月の光を見るたびに思い出す。

 私以外誰もいない部屋。

 私以外何もない部屋。

 ただ一つの窓から見える、大きな大きな月。

 あのとき私がいた場所はどこ?






探偵水瀬名雪

月の光にいざなわれ
vanishing body

#3「第二の探偵」





 「美坂少女探偵団」

 ガラスの部分にそう書かれた扉の前に、私と祐一は立ってる。

 ここは私の親友美坂香里と、その妹の栞ちゃんが開いている探偵事務所。

 人手の足りない私と祐一は、香里に捜査を手伝ってもらうためにここにやって来た。

 香里もこの街の名探偵の一人。

 そして私の子供の頃からの親友。

 スウィート・シティには探偵さんはたくさんいるけど、「名探偵」と呼ばれている人は少ないの。

 だから香里はとってもすごい人なんだよ。

 私も一応「名探偵」って呼ばれてるけど、香里には絶対敵わないと思う。

 だって、私が犯人がわかるのは「なんとなく」だけど、香里はちゃんと考えて犯人を探すんだよ。

 すごいよね〜。頭いいよね〜。

 だから私は香里をとっても尊敬してる。

 それにしても、「美坂少女探偵団」だって。

 「坂」がなかったら「美少女探偵団」だよ。

 さっき祐一が「女探偵も美少女って相場が決まってる」みたいなことをいってたけど、そのことと関係あるのかな〜?

 確かに香里も栞ちゃんも美少女かもしれないけど、年とったらどうするんだろ。

 「美坂美人探偵団」とか「美坂熟女探偵団」とか「美坂老女探偵団」とかに変えていくのかな?

 けど「美少女」って響き。なんかい〜よね〜。

 私も「美少女探偵・水瀬名雪事務所」に看板書きかえようかな〜。



 「ほら、名雪。いつまでも入り口でつっ立っててもしょうがないだろ。入るぞ」

 祐一がドアを開けて、香里の事務所に入っていく。

 「あ、待ってよ」

 私は慌てて祐一を追いかける。

 祐一って、いつも私を置いて先にいっちゃうんだよね。

 ドアを開けると、ドアについている小さなベルがチリンチリンと鳴った。

 このベル便利そうだな〜。私の事務所にもつけようかな。

 そうすれば、お客さんが来たのに気付かずに寝ている、なんてこともなくなるよね。

 私と祐一は事務所に入る。

 香里の事務所は、入ってすぐの部屋が応接室になっている。

 応接室は少し広めの部屋。10畳よりまだ少し広いかな?

 部屋の真中に大きなテーブルが置いてあり、そのテーブルを囲むようにソファーが並べてある。

 真っ白な壁には、よく日の差し込む窓。大きなのっぽの古時計。

 部屋の隅にはコート掛けと帽子掛け。ふかふかの赤い絨毯。

 部屋の中には誰もいなかったけど、部屋の奥の扉の向こうから足音が聞こえてきた。

 入り口のドアのベルを聴いて、こちらにやってきているんだと思う。

 がちゃっ

 立派な木の扉が開いた。

 「ようこそ、美坂少女探偵団へ」

 挨拶しながら女の子が部屋に入ってくる。

 その女の子は香里ではなく、香里の妹の栞ちゃんだった。





 「誰かと思えば祐一さんに名雪さんじゃないですか。どうしたんですか?」

 栞ちゃんは、私と祐一にソファーに座るようすすめる。

 そしていったん扉から奥にいき、お茶をお盆にのせて帰ってきた。

 「悪いな、栞」

 そういって祐一がお茶を受け取る。

 「いいんです。お客様は神様ですから」

 そういいながら栞ちゃんが壁を指差す。

 そこには「お客様は神様よ!」と書かれた紙が貼ってあった。

 あの字は香里の字かな?

 栞ちゃんが私にもお茶を渡してくれる。

 私は「ありがとう」といってお茶を受け取り、お茶に口をつける。

 ほんのりと甘い薫り。杜仲茶かな?

