カノンR.P.G.
第二十五幕「七色の物語」
「あ、秋子さん?」
「い、いつの間にそこに――――――」
オレ達の後ろには、いつのまにか秋子さんが佇んでいた。
皆が驚きの声をあげる。
「私は、さっきからここにいますよ」
秋子さんは静かに言う。
「話もだいたい聞かせてもらいました」
「そ、そうですか」
「それで、祐一さん」
秋子さんがゆっくりと言葉を紡ぎだす。
「夢を見ているのは私ではありませんよ」
「え?違う―――んですか?」
秋子さんが頷く。
「え、だってあの木のことを知っているのは他には・・・・・・」
「祐一さん。私達は今、夢の中にいるのです――――――」
夢。
そう、誰かの見ている夢の中にいる。
それは、オレもわかっているが――――――
「――――――正しく言うと、夢でつながっているのです」
「夢でつながっている―――ですか?」
「そうです。私達は今それぞれ夢を見ていて、その夢をある一人の人間が束ねているのです。その人間こそが、祐一さん達が言う『夢を見ている人』なのです」
R.P.G.で言う所のGM(ゲームマスター)と言ったところであろうか。
「私達は夢でつながっているので、誰かが夢の中で強く思い浮かべたことは夢を見ている人にも伝わります。ですから、例えばその木のことを祐一さんが強く思い浮かべれば、夢を見ている人もその木のことを知ることができ、夢の中に登場させることができるのです」
「すると、オレやあゆ以外でもあの場所を作り出すことができたと言うことですか?」
「そうなりますね」
と言うことは―――
「手がかりがまったくなくなってしまったのか」
オレの説のキーポイントはあの場所だ。だが、夢を見ている人間もあの場所を知ることはできたらしい。ならば、オレの説は根本から崩壊する。
オレ以外のみんなには、手がかりらしいものは何もなかった。
つまりオレ達は、夢を見ている人の手がかりを何も持っていないと言うことになる。
「八方塞がりだな」
オレは半ばヤケになって吐き捨てた。
「祐一、どうするの?」
名雪が心配そうに訊いてくる。
「そうだな名雪。このまま夢の中で暮らすってのはどうだ?」
「相変わらず発想がのうてんきですね」
天野がため息とともにいう。
「そう言う天野はオバサンくさいな」
「いつも言ってますが物腰が上品なんです」
天野が恨めしそうな目でオレを見る。
「それはそうと、夢の中で暮らすって案はどうだ?」
オレはもう一度同じことをみんなにいってみる。
「あははー、佐祐理は構いませんよ」
「・・・・・・私も構わない」
予想通りの答えの舞と佐祐理さん。
「夢の中でもかまわないですけれど、学校はどうするんですか?お城になったままですよね」
栞が学生らしい疑問を呈する。
「毎日休日でいいんじゃないか?」
「それは嬉しいですけど、学校で祐一さんと会えなくなるのは寂しいです」
「あうー、真琴は毎日家で祐一と会えるからいいわ」
「あー、ずるいです」
栞が真琴をにらむ。
「栞も毎日相沢君の家に行けばいいじゃない」
「あ、お姉ちゃん頭いい」
「伊達に学年首位は取ってないわ」
ふっと遠い目をする香里。
「うぐぅ・・・・・・はっ、ここどこ?」
あ。あゆが目覚めた。
「みなさん、にぎやかでいいですね」
秋子さんがのほほんとのたまう。
「秋子さんはこのまま夢が覚めなくてもいいんですか?」
一応オレは秋子さんに訊いてみる。
「了承」
予想通り一秒だった。
「――――――と言いたいところですけど、そういうわけにも行きませんからね。私も仕事がありますし。そろそろ起きてもらいましょうか」
「起きてもらいましょうかって、誰がどこで夢を見てるのかわからないんですよ。どうやって起こすんですか?」
「あら、わかりますよ」
「え?」
秋子さんの一言に一同が静まり返った。
「誰が夢を見ているのか検討がついているのですか?」
「はい。ほぼ確実にわかります」
そういって秋子さんがニッコリと微笑んだ。
「真琴―――」
「あ、あう?」
いきなりふられた真琴があうー語を発する。
「ぴろを見ましたか?」
「ぴろっ?ぴろってあの猫のぴろ?」
他に何のぴろがいるのだろうか?
