カノンR.P.G.
第十三幕「褐色の誘拐」





「あうー、熱い!熱い!熱い!」

「真琴、あせって食べてはいけません。ちゃんと、冷ましてから食べましょうね」

「あうー」

天野が真琴の肉まんを二つに割り、ふーっと息を吹きかける。

その光景は、ひどく日常的であった。

朝から、異常な状況に巻き込まれていたオレには、とても懐かしく思えた。

先ほど、俺達はものみの丘で、斉藤と死闘を繰り広げてきた。

皆の力を併せ―――天野の力だけだと言う噂もあるが―――なんとか勝利を治めたものの、こちらにも、それ相応の代償があった。

名雪と真琴が、燃え尽きたのである。

これも、天野の仕業であると言う噂があるが、あえてそこには触れないでおこう。

とりあえず、斉藤をものみの丘へほっぽっておいたまま、オレ達は商店街へとやってきた。

百花屋で、この世界の謎を解くためにガンバッている香里と栞に会うためである。

途中、真っ白に燃え尽きた真琴のために、コンビニで肉まんを買ってやった。

現金なもので、真琴はコンビニで肉まんを買って来てやると、一瞬で復活した。

さすがは、お子ちゃま。単純王ある。

「あうー、真琴はお子ちゃまじゃないもん」

何か言ってるが、とりあえず無視しよう。

同じように名雪にも、イチゴのアイスクリームを買って来てあげたのだが、いかんせん、ダメージが大きかったらしく、まだ完調とは言い難い。

やはり、完全復活にはイチゴサンデーが必要なのだろうか?

名雪は、眠い時と同様に左右にフラフラと蛇行しながら歩いている。

まるで、パンチドランカーのボクサーのようだ。

それ程、あの時の天野の一撃には、破壊力があったのだ。

オレが、かろうじて平気でいられるのは、普段から北川の寒いギャグを聞かされていたからであろう。 免疫ができていたのだ。

・・・嫌な免疫だな・・・





ゴンッ!!

「ふにゃ!」

ちょっと目を離したスキに、名雪が電柱に頭をぶつけた。

涙目になる名雪。

オレは慌てて名雪に駆け寄る。

「大丈夫か?」

「うにゅ〜」

「よし。大丈夫そうだな」

「大丈夫じゃないよ・・・」

名雪がオデコをさする。

「しょうがないヤツだな」

オレは名雪の額に手をやった。

「痛いの、痛いの、飛んでいけー・・・・・ほら、これで大丈夫だ」

「祐一、私、子供じゃないよ」

名雪が抗議の声をあげる。

だが、その声もどこか弱々しい。

「ほら、もう少しで百花屋だから元気だせよ」

「うん」

オレは名雪の手を優しく握った。

そして、百花屋に向かって歩き出す。

「いいな〜」

後ろから、真琴の声が聞こえきた。









百花屋の前には、栞が立っていた。

一人、ぽつんと立ち尽くしている。

その表情は、どこか途方に暮れていた。

オレは、その姿を見て、何か嫌な予感がした。

だから、オレは、栞の名前を呼びながら駆け寄った。

「しおり!!」

オレの声にビクッと体を震わせた後、栞がゆっくりとこちらに焦点を合わせる。

「ゆういち―――さん」

「どうしたんだ、栞」

オレは栞の肩に手を置いた。

遅れて、名雪、天野、真琴もやって来る。

「栞」

オレは、もう一度、栞の名前を呼んだ。

栞はオレ達を見回した後、一瞬、安心したような顔になり、そして、真剣な顔をした。

「祐一さん、お姉ちゃんが・・・」

「香里がどうかしたのか?」

オレはガラス越しに店内を見る。

香里が座っていたはずの場所には、誰もいなかった。

「香里がいないよ!」

名雪もそのことに気付き、声を上げる。

「お姉ちゃんが・・・」

栞がもう一度呟く。

皆の注目が栞に集まる。

「お姉ちゃんが変態なんです!」

「変態!?」



オレは、想像してみる。

香里が片手にロウソク、片手にムチを持ち、北川を苛めている姿を。

―――なんか、似合ってるように思えるのは気のせいだろうか?

