カノンR.P.G.
第二十三幕「氷色の大樹」





「どうして―――」

あゆが呟く。

「どうして―――」

本当にどうしてなのか?と言う気持ちが伝わってくる。

「♪どうしてどうして私達は出会ってしまったのだろ〜」

「祐一、ユー○ンの歌を歌ってる場合じゃないよ」

「そうだった」

「そうだよ。それに一番の歌詞は『私達』じゃなくて『ボク達』だよ〜」

名雪の声に正気に返ったオレは、ふらつきながら歩くあゆに目をやった。

「あゆっ!」

オレはあゆに呼びかける。

しかし、あゆはオレの声など全く聞こえていないが如く、ゆっくりゆっくりと樹に向かって歩いて行く。

いや、実際にオレの声はあゆには届いていないのだろう。



「祐一、あゆちゃんが夢を――――――」

名雪があゆを見つめながら言った。

「わからん――――――」

オレはあゆと、氷の中の人影を交互に見る。

あの、氷の中にいるのが夢を見ている張本人なのだろうか?

どちらにしろ、今のオレと名雪には、ただあゆを見ていることしかできなかった。



「どうして――――――」

あゆが樹の前に立った。

大きな氷の樹の前に、ちっぽけなあゆが立ちはだかった。

あゆがゆっくりと手を伸ばす。

その小さな手が大樹に触れた。

その刹那―――

パキィィィィィィィンッ!!

