能力―――

 私ができることはなに?



探偵水瀬名雪
私がここにいる理由
you and I
#7「能力者」



 「まずいっ!あそこは真琴ちゃんの部屋だっ!」
 北川君がそう叫ぶのと、私が駆け出すのはほとんど同時だった。
 私は廊下に飛び出し、煙の出ていた部屋へと向かう。
 何度も北川君の家に遊びに来ている私は、迷うことなく二階にあるその部屋へとたどり着くことができた。
 「真琴ちゃんっ!」
 私はすぐにドアノブに手をやる。けど、ドアはびくともしない。
 鍵がかかってるみたい。
 「水瀬っ!」
 北川君がやってきた。
 後ろには、美汐ちゃんが走ってくるのが見える。
 「北川君、鍵がかかってるっ!」
 私は、隙間から煙が漏れているドアを指差しながらいった。
 「鍵かかってるのか!」
 北川君がドアノブに手をやる。そして、二、三回ガチャガチャとやってから、再び廊下を走り出した。
 「マスターキーを取ってくる!」
 そういって北川君が階段を駆け下りて行く。
 「真琴っ!」
 美汐ちゃんがドアを叩きだした。
 「真琴っ!ここを開けてっ!」
 美汐ちゃんが力いっぱいドアを叩く。
 その隣で、私も叫びながらドアを叩き始めた。
 「真琴ちゃんっ!!」
 二人でドンドンとドアを叩く。
 けど、中からは何の反応もない。
 「真琴ちゃん、どうしたんだろ」
 「まさか、煙を吸って……」
 美汐ちゃんが少し青ざめる。
 「それか、自分で起こした火の熱にあてられて―――」
 私がそういった瞬間、美汐ちゃんが驚きの表情を浮かべながら私の方を見た。
 「名雪さん、今……。知ってたのですか?」
 「え?なに、美汐ちゃん。知ってたって?」
 「いいましたよね。自分で火を起こしたって……」
 「え?だって、真琴ちゃんは、火を起こす力が……」
 あれ?
 私今何ていった?
 火を起こす能力。
 ファイアスターター。
 能力者。
 そうだよ、確か真琴ちゃんには、火を起こす能力があるんだよ。
 昔もよく、炎を起こしてた……。
 え?なんで、私、そんなことを知ってるの?
 真琴ちゃんとは、昨日はじめて会ったはず―――。
 ううん、違う。
 もっと、ずっと小さかったときから、知ってた。
 だって、真琴ちゃんは私たちと一緒に―――。


 「名雪っ!」
 誰かが私のことを呼んだ。
 「名雪っ!」
 もう一度私の名を呼ぶ声がする。
 それは、祐一の声だった。
 「祐一……」
 階段を駆け上がってきた祐一が、こっちに向かって走ってくる。
 私の隣では、美汐ちゃんが再びドアを叩き始めていた。
 「名雪、どうなってるんだ?」
 駆けつけてきた祐一が、真っ先に私に訊く。
 そのとき私は、祐一が駆けつけてきてくれたことに心の底からほっとしていた。
 さっきまで、あんなに祐一に対して苛々してたのに。
 「ドアが開かないのか?」
 祐一が、ドアを叩く美汐ちゃんを見ながらいう。
 「そ、そうなんだよ。ドアに鍵がかかってるみたいで……」
 私の言葉を全部聴く前に祐一がドアノブをまわす。そして「ちっ」と舌打ちをした。
 「このドア。人間の力で開けるのはちょっと無理だな。あのバカ、無駄に頑丈なドアを取り付けやがって」
 祐一がドアを蹴る。
 「北川君が今鍵を取りにいってる」
 「そんなもん待ってられっか」
 祐一がドアから離れて廊下を見回す。
 「何かないか?このドアを壊せるようなものが……」
 辺りを見回しながら何か使えそうな物を探す祐一。その横で私は、再びドアに取り付いた。
 「真琴っ!」
 「真琴ちゃんっ!」
 私はまた、美汐ちゃんとドアを叩き始めた。
 この中には真琴ちゃんがいる。
 真琴ちゃんが、部屋の中で気を失っている。
 部屋の中には、炎が渦巻いている。
 真琴ちゃんが起こした炎。
 どうして私がそんなことを知ってるのか。
 私は真琴ちゃんのことを知ってたのか。
 そんなことは、今はどうでもいい。
 とにかく、真琴ちゃんを助けなくちゃ。
 だから、何とかして、このドアを開けなくちゃ。
 この中に入らなきゃ。
 このドアの向こうへ。
 この部屋の中へ。
 炎の中心へ。
 入らなくちゃ―――。



