その日、教師石橋はずっと気が重かった。
「はぁ・・・」
もう何度目になるかわからないため息をつく。
「どうしたんですか、石橋先生。ため息なんてついちゃって」
同僚の体育教師が声をかけてきた。
「いや、これから進路面談があるっすよ。」
「石橋先生のクラスは優秀な子が多いから、楽そうじゃないですか。それに比べて私のクラスなんかは・・・・」
そう言って、自分のクラスの進路面談の様子をしゃべりだす体育教師。
この先生は性格は良いのだが、少々おしゃべりだと石橋は思う。
「・・・というわけなんですよ。」
やっと、話にひと段落が着いた。
「そんなもんですか。」
石橋は適当に相槌を打つ。
いつもなら、話をちゃんと聞いているのだが、今日はこれから起こる事のせいで、話はほとんど耳に入らなかった。
「それで、今日は誰の面接なんですか?」
体育教師が尋ねる。
「それは・・・」
そこで、一度息を切る。
「美坂と北川と水瀬と相沢なんすよ。」
石橋先生の憂鬱(前編)
「失敗したな。」
思わず、口に出てしまう。
それにしても、あの4人を最後まで残してしまったのは失敗たっだ。
思い返すと昔からそうだ。
子供の時、給食で好きなものを先に食べてしまい、残った嫌いな食べ物を泣きながら食べたのを思い出すな。
だいたい、なんでウチの学校はクラス替えがないのだろうか。
クラス替えがあれば、こんな苦労をしなかっただろうに。
まぁ、今日で進路面談も終わりだから、そう思えば少しは気が楽か。
「よし!いっちょ気合をいれるか!」
私は、HR前のざわつく教室に入っていった。
放課後。
あと5分で、進路面談が始まる。
場所は教室をそのまま使うので、私はHRの後も教室に残っていた。
「始めは確か、美坂だったな。」
美坂は、学年主席である。
学級委員もやっており、非情に優秀な生徒だ。
ただ、一緒にいる北川や水瀬や相沢の影響で、少し他人とずれているところがある。
「それでも、今日の面談の中ではオアシス的存在だな。」
コンコン
誰かが扉をノックした。
「美坂です。」
「おう、入れ。」
ガララララ
美坂が教室に入ってきた。
「まぁ。座れや。」
美坂に席を促す。
「はい。」
美坂が落ち着いた物腰で席に座った。
「ん、それで進路面談をやるのだが、美坂はもう進路の目標が決まっているのか?」
「はい。決まってます。」
確固ある意思で美坂が答える。
「ほう、それは何だ?」
「私は、医学系の大学に進みたいと思います。」
「医大か。」
「先生も知っていると思いますが、私の妹はずっと病気でした。」
その話は私も知っている。
「妹は、奇跡的に回復しましたが、同じように苦しんでいる人が世界中にいるはずです。」
私にも香里の言いたいことがわかってきた。
「ですから、私は医療の道に進んで、病に苦しむ人々を一人でも多く救いたいのです。」
「そうか。がんばれよ。」
真に素晴らしい生徒である。
こんな、素晴らしい生徒に巡り会えた私は幸せ者である。
「美坂は第一志望は、医大系と。」
私は調書にそう記帳する。
「他は全く考えてないのか?」
一応聞いてみる。
「他には、薬学系や、バイオ系、あとロボット工学系なんかも考えてます。」
そうか、薬学やバイオやロボット工学?
なんかおかしくないか?
「薬学ってのはわかるが、バイオやロボット工学ってのは?」
「それはですね。」
私には、美坂の瞳が一瞬キラーンと輝いたような気がした。
「今の医療や薬では、治らない病気がまだまだ沢山ありますよね。ですから、バイオ系に行って、バオーやTウィルスやGウィルス、DG細胞を開発したり、ロボット工学に進んで、サイボーグ手術をして加速装置をつけたり良心回路つけるのもいいかなーって。」
やはり美坂は普通ではなかった。
「薬でもエンジェルダストとか超神水とかありますしね。あと、実はウチには石仮面があるんですよ。」
石仮面って・・・本当にそんなものがあるのか!
