

 北川が、ほとんど中身の入っていない鞄を背負いながらいった。

 「もちろん今日も、名雪の家で勉強会に決まってるじゃない」

 香里が楽しそうにいう。

 「たまには休みの日があったって……」

 「受験まであと二ヶ月よ。休んでる暇なんてないわ。それとも北川君、あなた一人だけ浪人したい?」

 「……勉強します」

 北川が観念したので、四人は今日も水瀬家で勉強会をすることとなった。

 四人はそれぞれに帰り支度を終え、いつものようにそろって教室を出た。





 「ねぇ。校門のところにいるのって、美汐ちゃんと真琴ちゃんだよね」

 昇降口を出たところで、名雪がいった。

 祐一たちもそちらに目をやる。

 それは確かに美汐と真琴だった。

 二人は校門の外を見つめていた。

 「何やってるんだろ〜?」

 「誰かを待ってるみたいだが」

 「誰を〜?」

 「そりゃぁ……、わからん」

 祐一と名雪が首を捻る。

 「行けばわかるわ」

 香里がそういって歩き出したので、祐一、名雪、北川も慌てて香里に続いた。



 「よお、真琴。それに天野」

 祐一が二人に声をかけた。

 「あ、相沢さん。それにみなさんも」

 「こんなところで何やってんだ?天野」

 「それがですね―――」

 美汐がちらっと門の外を見る。

 「私も会ったんですよ。未来から来た祐一さんに」

 「天野が冗談いっても面白くないぞ」

 「冗談ではありません。確かに今、未来から来た相沢祐一と名乗る男性と出会いました。それに―――」

 美汐が名雪の方に顔を向ける。

 「例の、青い髪をした秋子さんによく似た女の人にも。こちらは見かけただけですが」

 「私?私もいたの〜?」

 「名雪さんかどうかはわかりませんが、そういう外見の女性がいたのは確かです」

 「未来から来た私か〜。どんなだろ」

 名雪が自分の10年後ぐらいの姿を想像した。

 「それで、その二人はどこへ行ったんだ?」

 北川が美汐に訊く。

 その質問には、美汐ではなく真琴が答えた。

 「さっきまで、ここで真琴と美汐とあゆと祐一で話してたの。そしたら、その秋子さんみたいな人が向こうから走ってきて。それを見た祐一はあっちに逃げていったの」

 真琴が腕を左右に振りながら説明する。

 「あゆ?月宮もいたのか?」

 「うん。あゆもいたのよ。あゆは祐一を追いかけていった女の人を、さらに追いかけていったわ」

 そういって真琴は、道路の先を指差した。



 「どうやら本当に、未来から来た相沢君と名雪がいるみたいね」

 香里が神妙な顔をしながら腕組をする。

 「いったい、何しに来たのかしら?」

 「何しに来たんでしょうね?」

 そういって同時に首を捻る美坂姉妹。

 「って、栞。いつの間にここに来たの?」

 「今ですよ。お姉ちゃんっ」

 栞が嬉しそうに香里に抱きついた。

 「あの―――」

 美汐がじゃれあう姉妹を横目に話を切り出す。

 「先程相沢さんと名乗る男性に聞いた話によると、奥さんについての何かを変える為に来たらしいのですが……」

 「奥さん?水瀬についてか?」

 北川が名雪を見る。そしてしばらく祐一と名乗る人物が未来から来た理由を考えた。

 「そういえば、未来から来た水瀬は相沢を追いかけてるんだよな。それって、相沢がやろうとしてることを邪魔するためじゃないか?」

 「私が祐一の邪魔しに来たの〜?何で〜?」

 「そりゃぁ、未来の相沢が企んでいることが……」

 北川はそこまでいって、言葉を飲み込んだ。

 「北川君。どうしてそこで言葉を切るの?」

 「いや、それはな……」

 北川が名雪から視線を逸らす。

 そのとき北川の横で、香里がぼそっといった。

 「自分の結婚相手を何とかして変えるためじゃないの?」



 「えっ!」

 一番初めに反応したのは、香里に抱きついていた栞だった。

 「ということは……」

 美汐は祐一を見て、あらぬ期待に胸をときめかせた。

 「あうっ?」

 校門の外が気になっていた真琴は、半分ぐらいしか話を聴いてなかった。

 「うにゅうにゅうにゅう〜………、だおっ!?」

 香里の言葉を理解した名雪が、いきなり祐一に抱きついた。

 「ほへっ?」

 それでもなお、祐一は状況が把握できていなかった。

 「祐一!私を捨てるの〜」

 名雪が涙目で訴える。

 「祐一さん!私ですよね!」

 栞が香里から離れて祐一に飛びつく。

 「あうっ!なんだかわからないけど真琴もっ!」

 真琴も祐一に飛びついた。

 「なんじゃらほいっ!あ、天野!これはいったいどうなってるんだっ!」

 「私に助けを求めるなんて。相沢さん、何だかんだいって私のことを」

 天野がポッと頬を染める。

 「祐一〜」

 「祐一さんっ!」

 「祐一っ」

 「ぽっ」

 「だぁぁぁぁぁぁ!」

 祐一が三人を振りほどく。

 「捨てた〜!祐一が私を捨てた〜」

 名雪が香里の胸で泣く真似をした。

 「相沢君、サイテーねっ!」

 香里が名雪を抱きながら祐一を睨む。

 「俺がいったい何をした?」

 祐一が後ろに立っていた北川に訊いた。

 「これからするんだろ?」

 「何を?」