「ええ、そうです。猫のぴろです」
「あうー、そう言えば今日は一度もぴろを見てないわね」
真琴が辺りをキョロキョロと見渡しながら言った。
「あの、秋子さん。ぴろが何か関係あるんですか?」
「祐一さん」
「は、はい」
「それに他のみなさんも。この夢の世界で猫を見ましたか?」
猫?
そんなことは気に止めなかったな。
けど思い返してみると、一度も見ていない気がする。
他のみんなも同じようだった。
「みなさん、猫を見てはいないのですね」
「あの、この夢の中に動物がいないと言うことはないのでしょうか?」
栞が片手をあげながらいう。
「いや、栞。そんなことはないぞ。オレは犬は見たんだ」
犬――――――
そう。学校で佐祐理さんがさらわれたとき、舞が友達として呼んだのが数匹の犬だった。
だからこの世界には動物はちゃんと登場する。
だが猫は―――
猫はいなかった。
「秋子さん。猫が何なのですか?」
「この夢の世界には猫がいないのです」
「・・・・・・それに何か理由でもあるのですか?」
「猫がいないのは、この世界を存続させるためです」
「???」
全員の顔に疑問が浮かぶ。
「もし夢の世界に猫を登場させてしまったら、猫のこと以外考えられなくなってしまいます。そうすると、この世界はそこで終わりになってしまいます。だから、この世界には猫を登場させることができなかったのです」
猫。
猫がいるとこの世界が終わる。
猫がいると猫のこと以外考えられなくなる。
相当の猫好き。
自分で押さえられない程の猫好き。
それは――――――
「それじゃ、夢を見ているのは――――――」
「祐一さん。私はこの世界を見たときにすぐにわかりました。なぜなら、私はあの娘の母親ですから――――――」
やはり、そうなのか。
夢を見ているのは――――――
「夢を司っているのは名雪です。この世界は名雪の夢見る七色の物語なのです」
名雪―――なのか。
オレは名雪のいた方を向いた。
他のみんなも同じ方向を見た。
しかし名雪のいた場所には誰もいなかった。
名雪の姿はいつの間にか消えていた。
「祐一さん」
秋子さんがオレに語りかける。
「名雪を起こすのは、祐一さんの仕事ですよ」
オレの仕事。
「けど、名雪がどこにいるのかがわからないんですけど」
「名雪は今眠っているのです。眠っている名雪にとって特別な場所は一つしかありませんよ」
秋子さんがそこで言葉をきる。
眠っている名雪にとって特別な場所?
どこだ?
全くわからんのだが。
秋子さんがオレを見ながら微笑む。
他のみんなの視線も集まる。
だが、オレにはどこだかまったくわからない。
しかたがないのでオレは秋子さんの言葉の続きを待つ。
しかし秋子さんはそれ以上何も言わず、ただにこやかに微笑んでいるだけだった。
「鈍いわね」
いきなり真琴がオレに向かって悪態をついた。
オレは思わず真琴の方を振り返る。
「眠っているなゆ姉ちゃんにとって特別な場所っていったら、あの場所しかないじゃない」
真琴がイライラしながらオレをにらむ。
「ふへっ?どこだ?」
「ホンットに鈍いわね」
なんか、真琴に言われると妙に腹が立つな。
だがわからないのは確かだ。
「まだわからないの?」
「あー、どうせオレは鈍いよ。わからないよ。いったいどこなんだ?教えてくれよ」
真琴がすうっと息を吸い込む。
そして少し横を向いて、拗ねたような口調で言い放った。
「そんなの、毎朝祐一が起こしてくれる自分の部屋に決まってるじゃない」
真琴はそれだけ言うと、プイッっと後ろを向いてしまった。
「名雪の部屋――――――」
そっか。
名雪にとっては、そうなのか。
「相沢君」
香里がオレに語りかける。
「眠れるお姫様を起こすのは王子様の仕事よ。いってらっしゃい」
他のみんなもオレに声をかけてくる。
「・・・・・・王子様は、祐一」
「あははー、お姫様は名雪さんに譲ります」
「なんか、ドラマみたいですね」
「そうだよ祐一君。名雪さんはきっと祐一君を待ってるよ」
「あうー、祐一。最後ぐらい決めてきなさいよ」
「さあ、祐一さん。名雪さんのところへ」
「了承――――――」
オレは一人家に向かって歩み出した。
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