 いきなり、目の前に炎が吹きあがった。
 私は思わず腕で顔をかばう。
 ドアが燃えた?
 私はゆっくり腕をどける。
 違う。
 私の前にドアはない。
 あるのは、燃えるソファー、燃える机、燃える本棚、燃えるカーテン。
 どうやら私は、部屋の中にいるみたい。
 部屋の中を炎の渦が吹き荒れてる。
 そして、その中心に横たわる女の子。
 「真琴ちゃんっ!」
 私は炎を振り払いながら真琴ちゃんのところへ駆け寄って、その体を抱き上げた。
 「真琴ちゃん!大丈夫っ!」
 私は真琴ちゃんに呼びかける。すると真琴ちゃんはあうっと声をあげた。
 かなり意識が朦朧としてるみたい。
 「真琴ちゃん、起きて!しっかりして」
 再度真琴ちゃんに呼びかけながら、その腕を肩にまわす。
 まず、なんとかしてこの部屋を出ないと。
 私は真琴ちゃんを半ば引きずりながら、部屋の戸口の方へと歩いて行く。
 そのとき、炎の向こう側に私が見たものは、未だに閉まったままの入り口のドアだった。
 「え、どうして?だって、私、部屋の中へ……」
 そういえば、どうやって私は部屋の中に入ったの。
 ドアは鍵がかかっていたんだし、北川君はまだ戻ってきてなかった。
 祐一もドアを壊そうと何か道具を探していたところで、美汐ちゃんも私の横でドアを叩きつづけていた。だからあのときドアは閉まっいたはずで、現に今もドアは閉まってる。
 なのに、どうやって私は部屋の中に?
 「う、う……ん……」
 首のすぐ横で声がした。
 「真琴ちゃん?」
 肩で支えてた真琴ちゃんが、意識を取り戻したらしい。
 「あう……、だれ……」
 「よかった。真琴ちゃん、気がついたんだね」
 「あたし……、今、何を……。火が、火が燃えてる……」
 「大丈夫、立てる?」
 「あう……。たてる……」
 真琴ちゃんが私を支えにしながら、自分の足でなんとか立ちあがる。
 「火が……、これ、私がやったの……?」
 真琴ちゃんが、私の方へ振り返る。
 そして、私の顔を見た瞬間、その顔が恐怖で歪んだ。
 「い、いやっ……」
 「ど、どうしたの?真琴ちゃん?」
 「こ、来ないでっ……」
 少しづつ後ずさりしてゆく真琴ちゃん。
 「私よ、探偵のなゆ―――」
 「来ないでっ!お母さんっ!!」
 真琴ちゃんの絶叫。
 そして、目の前が炎で染まった。


 「熱い……」
 炎が揺らめいている。
 私はあまりの熱さに立っていられなくなる。
 目の前には、また、真琴ちゃんが倒れている。
 今の炎で力を使い果たしたみたい。
 炎は、不思議な炎。
 揺らめいてるけど、何かに燃え移る気配はない。
 燃えている炎もあるけど、それらの炎も、それ以上燃え広がることはないみたい。
 その代わり、いつまでも消えずに揺らめいている。
 ゆらゆらと赤い光を放ち続けている。
 部屋の中の熱がどんどん上がって行く。
 「あ……、くぅ……」
 だんだん息苦しくなってきて、頭がぼーっとしてきて。
 熱い……。
 めまいがする……。
 苦しい……。
 誰か、助けて……。
 向こうにドアが見える。
 すぐそこの距離なのに。
 あと、ちょっとで着けそうなのに。
 ドアが揺らいでいる。
 音、音が聞こえる。
 何かを叩く音と、誰かが叫ぶ声。
 真琴ちゃんを呼ぶ、美汐ちゃんの声。
 私を呼ぶ―――私を呼ぶ、祐一の声。
 ああ、祐一。
 助けて……。


 「なゆきぃぃぃぃぃっっっ!」
 不意に祐一の声が聞こえた。
 今までと違って、はっきりと鮮明に。
 部屋に冷たい風が流れ込んできた。
 そして、力強い誰の手が私を抱えあげる。
 とても暖かかな、大きな手。
 「名雪!」
 ああ、祐一。
 来てくれたんだね。
 私を助けに―――。


 (続く)




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