 「水瀬との結婚生活に不服があるから、過去を変えて、誰か他のやつと結婚する」

 「ちょっと待て。いつ俺が名雪と結婚した?」

 「未来の相沢が未来で結婚するんだ」

 「おまえら、まだタイムマシンの話を信じてるのか?」

 「ここまできたら、信じるしかないだろ」

 「くっ……!百歩譲って信じるとしよう。それで、名雪とけっ……、結婚したとして、どうして俺がそんなことをしなくちゃいけないんだ!」

 「知るかよ。自分で自分に訊けよ。ここで待ってりゃ、そのうちまた現れるだろ」

 北川が門の外を指差す。

 「そうだよっ!」

 北川の言葉を聴いて、名雪が顔をあげた。

 「今からでも遅くないよ。祐一を説得すればいいんだよね」

 名雪が握りこぶしをつくり、「ファイトだよ」と自分を力づけた。

 「けど、それってまずいんじゃないんですか」

 栞が名雪の背中に向かって声をかけた。

 「まずいって何が?」

 「ドラマなんかでよくありますよね。未来から来た人間は、過去の人間に会ってはいけないという……」

 「ああ、タイムパラダイス〜」

 「違うぞ名雪。それをいうならタイムパラサイトだ」

 「祐一。タイムパラメーターよ」

 「真琴ちゃん。俺はタイムパラジクロロベンゼンだと思うんだが……」

 「北川君、タイムパラドクスよ」

 「ああ!さすがはお姉ちゃん。とにかく、タイムパラボナで名雪さんは名雪さんに会っちゃいけないんです」

 栞がビシッと名雪を指差した。

 「けど、祐一とだけ会うのならいいんだよね」

 「えぅっ……。そ、そうかもしれませんけど、祐一さんと会うと、祐一さんを追いかけている名雪さんと会ってしまう危険性もあるので、会ってはダメです」

 「うにゅ〜!どうすればいいんだおっ!?」

 名雪が両手で頭を抱えながら悶え苦しむ。

 そのとき、

 「あ!また来たっ!」

 真琴が門の外を指差しながら叫んだ。

 「えっ!」

 みんなが真琴を見つめる。

 「と、とにかく隠れろっ!」

 祐一が門柱の陰に隠れた。

 それを合図に他のみんなも門の影に身を潜めた。

 「ねぇ、私たちが隠れる必要ってあったかしら」

 「そういえば。相沢につられて……」

 「しっ!」

 真琴が静かにするよう北川と香里をたしなめた。

 「もうそこまできてるよ」

 真琴の言葉にみんなが聞き耳を立てる。

 幾人かの足音と「待って、あなた」という叫び声が、すぐ近くまでやって来ていた。





 「なんで俺は隠れているんだ?」

 門柱の陰で祐一が呟いた。

 「隠れてる必要なんて、何もないじゃないか」

 祐一が立ち上がろうとする。

 それを美汐と栞が引き止めた。

 「いけません、相沢さん」

 「そうです。タイムパラチフスが起こってしまいます」

 「天野、栞。まだそんな絵空事を信じてるのか?いいか、タイムトラベルなんて実存しない。あれはSFだけの話だ」

 「でも、実際未来から来た祐一さんが……」

 「そんなやつはいないさ」

 祐一は美汐と栞を振りほどいて立ちあがった。

 その隣で名雪も立ち上がった。

 「そうだ!私も隠れてる場合じゃないよ。祐一を説得しなきゃ」

 祐一と名雪が門から一歩踏み出す。

 ちょうどそのとき、例の先頭を走っていた男が校門にさしかかった。



 「うわっ!」

 「うおっ!」

 男と祐一がぶつかりそうになる。

 二人は身をよじって、何とか衝突を回避した。

 「危ないじゃないかっ!」

 男が祐一に向かってどなる。

 「そっちこそっ!」

 祐一も男の方に顔を向ける。

 そして男の顔を凝視したまま固まった。

 男の方も、祐一を見たまま動きを止める。

 「ゆういち……」

 「お、お、お……」

 見詰め合う二人。

 男の顔を見た名雪も、「あっ」といってその動きを止めた。

 その三人を再び動かしたのは、例の青い髪の女の声だった。

 「あなた〜っ!!」

 声が聴こえた瞬間、男と祐一はものすごい速さで女の方を振り向いた。

 女は、もうすぐそこまで迫っていた。

 「逃げるぞ、祐一」

 男がいった。

 「逃げるぞ、名雪」

 祐一もいった。

 「え……、あ、うん」

 名雪は何となく頷いた。

 そして一斉に走り出す三人。

 「待て!」

 「待って!」

 「待つのよ!」

 「待ってくれない人は嫌いです!」

 「待ってください!」

 走り出そうとした祐一の服を、北川、香里、真琴、栞、美汐が掴んだ。

 たまらずその場に倒れる祐一。

 「あ、祐一がっ!」

 名雪が走りながら振り向いた。

 「大丈夫だ、名雪ちゃん。祐一は良い子強い子泣かない子だ」

 男は振り向かずに走っていく。

 名雪もその男に付いて走っていった。

 「あ、くそっ!待てっ!」

 祐一がもがきながら叫ぶ。

 しかし、祐一は北川たちに押さえつけられ、立ち上がることすらできなかった。

 その間に二人はぐんぐん先に走っていってしまう。

 その背中向かって、もう一度祐一が叫んだ。

 「待てっ!親父ぃぃぃぃぃぃぃぃ!」



 (続く)


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