バレンタイン・ウォー
(2月13日)




 「知ってぇぇいるかぁぁぁぁぁ?相沢ぁぁぁぁぁぁ!!」

 「なんだ北川。いきなり見苦しい声をあげて」

 「明日はなぁ、バレンタインデーなんだぞ!!」

 「そのくらいは知っている。それで、どうしたんだ?」

 「どうしたって・・・・・・くそっ!」

 北川は舌打ちをした。

 「貰える予定があるやつはいいよな!!」

 そう言って、北川は名雪を見た。

 名雪は、今日の授業が全て終わったのにも気付かず、眠っていた。

 「お前みたいな奴にはオレの気持ちは一生わからないんだ!!」

 北川が心の涙を流す。

 「言いたいことは、だいだいわかった。しかし、お前だって一個ぐらいは―――」

 ―――もらえないだろな。

 祐一は言葉の最後を飲み込んだ。

 「くそっ!どうせオレにチョコをくれる奴なんていないんだ!!」

 飲み込んだと思った言葉は、しっかりと外に洩れていたらしい。

 「ああ、オレは明日、一日中寂しい思いをしながら暮らすんだ!!」

 いじける北川。

 祐一は、北川に小声で呟く。

 「香里がくれたりはしないのか?」

 「バカッ!!美坂だぞ。この手のイベントに参加すると思うか?」

 「いや、万が一ってこともあるかもしれないだろ?」

 祐一は、帰り支度をしている香里に声をかけた。

 「香里、明日はバレンタインだぞ。香里も誰かにチョコを渡すのか?」

 「興味ないわね。私、こういうイベントは、あまり好きじゃないの。それより相沢君。明日の覚悟をしといた方がいいわよ」

 「何だ?覚悟って」

 「今現在で、50kgはあるわね」

 香里が意味深な言葉を放った。

 「50kg?」

 何のことだ―――そう祐一が言う前に、北川のエルボーが祐一の後頭部に突き刺さる。

 「テメー!!水瀬がいながら!!さらにうら若き乙女を毒牙にかけるのか!!」

 「痛てぇな!!わけのわからん事をホザクんじゃない!!」

 「うるせぇ!このニブチンが!!人類の敵め!!」

 祐一と北川が殴りあいをはじめる。

 その時、校舎に放送が流れた。

 『ピンポンパンポ〜ン!!あ〜、ただいまマイクのテスト中。うおっほん!諸君。私はかの偉大なる生徒会長、久瀬である。諸君等に明日のことでの注意事項を通達する。明日は、バレンタインデーであるが、学校にチョコレートを持ってきて受け渡しすることを全面的に禁止する!!』

 ええっ!!―――教室中、いや校舎中の人間が声をあげた。

 『学校は神聖な場であり、勉学の場である。だが、バレンタインの様な俗界の風習は、崇高なる学校 秩序を崩壊させる危険性が多々ある。よって、ここに全面的禁止に踏み切ったのである。これも偏に、明日の学校を輝かしきものとする為である。ご理解頂きたい』

 横暴だ!!―――誰かが叫んだ。

 『尚、当日は、我が生徒会の『独り身部隊』が校内至る所でチョコを渡さぬよう警備にあたる。また、生徒会の下命に反し、校内にチョコを持ち込んだ者、受け取った者は、拉致連行し、一日、体育館で坐臥黙祷してもらうので、そのつもりでいたまえ。以上で、我が高尚なる天の声を終わらせて頂く。ピンポンパンポ〜ン!!』

 放送が終わった後、学校中は騒然となった。

 特に、女の子達は、大騒ぎだった。

 「何よ!あの放送!」

 「私達が明日と言う日をどれだけ楽しみに待っていたと思うの!」

 「横暴よ!!」

 男達も騒ぎ立てた。

 「年に一度の楽しみを!!」

 「例え貰えなくてもなぁ、楽しみなんだよ!!」

 「そうだ!そうだ!」

 中には、賛成の意を示すものもいた。

 「けっ!いい気味だ!」

 「俺達の気持ちを慮った久瀬殿に栄光あれ!!」

 祐一は、教室の隅でその様子を眺めていた。

 「すごい騒ぎだな」

 「そうね。みんな楽しみにしていたから」

 香里も教室を眺める。

 「く〜・・・」

 名雪はまだ寝ていた。

 「なぁ。相沢はどう思う?」

 北川が聞いてきた。

 「みんなの楽しみを不当に奪うのは良くないな」

 「そうですよ!!」

 いつの間にか、教室の中に栞がいた。

 「栞、いつの間に!?」

 「そんなことはいいんです。それより、生徒会は酷すぎます」

 栞が怒りの拳を振るう。

 「確かに、『チョコの受け渡し全面禁止』ってのは・・・」

 「そんな酷なことはないでしょう」

 今度は、美汐が祐一の隣に立っていた。

 「うはっ!!美汐。なんだ、気配を消すのがはやっているのか?」

 「気配を消すのは、常日頃から・・・」

 「あははー、だそうですよ。祐一さん」

 教室の中には、舞と佐祐理さんまでいた。この二人に至っては、いつの間にかシートを敷いて、その上でお茶を飲んでいる。

 「それで、なんでみんなしてオレのところに集まって来るんだ?」

 「それはですね―――」

 佐祐理さんが代表して答える。

 「久瀬さんの横暴に対抗して、一般生徒が健全にチョコの受け渡しをできるように活動する、『生徒にバレンタインデーを』運動を展開することにしたのです。それで、その会長を祐一さんにやって貰おうと・・・」

