そこではいつも同じこと。
毎日毎日同じこと。
永遠に繰り返される同じこと。
けれど、何をしていたのかは思い出せない。
探偵水瀬名雪
月の光にいざなわれ
vanishing body
#4「第三の探偵」
「これは何だ?」
祐一がスケッチブックに描かれた四角いものを指差した。
「そこの窓です」
窓を指差す栞ちゃん。
「じゃあ、これは?」
祐一が、その窓らしきものの中心部を指差す。
「よくわかりません。たぶん紐か縄だと思うんですけど・・・・・・」
「紐ねえ・・・・・・」
祐一がスケッチブックをいろんな角度から見ている。
私も祐一の隣で絵を眺めてみる。
けど、どうやってみても、スケッチブックの絵は異次元の世界にしか見えなかった。
「ダメだ。俺には前衛芸術というやつはわからん」
祐一がスケッチブックを栞ちゃんに返した。
「そんなに高尚なものではないです。ただ見えたものを普通に描いただけです」
栞ちゃんが自分で描いた絵を眺める。
「例え過去が見えても、そんな絵で再現されたらわけがわからん。なんかこう、言葉で説明できないのか?」
「言葉でですか?えっとですねぇ。祐一さんと名雪さんと、あと誰か男の人が立ってました。それで窓があって、銅像が立ってて。あっ、そうそう。名雪さんが眠そうでしたね。それで、えーとですねぇ・・・・・・。月が出ていましたよ。月明かりに照らされた祐一さん、結構かっこよかったです。それに、月がとっても綺麗でした。半月っていうんですか?窓の外に浮いてて、月明かりに佇む3人。ドラマみたいですね。それから・・・・・・」
「栞。説明は、要点だけを簡潔に・・・・・・」
「えうー。私、言葉で説明するのは苦手なんです。だから絵で描いてるんですけど」
栞ちゃんがスケッチブックの絵を祐一にみせる。
「どっちもどっちじゃないか」
祐一がため息をついた。
「うーん、やっぱり香里がいないとね〜」
「香里がいると何か変るのか?」
「香里はね、栞ちゃんの絵を解読することができるんだよ」
「なに?あのファミ○ンがバグったときの画面みたいな絵をか?」
「そうだよ。あのウ○トラQのオーブニングみたいな絵を判読できるんだよ」
「それはすごいな」
「すごいよね〜」
私と祐一はうんうんと頷く。
「えぅー、なんだかとっても酷いこといってます」
ふくれる栞ちゃん。
「だってしょうがないじゃない。本当に空想科学シリーズみたいな絵なんだから」
「酷いです。そんなこという人嫌いです」
「私は嫌いでもかまわないわ」
「えうー。ぐれますよー」
「そうしたら、一人分の食費が浮くからちょうどいいわ」
「えうー」
あれ?
「ねぇ、栞ちゃん。誰と話してるの?」
「えっ、誰って・・・・・・」
私と栞ちゃんと祐一が背後を振り向く。
「・・・・・・あなたたち、今ごろ気付いたの?」
そこにはため息をつく香里の姿があった。
「香里、いつきたの〜」
私は親友に声をかける。
「栞が『みてる』ときからよ」
「よくここがわかったね〜」
「事務所に書置きがあったからね」
香里が私達3人を眺める。
「それで、どうするの?相沢君」
「へ?どうするって何が?」
「その絵を解読するかどうかよ」
香里が栞ちゃんの持っている絵を指差す。
「え、ああ。解読してくれるのならありがたいが・・・」
「それって依頼?」
「いらい?ああ、依頼か。うーん、依頼になるのかな?」
「相沢君。いっておくけど、私は高いわよ」
「いくらぐらいだ?」
「今日は暑いから、カキ氷でいいわ。シロップはイチゴ。氷は荒めのつゆだくで」
「アンダー7な注文だな」
「どうするの?」
「どうするもこうするも、他に手段がないからな。それで手を打とう。頼む、解読してくれ」
「♪商談成立」
香里は嬉しそうにいうと、栞ちゃんから例のスケッチブックを受け取った。
