カノンR.P.G.
第二十二幕「黒色の森」





ざざざざざっ

風が吹いた。

風に森の木々が揺れた。

オレの前には黒い森が広がっていた。

森は、まるで一つの生き物であるように風に揺れていた。

「ト○ロが出そうだな」

なんとなく呟いてみる。

けど、誰も聞いている人がいなかったので、間抜な感じがした。

「真っ黒クロスケでも出ないかな」

やっぱり誰も聞いている人間なんかいなかった。

と言っても、いきなり木の影からド○クが出てきて、「神聖皇帝ミラ○パ様!バンザイ!」とか言われても嫌だけれど。

けど、ナウ○カが出てきて、「森にお帰り」とか言われるのならいいかな。

ク○ャナだったら――――――逃げよう。

ユ○様だったら弟子入りしよう。

なんかアホらしくなってきたので、さっさと森の奥に進む事にした。



「入り口はどこだったけかな?」

オレは森に沿って歩いて行く。

7年前、オレとあゆの学校があった場所。

この前、あゆが記憶を取り戻した場所。

すべての奇跡が始まった場所。

思い出の場所。

その場所へと続く小道の入り口に、オレは立っていた。



「この場所は、存在するのか」

オレは、その小さい入り口に体を滑り込ませる。

その狭い小道は、記憶のそれと全く同じだった。

がさがさがさっ

枝を払いながら、先へ先へと進んで行く。

がっ

足を根っこにとられた。

そのまま無様に前に転がる。

「いてててててっ」

オレは立ち上がって体の土を払い、自分の足をとった根っこを睨みつけた。

「いつもコイツに引っかかるんだよな」

オレは根っこに一瞥をくれてから再び先へと進む。



「待てよ」

オレは立ち止まって、後ろを振り返った。

そして、もう一度根っこを見る。

「根っこがある?」

そして自分が通ってきた道を見渡す。

「この場所を知っている?」



今、オレがいるのは夢の中である。

誰かが見ている夢の中である。

今いるこの場所は、夢を見ている人間が作り出しているはずである。

と言う事は、夢を見ている人間は、この場所を知っているのではないだろうか?



「この場所を知っているのは―――」

オレの他には一人しかいない。

少なくともオレには他に思いつかない。

いや、しかし、この場所は結構有名で、意外にみんな知っているのかもしれない。

だが、あの木の根っこ―――

オレがいつも転ぶ木の根っこまでもがちゃんと存在している。

オレがここを通る度に毎回あの根っこで転んだことを知っているのは―――

けれどそれも、夢を見ている人間も毎回あの根っこで転んでいただけかもしれない。

そんなことがあるだろうか?

ありえないとも言い切れないが―――



「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

オレは頭を振った。

ここでいくら考えたって始まらない。

とにかく、まず、あの場所へ行ってみよう。

オレは再び小道を進み始めた。



ざっざっざっ

歩きながらも、頭の中はさっき考えていた事で一杯だった。

夢を見ている人間。

ここを知っている人間。

夢を見ていた少女。

奇跡の起きた場所。

そして、彼女の存在。



香里の言葉が思い出される。

『簡単よ。自分の分身を作り出せばいいのよ』

『分身といっても、それは限りなく本物に近いわ。だから、見分けるのはちょっと無理でしょうね。それに、もし分身に、自分が夢を見ているという情報を与えなければ、その分身自体も自分が分身であることに気付かないわ。斯く言う私だって、本物であると言う保証はどこにもないもの』

似ている。

あの時の状況に似ている。

あの時の彼女に似すぎている。

やはり、そうなのか?

夢を見ているのは―――



がさっ

最後の枝を振り払う。

小道が終わりをつげる。

目の前に急に広がる空間。

黒色の森の真中にぽっかりと開いた世界。

オレ達の学校。

そして、始まりと終わりの場所。





「―――樹が」

オレは目の前にあるものを見つめた。

そして、それから視線が離せなくなってしまった。



樹が立っていた。

その枝を四方に伸ばし、茜色に染まる空を貫くように立っていた。

切り株ではなく、大きな樹が立っていた。



「どうして切り株じゃなくて、樹なんだ!ここに樹が立っているんだ!!」

ここに樹が立っていたのは7年前。

そして、その事を知っているのは――――――



樹は普通の樹ではなかった。

姿形はあの頃のものと変わらない。だが、その材質が違っていた。

樹は、ガラスのような、何か半透明な物質でできていた。

だから、正確には樹ではなくて、樹の形をした何かかもしれない。

「ガラス―――いや、氷か?」

オレは少し樹に近づいてみる。

樹の中に、何かがあった。

「何だ?」

もう一歩近づいてみる。

半分透き通った樹の中に、何かが入っている。

何か―――

あの形。

あれは、ヒトのカタチ。

「人?」

人が入っているのか?

どうしてこんな所に人が?

「眠っているのか?」

眠る。

夢を見る。

特別な場所で世界を見つづける。

まさか、

あの樹の中に眠っている人間が―――



―――夢を見ている人間?







がさっ

背後で音が鳴った。

オレは慌てて振り返る。

小道の入り口。

そこに人が立っていた。

あゆと名雪が佇んでいた。

「あゆ、名雪」

オレはあゆと名雪に声をかけた。

「祐一!」

名雪がオレの呼びかけに答える。

しかし、あゆは違っていた。

あゆの視線は、氷の大樹に釘付けにされていた。

「あゆ!」

オレはあゆにもう一度声をかける。

だが、あゆは反応しない。

「―――どうして」

あゆの口から声がもれた。

「―――どうして」

あゆが一歩一歩、樹に近づいて行く。

オレと名雪は、そんなあゆをただ見つめる。

「―――どうして」

あゆの目が樹の中に誰かがいるのをとらえた。

あゆの足が止まる。



「だって、ボク、ここにいるよっ!!」



あゆの声が黒色の森に響き渡った。



(次回「氷色の大樹」に続く)






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