スウィート・シティの郊外。
林と森に囲まれた広い空間の中心に、その洋館はあった。
土地の周りには、ぐるりと壁が巻いている。
洋館の前には庭があり、中央には噴水もあった。
噴水を中心として、数々の花が咲き乱れている。
そして、庭の所々からは煙突が飛び出しており、
その口からは、白く甘い煙をもうもうと噴き出していた。
そのため、洋館全体が白く霞んで見え、それがどこかおぼろげな印象を与える。
今は、この煙たなびく洋館に、祐一と名雪が到着したところである。
探偵水瀬名雪
怪盗うぐぅの挑戦
a night flight
#2「予告状」
「いつ来ても、大きな家だね」
名雪が建物を見上げながら呟いた。
「ああ。金はあるところには、あるんだな」
「こうゆう家に住んでる人は、毎日イチゴサンデーを食べれるのかなあ?」
「イチゴサンデーどころか、イチゴジャムもイチゴのムースも激甘ワッフルも食べ放題だろ」
「いいな〜」
目をうるうるさせる名雪。
「ほら、うらやましがってないで行くぞ」
「うにゅ〜」
オレは玄関の扉をノックした。
「はい」
がちゃ
メイド服を着た女の子が扉の陰から姿を現す。
「あの、どなたですか?」
女の子は上目使いでオレに尋ねる。
そのしぐさは、なかなかかわいかったりする。
思わず職権で住所と電話番号を聞きたくなったが、名雪が一緒なのでやめた。
後が怖いし。
「相沢が来たって伝えてくれ。それだけでわかる」
「はい。お待ち下さい」
そう言うと女の子は、パタパタと屋敷の中に消えていった。
「かわいい子だったなあ」
「祐一、鼻の下が伸びてる」
「そんなことないぞ」
オレは顔面に意識を集中させて、平静を装おうとした。
ガチャ
扉が再び開いた。
今度、顔を出したのはさっきのかわいい女の子ではなく、頭にハネのあるオレと同い年の軽薄な顔をした男であった。
「よお、相沢、水瀬。ひさしぶりだな」
オレと名雪に向かって挨拶をしたこの男の名は、北川。
この街で指折りの富豪であり、この屋敷の主である。
そして、オレと名雪の古くからの知り合いでもあった。
「相変わらず、貧乏くさい顔をしてるなあ」
「なんでお前が金持ちの役なんだ。納得いかねー」
「人柄だよ、人柄」
「祐一、北川君。そういう裏話は置いといて・・・」
「おっと、そうだったな」
話が脱線してしまった。
「北川、怪盗うぐぅから予告状が届いたんだって?」
「ああ。とりあえず中に入ってくれ。詳しい話はそれからだ」
そう言って、北川はオレと名雪を屋敷の中に招き入れた。
『今夜8時、北川邸の赤いダイヤを貰いに行くよ。 怪盗うぐぅ』
北川が差し出した予告状には、こう記されていた。
「この筆跡、間違いなく怪盗うぐぅのものだな」
もう、幾度となく見せられてきた予告状だ。
筆跡鑑定をするまでもない。
見るだけで殺意が湧いてくる。
もし捕まえたあかつきには、牛裂きの刑にしてやる。
「北川君。赤いダイヤってなに?」
「ちょっと待て。今持ってきて貰う。おーい、あゆ」
北川が屋敷の奥の方へ声をかける。
「はーい」
さっき、扉を開けたメイドがやってきた。
「すまないが、アレを隣の部屋から持ってきてくれ」
「うん」
ぱたぱたと隣の部屋に消えてゆく女の子。
「あの子、あゆって言うのか」
「ああ。月宮あゆって名前だ」
「いつの間にメイドなんて雇ったんだ?」
「いいだろ。漢の浪漫だ」
「それについては同感だが・・・」
名雪のメイド姿を思い浮かべてみる。
萌えるな・・・
今度頼んでみるか。
「ヤダよ」
「へ?名雪。何が嫌なんだ?」
「私はメイド服なんて着ないよ」
「ぐはぁ!声に出てたのか?」
「いや、出てないぞ相沢。だがな、お前の顔を見れば考えている事は一目瞭然だ」
「ぐっ!別にいいだろ!オレだって漢なんだよ!どちくしょー!」
「わかるぞ、相沢!」
「うおぉぉぉぉぉ、北川!」
オレは北川と抱き合う。
「うーん、そんなに言うのなら、一度だけ着てみようかな〜」
「にゃにぃ!ホントか!名雪!」
「冗談だよ〜」
名雪が笑いながらペロッと舌を出した。
くそ〜、漢をからかいやがって。
今度、意地でも着させてやる。
「いいなぁ、相沢は名雪がいて。オレだって本当は、香里にメイドをやってもらいたかったんだ。けどなぁ、今回は登場しないらしいからな」
「何を言う、北川屋。あゆのメイド姿だってなかなかのモノではないか」
「いい子だろ」
「ん?」
「手、出すなよ」
「バカ言うな。オレには名雪がいる」
「どうだか」
「祐一、さっきあゆちゃんを見て鼻の下を伸ばしてたよ」
「ほれみろ。やっぱり」
「そ、そんなことないぞ」
「慌てるところが怪しい」
「ゆ〜いち〜」
「勘弁してくれよ・・・」
オレと名雪と北川でそんなやりとりをしていると、あゆが隣の部屋から、小箱を抱えて戻ってきた。
「持って来たよ」
両手で箱を抱えながらこちらに歩いて来る。
その時あゆが、何もつまずく物がないにもかかわらず、転んだ。
「あっ!」
バランスを崩し、前につんのめる。
うーん、何もない所で転ぶとは、なかなか器用なヤツだ。
あゆは倒れながらも箱を守ろうとした。
その結果、両手がつかえず、モロに顔面から床に突っ込むことになってしまった。
べったーん!!