「相変わらずすごい絵ね。こんな絵を判別できるのは私ぐらいよ」
「そんなこというお姉ちゃん嫌いです」
「さっきもいったけど、嫌いでも構わないわ」
香里が栞ちゃんの絵をしげしげと眺める。
そうやってしばらく絵を眺めたあと、「わかったわ」と声をあげた。
「わかったのか?」
祐一が見を乗り出す。
「ええ」
香里が窓の方へ歩いて行く。
「ここで消えたように見えたんでしょ」
「ああ、そうだが」
香里は窓を開けて、下ではなく上を見あげた。
「どうやら屋上からロープが下がっていたみたいね。屋上へ行ってみましょう」
香里が窓を閉めて歩き出す。
私達3人は、そのあとに続いていった。
がちょんっ
鍵を開けて屋上への重い扉を開く。
博物館の周りには他に高い建物がなかったので、屋上からの景色はとっても気持ちのよいものだった。
「わ〜、見て祐一。フヅ山が見えるよ〜」
「お〜。絶景かな、絶景かな」
「こっちの方は、帝都タワーが見えます。時計塔も見えますよ〜」
「あっ!ちょっとだけど、港の方が見える〜」
「おっ、あの茶色の建物。警察署だぞ」
私と祐一と栞ちゃんは、屋上を駆け回る。
「ちょっとあなた達。景色見にここに来たんじゃないのよ」
香里は一人、屋上に敷かれたタイルを調べていた。
「ほら、ここを見てみなさい」
屋上の端で、香里が床にはってあるタイルを指差していった。
景色を堪能していたみんなが香里のもとに集まる。
三人がそろったのを確認してから、香里が口を開いた。
「何か、重いものを置いたような後があるでしょう」
私と祐一もタイルをみてみる。
確かにそこだけわずかにへこんでいたし、何枚か割れているタイルもあった。
「ここに重りを置いたのね。それでロープを固定して、あっちの方に・・・・・・、あった」
香里が屋上の柵の一部を指差す。
「ほら、ここにロープの擦れたあとがあるわ」
そういってから、柵から身を乗り出して下を確認する。
「ちょうどこの真下が、さっきの窓ね」
私もそこから下を覗いてみる。
うにゅ、高い・・・・・・。
確かにその場所は、さっきまでいた所の真上らしかった。
「たぶんビューティー・ムーンは、あなた達に目くらましをしたあと、ロープを使って屋上へと昇ってきたのよ。そのとき、ロープを回収しながら登ったんだわ。だからあなた達の目がもとに戻ったあと、窓のところには何もなかったのよ」
「そうか、上に逃げたのか。いくら下を探しても見つからなかったわけだ」
祐一がくやしそうに柵を叩く。
「けど、ここまで昇ってくるなんてすごいよね〜」
私はもう一度下を見てみる。
すごい高さだよ。
ここを登るなんて、私だったら怖くてとてもできないよ〜。
祐一も私の隣にやってきて、同じように下を見つめた。
「ぐはぁっ!た、高いっ!!」
下を見た瞬間、うしろに飛び退く祐一。
「祐一さん、どうしたんですか?」
「お、俺は高所恐怖症なんだ」
「へー、そうなんですか。なんか可愛いですね」
「か、からかうな。栞」
「そんなに高いんですか?」
栞ちゃんが柵から下を見下ろす。
「わー、高いですー。目が眩みそうです。ビューティー・ムーンはここを昇ってきたんですよね。それって結構すごいことですね。かなりの力がないとできないんじゃないですか?」
「ええ。だからたぶん、ビューティー・ムーンは男よ」
「えっ?」
「なにっ!」
「男の人!?」
栞ちゃんと祐一と私が驚きの声をあげる。
「ビューティー・ムーンって女じゃないのか?」
「相沢君。誰がそれを確かめたの?」
「いや、だって。はじめに声を聴いたヤツが、あれは女の声だって・・・・・・」
「声なんていくらでも変えられるわ。だいたいビューティー・ムーンは変声機を持っているんでしょ」
