理由―――
何の為に私はここにいる?
探偵水瀬名雪
私がここにいる理由
you and I
#2「警察官」
みーんみんみんみんみんみーん……
「あつい……」
じーこーじーこーじーこー……
「うるさい……」
つくつくほーしつくつくほーしつくつくほーし……
「じゃっかぁしい……」
暑い。むしろ熱い。
しかも、窓の外で蝉が鳴いている。
まぁ、夏なんだから、暑いのも蝉が鳴くのも当たり前なのだが。
そうはいっても暑いものは暑いし、うるさいものはうるさいのだ。
「くそ……、暑いのだけでもなんとかならんかね」
一応、床の上では扇風機が唸り声をあげながら稼動している。
しかし―――
「熱風しか来ない……」
涼しくない扇風機に意味があるのだろうか?
「せめてクーラーがあればなぁ」
さっきまでいた名雪の事務所にはクーラーがあった。だから至極快適にすごせたのだが、ここスウィート・シティ警察署にはクーラーがあるのは署長室だけである。
つまり、俺が今いるこの部屋にはクーラーがないということだ。
もっとも、ここには署長一人警察官一人しかいないのであり、さらに俺が警察署にいることは稀であるので、クーラーは署長室に1台あれば十分だという噂もある。少なくとも、帝都政府はそう判断したらしい。クーラー設置分の予算を出してくれないのだ。
スウェート・シティを独りで守っている警官に、クーラーの1台ぐらい買い与えてくれてもいいと思うのだが―――
「あちーなー……」
ないものはしょうがない。
仕方がないので死にそうな扇風機で我慢する。窓も開けておく。
だが、窓を開けると外の蝉の声がガンガンに聴こえてくる。
うるさい……。
あーついついついついついついー……
しーねーしーねーしーねー……
あつくるしーあつくるしーあつくるしー……
「はぅ……、幻聴が聴こえる……」
こう暑いと仕事にならない。
仕事する気が起きない。
うざい。
だるい。
さぼりたい。
眠い。
やりたい。
…………暑くてだるくても元気だなぁ。
ああ、さっき名雪んところに客が来なければ、今ごろはクーラーの効いた涼しい部屋で名雪と色々と楽しんでたのに。
あーんなことや、こーんなことして。
むふふふふ。
え、具体的にいうとどんなことですかって?
それはなぁ。まぁ、言葉にするのもなんなのだが……。
まず、あれだ。名雪をベットに優しく寝かせて。
いや、たまには乱暴にいってみるのもいいかも。
今日の俺は狼だーっとかいって。
そうすると、名雪は赤頭巾ちゃんかな。
名付けてなゆ頭巾。
萌えかも。
で、俺が先にベットで寝てて、名雪が『おばあちゃん、おばちゃんのお耳は何でそんなに尖がってるの』って―――
ん?ああ、そう。確かに昼間だが、夜忙しいんだから昼だって構わない。
だいたい名雪は夜は寝ちまうんだから、昼の方が都合がいいだろ―――って、ちょっと待て。
さっきから俺は、いったい誰と会話してるんだ!?
「私ですよ」
声がした方にゆっくりと顔を向けてみる。
そこにはいつのまにか、というか、やはりというか、お約束というか、兎に角!
かの水瀬名雪の母にしてスウィート・シティ警察の署長である、水瀬秋子さんが立っておられた………ぐふっ。
「祐一さん、お若いですね」
「あの……、どこら辺から声に出てました?」
「仕事する気が起きない。うざい。という辺りからです」
うーん……。毎度のことだが自覚症状なし。
本格的にヤバイな、この癖。
「祐一さん、そんなに困ってるのならいってくれれば良かったのに」
「というと?」
この癖が治る良い方法があるのだろうか?
「私の部屋にはクーラーもありますし、私なら祐一さんの好きなときにいつでも―――」
ぐはぁっ!そっちかっ!
「あああああああああ、秋子さん!?」
マジでいってるのか?
いいのか?いいんですか?ってーか、それはまずいだろう。
こんな俺の気持ちを知ってか知らずか、秋子さんは微笑みながら俺のことを見つめいる。
からかわれてるんだろうか?
