蒸気に覆われた都市。

 霞に覆われた屋敷。

 闇に覆われた時刻。

 謎に覆われた怪盗。

 これら全てが交わる時、

 様々な偶然が交差し、一つの必然が生まれる。

 正義に燃える刑事と、

 勇気を灯す探偵は、

 この混沌の世界で、真実を探し出そうと模索する。



 例え、真実がこの世界に存在しないのであっても。






探偵水瀬名雪

怪盗うぐぅの挑戦
a night flight

#4「夜間飛行」





 「黒いモノリス・・・」

 オレは、その巨大な石板を見て呟いた。

 「これが、あの英雄ナポッレ=オーンがエジプーシャンを遠征した時に発掘したゼペットストーンだ」

 北川が得意そうにその巨大な黒い石板の説明をした。

 「私には、ただの石の板にしか見えないけど?」

 名雪が石板を見あげながら呟く。

 「オレもそうだ」

 オレはコンコンと石板を叩いてみた。

 「やめろ、相沢!これは、歴史的にも貴重な一品で、時価3億シュガーはくだらないんだぞ!!」

 「さ、3億シュガー!?」

 オレは驚きの声をあげる。

 なんと言う大金だ。

 オレが一生働いたって、そんな大金貯まらないぞ。

 「えっと、3億シュガーってことは、イチゴサンデーが・・・・・・6万杯食べれるよ!!」

 出た!!名雪のイチゴサンデー算!!

 名雪はイチゴサンデーを基準に計算をすれば、十桁の掛け算まで一瞬で求める事ができるのだ!!

 すごいようで、全然すごくない能力である。

 けど、やっぱりすごいかも。

 オレは改めて石板を見た。

 「こんな古臭くて泥だらけの石板が3億シュガーだなんて・・・・・・」

 「世の中間違ってるんだお」

 オレと名雪はボケた顔をしながら石板を眺めていた。

 「オレの家にある黒いモノリスって言ったらこれだと思うんだが」

 北川が持っていた布で石板を磨きながら言った。

 オレは石板を一回りする。

 石板は、高さ2m、幅1m、厚さ50cmぐらいの大きさである。

 「北川。これって重さどれくらいあるんだ?」

 「1tだ」

 「そんなに重いのか?」

 「なんか、未知の鉱物が使われているらしい」

 「未知の鉱物?放射能とかはないんだろうな?」

 「祐一。この世界に放射能なんて発見されてないよ」

 「あ、そうだったか」

 そうだ。今回は番外編だった。



 「怪盗うぐぅは本当にこれを盗みに来るのかな?」

 名雪が石板を見あげながら言った。

 「さあ。予告状を普通に読めば、これを盗みに来ると思えるが」

 「これを盗みに来たって、こんなに重いものどうやって運ぶ気なんだろ?」

 確かに、普通の人間がこれだけ大きくて重い物を運ぶことは不可能であろう。

 「それはアレを使うんじゃないか?」

 「なんだ。北川。アレって?」

 「Sマシーンだよ」

 「Sマシーンか。確かにそれがあれば可能だな」

 S(シュガー)マシーン。

 砂糖蒸気機関を動力とした、作業用機械である。

 もともと土木工事用に開発されたものであるが、その汎用性から、最近では様々な用途のものが開発されている。

 近頃は技術が発展して、人型のものまで登場した。

 確かにSマシーンを使えば、この石板を運ぶことができるかもしれない。

 だが、しかし!!