「う、確かに・・・・・・。あっ!この前見たとき、長い金髪だったぞ!」
「長髪の男の人だっているわ。それに、さっきコレを拾ったんだけど・・・・・・」
香里がポケットから小さなビニール袋を取り出す。
その中には金色の髪の毛が何本か入っていた。
「詳しく調べてみないとなんともいえないけど、たぶんコレ、人造よ」
「人造・・・・・・ってことは、カツラか?」
「そうよ。たぶん、声もカツラも自分の正体を隠すため。わざわざ女の子の声を出して、女の子みたいなカツラを被ったってことは、本人が男だからよ!」
香里が人差し指をビシッと祐一に向けた。
「な、なんてこった。男だったのか・・・・・・。金髪ストレートの女の情報を探しても、何も手掛りが出てこないわけだ」
祐一はかなりショックを受けたみたい。
「おのれ〜、男の浪漫を〜」とか呟いてる。
それにしても、ムーさんが男の人だったなんて。
昨日見たときは、女の人っぽかったのに。
人は見かけによらないんだね〜。
「・・・・・・とにかく、今回の調査でヤツの使ったトリックと、ヤツの正体がわかった。これは大いなる前進だっ!オカマ野郎めっ!次こそ絶対に捕まえてやるっ!」
祐一が、うな垂れた状態から力強く復活した。
「けど、わかった情報は過去のことだけで、犯罪の抑止に役立つ要素は薄いわ」
香里の言葉に祐一が再びうな垂れた。
「だいじょうぶだよ、祐一。祐一は怪盗うぐぅさんを撃退できた刑事さんなんだよ。だからムーさんも追い返せるよ」
祐一が復活した。
「あれって、盗られはしなかったけど、捕まえることもできなかったんでしょ。それじゃあ、痛み分けだわ」
祐一が沈没した。
「ダメだよ香里〜。祐一を元気づけてあげなきゃ〜」
「あら名雪。私は事実を述べているだけよ」
「それでも〜、もっと言い方があるでしょ〜」
「どんな言い方をしても、事実は事実よ」
「う〜」
私と香里があれこれと論議しているそのとき、誰かが屋上にあがってきた。
「ああ、ここにいたんですか!」
屋上にやってきたのは、博物官の館長さんだった。
「水瀬さん、ちょっと来て下さい。ビューティー・ムーンが『ジュ・オー』を送り返してきたんです」
「『ジュ・オー』だ」
祐一が呟いた。
「綺麗なキャンディーですね」
栞ちゃんがうっとりといった。
「おいしいのかな〜」
ちょっとだけ舐めてみたいかな?
「あなた達・・・・・・」
香里がため息をつく。
「そんな感想をいう前にやることがあるでしょう」
「やること〜?」
何だろ。
「例えば、いつ送り返してきたのか博物館の人に聴くとか」
祐一がポンッと手を叩く。そして傍らにいた館長さんに問いかけた。
「あの、すみません。これいつ送られてきたんですか」
「さっき気付いたら、事務所の裏口の前に小包とメモが置いてあったんです。そのメモが、どうやらビューティー・ムーンが残していったものらしくて。それで小包の中を調べてみたら、『ジュ・オー』が入っていたんですよ」
「だってさ、香里」
「『ジュ・オー』に指紋とかはついてないの?」
「指紋〜?」
私は『ジュ・オー』を見てみる。
表面はつるっつるで綺麗。
「見たところ、ついてないみたいだけど〜」
「みただけじゃわらかないでしょ」
「うにゅ〜。だって私、指紋の調べ方知らないから」
私の言葉に、香里があきれたという顔をした。
「名雪。あなた探偵でしょ」
「そうだけど〜」
香里が薄い手袋を着用する。
そしてポケットから取り出した何かの道具を使って飴玉を調べはじめた。
「えらいね〜、香里。いつもそういの持ち歩いているんだ」
「探偵として当然よ」
黙々と飴玉を調査する香里。
手持ちぶさたになった私は、祐一と一緒に館長さんの話を聴くことにした。
「この小包に気付いたのは何時ごろですか?」
