カノンR.P.G.
第十幕「鼠色の勧誘」
「・・・と言うわけで、今、女幹部になるといろいろお得なんだ」
「そーなの?」
「そうさ。なんてったって、好きな事をしほうだい。好きな服を着放題。好きな物を食べ放題になるはずだからね」
「肉まんある?」
「そりゃあ、もちろんあるさ。おまけに毎日食べ放題」
「わーい。真琴、幹部になっちゃおうかな〜」
「そうそう。一緒に町内征服をしよう!」
「ちょうないせいふく〜!!」
「おい!そこで何をしている!」
オレ達は、真琴と話している謎の人物の前に立ちはだかった。
「誰だ?」
謎の人物がこちらに顔を向ける。
その顔には見覚えがあった。
「さ、斉藤!?」
「斉藤君!?」
オレと名雪が同時に声をあげる。
真琴を勧誘していた男は、クラスメートの斉藤であった。
「相沢と水瀬か」
「何をやっているんだ。お前?」
「ダチの手伝いさ」
「なんだ。ダチの手伝いって?」
「オレの親友。北川の町内征服の手助け」
そういえば、こいつと北川は親友だった。
影薄いけど。
しかし・・・
オレは斉藤の頭頂部を見る。
そこには、しっかりと例の髪の毛アンテナが生えていた。
しっかり、洗脳されてるやんけ。
オレは哀れみの視線を斉藤に送る。
「なんだ相沢。気色の悪いヤツだな」
「いや、なんでもない」
「そうか。それよりもな、お前達に話がある」
「何だ話しって?」
「お前達も北川の部下にならないか?」
斉藤はオレ達に、そう持ちかけて来た。
「このお嬢ちゃんは、部下になるそうだ」
斉藤はそう言って真琴を紹介した。
「♪ぶかぶか〜」
鼻歌を歌う真琴。
意味わかってないな。アイツ。
「おい、真琴。北川の部下なんてやめておけ」
「馬鹿がうつるよ〜」
オレと名雪が真琴に呼びかける。
「相沢に水瀬。人心を惑わすようなことを言うのは止めろ!」
「事実だ!」
オレはキッパリと断言した。
「馬鹿がうつるの?」
真琴が斉藤に聞く。
「あんなのは、相沢と水瀬が考えた嘘だ」
「そうだよね。祐一、いつも嘘つくもんね」
そう言うと、真琴はオレに向かってアカンベーをした。
腹立つやっちゃな〜。
「真琴!」
そんなオレ達のやりとりに堪りかねた天野が、真琴に声をかけた。
「真琴、こっちに来なさい」
美汐が真琴を呼ぶ。
「えー、美汐。この人が肉まんくれるって言うのよ」
「知らない人に物をもらっちゃダメだと言っているでしょう」
「あうー、肉まん〜」
真琴は天野の言う事は聞くらしい。
しかし、肉まんを前にして、ちょっと心が揺れているようだ。
「ま・こ・と!」
天野が無表情で真琴の名を強く呼んだ。
その姿には、大岡越前並みの貫禄がある。
「あう〜」
その雰囲気に耐え切れなかった真琴が、しぶしぶこちらに向かって歩き出す。
「待て!」
斉藤が慌てて真琴を引きとめた。
「キミ、今、幹部になると、さらにイチゴサンデーが付いてくるぞ」
勧誘に付加価値が付いた。
「イチゴサンデー!!」
そこに名雪が反応する。
「ねぇ。本当にイチゴサンデーくれるの?」
「ああ、水瀬。なんならイチゴのムースもつけようか?」
「どうしようかな〜」
本気で悩み始める名雪。
「馬鹿か名雪。勇者が魔王の部下になってどうする?」
「でも、イチゴサンデーだよ」
さらに迷う名雪。
そんなイチゴサンデー、イチゴサンデーって。
さっき商店街でイチゴサンデー食べたばかりじゃないか。
しかも4つも。
しかし、名雪からイチゴサンデーを取ったら名雪じゃないような気もする。
うーみゅ。
「相沢さん。何とかしないと水瀬さんが向こう側についてしまいますよ」
天野が心配そうにオレに声をかけた。
名雪なら、本当にイチゴサンデーに釣られかねん。
それならば、
「名雪。こっちは、イチゴジャムだ!!」
こちらもイチゴ製品を出すしかない!