うーん、あれは痛そうだ。
「うぐぅ・・・」
顔を真っ赤にしながら涙ぐむあゆ。
しかし、それでもヨロヨロと立ち上がり、小箱を北川に差し出した。
健気なヤツだ。
「うぐぅ、持って来ました」
「大丈夫か?顔?」
「うぐぅ、痛い・・・」
そう言って顔をさするあゆ。
うぐぅ?
その言葉がオレにひっかかった。
うぐぅと言えば怪盗うぐぅ。何か関係あるのか?
「あゆさん。うぐぅっていったい?」
オレはあゆに話かける。
「刑事さん。ボクのことは、あゆでいいです」
「じゃあ、オレのことも祐一でいいぞ。敬語もいらん」
「オレのことは北川様と呼べ。もちろん敬語でだ」
「北川、お前は黙ってろ!」
いっそ公務執行妨害で逮捕するか?
「それで、あゆ。うぐぅってのは?」
「えっと・・・今、若い女の子の間で流行っている口癖だよ」
変な口癖が流行るものだ。
オレには世間と言うものがいまいち理解できん。
「私、全然知らなかったよ」
「名雪は常に寝ているからだ」
「酷いよ。そんなにいつも寝てばかりじゃないもん。一日、8時間ぐらいは起きてるよ」
それだけ寝ていれば十分だ。
それにしても・・・
「何でうぐぅなんて言葉が流行ってるんだ?」
はっきり言って、変だ。
カレーライスにアイスクリームをのっけて醤油かけて食べるぐらい変だ。
「それはきっと、警察にも捕まらない謎の怪盗がカッコいいからだろ」
「うるさい、北川。今度こそ捕まえて見せる!」
「そのセリフも何回目だか・・・」
それを言われると何も言い返すことができない。
「今度は私も手伝うから大丈夫だよ」
「確かに、水瀬が警備してくれるなら安心だな。警察は頼りないからな」
そう言って軽蔑した目でオレを見つめる北川。
ぐはぁ、警察よりも探偵を信用してやがる。
くそっ!これもすべて怪盗うぐぅのせいだ!
絶対に捕まえてやる!
それで、釜茹での刑だ!
「こ、これが赤いダイヤ!?」
「わ〜、きれい〜」
「ピカピカだお〜」
オレと名雪とあゆは、北川が見せてくれた赤いダイヤを前にして、感嘆の声をあげた。
「これが、我が家に伝わる赤いダイヤ『スーパーエ○ジャ』だ!」
「スーパー○イジャ?」
「なんでも古くから伝わるダイヤで、波紋を増幅できるらしい」
「なんだ、波紋って?」
「知らないのか。こう、コオォォォォ!って感じで、『震えるぜハート、燃え尽きるほどヒート』ってヤツだ」
そう言って、あやしい動きと呼吸法をする北川。
どっから見ても変質者だ。
知り合いじゃなかったら、即行逮捕だな。
まぁ、このダイヤがどんな物なのかって事はよくわからないが、高価だってことだけは素人のオレが見てもわかる。
「これを怪盗うぐぅが狙っているんだね」
名雪がダイヤを見ながら言った。
「予告状によるとそうなるな」
いかにも怪盗が盗みそうな物である。
「ま、とりあえずお披露目はこんなもので」
そう言って北川が小箱を閉じた。
「さて、まずはどうやってこれを守るかだな」
少ない人員で、いかに守るか。
そこが重要である。
何せ、警備に当たれるのは、オレと名雪の二人。
す、少な!
いくら何でも少な過ぎる!
