もうひとつの卒業





 ―――通学路



 暖かな日差しが気持ち良い。

 春の香りを含んだ風が、私の髪の毛を泳がせる。

 毎朝、走り抜けた街並み。

 ゆっくり、ゆっくりと、歩を進める。

 何気なく見ていた景色が、今はひどく懐かしい。





 ―――校庭



 広い大地に燦々と日が降り注ぐ。

 朝は、遅刻しないよう走り続けた。

 放課後は、自分を追いかけて走り続けた。

 好きだったから、走り続けた。

 私は、これからも走りつづけるだろう。





 ―――昇降口



 幾度となく開閉したガラスのドア。

 少し冷たい空気が、火照った体を落ち着かせる。

 主のいない閑散とした下駄箱。

 4月になれば、新たな靴たちがここに並ぶだろう。

 放課後にここであの人を待ちつづけたのも、遠い思い出。





 ―――教室



 毎日の営みが楽しかった教室。

 先生によく起こされた授業。

 永遠に続くと思ってた、放課後のおしゃべり。

 隣の席に座るあの人。

 けど、もうここには誰もいない。





 昨日までの日常。

 けど、今日はもう別の場所。

 何故なら、もう私はこの学校の生徒ではないのだから。



 ふと、黒板を見る。

 緑色のキャンバスに、色とりどりの文字が書かれている。

 その中心に、ひときわ目立つ文字。



 ―――卒業、おめでとう!!―――



 それを見て、改めて思う。

 私は昨日卒業したんだ―――と。

 もう一度教室を見渡す。

 鳥達が旅立った後の巣は、どこか寂しさが漂っていた。











 教室の扉を開けて、廊下に出る。

 廊下には、人がいた。

 その人は、私の知っている人だった。



 「北川君?」

 「お?水瀬か」

 「北川君も学校に来てたんだ」

 「ああ、学校がオレを離してくれないんだ」

 そう言って北川君が肩をすぼめる。



 「水瀬は何で学校に来たんだ?」

 北川君の問に、私は少し考える。

 ―――どうして、私は学校に来たのだろうか?





 「なんとなくだよ」

 他に答えが見つからない。

 なんで学校に来たのかよくわからない。

 なんとなく―――

 これが一番しっくりくる答え。

 「何となくか。水瀬らしいな」

 北川君が、いつものことだと笑った。



 「それにしても、卒業した次の日に、学校で知ってる奴に二人も会うとは思わなかったな」

 「え?二人?私の他に誰かいたの?」

 「なんだ。おまえら二人で来たんじゃなかったのか?」

 「私が二人で―――――え?北川君が会ったもう一人の人って―――――」

 もしかして―――





 「相沢だ」





 ―――祐一も来てたんだ。



 「なんだ。知らなかったのか」

 「どこで会ったの?」

 「視聴覚室で。あ、けど、今行ってもたぶんいないぞ」

 「そうなの?」

 「ああ。さっき、屋上に行くって言ってたからな。だから、たぶん屋上に行けばいるんじゃないか?」

 「北川君。私、屋上に行ってみる」

 ありがとう―――私は北川君に手を振ると、階段の方へ歩き出した。











 ―――祐一は何しに学校に来たんだろう?



 階段を上りながら私は考える。



 ―――何か理由があるのかな?



 一段ずつ階段を踏みしめて、少しずつ屋上に近づいてゆく。



 ―――それとも私と同じで



 毎日登り降りしていたこの階段も、



 ―――ただ、なんとなく来たのかな?



 使うのは、もうこれが最後だろう。



 ―――どうして、私は学校に来たんだろう?



 階段が終わりをつげる。



 ―――もう、この学校の生徒じゃないのに



 鉄の扉の向こうは、屋上―――









 「この学校の生徒じゃない人、見つけた」

 「お互い様だ」

 屋上の陽だまりの中、祐一が寝転んで天を見上げている。

 「どうやって入って来たんだ?」

 「校門が開いてたから、勝手に入ってきちゃった」

 「悪い奴だな」

 「祐一だって、勝手に入ってきてるよ」

 「オレはいいんだ」

 私は、寝転んでいる祐一の隣に腰をおろす。

 「祐一―――」

 「ん?」

 「祐一は、何で学校に来たの?」

 「―――用があったからだ」

 「用?用って何?」

 「―――秘密だ」

 祐一は、空を見つめたままの姿勢で答える。

 私も空を見上げる。



 淡い青色の空。

 白い雲を、風が運んでくる。



 「名雪―――」

 「何?祐一」

 「名雪は何で学校に来たんだ?」

 ―――私は何で学校に来たんだろう?