 「それで、今日はどうしたんですか?」

 栞ちゃんがソファーに座ってから訊いてくる。

 「あのね、捜査を手伝ってもらおうと思ったの」

 「捜査ですか?あ!あれですね。今話題のビューティー・ムーンの事件ですね」

 栞ちゃんが嬉しそうにいう。

 「そう。ムーさんの事件」

 「ムーさん?」

 栞ちゃんが人差し指を顎にあてながら、不思議そうな顔をする。

 「ビューティー・ムーンさんのことだよ。略して『ムーさん』」

 「ムーさん・・・・・・。可愛いですね」

 「そう思うよね〜」

 私と栞ちゃんは思わずふふっと笑う。

 一人、「どこがかわいいんだ」って顔をしてる祐一。

 その祐一が口を開いた。

 「それでな栞。これから昨日の犯行現場に捜査に行くんだ。それで香里に手伝ってもらおうと思ったんだが・・・・・・」

 「祐一さん、お姉ちゃんは今は留守なんです。朝、調査に行くって出て行ったきり帰ってきてないんです」

 「そうか。香里はいないのか・・・・・・」

 祐一が「どうする?」って顔を私の方に向けてくる。

 「ねえ、栞ちゃん。栞ちゃんは今からどう?」

 私は栞ちゃんに尋ねる。

 「今からですか?いいですよ」

 栞ちゃんが明るく答える。

 「栞で大丈夫なのか?」

 祐一が栞ちゃんを見る。

 「あー、祐一さん失礼です。私だって探偵ですよ」

 栞ちゃんが頬を膨らませる。

 「そうだよ、祐一。それに事件現場の捜査は、栞ちゃんの方が香里より優れてるんだよ」

 「栞が?そうなのか?」

 「そうですよ、祐一さん。私達『美坂少女探偵団』は、『私の捜査で証拠を集めて、お姉ちゃんの推理で事件を解決する』が基本ですから」

 「ふーん」

 祐一が顎に手をやる。

 「そういえば、祐一はまだ見たことなかったんだよね」

 「なにが?」

 「栞ちゃんの得意技」

 私は栞ちゃんを見る。

 「そうですね。祐一さんの前でやったことはまだありませんね」

 「なんだ?その得意技って」

 「それは秘密です」

 栞ちゃんが人指し指をたてながら微笑む。

 「秘密か。そういわれると気になってしまうじゃないか」

 祐一が「ふっ」と笑う。

 「よし。栞に捜査の手伝いを依頼しよう。そうすればその秘密もみれるしな。どうだ?栞」

 「わかりました。その依頼、承ります」

 栞ちゃんがニコっと微笑んだ。





 「栞、ここが消滅地点だ」

 そういって祐一が手を横に広げる。

 私と祐一と栞ちゃんは、博物館の3階の一番端の部分、昨日ムーさんが突然消えた窓の前に来ていた。

 「本当に行き止まりですね」

 栞ちゃんが感心したようにいう。

 どうしてこんなところに行き止まりがあるのかを博物館の人に訊いたら、もともと博物館は二棟立っていて、ここは建物と建物を結ぶ渡り廊下の役割をしていた場所なんだって教えてくれた。

