カノンR.P.G.
エピローグ「金色の朝」





ガチャッ

玄関の扉を開ける。

出発はここからだった。

ドタバタしながら飛び出したんだ。

そんなことを思い返してみる。



「ただいま」



オレは靴を脱いであがりこみ、まっすぐ二階へと進んだ。

そして、『名雪の部屋』と書かれたプレートが掛かった扉の前で立ち止まった。

ここに、名雪がいる――――――

オレは毎朝そうしているように扉をノックし、中の名雪に声をかける。

だが返事はない。

「名雪、入るぞ」

オレは一応断りを入れてから、名雪の部屋の扉を開いた。





「く〜・・・・・・」

名雪が眠っていた。

「く〜・・・・・・」

いつもの通り、ベットの上でケロピーを抱きながら眠っていた。

「く〜・・・・・・」

「ったく、幸せそうに眠ってやがって」

オレは苦笑しながら名雪に近づいた。

「なんでおまえは夢をみたんだ?」

眠る名雪に問いかけてみる。

「く〜・・・・・・」

返事の代わりに可愛い寝息。

オレは「はぁっ」とため息をつく。

「やっぱり名雪は名雪か・・・」

ずっと眺めていても仕方がないので、オレは名雪を起こすことにした。



「おいっ、名雪!」

「くぅ?」

「起きろ」

「くぅ・・・」

起きない。

揺らしてみる。

「くくくくくくぅぅ・・・・・・」

やっぱり、起きない。

うーん、困ったなぁ。

どうしたものか?

ん?そう言えば、誰か言ってたなぁ。

『眠れるお姫様を起こすのは王子様の仕事よ』って。

あれは、香里だったか?

香里がああいうこと言うってのは、何となく意外だな。

「く〜・・・・・・」

王子様がお姫様を起こす方法と言えばアレだよなぁ。

「く〜・・・・・・」

仕方ない。ちょっと試してみるか。

「名雪――――――」

オレは自分の顔を名雪の顔に近づける。

「くくぅ?」

変な寝息を立てたようだが気にしない。

そのままオレは、名雪に口付けをした。





「――――――んっ」







「――――――祐一」

名雪の目が覚めた。

名雪がゆっくりと上体を持ち上げる。

少しトロンとした目でオレの方を見つめる。

「祐一、おはよう――――――」

急に窓から光が差し込んできた。

眩しいぐらい光が溢れていた。

目の前が真っ白になった。

そして、世界は朝を向かえた。





   *   *   *



―――夢。

夢は夢でしかない。

夢は覚めればすべて消えてしまう。

夢の世界は泡となる。

けれど人の記憶は消えない。

例えそれが夢であったとしても、

いつまでも人の心にあり続けるであろう―――



   *   *   *



「祐一さん、たまには甘くないジャムなどはいかがですか?」

「遠慮します。」

秋子さんの危険な申し出を丁重に断りつつ、オレは優雅な朝の一時を満喫していた。

ちなみに、真琴は既に保育園へ手伝いに行っている。

そんなに朝早くから行く必要はないのだが、どうやら真琴は一番に保育園に着きたいらしい。やはり真琴はお子様である。

「どうやら今日は走らなくてもすみそうだ」

コーヒーを飲みながらそんなことを考えていると、

ドダダダダダダダッ

人の淡い期待をぶち壊す音をたてながら、名雪が二階から落ちて、もとい降りて来た。

「祐一、大変だよ。今日は卒業式の予行練習があるから、いつもより登校時間が30分早いんだよ」

「何!?」

と言うことは――――――

「今から家を出ても、間に合うかどうかギリギリじゃないか!」

「そうだよ」

「行くぞ、名雪!」

「私の朝ご飯は〜」

「そんなの抜きだ!!」

「う〜、祐一。極悪だよ〜」

オレはぐずる名雪の腕を引っ張って外に飛び出した。







「なぁ、名雪」

通学路を走りながら名雪に訊く。

「なんか、変な夢を見なかったか?」

「変な夢?」

走りながら名雪が答える。

「ああ。名雪が勇者で北川が魔王でさ。真琴や美汐やあゆや香里や栞や舞や佐祐理さんも出てきて、みんなで町内を冒険するんだ」

「それは、変な夢だね」

「そうだ。ホントに変な夢なんだ。けど、すっごい楽しい夢なんだぞ」

「わかるよ祐一。だって、私もその変な夢を見たもん」

「そうか。名雪も見たのか――――――」

今のままのペースだと学校に間に合いそうになかったので、オレ達は少しペースを上げた。

「夢のことなんだけどさ――――――」

オレは再び名雪に訊く。

「なんかあれは、夢じゃなかったような気がするんだ」

名雪がオレの瞳を見つめる。

「あれは確かに夢だったと思う。けれど夢じゃなくて、本当に現実に起きたことのような気もするんだ――――――」

「祐一がそう思うのならきっとそうなんだよ」

「なんだそりゃ?」

「夢だと思えば夢。現実だと思えば現実なんだよ。要は心の持ち方だと思うよ」

「心の持ち方――――――か」

「例えそれが夢であろうと現実であろうと、そのことを経験したことには変りはないよ。みんなで冒険をしたという思い出は、私の心の中にちゃんと残ってるもん」

「そうか――――――そうだよな」



「そういえば、名雪。昨日の夜ゲームをやってたよなぁ」

ふと思い立ったことを名雪に訊いてみる。

「うん。やってたよ」

「クリアしたのか?」

「まだだよ」

「あれ?クリア目前じゃなかったっけ」

「うん・・・。クリアしようと思えばできたのかもしれないけど、しなかったんだ」

「どうして?」

「クリアするとね、終わっちゃうから」

「ゲームはクリアして終わらせるもんだぞ」

「ううん、違うの。終わっちゃうのはゲームの中の人達の生活。例えそれがゲームの中でも、そこではみんな一生懸命に生きていると思うんだよ。けどゲームをクリアしたら、その人達の生活がそこで終わっちゃう気がして・・・」

「優しいんだな、名雪は」

「そんなことないよ」

名雪が走りながら微笑む。

「悪い魔王がいなくなったあとも、平和になった世界がいつまでも続けばいいなーって、ただそれだけ」

名雪が「なーんてねっ」と舌をだす。

その瞬間が、オレにはとても綺麗にみえた。



「それはそうと、名雪は夢の中でもずっと寝てたぞ」

「そんなことないもん」

「ちょっと目を離すとすぐに寝るんだ。普段と何も変らないな」

「祐一だって、夢の中でも意地悪だったもん。普段と変らないのは祐一の方だもん」

「意地悪なんかした覚えがないぞ。きっと寝ぼけて勘違いしたんだな」

「違うもん。寝ぼけてなんかいなかったもん」

「いーや、寝ぼけてた」

「う〜」

「あははははは。拗ねるな、名雪。寝ぼけるのは名雪のチャームポイントだぞ」

「そんなこと言われても嬉しくないもん」

「そうかぁ?」

「そうだよ〜」





名雪と一緒に普段と同じやりとりをしながら学校へと駆けて行く。

お互い夢の話に盛り上がりながら通学路を走り抜ける。

すずしげな風が二人の間を吹き抜ける。

昇ったばかりの太陽が暖かな日差しを投げかけてくる。

朝日に照らされた街並みは、まぶしいぐらい金色に輝いていた。





(カノンR.P.G. 終幕)












あとがき

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