カノンR.P.G.
第十四幕「鋼色の魔王」
噴水のある静かな公園。
柔らかな風に木々が踊り、木漏れ日が緩やかに大地を照らす。
街の隠れた名所であり、栞が抽象画を描く場所でもある。
「祐一さん。私が描いているのは風景画ですよ」
その平和な公園の真中に、鋼の鎧をまとった北川と、椅子に縛られた香里がいた。
「きたがわぁぁぁぁあ!!」
「おねぇちゃぁぁぁぁぁん!!」
オレと栞が大声をあげる。
その声にゆっくりと北川が振り向いた。
「ちっ!相沢達か。せっかくこれから美坂を起こして、いろいろしようと思ってたのに」
北川が不満そうな顔をした。
オレはその後ろにある椅子を見る。
椅子には、香里が縛られている。
そして、香里は、眠っていた。
「なんだ香里の奴。こんな時に眠ってるぞ。あれじゃあ、まるで名雪じゃないか」
香里は幸せそうな顔をして眠っている。
「いつも名雪と一緒にいるから、名雪の癖が移ったのかな?けど、いくら名雪でも、こんな時には寝ないか・・・」
「祐一さん、祐一さん」
「ん?どうした?栞」
「あの、名雪さんが・・・」
栞が名雪のほうを見る。
視線の先。
「く〜・・・」
名雪も眠っていた。
しかも立ったまま。
「なゆきぃぃぃぃ!お前まで寝るなぁぁぁ!」
オレは名雪を揺する。
「うにゅぅぅぅぅ・・・・・・アースクエイクだお・・・・・・・」
起きる気配の全くない名雪。
さらに名雪を揺らそうとしたオレを天野が止めた。
「相沢さん。水瀬さんは疲れているようです。静かに寝かしといてあげましょう」
「そうは言ってもなぁ」
「勇者と言っても休息は必要です」
オレは眠る名雪も見る。
名雪は、香里同様、幸せそうに眠っていた。
「そうだな。今回は、オレ達だけでやってやるか」
オレは、皆を見渡す。
「・・・・・ファイトだお〜・・・・・・・」
名雪が寝言でオレ達を応援してくれた。
「と、言うわけだ。北川!!覚悟しろ!!」
「ちょっと待て、相沢!話が全く見えないぞ!いきなり『覚悟しろ!!』ってのは何だ?」
「黙れ!貴様の悪行は全てわれている!大人しくお縄につけ!!」
「あははー、祐一さん。それでは時代劇ですよ」
「・・・・・・悪即斬」
舞が剣を構えた。
「悪って、いったいオレが何をした?」
「何をしただと?自分の胸に手を当てて考えてみろ!」
北川が首を捻る。
「何にも思いつかんが・・・・・・」
「とぼけるな!!お前、この街を征服しようとしているんだろ!!」
「ああ、そうだが」
えらい簡単に認めたなぁ。コイツ。
「それが何か?」
「何かって!お前・・・わかっててボケてるのか?」
「ボケてなんかないぞ。マトモだ」
「じゃあ、何で市街征服なんて企んでるんだ?」
「そりゃあ、オレが魔王だからだ」
「は?」
オレは一瞬、頭の中が真っ白になる。
「魔王だったら、市街征服を企むのは当然だろ」
さも当たり前と言う顔をして北川が言う。
「それは、そうかもしれないが・・・」
何か違うだろ。
「それだけじゃ、ありませんよ」
栞が北川に向かって言った。
「北川さんは、お姉ちゃんをさらいました!!」
びしっと北川の後ろの香里を指差す。
「お姫様をさらうのも、魔王の義務だと思うぞ」
またシレッと言う北川。
「・・・・・・王女様は佐祐理」
「あははー、そうですよ」
「オレの中では、美坂がお姫様なんだぁぁぁ」
なんか、こう、会話しているといつもの北川と変わらん気もする。
「北川さん・・・」
今度は天野が北川に声をかけた。
「あの、いつから魔王をやっているんですか?」
「おかしな事を聞く奴だなぁ」
北川がヤレヤレと肩をすぼめる。
「オレは生まれてこのかたずっと魔王だぞ。この街の魔王って言ったら『北川様』ってのは、現代の常識だぞ」
「ちょっと待て!!」
「何だ?相沢?」
「魔王が復活したのって、今日未明じゃなかったのか?」
「そんな昔の事は忘れたぜ!!」
「お前、正気か?」
「当たり前○のクラッカー!!」
恥ずかしくもなく言い切る北川。
その姿を見て、オレは考える。
オレの見たところ、北川は、いつも通りだ。
―――いつも通り、マトモじゃない。
「相沢、話は終わったか?終わったら帰れ。オレはこれから美坂と良いことをするんだ」
北川がハエでも追い払うかのように手を振る。
「良いことって、何をするつもりなんですか!?」
栞が北川に向かって叫ぶ。
「そりゃあ、良いことだ。例えばだな・・・・・・」
一同が息を飲む。
「この公園の清掃をしたり、恵まれない子にモノを恵んだり、オレンジ色のジャムを処理する計画を立てたり・・・・・・」
「それは、ホントに良いことですね」
「そりゃ、そうだ。オレは一日一善を信条としているからな」