 栞、美汐、舞が頷く。

 見ると、教室中の女の子達もこちらを注目していた。

 「な、なんでオレなんだ?」

 「久瀬さんは、あの通り、イマイチ普通ではありません。ですから、対抗上、こちらもどこかネジが外れている人のほうが良いのではないかと・・・」

 「オレ帰る!!」

 祐一は、鞄を手にして立ち上がる。

 「待って下さい、祐一さん!ミンナの期待が、女の子の夢がかかっているのですよ!!」

 祐一は周りを見た。

 女の子達の、わらにもすがるような視線。

 イノセントな瞳が祐一の心に突き刺さる。

 これを無視する事ができるほど、祐一は冷酷な人間ではなかった。

 「わかった。やりますよオレ」

 祐一が承諾の意を示すと、周りの女の子達の瞳に希望が輝いた。

 「みなさん、後は私たちが何とかします。ですから、皆さんは家に帰って明日の為に腕を振るって下さいね」

 佐祐理さんの言葉に、女の子達は安堵の表情を浮かべて散っていった。





 「それで、具体的には何をやるんだ?」

 祐一が教室に残った面子を見渡す。

 教室には、栞、美汐、舞、差祐理さん、香里、名雪、真琴、あゆが残っていた。

 「って、何で真琴とあゆまでいるんだ?」

 「あうー、美汐を迎えに来たのよ」

 「うぐぅ。なんとなく」

 祐一は、とりあえず深く考えないようにした。

 「さて、それは置いといて、どんな活動をするんだ?」

 祐一は改めてみんなに聞いた。

 「うーん。一番平和的なのは、生徒会長との話し合いね」

 香里が極めて一般的な意見を述べる。

 「佐祐理達も、始めはそう思いました。それで、放送が終わった後、すぐに生徒会室にいったのですが・・・」

 すでに久瀬は、いなかったらしい。

 それよりも、いったいいつの間にそんな事をしていたのだろうか?

 みんなが祐一達の教室に現れたのは、放送の終わった直後だったような気がする。

 それに、『生徒にバレンタインを』運動も、いつの間に展開されたのだろうか?

 謎だ。

 「久瀬がいないんじゃ、説得は無理だな」

 「祐一さん。そうでもありませんよ」

 「と言うと?」

 「明日の朝、他の生徒達が登校する前に学校に来て、直談判すればいいんですよ」

 佐祐理さんの意見にみんなが頷いた。

 「確かに、それが一番ベターではあるな。それで、説得は誰がするんだ?」

 「それは、会長の祐一さんです」

 佐祐理さんがサラッと言った。

 「え、オレなんですか!?」

 「責任重大ですね。頑張って下さい」

 栞が気軽に言う。

 「ちょっと待て。ってことは、早起きして学校に行かなければいけないんだろ?」

 「そうなりますね」

 「それは、難しい相談だぞ」

 祐一は隣を見る。

 そこには、この期に及んでまだ寝ている名雪がいた。

 「コイツを普段より早く起こすのは骨だからなぁ?」

 「そこは、相沢君の腕の見せどころよ」

 「香里、簡単に言うがなぁ・・・」

 「いざとなったら、アレを使えばいいじゃない」

 「アレって・・・ま、まさか!?」

 「そう。アレよ」

 そう言えば、香里は食べた事があるって言ってたっけ。

 確かにアレを使えば一撃だろうが、被害が自分にまで及ぶ可能性もある。

 あくまで、最後の手段として考慮しておこう。

 「あの、もし、久瀬さんが説得に応じなかった場合は?」

 天野が疑問を提示した。

 確かに、そうなることもあろう。

 いや、むしろそうなる可能生の方が高いのではないのか?

 「その場合は、戦うまで・・・」

 舞が思いっきり物騒なセリフをはいた。

 「戦うって・・・」

 「そうですよ、祐一さん。もし久瀬さんがこちらの陳情に答えなかった場合は、全校の女の子の為に、戦います」

 佐祐理さんも物騒な事をのたまう。

 「その場合は、私も加戦するわ。学食で無敗のこの力を見せてあげる」

 「お姉ちゃんだけではなくて、私も戦います。怪しい薬とかには、結構詳しいですよ」

 「友が戦っている間、それを見ている事ほど酷なことはないでしょう。私も加わります」

 「あうー。美汐がやるなら真琴もやる」

 「なんだか良くわからないけど、ボクも手伝うよ」

 皆して円陣を組み始める。

 そして、イチ!ニイ!サン!ダー!!と掛け声をあげた。

 「みなさん。あらゆる意味で勝負は明日です。今日は家に帰って英気を養いましょう」

 佐祐理さんの言葉に、みんな教室から散っていった。

 後に、残された祐一は、眠り続ける名雪を見ながら思った。

 「明日は、何が何でも久瀬を説得しなければ」

 そうしなければ手遅れになる―――そんな予感が祐一の心に一杯であった。





 (2月14日に続く)




戻る