月の光を見るたびに思い出す。

 広大な、閉じ込められた空間。

 永遠にやむことのない機械音。

 そして、優しき母。

 あのとき私に微笑んだのは誰?






探偵水瀬名雪

月の光にいざなわれ
vanishing body

#2「コーヒー・タイム」





 穏やかな午後。

 正確には5月31日、午後12時13分。

 ムーさんが博物館から『ジュ・オー』を盗んだ日の次の日。

 あ、ムーさんってのは、ビューティー・ムーンさんのことだよ。

 「ビューティー・ムーンさん」より「ムーさん」の方が呼びやすいから、私は「ムーさん」って呼ぶの。

 「ふあぁぁぁぁ」

 祐一が椅子に座りながらあくびをした。

 私は祐一の向かいの席で、書類を読んでいる。

 「ねえ、祐一。コーヒー飲めば?眠気とぶかもよ」

 「そうだな」

 祐一がテーブルの上のコーヒーカップを手にとる。

 祐一と二人っきりのコーヒータイム。

 これが私の事務所とか街の喫茶店とかだったりしたら、もっと楽しかったと思うのに。

 残念ながらここはそんなところじゃない。

 ここは、スウィート・シティ警察署の一室。

 お母さんが署長を勤めるこの街唯一の警察組織の本拠地だったりする。

 といっても、刑事は祐一だけなんだけどね。





 「美少女怪盗ビューティー・ムーン。性別たぶん女性。年齢、身長、体重、スリーサイズ、好きな野球チーム他すべて謎」

 祐一が目をこすりながら書類を読み上げる。

 「はじめて出現したのは5月6日の月曜日。場所は帝都タワー。このときに盗んだのが『ムーン・ムーン』。ちなみに盗んだ飴玉の名前が『ムーン・ムーン』だったこと。曜日が月曜だったこと。見事な満月の夜だったことから、美少女怪盗ビューティー・ムーンと呼ばれるようになる」