 「なんとなくだよ」

 「なんとなく―――か」

 「そう―――」



 私は空を見上げる。

 空は、どこまでも広がっている。

 終わりのない、何もかもを飲み込むほど広い―――それでいて、全てを包み込む暖かさ。



 「―――朝起きて。着替えて。ご飯を食べて。いつもなら学校に行く時間になって―――」



 風が吹く。優しい春の香りをのせて。



 「―――だけど、学校には、もう行かなくて良くって。それが、どこか寂しくて。学校がとても懐かしく思えて―――」



 太陽がゆっくりと輝いている。



 「―――けれども、学校には誰もいなくて。あるのは、ただ、思い出だけで―――」



 世界がぼんやりと霞んで行く―――





 「名雪。泣いているのか?」

 「え?」

 祐一に言われて初めて気付く。

 私の両の瞳からは、涙が流れていた。



 「あれ。なんでだろ。どうして私、泣いているんだろう」



 目を拭う。だけど、涙はどんどん溢れてくる。



 「昨日、あんなに泣いたのに」

 ―――卒業式

 友達に囲まれて、部活の後輩に囲まれて、先生に囲まれて、泣いた。

 たくさん泣いた。いっぱい泣いた。

 香里と一緒に泣いた。

 お母さんに抱きつきながら泣いた。

 祐一の胸で泣いた。



 昨日泣いたのは、嬉しかったから?

 昨日泣いたのは、悲しかったから?



 涙が止まらない―――





 「名雪」

 祐一が起き上がって私の肩を抱いた。



 「祐一。なんで私は泣いてるの?」



 「それはな―――」



 祐一が私の頭をくしゃっと撫でる。



 「名雪が今、泣きたいからさ」

 「泣きたいから?」

 「涙に理由なんかない。人は、泣きたい時に泣くんだ」

 祐一が私を強く抱きしめる。

 その腕の中で、私は泣く。

 子供みたいに泣き続ける。

 ―――泣きたいから、いつまでも泣き続ける。





 風が吹いた。

 暖かい空気と、

 優しい光と、

 ほのかな香りと

 懐かしい思い出をのせて―――











 「祐一―――」

 「ん?」

 「―――帰ろうか」

 「いいのか?」

 「うん。もう、大丈夫だから」

 私は立ち上がる。

 祐一も立ち上がって、背伸びをした。





 「本当に、もういいのか?」

 校門で、祐一がもう一度私に聞く。

 「うん。私、わかった気がするから」

 「わかったって、何が?」

 「う〜ん。言葉ではうまく言えないんだけど、わかったんだよ」

 「何だかよくわからんな」

 「私もよくわからない」

 「何だそりゃ?」

 「わからないんだけど、わかるの」

 私は、祐一を振り返る。

 「どうして今日、私が学校に来たのかもわかったの」

 私は、学校を振り返る。

 校庭。昇降口。校舎。教室。

 「言い忘れた事があったんだよ」

 「言い忘れって、誰に何を?」

 「学校へ―――」



 ―――走り続けた校庭へ。

 ―――1日の始まりだった昇降口へ。

 ―――日々の営みだった教室へ。

 ―――たくさんの思い出の詰まった学校へ―――





 「―――さよなら」











 (終わりだよ)





おまけ




あかり「ああ!!なんてこと!!ギャグがないわ!!」

矢蘇部「オレだってたまにはギャグのないものを書くわい!!」

あかり「信じられない!!アンビリーバボや!!要チェックや!!」

矢蘇部「何故にヒ○イチ?ってーか、そこまで驚くことか?」

あかり「あなた本当に矢蘇っち?さてはニセモノね!!」

矢蘇部「ニセモノって・・・・・・」

あかり「ニセモノならニセモノらしく、黄色いマフラーに黄色い手袋をしなさいよ!!」

矢蘇部「そんな昔のギャグ、誰もわからんぞ!!」

あかり「うるさい!!このタヌキめ!!正体を見せなさいよ!!」

矢蘇部「誰がタヌキじゃ!!」

あかり「悪霊退散!!一条流霊戦格闘術『砕拳者大威拳』!!」

矢蘇部「げげふぅぅぅぅ!!」

あかり「除霊完了!!さて、本物の矢蘇っちを探しに行かなくちゃ」





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