カノンR.P.G.
第二十幕「夢色のR.P.G.」





オレ達は、百花屋にいた。

百花屋でメニューを注文し、みんなで一息ついた。

オレもコーヒーを飲んで久しぶりに落ち着いた雰囲気を味わった。

平和な日常が戻った気がした。

ふと、カウンターを見る。

店長は相変わらず、バイキングみたいな格好をしていた。

そう。

夢はまだ、覚めてはいなかった。





「魔王を倒したのに、終わらなかったな」

オレはコーヒーを飲みながら、なんとなく呟いた。

「そうね。魔王を倒したら終わりだと思ったのだけど・・・・・・」

向かいの席で、同じようにコーヒーを飲みながら香里が言った。

今、オレ達は百花屋の一番奥の席を二つ占拠している。

片方のテーブルには、名雪、栞、真琴、舞、あゆが座り、

もう片方のテーブルに、オレと香里、佐祐理さん、天野が座っている。

向こうのテーブルの連中は、また、例のバケモノパフェを頼んで、五人でそれをつついていた。

あいつらの胃袋は、いったいどうなっているのだろうか?

向こうを見ていると気持ち悪くなってくるので、オレは極力そちらを見ないようにしていた。



「北川君を倒せば、夢が終わると思ったんだけどね」

香里が呟いた。

「世界はもとのままだぞ」

「そうなのよ」

香里が息を吐く。

「けど、この世界のことが、また少しわかったわ」

「と言うと?」

「この世界が誰かの夢の中だってことまでは、いいわね」

オレと佐祐理さんと天野が頷く。

「この夢の中の世界に存在する人達は、その誰かによってみんなロールが決められているのよ」

「ロール―――役割ですね」

佐祐理さんがポツリと言う。

「そう。私は占い師としての、相沢君は盗賊としての、名雪には勇者としての、北川君には魔王としての役割が振り分けられていて、みんなそれに従って行動するよう設定されていたの」

「役割に従って行動する」

「―――ロールプレイングか」

「その通り。この夢の世界は、夢を見ている人が考え出したロールプレイングゲーム―――R.P.G.よ」

そこまで言って、香里はコーヒーに口をつけた。



「みなさん、役割が決まっているのですよね」

天野が発言した。

「確かに、私も始めは何故か自分が盗賊団と言う気がしてました。けれど、それは始めだけで、私は今は、ちゃんと自分の意思を持ち、自分で行動しています。今まで行ってきた事は盗賊団とはかけ離れていると思いますが」

「そうなのよね。確かに、私達はロールを振り切って行動しているわ。けど、北川君みたいにずっと縛られていた人もいたし・・・・・・」

香里がわからないと言う顔をする。

「あの、これは佐祐理の考えなんですが、ロールを振り切った人は、みんな、夢の世界から出ようとした人達なのではないでしょうか?」

佐祐理さんは続ける。

「久瀬さんや北川さんは、この世界の中で、自分達のロールを自ら受け入れたのではないかと佐祐理は思います」

確かに。斉藤もそうだったかもしれない。

あいつらは、この夢の世界での自分の役割を受け入れたのだろう。

「そうね。きっと倉田先輩の言うとおりだわ」

香里が納得した顔で頷いた。





「香里さん」

佐祐理さんが香里に話し掛ける。

「普通、R.P.G.では、最後のボス―――魔王を倒したらそこで終わりですよね?」

「そういうことは、相沢君の方が詳しいです。どうなの?相沢くん」

「確かに、普通はラスボスを倒したら、そこでゲームは終了だ。たまに、真のボスとか言うのが出てきたりするが、その場合はそいつがラスボスなのであり、やっぱりそいつを倒せば終わりだ」

「一応、私達は北川さんを倒しました」

ちなみに北川は公園にほっぽっておいたままである。

「けど、この夢の世界が終わらないのはどうしてなんでしょうか?」

「それも、わからいことなのよね」

香里と佐祐理さんが同時に首を捻った。

「とりあえずわかるのは、夢を見ていたのが北川君じゃなかったと言うことかしら」

それ以上はわからないわ―――そう言って香里は目を閉じた。

しかし、そのことについては、オレには―――

「それは、オレにはなんとなくわかるな」

そんな気がする。

「どうして?」

「今の、この夢の世界―――」

オレは香里と佐祐理さんと天野の顔を順に見てゆく。

「結構、おもしろくないか?」

問われて三人ともキョトンとする。

「確かに、始めは違和感があったけど、今では結構慣れたわね」

「佐祐理は初めから楽しんでますよ」

「私も、おもしろいとおもいます。けれど、それが何か?」

三人がオレに注目する。

「そう。楽しいんだ。きっと、夢を見ているヤツも楽しくてしょうがないんだ。だから―――」



子供の時、よく思った。

楽しい時間は、永遠に終わって欲しくはないと。



「だから、夢を見つづけているんだよ」

少なくともオレはそう思う。

「きっと、夢を見ているヤツも、魔王が倒された所でこの世界を終わらせるはずだった。だけど、夢を見ているうちに楽しくなってきてしまって、それで、今でも夢を見つづけているんだと思う」