 「ふーん。ビューティー・ムーンって、自分で名乗ったわけじゃないんだ」

 「次の出現は14日の火曜日。キャンディ・ママの『ベリーマーズ』。ちょうど俺達が怪盗うぐぅを捕まえようとしていたあの日だ」

 「ああ、あのとき。そういえば次の日にお母さんから電話がきたんだよね」

 「で、次は22日に蒸気号スティーブンソンの『マーキュリー』。そして昨日、5月30日の木曜日。帝都博物館から『ジュ・オー』を盗むと」

 祐一が書類の束を机の上に乱暴に置いた。

 「こいつを作るのに徹夜して眠くて眠くてしょうがない」

 「ねぇ、祐一」

 「なんだぁ?」

 「ムーさんって仮面かぶってるよね。なのにどうして美少女ってわかるの?」

 「ムーさん?」

 「あ、ビューティー・ムーンさんのことだよ」

 「ムーさん・・・・・・。名雪らしい略称だな」

 「かわいいでしょ〜」

 「可愛い・・・・・・かな?」

 祐一が複雑な顔をする。

 「それで祐一。どうしてムーさんが美少女ってわかるの?」

 「そのことか。なんでも帝都タワーに現れたときにはまだ変声機を使ってなくってな。そのとき声を聴いたやつが、あれは女の声だって」

 「声で女の人ってわかったんだ。けどそれじゃあ美少女かどうかはわからないと思うんだけど」

 「昔から女怪盗は美少女って相場が決まってるんだ」

 「そういうものなの?」

 「そういうものさ。ちなみに女探偵も美少女ってのが定番だ」

 そういって祐一が私を指差す。

 わっ!祐一。恥ずかしいーよ。

 確かに私は美少女かもしれないけど。

 面と向かっていわれるとやっぱり恥ずかしいよ〜。

 それに、いってくれたのは祐一だよ〜。

 うにゅん、うにゅん、うにゅん♪

 「なに怪しい顔しながら頭振ってるんだ、名雪・・・・・・」

 「え・・・・・・はっ!な、なんでもないよ、祐一」

 「そうか?」

 「そうだよ」

 危ない、危ない。もう少しで祐一に「変な女の子」と思われちゃうところだったよ。

 反省しなきゃね。



 「それにしても不思議なんだよなー」

 祐一が書類をめくる。

 「ビューティー・ムーンは何のために飴玉を盗むんだろう」

 「食べるためじゃないの?」

 「食べれないこともないとは思うが、そりゃ違うな」

 「どうして?」

 「だって毎回次の日になると飴玉が送り返されてくるんだぜ」

 そう。ムーさんは苦労して盗んだはずの飴玉を、すぐに送り返してくるの。

 いつも手紙と一緒に送り返してきて、手紙には「この飴玉は違うから返す」って書かれてる。

 「きっと舐めてみたけどあんまりおいしくなかったんだよ。だから送り返してくるんじゃないかな?」

 「それがなぁ。飴玉本体には手を加えられたあとがないんだ」

 「祐一、舐めるのは舌を使うんだよ」

 「そんぐらいわーってるっ!舐めたあともないんだよ。削ったあとなんかもない。キズだけじゃない、指紋すらないんだ。それどころか表面の汚れが綺麗に落とされてる」

 「お掃除するのが趣味なんじゃない。ほら、綺麗好きの女の子って結構いるでしょ」

 「そんなことのために盗むのか?」

 「そうだね。それだったら清掃屋さんにでも就職すればいいんだもんね」

 じゃあ、何のために盗むんだろう?



 「次の犯行日はだいたい目星がついてるんだけどなー。何を狙ってくるのかがいまいちわからん」

 「犯行日はわかるの?」

 「ああ」

 祐一が机の上に開かれたカレンダーを指差す。

 「過去のパターンから推測するに、次は6月の7日だと思うんだ」

 「どうして?」

 「いや、見てそのままなのだが。最初の犯行が月曜日。それ以降次の週の火曜、水曜、木曜ときてるだろ。だから次は来週の金曜だ」

 「わっ!ほんとうだ。祐一すごい!冴えてる〜」

 「・・・名雪、おまえ探偵じゃなかったけ。この街で一番の」

 「そうだけど?」

 「・・・・・・はぁ」

 祐一がため息をつきながら黙っちゃった。

 なんでだろう。

 私が探偵だと変なのかなぁ?

 「そういえば、なんで今回は博物館ってわかったの?」

 「それ名雪がいったんじゃないか」

 「え?そうだっけ?」

 「そうだよ。博物館にデートに行ったとき、名雪がいきなり『ビューティー・ムーンさんがこれを狙ってる気がする』っていったじゃないか」

 あ、そういえばいった気がする。

 そう。あのとき何故か、ムーさんがあの飴玉を持っていく映像が頭に浮かんだんだよね。

 ときどきこういうことがあるんだけど、やっぱり私ってエスパーなのかなぁ?

 サイキック探偵なゆなゆ。うーにゅ、かっこいーよー♪

 「あのあとな。名雪の言葉を聴いてた博物館側が、警察に電話してきたんだ。『名探偵水瀬名雪がこんなことをいってたんだ。だから何とかしてくれ』って。もっとも博物館はONE綜合警備保障にも電話をしてたみたいだけどな」

 「それで折原さんもあの場にいたんだ」

 「名雪のカンが見事に当たって、ビューティー・ムーンと対面できたところまではよかったんだが・・・・・・」

 「消えたんだよね〜」

 「そうなんだよなぁ」

 祐一が悔しそうにいった。  あそこまで追い詰めておいて逃げられたんだから私も悔しい。

 けど、ムーさんは本当に消えたのかなぁ?

 もしかしてムーさんはお化け?

 うにゅ〜、お化け怖いよ〜。

 あ、けどサキック探偵なゆなゆならお化けにも勝てるかも。



 「とにかく、調査のために今から博物館に行かなければならないんだが・・・」

 そこで祐一が机につっぷす。

 「行きたくね〜。疲れた〜。眠い〜」

 心底だるそうな声で祐一がうなるってるよ。

 「ちくしょ〜。眠いぜ〜。もうダメだ〜。俺は死ぬ〜」

 「祐一・・・・・・」

 祐一が疲れてるのは良くわかる。

 私は今日はお昼まで寝てたからまだいいけど、祐一は昨日の事件のあと、徹夜して事件の報告書を作って、朝は近隣に目撃情報を訊きにいって。さらにそのあと折原さんのところにいってムーさんが消えた謎を二人で討論したりなんかして、色々と忙しかったみたい。

 だけど・・・・・・

 「祐一。博物館に行こうよ」

 「やだ〜。ねる〜。寝てやるぞ〜」

 「祐一。ムーさんが犯行をを続ける限り、祐一の生活はずっとこんな調子だよ」

 「おのれにっくきビューティー・ムーン。おれの眠りを返せ〜」

 「だからムーさんを捕まえるためにも、博物館にいって手掛りを探さなくちゃ。そうしないと祐一に休息はないよ」

 「わかってる。頭ではわかってるんだ。だが、元気とやる気が・・・・・・」

 そこでプシューと息を吐く祐一。

 まるでしぼんだ風船みたい。

 「祐一、元気だしてよ。ファイトだよ」

 「でない」

 「どうすれば出るの?」

 「えっと・・・・・・そうだな。キスしてくれたら」

 「にゅ?」

 「名雪がキスしてくれたら元気がでると思うぞ」

 「うにゅにゅ?」

 祐一がとんでもないことをいってるよ。

 キスしてくれたら?