 「Sマシーンみたいな高価なものを怪盗うぐぅが持ってるかな?」

 Sマシーンは非常に効果なのである。

 なんと言っても、一番安いSマシーンでさえ1000万シュガーはする。

 おまけにコイツの動力は、純正の砂糖を使うことが多いので更に金がかかる。

 普通の人間には、とてもじゃないが手に入らないシロモノであろう。

 「相手は怪盗だぞ。自分で買わなくたって、どこかで盗んで手に入れてるかもしれない」

 「Sマシーンが盗まれたなんて話は聞かなかったがなぁ」

 あんな高価な物が盗まれたりしたら、大騒ぎになるはずである。

 「じゃあ、どこかに秘密基地を持っていて、そこで密かに開発しているとか」

 「そんな大それた事をするかね」

 「この前、怪盗うぐぅが上白糖を大量に盗んでいっただろ。あれはSマシーンの燃料にする為かもしれないぞ」

 そう言えば、北川の家に予告状が届く前、怪盗うぐぅは上白糖を大量に盗んでいる。

 「きっと、今までの盗みは、今回あの石板を盗む為の準備だったんだ!」

 「小豆がか?」

 「小豆は・・・・・・。きっと怪盗うぐぅのSマシーンは小豆も燃料に使うんだ!」

 北川が拳を振るう。

 「おまえ、さっきからヤケにSマシーンを強調するな」

 「そりゃ、そうだ。もしSマシーンでヤツがあらわれたらどうする!大変だぞ!」

 確かに、Sマシーンのような代物で押しかけてこられたら、生身の人間じゃ歯が立たない。

 拳銃も効かないだろうし。

 「もし、本当にSマシーンを持っていたりしたら厄介だな」

 「ふふふふふ・・・・・・」

 オレが頭を抱えて悩んでいる横で、北川が気色悪く笑った。

 もし、ここが街中であったら、猥褻物陳列罪で即刻逮捕するところだ。

 「なんだ、北川。不気味な顔して」

 「ふふふふふ。実はな。オレ、この前Sマシーンを買ったんだ」

 「にゃに?あんな高価なものをか?」

 「ちょっと高かったが、思い切って買ってしまった。それでな、もし、どうしても警備に使いたいと言うのなら貸してやってもいいぞ」

 「それは助かるが、いいのか?」

 「いいぞ。ふふふふふ。巨大ロボット同士の戦い。ああ、漢の浪漫!血が騒ぐ!!」

 北川がマッドサイエンティストさながらの笑い声をあげる。

 テロ防止と称して今のうちに逮捕しておいた方がいいのかもしれない。





 ばさぁっ

 北川が布を引き剥がす。

 その下には、体調3m程の巨大な鉄の塊が佇んでいた。

 「見ろ!相沢。これがクラタ・インダストリーが開発したSマシーン。鉄人RX78号だ!!」

 人型をした重厚なロボット―――鉄人RX78号に頬をスリスリしながら北川が言った。

 「すげぇ」

 「かっこいいんだお〜」

 オレと名雪は感嘆の声をあげる。

 「この鉄人RX78号は、クラタ・インダストリーがその技術力の全てを注ぎ込んで創った最高傑作であり、機関はGBAエンジン。CユニットはNFC。各部ジョイントにVBコーティングがしてあって・・・・・・」