「あの、祐一さん―――」
「は、はひっ」
ぐはぁ。思わず声がうわずった。
「ちょっと話があるんですけど」
「ななな何ですか?」
「紹介したい人がいるんですよ」
秋子さんはそういって部屋の入り口の方を見た。
俺もそっちに目をやる。
そこには女の子が一人立っていた。
「誰……ですか?」
俺はその中の上の下ぐらいの容貌を持つ女の子を見つめる。
「祐一さんの後輩になる人です。舞ちゃん、こちらへ」
秋子さんに招かれて、舞と呼ばれた女の子が部屋の中に入って来た。
「後輩って、もしかして……」
俺の言葉に秋子さんがこくんと頷く。
「さ、舞ちゃん。祐一さんに自己紹介を」
秋子さんに促され、女の子は静かにいった。
「今日から警察としてここで働くことになった、川澄舞です。よろしく」
そういってペコリと頭を下げる。
そのうしろでは、秋子さんがにこやかに微笑んでいた。
って今、警察として働くといったな。とういうことは、増員か!?
とにかく、向こうが挨拶してくれたんだ。俺も挨拶を返さないと。
「こちらこそよろしく。俺は相沢祐一。祐一と呼んでくれてかまわないぞ」
「なら私も舞でかまわない」
「そうか、舞か―――」
俺は表面上は落ち着いていたが、内心では小躍りしていた。
だって、増員だぜ!
もう一人で出向いていって「包囲だ!」とか、ひたすらに独りで張り込みとかなくなるんだぜ!
これで仕事が楽になる。名雪に会える!
「祐一さん、舞ちゃんのことをよろしく頼みますね。舞ちゃん、わからないことがあったら祐一さんに訊いてくださいね。それと、舞ちゃん―――」
秋子さんがどこからか紙箱を取り出す。
「これ、就任祝いの私の手作りのジャムです。どうぞ」
そういって秋子さんが紙箱を舞に手渡した。
「ありがとう」
舞は素直にそれを受け取る。
俺はその中身は間違いなくあれだろうと思ったが、黙っていた。
まぁ、洗礼は早いうちに受けた方がいいだろう。
秋子さんは、後は若い人たちに任せてとかいいながら、署長室へと戻っていった。
今現在、部屋には俺と舞の二人っきりだ。
「とりあえず、この机以外は全部空いてるから、好きな机を使っていいよ」
俺は気さくな先輩を気取りつつ舞にいった。
舞は部屋の中をうろうろしながら、どの場所の机を使うかを考えている。
俺はそんな舞を暖かな目で見守っていた。
ああ、部屋に同僚がいるのっていいなぁ。
しかも女の子!
うまくいけば燃え上がるオフィスラブも―――な〜んちゃって。
「私はここを使わせてもらう」
どうやら舞は窓際の場所が気に入ったらしい。
机の上に持ってきた荷物を置き始めた。
「それにしても珍しいな。今のご時世に警察官になるなんて」
実際、この街で警官になろうとする人間は珍しい。それというのも、この街では何故か警察の人気がないからだ。そこんところの理由は俺にもよくわからない。
まぁ、別段気にしたこともなかったのだが。
それで、警察の人気がない代わりに、探偵の人気が高いのもこの街の特徴である。
街の人々も探偵を信頼しているし、子供の将来なりたい職業の1位も探偵だ。それに実際、石を投げれば探偵に当たる程、この街には探偵がいるのだ。
だから、警察になりたいという舞は非常に珍しい人材といえるのである。
「なんで舞は警察を希望したんだ?」
俺は舞に訊いてみる。
「たまたま警察官の募集をしてたから。給料もそんなに悪くはないし。それに、警備会社みたいに、人を守るのにお金をとらない」
「そりゃあ、そうだが。警察だぜ」
なんか、自分でいってて寂しくなるようなセリフだ。
「別に私は警察に変な印象は持ってない。それに、祐一だって警察をしている」
「む、確かに俺は今まで警察をやっていたが、それなりに理由があるんだぞ」
「理由?なに?」
「俺が警察をやってる理由はな―――」
はて?
俺は何で警官をやっているんだろうか?