 「本当にキスしたら元気になるの?」

 「ああ、約束するぞ」

 祐一が顔をあげた。

 その目がキラーンと光ってる。

 きっと祐一のことだからキスだけですます気はないよ。

 キスしたら『元気が出たー!』とかいって、きっと私をベットに。

 この部屋にベットはないけど・・・・・・。

 うにゅう!ソファーがあるよ!

 あ、いま一瞬祐一がソファーを見た!

 だお〜。

 けど、祐一になら。

 祐一が元気になるなら・・・・・・。

 それに、私も元気になれるし・・・・・・ポッ!

 「キ、キスだけだよ・・・・・・」

 私は内心ドキドキしながら祐一にいう。

 「ああ」

 祐一がすごく真面目な顔で頷く。

 私は知ってる。

 祐一がこの顔をするときは何かを企んでるってことを。

 けどいい。私祐一が何かを企んでてもいい。

 だって、祐一だから―――。

 「祐一・・・・・・」

 私は机に体を預けている祐一の顔に、私の顔を近づける―――





 「了承!」





 「わっ!」

 「だおっ!」

 いきなり部屋の入り口から声が。

 慌ててそっちを見れば、戸口にたたずむお母さん。

 うにゅ〜、これからだったのに〜。お母さん減点ものだよ〜。

 「あら、名雪に祐一さん。私に遠慮しなくていいのよ」

 「あ、秋子さん。そんなこといわれても・・・・・・」

 「それにしても、名雪が祐一さんを襲うようになったなんて。成長したのね名雪。お母さん嬉しいわ」

 「お、お母さんっ・・・・・・」

 「ゴメンなさいね名雪、邪魔してしまって。お母さんこれを名雪に持ってきただけなの」

 そういってお母さんが紙袋を差し出す。

 「はい、名雪。新しいジャムよ」

 「ジャム?」

 私は袋を受け取る。

 そのとき私の頭に、何日か前のことがフラッシュバックした。

 「ねぇ、お母さん。これ何のジャム?」

 「ジャムはジャムですよ」

 「この前みたいにオレンジ色のジャムじゃないよね」

 「あら、何のことかしら?」

 「お母さんっ!」

 「それより名雪。あまり祐一さんを頑張らせてはダメよ。祐一さん、連日連夜の仕事で疲れているんですから。けど若いから大丈夫かしらね」

 いきなり話題を変えるお母さん。

 怪しいよ〜。きっとこのジャムはオレンジだお。

 そうだお。そうだお。ソースだおっ!

 うにゅっ?今なにか電波が・・・・・・。

 「あ、そういえば秋子さん。前にお願いした増員の話はどうなったんですか?」

 「ああ、あの話ですか?」

 「そうです。いくらなんでも俺一人じゃきつすぎます」

 「あの、それが・・・・・・。この作品に続編があるなんて思ってもいなかったので、何も手を打ってなかったんですよ」

 「ぐはぁっ!」

 「次回までには募集しておきますので、それまでは一人で頑張って下さい」

 「ぐふっ!」

 「それでは邪魔者は消えますので、さっきの続きを楽しんで下さいね」

 お母さんはそれだけいうと部屋から出ていった。

 しばらく沈黙がこの部屋を支配する。

 「・・・なぁ、名雪」

 祐一が重々しい口調でその沈黙を破った。

 「なあに?祐一」

 「博物館・・・・・・行くか」

 私は返事の代わりに首を立てに振った。







 「そうだ祐一」

 警察署を出たところで、私は良案を思いついた。

 だからさっそく祐一に提案してみる。

 「なんだ?名雪」

 「人手が足りないんだよね」

 「おう。猫の手も借りたい」

 「ねこ〜、ねこ〜」

 「・・・・・・名雪」

 「ねこ〜、ねこ〜・・・・・・はっ!そ、そうじゃなくって。もうひとり探偵に手伝ってもらおうよ」

 「もうひとり?誰だ?」

 「香里だよ」

 私達は博物館に行く前に、香里のもとに寄ることにした。





 (続く)




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