とりあえず、人員を増やす努力をしよう。
「なぁ、北川。お前も警備を手伝ってくれないか?」
「狙われているのはオレの物だからな。手伝うぞ」
これで、3人。
まだ少ないな。
もう一人にも声をかけてみるか。
「なぁ。あゆは今夜は大丈夫か?」
「うぐぅ。ボクは家に、病気のお母さんとアル中のお父さんと、ボケたお爺さんと天然ボケのお婆さんと、死にぞこないのひいお爺さんとリビングデットなひいお婆さんと、超法規的処罰阻却事由な叔父さんと背信的悪意者な叔母さんと、地球外生命体な伯父さんと電波受信中の叔母さんと、お腹を空かせたお兄さんと何でも食べるお姉さんと、空をも飛べる妹と哲学者な弟と、宇宙的な赤ちゃんと犬のポテトと熱帯魚と電子ペットがいるから、夜七時には帰らなければいけないんだよ」
すごい大家族だな。
「うーん、それなら仕方がないか」
無理に引き止めるわけにはいかない。
ということで、警備人員は3人に決定した。
「3人か・・・」
「大丈夫だよ祐一。7人いれば、野武士から村を守ることもできるんだお」
「7人どころか、3人しかいないんだぞ」
「超人が七人集まれば、宇宙野武士も倒せるんだお」
「だから、3人しかいないんだってば」
「3人よれば文殊の知恵だよ」
得意そうに言う名雪。
「水瀬、それってどういう意味だ?」
「3人集まれば、原子力発電ができるって意味だよ」
「ふーん」
納得する北川。
ダメだ。コイツ等は使いものになりそうにない。
やはり、頼れるのは自分だけか・・・
「とりあえず、警備の計画を立てよう。北川、この屋敷の見取り図かなんかはないのか?」
「あるぞ。おーい、あゆ」
「なに?」
「屋敷の見取り図を持ってきてくれ」
「うん」
あゆが隣の部屋に走って行った。
「北川、なんでもかんでもあゆに頼むのか?」
「だいたいそうだな。この屋敷のことはほとんど網羅してくれているから非常に助かる」
「ふーん」
この広い屋敷のことを網羅するとは、なかなか優秀なメイドらしい。
「ただ、ちょっとおっちょこちょいなのがたまに傷だがな」
「皿とか割るのか?」
「一日平均15枚」
「よくそんなのを雇ってるなぁ」
「そりゃぁ、漢の浪漫だからだ」
「お待たせしたよ」
その漢の浪漫が隣の部屋から一枚の見取り図を持って来た。
「おお、サンキュウ」
北川はあゆからその見取り図を受け取り、机の上に広げる。
「これがこの屋敷の見取り図だ」
オレと名雪は、その図を覗き込んだ。
「今いるこの部屋が一番大きい部屋なのか」
警備人数が多いなら一番大きな部屋の真中に宝石を置いて、その周りを固めればいい。
しかし、今、総警備員は3人しかいない。
「どこか、ダイヤをうまく隠せそうな所はないかな?」
見取り図を隅から隅まで眺めて見たが、これといった場所がない。
「うーん、どうしたものか・・・」
「祐一がダイヤを飲み込むってのはどう?」
「却下」
「じゃあ、北川くんがダイヤを飲み込む―――」
「棄却」
「うー、祐一。酷いよ〜」
「酷いのは、あんなものをオレ達に飲み込ませようとしている名雪だ!オレ達はピッ○ロ大魔王じゃないんだぞ!」
「イチゴみたいな色してておいしそうなのに・・・・・・」
「そう思うなら名雪が飲め!」
「う〜、祐一がいじめるよ〜」
「お願いだから、もうちょっと真面目に考えてくれよ」
「それなら、このままここに置いておこうよ」
名雪が「飲み込む」と同じぐらい突飛な案を出した。
「ここにそのまま置いておく?」
北川が怪訝な顔をする。
「置いておくって言っても、ニセモノをだよ」
「本物はどうするんだ?」
「祐一か北川君が飲み込む」
「いい加減、そこから離れてくれ」
「じゃぁ、祐一か北川君が肌身はなさず持ってる」
「けど、ニセモノなんて用意できないぞ」
「それならホンモノをそのまま置いておこうよ」
「何?ホンモノをか?」
「そうだよ。どうせ、どこに保管したって警備が3人じゃ変わらないよ。だったら、一番広いこの部屋で怪盗うぐぅが来るのを待っていたほうがいいんじゃない?」
「そりゃそうかもしれないが――――――」
名雪の言う事にも一理あるような気がする。
それに、下手にどこかに隠して知らない間に盗られるより、見える所に置いておいた方が精神的に安心できる。
まぁ、安全かどうかは別として。
「けど、警備できる人間は3人しかいないんだぞ」
北川が抗議の声をあげる。
「質より量だよ」
「名雪、それじゃ逆だ」
「え?じゃあ、量より質だよ」
名雪が北川にそう言った。
「よし、名雪。それでいこう」
オレは名雪の提案にのることにした。
「本当にそれで大丈夫なのか?」
北川が不安そうな顔をする。
「他に手がないからしょうがないよ」
「水瀬がそう言うなら・・・」
どうやら納得したらしい。
「よし。それじゃ、怪盗うぐぅが出た時のことを決めよう」
オレと名雪と北川は、怪盗うぐぅを捕まえるための作戦を幾つか話し合った。
だが、オレ達3人の頭からは良案などと言うものが生まれる事はなく、見事に無駄な時間を過ごした。
そうこうしているうちに、北川邸に夜7時の鐘が鳴り響いた。
怪盗うぐぅの予告した時間まで、後1時間である。
オレ達は、怪盗うぐぅを迎え撃つ準備を始めた。
(続く)
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