うーん……。何か理由があったと思うのだが。
そもそも、俺が警官になったのは―――
「祐一」
「ん?なんだ、舞」
俺は考えを中断して舞の方に顔を向けた。
「制服とかはないの?」
舞が俺の格好を見ながら訊いた。
ちなみに俺は、よれよれのズボンによれよれのワイシャツ、よれよれのネクタイといういでたちだ。さらに、帽子掛けに掛けてある帽子までもがよれよれだったりする。
舞は普通のスーツ姿。スカートではなくズボンをはいてはいるが、それがまたよく似合っている。
「制服はない」
正しくは作る必要性と予算がないなのだが……
「好きな服で構わない。その格好でも全然構わんぞ」
「装備は?」
「一応、希望すれば拳銃が支給されると思うが、それも自由だ。どうする?銃いるか?」
まぁ、銃といっても骨董品に並びそうな代物なのだが。
「私にはこれがあるから、銃はいらない」
そういって舞は、自分の机に立てかけてあった一振りの剣を手にとった。
「剣か……。剣術か何かやってるのか?」
「護身用に少しだけ」
「ふーん」
意外だな。
けど、剣を持つその格好は、けっこう様なってるな。
「まぁ、この街じゃ、普段はそんな物騒なものを使うようなことはないよ」
俺は自分の机の上に乱雑に置いてあるファイルを手に取る。
「とりあえず、これが今起きている事件だ」
そのファイルを舞に手渡す。
「『怪盗貴族に関する事項』と『失踪届け』」
舞がファイルの表題を読み上げる。
「そう。その二つだ」
俺は空いている近くの椅子に腰をおろした。
「怪盗貴族の方は新聞にも載ってるから知ってるだろ。8月になって登場した変態で、女の子をさらっては、その子の水着姿の写真を撮って解放するっていう非常にうらやましいムッツリスケベなクソ野郎だ」
「……女の敵」
「そう。その女の敵を捕まえるのが俺たち警察の仕事の一つ。もう一つは、いなくなった女の子を捜すことだ」
「行方不明の女の子……。これ、怪盗貴族の仕業じゃないの?」
「俺もそれは考えた。けど、怪盗貴族は、夜中にさらった女の子を翌日の昼には解放するんだ。だから、たぶん違うんじゃないかと思う」
「けど、何事にも例外はある」
「その通りだ。だから、一応両方の面から捜査している」
まぁ、俺は、この二つの事件は別物じゃないかと思ってるんだが。
いわゆる刑事のカンというやつだ。
「それで、舞。就任したばかりで悪いんだが、早速これらの事件を手伝って欲しい。できれば今日から」
「わかった。けど、ちょっと待って……」
そういって舞が自分の席へ着く。
「今日はまだお昼を食べてないから、それからでいい?」
「ああ。全然かまわないぞ」
俺の言葉を聴いて、舞が鞄からパンを取り出す。
「舞、昼メシを食いながらでいいから聴いてくれ」
舞は昼食の支度をしながらコクンと頷いた。
「実はこのスウィート・シティ警察、まぁ、世間では帝都警察って呼ばれているが、とにかく、ここには今まで俺と秋子さんの二人しかいなかった」
俺は指を二本立てる。
「そして、今日、舞が加わって三人だ」
もう一本指を立てる。計三本。
「三人……、冗談じゃなくて?」
「ああ、本気と書いてマジだ。たった三人だ。しかもな、実働部隊は俺と舞で二人だけなんだ」
俺は自分と舞を指差す。
「署長の秋子さんは、署の運営や会計、政府への活動報告、資料・資材の保管、広報活動その他諸々をやってくれている。だから、外に出て治安を守るのは俺たちしかいないんだ」
「ということは、二人だけでこの街を警備するの?」
「そういうことだ。いざとなったら探偵や警備会社に協力を求めるけどな」
「二人でこの街を守る……、けっこう無謀かも」
「結構どころかかなり無謀だ。キツイぞ。辞めるのなら今のうちだ」
ちょっと脅しを掛けてみる。
一日二日で辞職届を出されるぐらいなら、今のうちに辞めてもらった方がマシだ。
「やめるつもりはない……」
そういって舞は、パンに一口噛り付いた。
辞めるつもりはないか。
頼もしいことをいってくれる。
まぁ、生半可な根性じゃ、警察官になろうとか思わないか。
どちらにしろ、しばらくは様子見だな。
「そうか。じゃあ、舞。昼飯を食ったら署内を案内するよ。その後パトロールに出よう。今日は初日だから、俺と一緒に街をまわろう。それでいいな、舞」
「……」
おや?返事がない。
どうしたんだ?
パンをかじった姿勢で固まっている―――パン!?
俺は素早く舞の机の上に目をはしらせる。
そこには、さっき秋子さんが舞に渡した紙箱があった。
箱は開封されており、中に入っていたと思われる、オレンジ色の物体が詰められた瓶も、その蓋が開けられていた。
「舞……、大丈夫か?」
パンをくわえたまま、虚ろな目で宙を見つめている舞に声をかける。
「なるけまればんがかぴかっぴ……」
舞は掠れるような声でそう呟き、机に突っ伏した。
はうっ……。
ダメかもしれない……。
結局その日、舞は一日中部屋で寝ていた。
幸い、ジャムが理由で辞表を書くようなことはなかった。
(続く)
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