「確かに、この世界はおもしろいですしね」

佐祐理さんがあははーと笑う。

「けど、どんなに楽しくても、ここは夢の中なんだ。どんなものにも終わりがある。楽しい時間にも終わりが来なくてはいけないんだ。だから、夢は覚めなくちゃいけないんだ」

オレは、そこまで言ったあと、コーヒーをひと口飲んだ。

コーヒーは、少し苦かった。





「さて、問題の夢を見ている人についてなんだけど」

香里が切り出した。

「おそらく、私達の顔見知りよ」

「オレ達の顔見知り?」

「そうよ。下手すれば、私達の中の誰かってこともあり得るわ」

「ど、どういうことだ?それは―――」

「言葉通りよ」

香里がすました顔で言う。

「考えてもみなさい。ロールを与えられているのは、私達の知り合いばかりよ」

言われて思い浮かべる。

確かに、この世界でいろいろと会った人々は、顔見知りばかりであった。

「けど、街の中には全然しらない人だって歩いてるぞ」

オレは窓の外を見た。

外にはいかつい鎧を着込んだ連中が闊歩していた。

「あの、街の人達のことなんですけど・・・・・・」

佐祐理さんが窓の外をチラリと見て言った。

「佐祐理と舞は、いろいろと街を見て周ったんです。それで、気付いたんですけど、街の中を歩いている人達は、どこか変なんです。幾ら話し掛けても同じ事しか言わないんです。
お店の人たちも、買い物とかは普通にできるんですけど、それ以外の事には全く無反応なんです」

それではまるで、ロープレの住人ではないか。

「おそらくそれは、その人達が夢を見ている人が作り出したモノに過ぎないからだわ。私の見たところ、実際に夢の中に入りこんでしまった人は、ここにいる私達と、北川君ぐらいね」

そういえば、香里は久瀬や斉藤や石橋には会ってなかったんだっけな。

「わざわざ私達を夢の中に呼び込んだってことは、私達の顔見知りか、もしくは私達の誰かって可能性が高いのよ」

「なるほど。じゃぁ、とりあえず、みんなを尋問してみるか」

オレはグルッと一同を見渡す。

「相沢君。そんなことしても無駄よ」

「どうしてだ?香里」

「たぶん、夢を見ている人は、この世界のどこかに留まって、世界全体を見渡しているわ。だから、ここに夢を見ている本人がいるとは思えないわ」

「ん?ちょっと待てよ。それなら、ここにいる人間には、夢を見ている可能性はないんじゃないか?」

「いいえ、あるわ」

「どうして?」

「夢を見ている人間が、世界を見ながらその中に参加する為には、どうしたらいいと思う?」

「うーん。わからんな」

「簡単よ。自分の分身を作り出せばいいのよ」

「なるほど。この夢の世界を作り出しているんだもんな。自分の分身ぐらい、簡単につくれるか」

「そう。自分と全く同じ行動をする分身を夢の中に放って、その分身と感覚を共有すればいいのよ。そうすれば、夢を見ながら夢を体験できるわ」

「じゃぁ、その分身を見つければいいのか?」

「分身といっても、それは限りなく本物に近いわ。だから、見分けるのはちょっと無理でしょうね。それに、もし分身に、自分が夢を見ているという情報を与えなければ、その分身自体も自分が分身であることに気付かないわ。斯く言う私だって、本物であると言う保証はどこにもないもの」

「それじゃあ、どうすればいいんだ?」

「分身を見分けるのが無理なら、本人を見つけるしかないわね」

「この世界を探しまわってか?」

「それしかないわ」

この世界を探し回って、夢を見ている誰かを探す。

それは、かなり大変なんじゃないか?

いったい、誰がこの世界を夢見ているのだろうか?



「とにかく、まずはみんなで街中を探索する事ね」

「香里か栞の占いでどうにかならないのか?」

「やっぱりプロテクトがかかってるわ」

「そうか。やっぱり足を使って捜査するしかないのか」

「あははー、刑事ドラマみたいですね」

「そう言えば聞こえがいいですけど、結構大変だと思いますよ」

「相沢さん。千里の道も一歩よりと言いますよ」

「天野。そう言うセリフをサラッと言う所がオバサンくさいんだぞ」

「失礼ですね。語彙力に優れていると言って下さい」

「語彙って言い方も、古くさいな」

「そんな酷な言い方はないでしょう」

天野が膨れる。

「あうー、祐一。美汐をいじめちゃダメよ」

真琴が隣のテーブルから首を突っ込んできた。

「いじめてなんかいないぞ」

オレは隣のテーブルを覗く。

見ると、ちょうどバケモノパフェを完食したところらしい。

「ごちそうさまでした」

「やっぱり、百花屋のアイスクリームはおいしいね」

「うぐぅ。おなか一杯だよ」

「私はまだいける」

みんな、満足した顔でお腹を押さえている。

「そうだ。おまえらも話を聞いておいた方がいいな」

オレは、名雪達にも、さっき香里と佐祐理さんと天野と話しあったことを説明し始めた。





(次回「茜色の探索」続く)




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