「変態って言うと、あの飛行機とかが組むやつかな?」

「水瀬さん。それは編隊です」

「じゃぁ、なんとかレンジャーって・・・」

「真琴、それは戦隊です」

名雪と真琴と天野が漫才やってる。

「すみません。間違えました。お姉ちゃんが大変なんです」

ずるっ

オレはずっこけた。

「栞!こ〜ゆ〜場で、そ〜ゆ〜ボケをかますか!」

「そんなこと言う人嫌いです。ちょっと、気が動転してただけです。それに、名雪さんだって、いつもこれぐらいのボケはやってます」

「ん〜、ボケって?」

「名雪はすごいってことだ。それより、栞。香里が大変ってどういうことなんだ?」

「お姉ちゃんが、北川さんにさらわれたんです」

「何!香里が北川にさわられた!!」

「あうー!セクハラ!」

「そんな酷なことはないでしょう」

「北川君も、そこまで欲求がたまってたんだね」

一同、頷く。

「違います!触られたのではなくて、さらわれたのです。誘拐です」

「ああ、誘拐」

「そうですよ。相沢さんだって、こんな時にボケるなんて、人のことを言えませんね」

「なーんだ。誘拐か。オレはてっきり、北川が・・・・・・って、誘拐!?」

「そうです。誘拐です」

「それって充分やばいんじゃないか?」

「そうです。下手すればお姉ちゃんの操が・・・」

「すぐ探そう。栞、何か手がかりはないのか?」

「手がかりですか?」

そこで栞が小首を傾げた。

「とりあえず、北川が香里をさらった時の様子を聞かせてくれ」

「さらった時の様子ですね。えっと、北川さんは、何か叫びながらやってきたんです」

「叫びながら?」

「はい。『か〜おりちゃ〜ん』とか、『愛してるぜベイベー』とか『キミの瞳に乾杯』とか・・・」

「いつもの北川君と変らないね」

「ああ。だが、いつもだったらそこで香里のガゼルパンチで、北川が吹っ飛ばされるのだが・・・」

「お姉ちゃん、ちょうどその時、うたた寝してたんです」

「香里がうたた寝なんて珍しいな」

「きっと、あの占いで世界を調べるので疲れていたんだよ」

「だから、お姉ちゃんは、あっと言う間に北川さんに・・・」

「ちょっと待て。その時、栞はただ見てたのか?」

「いえ。私はちょっと、あの・・・その・・・」

「ん?」

「お花摘みに行ってて・・・」

「なんだ?そのお花摘みって?」

その時、名雪がオレの耳を引っ張った。

「いででででで!!何するんだ!名雪!」

「祐一。あんまりそう言うことを深く聞かないの」

「何なんだよ。まぁ、いいや。それで、その後は?」

「気付いたら北川さんがお姉ちゃんをロープで椅子に縛りつけていて。私が『お姉ちゃん!』て叫んだら、北川さんが『アディオス!』って言いながら、お姉ちゃんを椅子ごとかついで店から飛び出して行きました」

非常識なヤツめ。

「慌てて、店を飛び出したんでしたけど、北川さんは、すごい勢いで走って行ってしまって・・・」

「それで見失ってしまったのです」

「そうか」

「それじゃあ、また栞ちゃんの占いで、行き先を調べようよ」

名雪がそう提案した。

「そうだな。とりあえず、そうしようか」

「はい」

栞が頷く。

その時、

「あははー、祐一さーん」

背後から佐祐理さんの声が聞こえた。





「佐祐理さん。それに舞も」

「とりあえず、ぐるっと街を見ていたんですけど・・・」

「途中で変なものを見た」

「変なもの?」

「あのですね。相沢さんのお友達の北川さんがですね」

「女の子を背負って、街中を疾走していた」

「しかもですね、その女の子が、美坂さんに似ているのですよ」

それはまさしく、今、栞が語った香里と北川ではないのか?

「どこで見たのですか?」

「並木通りの辺りです」

「公園が呼んでるって、叫んでいた」

「公園が呼んでいる?」

「そうなんですよ。『公園で行こう!!』とか叫んでいて。とりあえず、見なかったことにしようかと思ったんですけど、背負っていたのが美坂さんに似ていたので、ここに報告に来たのです」

オレは栞の方を見る。

栞もオレの目を見て頷いた。

「きっと、それはお姉ちゃんです」

「はぇー、香里さんにあんな趣味があったんですね」

「人は見かけによらない」

「舞、佐祐理さん。違うんです」

オレと栞は、舞と佐祐理さんに、ざっと話を説明した。

話を聞き終わった後、舞がオレを睨んだ。

「祐一、何をやってるの?」

「え?何って」

舞がオレの手をつかむ。

「その話が本当なら、すぐに助けに行かなければ」

舞がオレの手をつかんだまま走りだした。

「わ、待て!舞!」

「待ってる暇なんかない!」

舞がオレを強引に引っ張って行く。

「そうですよ。すぐに助けに行きましょう」

佐祐理さんも一緒に走り出す。

「お姉ちゃん、今助けに行きますからね!」

「親友をほっとけないよ〜」

「あうー、美汐!」

「わかってます。真琴。私達も行きますよ!」

名雪達も後から追いかけてくる。

オレ達は、一路、公園に向けて走り始めた。





次回「鋼色の魔王」に続く




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