 北川がSマシーンについての説明を始める。

 要はこれの自慢をしたかっただけらしい。

 これだから、マニアは・・・・・・

 しかし、戦力になるのには変りない。

 オレは、この鉄人RX78号をありがたく使わせてもらう事にした。







 オレは時計を見る。

 今の時刻は7時58分。

 あと2分で怪盗うぐぅの予告した時間になる。

 視線を時計から庭に移す。

 ところどころから、蒸気が立ち上る庭を眺めていると、どこかこの世ではない所にいるような、そんな感じがした。

 「もうすぐ時刻だぞ」

 オレは隣の北川に声をかけた。

 北川は手にSマシーンのコントローラーを握っている。

 そして、北川の隣にはSマシーンが佇んでいた。

 「ふふふふふ。怪盗うぐぅよ。来るなら来い!できることならSマシーンで来い。オレのRX78号と派手に戦おうぜ!ふふふふふふ」

 目が据わっていた。

 オレは後ろを振り返る。

 後ろには北川邸が佇んでいる。

 「そう言えば、相沢。屋敷の中は水瀬だけだが、大丈夫か?」

 オレと北川は、外の庭に出ていた。

 Sマシーンを屋敷の中に入れることはできないので、屋敷の外で警備にあたることにしたのだ。

 だから屋敷の中で、モノリスの警備を行っているのは名雪しかいない。

 「大丈夫だろ。あんなでかい物を運ぶのには、Sマシーンでもなければ無理だ。怪盗うぐぅがSマシーンでやって来るのなら、屋外で撃退する方がいい」

 「もし、Sマシーンで来なかったらどうするんだ。オレ達のスキをみて、屋敷の中に侵入するかもしれないぞ」

 「その場合は、石板が運べないだろ」

 「そうか。普通の人間があれを運ぶのは無理だな」

 「それに、名雪はああ見えても結構頼りになるんだぞ」

 「信頼してるんだな」

 「まあな」



 ゴーンッ

 八時を示す鐘が鳴り始めた。

 ゴーンッ

 鐘の音が夜の屋敷に響き渡る。

 ゴーンッ

 その音は、庭にいるオレ達にも聞こえてきた。

 ゴーンッ

 「相沢。いよいよだぞ」

 ゴーンッ

 北川がSマシーンのコントローラーを握りしめる。

 ゴーンッ

 「ああ。今度こそ阻止してみせる」

 ゴーンッ

 オレも、胸元の拳銃を確かめた。

 ゴーンッ



 鐘の音が止んだ。

 訪れる静寂。

 オレは周囲に注意を向ける。

 北川が唾を飲み込む。



 ドゴーンッ!!



 どこかで爆発音が鳴り響いた。





 「昨日と同じか!?今度はどこが爆破されたんだ?」

 「あそこだ!」

 北川が煙を吐き出す建物を指差した。

 「あそこは―――物置だ!!」

 北川がSマシーンを発進させる。

 「北川。そいつを使うのか?」

 「ああ。万が一だ!!」

 オレと北川は物置に向かった。





 崩れ落ちた壁。

 そこからもうもうと煙が立ち昇る。

 「火事か?」

 北川が声をあげる。

 「いや、この煙の臭いからすると、砂糖蒸気だろ」

 オレは崩れた壁に近づく。

 「ゆ〜いち〜」

 名雪が屋敷の中から出てきた。

 「バカッ!名雪。石板の警備はどうした?」

 「ちゃんと周りにゴキブリホイホイをしかけてきたから大丈夫だよ。それに、私は怪盗うぐぅの狙いは、あの石板じゃないと思うんだよ」

 「それは、どういうことだ?」

 「だって、あんなもの盗んでも楽しくないし――――――」

 「相沢!!中に誰かいるぞ!!」

 名雪のセリフが終わらないうちに、北川の叫び声が聞こえた。

 オレと名雪は、北川の方を向く。

 そして、北川の向いている方角へ視線を移す。

 もうもうとあがる煙の中、ゆらりと人影が揺れた。

 「怪盗うぐぅ!?」

 オレは胸元から拳銃を抜く。

 そして、その人影に照準を併せた。

 「動くな!!動くと撃つぞ!!」

 オレは引き金に指をやったまま、人影に近づく。

 「今日も会ったね、祐一君」

 人影が喋った。

 「昨日も言ったが、おまえに『祐一君』などと呼ばれる筋合いはない!!」

 「うぐぅ。祐一君、やっぱりいじわるだよ。昔と全然変らないね」

 「知ったような口を聞くな。今日こそ逮捕させてもらうぞ」

 「ボクは昔から祐一君の事を知ってるよ。祐一君はボクの事を忘れてるみたいだけどね」

 「何だと?」

 「祐一と怪盗うぐぅは昔からの知り合いなの?」

 「馬鹿な事言うな、名雪。警察と怪盗が知り合いのはずないだろ」

 「そんな事言ったって、ボクは祐一君の事を知っているんだよ。それに名雪さん。名雪さんの事も知ってるよ」

 「私の事も?」

 「なぁなぁ、オレは、オレ。北川潤君については知らないのか?」

 「うぐぅ。知らない」

 「怪盗うぐぅが、私の事を知っている・・・・・・」

 「惑わされるんじゃない、名雪。あんのなはオレ達を動揺させる為の嘘だ。怪盗うぐぅ!つまらない策を労しても無駄だ。今日こそ大人しくお縄につけっ!」

 「うぐぅ。それはごめんだよ」

 人影が揺れた。

 ふわっ

 オレの目の前で、名雪の目の前で、北川の目の前で。

 怪盗うぐぅの体が宙に浮いた。

 「ま、またか・・・・・」

 怪盗うぐぅは、立ち登る煙と共に、どんどん上昇して行った。

 オレと名雪と北川は、ただ大口をあけてそれを見ているだけであった。



 (続く)






戻る