甲高い音を立てて、氷の樹が砕け散った。

小さな小さなかけらになって、辺りに広がる。

空気に触れたかけらは水蒸気となって辺りに蔓延し、視界を奪って行く。

煙のように渦巻いて、霧のように散って行く。

少し大きめのかけらが、夕日を浴びて赤く輝く。

森の中の小さな空間は、真っ白に霞んでいた。



オレの目の前は、水蒸気で埋め尽くされていた。

「くっ、何も見えない。名雪っ!あゆっ!」

「祐一!」

比較的近くにいた名雪が声をあげる。

オレは声を頼りに名雪の方に近づいた。

「祐一、あゆちゃんは?」

「わからん。この水蒸気の中じゃ、何も見えん」

オレは樹のあったはずの場所を見つめる。

しかし、真っ白で何も見えなかった。

「くそっ、なんとかならないのか?」



その時、一陣の風が吹いた。

風はゆっくりと水蒸気を押し流していった。

辺りがだんだん明瞭になって行く。

さっきまで樹が立っていた場所―――広場の中心部は、未だに白く煙っていたが、その周りは十分に視界が確保できるようになっていた。

そして、そこに立っているあゆの姿も確認できるようになった。

「あゆっ」

「あゆちゃんっ」

オレと名雪はあゆのもとへ駆け寄った。

「大丈夫か?あゆっ」

オレはあゆの顔を覗き込む。

「ゆういち―――くんっ?」

あゆが生返事をする。

あゆの瞳は煙の中心を見つめたままだった。

「祐一、誰かいるよっ」

あゆの横で名雪が声をあげる。

オレもあゆの視線の先―――煙の中心部を見た。

確かに、その白い煙の中心には誰かが佇んでいた――――――











「我の〜眠りを〜覚ますのは〜誰だ〜」

いきなり声が聞こえた。

声は煙の中の人影から聞こえてきた。

「うぐぅっ!!」

その声にあゆが震えた。

「我の〜平穏を〜荒らすのは〜誰だ〜」

声は野太い男の声だった。

しかも、どこかで聞いた事のある声だった。

「うぐぅ!」

おまけに、声を聞くたびにあゆが震えた。

「我の〜たい焼きを〜食い逃げ〜するのは〜誰だ〜」

いきなり煙が晴れた。

視界が一気に明瞭になる。

その場所に立っていたのは、あのたい焼き屋のオヤジだった。

「うぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

あゆの絶叫――――――





「お〜ま〜え〜か〜」

たい焼き屋のオヤジがいつもの人の良さそうな笑顔で言う。

「うぐぅっ!ち、違うよっ!」

あゆが一生懸命顔の前で両手を振る。

「おまえ〜なんだな〜」

「うぐぅ!あ、あれはたまたま財布がなくて―――」

「ゆ〜る〜さ〜ん〜」

たい焼き屋のオヤジがあゆを追いかけ始めた。

「うぐぅぅぅぅぅぅ!!」

恐怖の表情を顔に浮かべながら、あゆが逃げる。

「ま〜て〜」

「うぐぅぅぅ!!」

あゆとオヤジが広場の周りをぐるぐる周り始めた。

「ま〜て〜」

「うぐぅ!待てと言われて待つ人なんていないよ!」

「いるぞ〜」

「え?誰?」

「F○Tの〜ウィー○ラフ〜」

「うぐぅ!その時のウィーグ○フは人じゃないよ!ル○ヴィだよ!」





「このままほっといたら、あゆとオヤジがバターになったりして」

「それでホットケーキを焼くんだよね」

「そう言えば、腹減ったな」

「とりあえず、商店街に帰ろうか?」

「うぐぅぅぅぅ!!祐一君!名雪さん!助けてよ!」

あゆがオヤジに追いかけられながら情けない声をあげた。

「助けてったてなぁ」

何をしろと言うのだろうか。

「ねぇ、あゆちゃん。あゆちゃんは飛べるんでしょ?」

「はっ!そうだ。ボクは飛べるんだ」

「飛んで逃げればいいんじゃない」

「そうだね。ありがとう名雪さんっ!!」

あゆの背中の翼が羽ばたきだす。

「飛んでけでけでけ飛んでけでけっ!飛んでけでけでけ飛んでけでけっ!」

あゆが叫びながら翼を動かす。

「あ、祐一。トンデ○マンだよ〜」

「古いな〜」

しかもマイナー

「飛びまーすっ!飛びまーすっ!ト〜ンデ〜○マ〜ン!!」

あゆの翼が大きく羽ばたいた。

そしてあゆの体がもの凄い勢いで飛んだ。

真横に。



どぐわぁぁぁぁんっ!!

あゆは一直進に森の樹に突っ込んだ。

「うぐふっ!」

あゆは樹に頭をしこたまぶつけて目を回した。

そのままひっくり返る。

その姿を見て、たい焼き屋のオヤジが立ち止まった。

「パパパッパッパッパーン!!オヤジはLVがあがった。たい焼きをつくるLVが49になった。たい焼きを売るLVが37になった。お釣りの計算を正確にするLVが22になった。食い逃げをされないLVが18になった」

ひととおりブツブツ呟いた後、オヤジは笑いながら森の木々の間に走り去って行った。



「なんだったんだろ、あれは?」

「あの人も夢の中に入っちゃった人かな?」

「いや、あれは夢見てる奴が作りだしたんだろ」

「うーん。そうだとるすと、夢を見てる人っておもしろい人なんだろうね」

「そうだな」

オレは倒れているあゆを背中にしょって、名雪と共に広場を後にした。







森を抜けて商店街へ戻る途中、オレはいろいろと考えていた。

あの思い出の場所を知っている人間について。

あの場所に樹が生えていることを知っている人間は、オレとあゆだけだと思っていた。

だが、もう一人いたのを思い出したのだ。

その人は、オレとあゆがあの場所を忘れていた時も、その場所を知っていた。

正確には、そこがオレとあゆの思い出の場所であることではなく、そこに樹が生えていたことを知っていた。

だが、その人なら、全てを知っていた可能性もある。

そういう人なのだ。

オレはその仮説について、いろいろと考えていた。

その考えがまとまってきた頃、ちょうど商店街の百花屋についた。

百花屋の軒先には、他のみんなも集合していた。





 次回「薄墨色の疑惑」続く






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