 昔はこの先にも通路が続いていて、隣に建っていた建物にいけたんだけど、博物館の前の道路を広げるときに片方の建物を取り壊してしちゃったんだって。

 そのとき解体費を節約するために、この渡り廊下の部分には手を出さなかったから、ここだけ変な形のまま残っているらしいんだ。

 いわれてみれば、正面の大きな窓があるところだけ壁の材質が違う気がする〜。

 「ここで消えたんですか・・・・・・」

 栞ちゃんがゆっくりと周りを見渡す。

 私も改めて現場を見る。

 幅3m、長さ10メートル程の廊下。

 両側の壁には何枚か絵がかかっているだけで、窓も扉もない。

 あ、あのかかってる絵。昨日は暗くて気付かなかったけど、猫さんの絵だよ〜。

 うにゅ〜、かわいいよ〜。もって帰りたいよ〜。

 にゃ〜・・・・・・はっ、ダメだよ。今は仕事中だよ。

 猫さんの絵は仕事が終わってからにしなきゃね。

 残念だけど、しかたがないよ。

 うにゅ〜、猫さん。また今度ね〜。

 他の部分も見てみなきゃ。

 突き当たりの壁にはおっきな窓が一つ。

 その両脇に変な形の大きな銅像が置いてある。

 昨日この窓が開いたあと、ムーさんの姿が消えたんだよね。

 明るい日差しの中で見てみたけど、夜とは印象が違うだけで、とくに変なところはないみたい。

 「名雪、なにか気付いたことはあるか?」

 祐一の問に、私は首を横に振って答える。

 「そうか・・・・・・」

 祐一がガックリしながら窓を調べてる。

 きっと祐一も、なにも見つからなかったんだ。

 「名雪さん」

 栞ちゃんが私に声をかけてくる。

 「なに?」

 「ここでそのムーさんが消えたんですよね」

 「そうだよ〜」

 栞ちゃんにはここに来る途中に、昨日の出来事を話してある。

 だからムーさんがどうやって消えたのかを、栞ちゃんは知ってはいた。

 「あのー、私。見ますか?」

 栞ちゃんが人差し指を立てながら訊いてきた。

 「う〜ん、そうだね。お願い」

 私は栞ちゃんの好意を受け入れることにした。

 「何時ごろかわかりますか?」

 「えっと・・・・・・。ゆ〜いち〜」

 私は祐一に訊いてみる

 「祐一、昨日ムーさんが消たのが何時ごろだったかわかる?」

 「消えた時間?たぶん10時半ごろじゃないか」

 祐一が顎に手をやりながら思い出す。

 「10時半ですか。そうすると・・・・・・、16時間ぐらい前ですね」

 祐一の答えを聞いた栞ちゃんは、通路の真中に立って窓を見つめた。

 「名雪、栞は何をしようとしているんだ?」

 祐一が不思議そうな顔をして栞ちゃんを見ている。

 「説明するより見る方がはやいよ」

 私は少し離れて栞ちゃんを見る。

 栞ちゃんは、一度目を閉じて深呼吸をした。

 一瞬息を止め、そして目を開く。

 そして、じっと窓の方の空間を見始めた。

 「なあ、名雪。栞のやつは何を見ているんだ?」

 祐一が小声で訊いてくる。

 「目の前にあって、目の前にあったもの」

 「なんだそれは?」

 「静かに見てないとだめだよ」

 「・・・・・・わかった」

 祐一が黙って栞ちゃんを見る。

 訪れる静寂。

 どれくらいそうしてたのだろう。

 突然栞ちゃんが大声をあげた。

 「見えました!!」

 そして事務所から持ってきたスケッチブックの真っ白なページを開く。

 栞ちゃんはおもむろにペンを持つと、すごい勢いでスケッチブックに絵を描きはじめた。

 「なんかすごいな」

 祐一が栞ちゃんを見て、感心したように呟く。

 「それで栞は何を見て、何を描いているんだ?」

 祐一が私に訊いてくる。

 「栞ちゃんはね、ほんの少しだけど『過去』を見ることができるの」

 「過去?過去って昔のことか?過ぎ去った時間か?」

 「そうだよ」

 「それはすごいな!それならどんな事件も一発解決じゃないか!」

 「そうかもしれないけど、そうは上手くはいかないみたい」

 「なんで?」

 「昔のことを1時間見るには、1時間かかるんだよ」

 「そりゃそうだ」

 「だから、いつどこでそれが起きたのかがわかれば、すぐにそれを見ることができるけど・・・・・・」

 「ああ、そうか。どこで起きたのか、いつ起きたのかがわからない場合は、その能力を使っても探しようがないな」

 「それにね、この能力を使うと―――」

 「なにか副作用でもあるのか?」

 「―――とっても甘い物が食べたくなるんだって」

 「なんだそりゃ。そんなことどーでもよくないか?」

 「ど〜でもよくないよ。女の子にとって甘い物は天敵なんだよ〜。太るし。高いし」

 「名雪・・・。おまえ金が入るとすぐにイチゴサンデー食べてるじゃないか」

 「あ、あれは・・・・・・。イチゴサンデーは特別だもん」

 「太るぞ」

 「だ、だいじょうぶだよ」

 「なんで?」

 「ちゃんと運動してから」

 「どこで?」

 「え、えっと・・・・・・夜。祐一と・・・・・・」

 「ぐはぁっ!」

 祐一が顔を真っ赤にした。

 きっと私の顔も真っ赤だと思う。

 「あのー、終わったんですけどー」

 顔を真っ赤にしている私と祐一に、栞ちゃんが不機嫌そうに声をかけてきた。

 「人が一生懸命なときに、二人してイチャイチャしている人達なんて嫌いです」

 そういって栞ちゃんが恨めしそうな目で私と祐一を交互に見る。

 「悪い、栞。帰りにバニラアイスをおごるからさ」

 祐一が栞ちゃんをなだめるようにいう。

 「絶対ですよ」

 バニラアイスと聴いた瞬間、栞ちゃんが笑顔になる。

 甘い物は女の子の敵じゃなくて、かけがえのない友かもね。

 「それで栞。なにか見えたのか?」

 祐一が気を取り直して栞ちゃんに訊く。

 「はい、見えました。見えたものもスケッチし終わりました」

 そういって栞ちゃんがスケッチブックを私達に見せてくれる。

 その絵は私には、電波が悪くて荒れているTVの画面のように思えた。





  (続く)



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