「それくらい、こっちでも用意できる!!」
敵も反撃に出てきた。
「秋子さん特性のイチゴジャムだぞ!!」
「ならばこちらは、イチゴのワッフルをつけよう!!」
くそっ!斉藤め!なかなかやるな!
「わっわっわっ!」
目をうるうるさせながら、オレと齋藤の顔を交互に見やる名雪。
ええい!
こうなったら最後の手段だ!
「名雪。もし、そっちについたなら・・・」
「もし、斉藤君の方についたら?」
「これから一生、あのオレンジ色のジャムだ!!」
オレは究極の呪文を唱えた。
「今後、永遠にあのジャムのみを食べさせてやる!!」
「うにゅぅぅぅ!!」
名雪の顔色が一気に変る。
「ごめん!斉藤君。私は、勇者だから・・・」
名雪はこちらに戻ってきた。
さすが、秋子さんのジャム。
その威力は半端じゃない。
悔しそうな顔をする斉藤。
今度はオレの方に顔を向けた。
「ならば、相沢」
矛先がオレの方に向いた。
「お前も北川の親友なら、こっちを手伝わんか!」
『親友』と言う言葉をだしてきたか。
「親友が、偉大なる事業を成し遂げようとしている時、漢なら、『心の友よ〜』とまっさきに駆けつけて、『一人はミンナの為に』って手伝うべきだろう!違うか!」
「わけのわからんアンテナ付けられて操られているヤツが何を言う!」
「誰が操られているだと?」
「斉藤!お前だ!」
「馬鹿抜かせ。何を根拠に」
「お前の頭頂部のその髪の毛だよ!それは、洗脳用のアンテナなんだ!」
「はっはっはっ!何を言うのかと思ったら。これはなぁ、オレと北川の友情の証だ!」
自分の頭部の毛をビシッと指す。
「それを、言うに事欠いて『洗脳用のアンテナ』だと?そんな嘘がオレに通じると思うか!」
うーん。
見事に洗脳されているな〜。
ダメだな。こりゃ。
「相沢。お前はあくまでオレ達の仲間にはならないと」
「くどい!!」
オレはそう言い放った。
「そうか。ならば、オレは貴様を倒す。親友だからって容赦はしないぞ!」
斉藤が戦闘の構えを取る。
「ああ、望む所だ!」
オレも、ネコ足の構えを取った。
二人の間に緊張がはしる。
「ちょっと、待った!」
斉藤は手のひらをこちらに向け、オレの動きを制した。
「この期に及んで何だ?」
「そっちの彼女にまだ聞いていない」
斉藤は天野の方にクビを向ける。
「ねえ、キミ。女幹部にならないか?その冷静な瞳、何考えているかわからない表情、無駄に丁寧な口調。まさに、冷酷な女幹部にピッタリだと思うんだけど」
「私、さっき北川さんにも同じことを言われました」
「それで、どうなんだい?」
「そんな酷なことはないでしょう」
天野は斉藤を睨んだ。
その目には、拒絶の意思がはっきりと表れている。
「何だ。誰も北川の部下になろうってヤツはいないのか」
斉藤がポツリと呟いた。
「そうです」
「そうよ」
「そうだよ」
「そおーだ。あんな馬鹿の部下に誰がなるか!」
オレ達は斉藤に言葉の追い討ちをかける。
「そうか。なる気はないか・・・」
斉藤はそこで一旦、押し黙った。
「うりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
斉藤がイキナリ叫び声をあげた。
空気が震える。
急に辺りが青くなってきた。
ふと、空を見上げる。
空は、異常な青さを発していた。
この色には見覚えがある。
「確か、『きたがわ〜るど』」
そう。
生徒会室で久瀬と戦ったとき、窓の外に広がっていた空間だ。
この空間の中にいると3倍の強さになれるとか何とか。
今、辺りは急速にその空間に包まれつつある。
「ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ・・・・!!」
斉藤が叫ぶのを止めた。
そして、ゆっくりとこちらを向く。
「生意気な!キサンにアンテナを植え付けてやる!」
低い声でそう呟き、こちらに向かって襲い掛かってきた。
次回 「蛍光色の格闘」に続く
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