「考古学者になって石仮面をドンドン発掘するってのもいいですね。化学者になって赤石を生成するってのも魅力があります。」
もうだめだ。ついていけん。
「先生も不死身の肉体に興味はありませんか?」
「いや、私は今の体に満足しているから。」
「残念ですね。究極の魔体が手に入るかもしれないのに。」
これ以上話していると頭が痛くなってきそうだ。
「ああ、美坂の進路はわかったよ。今日はご苦労だったな。」
「はい。先生、不死身の件、考えておいて下さい。」
美坂はペコリとお辞儀をして帰って行った。
北川との面談の開始時間はもう過ぎていた。
しかし、先の美坂との面談で疲れた私には、ちょうど良かった。
「最初からアレだからな。」
だが、ここでくじけてはいけない。
寧ろ、これからが本番なのだ。
ゴンゴン
「入りまっせー。」
ガラッ!
勢いよく扉を開けて、北川が入ってきた。
「うっす、石橋っち。わりぃ、遅刻した。」
「一応私は先生だぞ。もう少し、言葉遣いに気を使えよ。」
「いいじゃん、石橋っちはそんなこと気にしないっしょ。」
確かに私は生徒がフレンドリーに話しかけてくることは気にしない。
古い教師の中には、けしからんと青筋を立てる人もいるが、私はこんなことはたいしたことではないと思う。
「それで、北川。お前、4月からの進路について考えているのか?」
コイツの場合、何も考えていないこともあり得る。
「失礼だなー。ちゃんと考えているよ。」
「何だ?」
「東大。」
「は?」
今、東大と聞こえた気が・・・
「すまん。北川。よく聞きとれなかった。もう一度いってくれ。」
「と・う・だ・い」
「どこのだ?」
「どこ?」
「そうだ。どこの岬の灯台だ?」
この手のギャグには引っかからんぞ。
「東北秀才大学。」
東北秀才大学。
通称、東大。
ここら辺の大学ではトップクラスであり、そのレベルは東京大学ともヒケを取らないと言われている。
超難関校である。
本気なのか?
「北川。お前、自分の成績がわかっているのか?」
ちなみに北川の成績では、北川を強化人間にしても合格は難しいだろう。
「わかってるさ。自分のことだし。」
「それなら、お前・・・・」
そうか!
今から、死ぬ気で勉強するのか!
今年がダメでも来年を目指して猛勉強する気だな!
やっと、目覚めたんだな!
そうなんだな!北川!
「北川、先生は嬉しいぞ!」
「石橋っち、いきなりどうしたんだ!」
「お前がマトモに将来の事を考えているなんて!」
「そうっしょ。オレも自分のことを見直すようになったのさ。」
北川がどこか輝いて見える。
「それで今、どれくらい勉強が進んでいるんだ?」
この決意。
もう相当勉強をしているに違いない。
「勉強?してないよ。」
「そうかそうか。してないのか・・・・・何!?」
勉強をしてないだと!?
「東大に入るんじゃなかったのか!」
「そうだよ。」
「なら、どうして勉強をしていない!?」
「勉強なんか必要ないし。」
まさか!
「門から入って、『東大に入った』とか言うんじゃないだろうな!」
「違うよ。」
「じゃあ・・・」
「オレは、4月から東大の学食でバイトするんだ。」
「は、学食?」
「そう。学食。」
確かに、さっき
『進路はどうするんだ?』
とは聞いたが、
『どこの大学を受験するつもりだ?』
とは聞かなかったが・・・・・
「大学には行かないのか?」
「2ヵ年計画!」
「つまり、はなっから浪人のつもりか。」
「ピンポーン!」
楽しそうに言う北川。
「待て、お前。考え直せ!」
そんなめちゃくちゃな進路希望を調書に書けるか!
「今ここで、一緒に考えてやる!」
「気持ちは嬉しいんだけど、オレこれからバイトなんだよね。じゃーなー、石橋っち。」
「待て、北川!」
私が止めるのも聞かずに、北川はさっさと教室から出て行ってしまった。
「・・・・・」
私は突き出した手のひらをずっと見つめていた。
(続く)
石橋先生の性格が始めと最後で全然違うのは気のせいです(笑)
次回は名雪と祐一がでてきます。
こうご期待。
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