ふふん、と得意そうな顔をする北川。
「相沢さん。北川さんは、放っておいても良いような気もするんですが・・・」
天野が小声でオレに聞いてきた。
「うーん。そうは言ってもなあ。一応、香里はさらわれているわけだし。市街征服を企んでいるのも確かだし、それに・・・・・・」
オレは眠っている名雪を見た。
「アイツが勇者だからな。やっぱ、勇者は魔王と戦わなきゃいけないだろ」
「そうなのですか?」
「そうなんだよ」
「だったら、有無をいわさずにドツキまわせばいいじゃない」
真琴が、物騒な意見を提案した。
「私もそれが良い」
舞も剣に手をかけながら言う。
「それも、どうかと思うんだよな・・・・・」
オレは悩んだ。
「あの、祐一さん?」
「なんですか?佐祐理さん」
「とりあえず、北川さんに、香里さんを解放するよう交渉してみてはどうでしょうか。あと、市街征服して何をしたいのかを聞いてみて、それから北川さんをどうするかを決めれば良いと、佐祐理は思います」
「そうですね。とりあえず、そうしましょう」
「おい、北川」
「なんだ、まだ話があるのか」
北川がウンザリとした顔をする。
「香里を解放してくれ」
「それはできない相談だな」
「どうしてもか?」
「どうしてもだ」
北川には、譲歩する様子は全くなかった。
「あと、一つだけ聞かせてくれ」
「何だ?」
「お前、市街征服をして何をするつもりなんだ?」
「ハーレムを作る」
「は?」
「街中の美人をはべらせてオモシロおかしく暮らす」
「本気か?」
「本気と書いてマジだ」
「あんなことを言ってますが・・・」
オレは、女性陣の顔色を窺がった。
「とりあえず、屠っておいた方がいいのではないでしょうか」
佐祐理さんが笑顔で言う。
「はちみつくまさん」
舞も同意する。
「そうですね」
「そうしましょう」
栞と天野も賛同の意を示した。
「やっつけるわよ!!」
真琴も嬉しそうに賛成した。
「と、言うわけだ。北川!!覚悟しろ!!」
「だから、何でオレが覚悟をしなければいけないんだ!!」
「それは、お前が北川だからだ!!」
「それじゃあ、まるで『の○太のくせに生意気だ!!』じゃないか!!」
「まぁ、似たようなものだ」
「ひっでー」
「わかった。ならば、お前が魔王だからだ!!」
「ふっふっふ、相沢よ。よくぞ見破ったな!!」
「・・・・・・おまえさっき、自分で魔王って名乗ってたじゃん」
「わかってないな。こういうのは気分の問題なんだよ」
何と言うあほらしい会話。
あたまが痛くなってきた。
「それで、何でオレが魔王だと覚悟をしなければならないんだ?」
「理由を聞きたいか?」
「ああ」
「なぜならなぁ・・・・・・ここに居わせられるお方をどなたと心得る!!」
オレは、名雪の方を手のひらで指した。
「う・・・・・・ま、まさか水瀬?!」
気付いてなかったのかよ。
「この方こそ、世紀を駆ける伝説の勇者。水瀬名雪女史なるぞ!!」
「目覚めの勇者か!?」
北川が驚愕の顔をあげる。
「相沢。オマエらが勇者のパーティーだったとはな・・・・・・」
「そうだ。だからオレ達は、魔王であるオマエをボコボコにしなければならないんだ」
自分で言ってて思うのだが、理由になってない気がする。
つーか、ほとんどジャ○アン。
もしくは山賊。
「そういうことなら仕方がない」
けど、向こうは納得したらしい。
「・・・・・・そう言う訳だから、ボコボコにさせてもらう。これも運命だと思って諦めてくれ」
「ああ。だが、ちょっと待ってくれ」
「なんだ?」
「いや、オレは魔王だからな。お約束のセリフを言わなければ・・・」
北川は胸をはり、両手を横に広げた。
「よく来たな、勇者名雪とその仲間達よ。私が魔王北川である。
ここまでたどり着くのに、さぞ苦労したことであろう。だが、それもここで終わりだ。何故なら、貴様らは、ここで全滅するからだ!!
だが、ここまで来た貴様らに、少し話をしてやろう。
実は、オレの名前は北川潤で、けど、誰も呼んでくれなくて。ところが、ある日、美坂がオレに向かって、『そこの男。えっと、確か、北川潤。あんた、掃除当番をサボル気?屠るわよ!!』って声をかけてくれたんだ。
思えば、アレがオレと美坂との初めての出会いであり、それ以来オレは美坂にぞっこんなのであって・・・・・・」
訳のわからん事を語りだす北川。
自分に陶酔しながら続けるその演説には、終わる気配が一向になかった。
いったい、いつまでこの語りは続くのだろうか?
それは、北川にしかわからないことであろう。
次回、「赤色の魔法」に続く
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