「15分ぐらい前です。事務所の裏口に置いてあるのを発見しました」
「裏口というのは、あまり使わないところなのですか?」
「そうですね。使うのは事務所内のゴミを外に出すときぐらいですね。毎日今ぐらいの時間にゴミを外に出しにいくんですが、それ以外では滅多に使わない場所ですね」
「今日、他に裏口を使った人はいませんか?」
「さっき職員に聞きましたが、どうやら私だけのようです」
「すると、昨日から今日にかけて、誰も裏口の様子を見た人間はいないわけか・・・・・・」
「私達も裏口を気にしていたわけではないですからね。だから、ちょっとでも注意深い人物なら、いつでも簡単にこの小包とメモを置いていけたと思います」
そういって、館長さんが私達に紙切れを見せた。
その紙切れには、タイプライターの文字で「これは違うから返す」と書かれていた。
「ダメ。全く手掛りなし」
道具をしまいながら香里が呟いた。
「いつものと同じで綺麗なものだわ。そっちわ」
「こっちも同じだ。手掛りなし。いつも通りの手紙があっただけだ」
祐一が香里に手紙をみせる。
「これは違うから返す・・・・・・ね」
「ね〜、祐一」
「なんだ?名雪」
「これは違うから返すってことは、ムーさんは何かを探してるってことだよね」
「そう・・・・・・なるな」
「ってことは、探しているものが見つかるまで、ムーさんはまた何かを盗み続けるんじゃないかな」
「そうだな。来週の、今度は金曜日にまた現れるかもな」
「じゃあ、今度ムーさんが何を盗もうとしているのかがわかれば、待ち伏せができるね」
「それはそうなんだが。肝心の何を盗むかがわからない」
「一週間考えればきっとわかるよ」
「わかるかな〜」
「ファイトだよ」
私が祐一を励まそうとしたそのとき、「あのー」と博物館の館長さんが声をかけてきた。
「なんですか〜」
「確か、はじめに盗まれたのは『ムーン・ムーン』でしたよね」
「そうですよ。あとは『ベリー・マーズ』『マーキュリー』『ジュ・オー』です」
「その飴玉って全部『ギャラクシー・キャンディーズ』なんですけど」
「ぎゃらくしー・きゃんでぃーず?」
なんか、おもしろい響きだね。
「はい。砂糖芸術の世界では結構有名な飴玉です。少し昔、ある天才菓子職人がつくりあげた飴玉で、特殊な技術により凝縮された高純度の飴玉なんですよ。全部で7種類あって、それぞれに惑星の名前がつけられているんで、そう呼ばれてるんですけど」
「惑星の名前・・・・・・。『ムーン・ムーン』『ベリー・マーズ』『マーキュリー』。あ、けど『ジュ・オー』には惑星の名前がついてないですよ」
「『ジュ・オー』ってのは俗称なんです。他の『ムーン・ムーン』とかもそうなんですけど。『ギャラクシー・キャンディーズ』の正式な名称は、『バナナ・ムーン』『ラズベリー・マーズ』『マーキュリー・メロン』『ジュピター・オレンジ』『ヴィナス・アップル』『サタン・パイン』『ハニー・サン』というんです」
「月、火星、水星、木星・・・・・・。盗まれたのは、月曜、火曜、水曜、木曜・・・・・・。間違いないよ。ムーさんはこのギャラクシー・キャンディーズを狙っているんだよ」
「すると次は、『ヴィナス・アップル』か。聴いたことないな。館長さん、俗称わかりますか?」
「『ヴィナス・アップル』の俗称は『女神の林檎』です。この前、どこかの富豪が購入したという噂を聴きましたが・・・・・・」
「なにっ!『女神の林檎』!?」
「祐一、知ってるの?」
「ああ、知ってる。誰が持っているのかも知ってる。この前自慢されたからな」
「その人って、祐一の知り合い?」
「北川だ」
(続く)
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