誰が一緒にいたのだろうか。

 誰と一緒にいたのだろうか。

 思い出せない。

 そこには確かに誰かがいたはずなのに。






探偵水瀬名雪

月の光にいざなわれ
vanishing body

#5「女神の林檎」





 広い庭。噴水。たくさんの建物。

 広い部屋。高い天井。豪華な調度品。

 いつきても、「すごいな〜」って声がでちゃう。

 ここは、北川君の家。

 北川君は、この街で指折りのお金持ち。そして、私と祐一の友達。

 ムーさんが北川君が持っている飴玉、『女神の林檎』を狙ってるってわかったから、私と祐一はここにやってきたんだけど・・・・・・。



 「みさかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!これを着てくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 「北川君、ちょっとは落ち着きなさい!」

 「みさかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 「落ち着けっていってるでしょ!!」

 香里が北川君にラリアットを放つ。

 北川君は、「げふっ!!」といいながら床に倒れ伏した。

 「大丈夫か!北川!傷は深いぞっ!!」

 「あ、相沢・・・・・・、ごふっごふっ」

 「しゃべるな北川!」

 「こ、これだけはいわせてくれ・・・・・・・・・、メイド服は漢の浪漫・・・・・・ぐふっ」

 「きたがわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 北川君が安らかな顔をしながら目を閉じた。

 「北川、おまえの意思は俺が継ぐ」

 祐一が、北川君が胸に抱いていたメイド服を受け取る。

 「なゆきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!黙ってこれを着るんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 そして、すごい勢いで私の方に向かって来た。

 って、わたし〜?

 わ、私がメイド服を着るの?

 確かにメイドさんの服は可愛いと思うけど、恥ずかしいよ〜。

 それに、北川君は香里に服を着て欲しかったんじゃないの?

 香里には似合うと思うけど。

 「なゆきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 うにゅ!

 祐一がもうそこまで来てる!

 ど〜しよ〜。私、あの服を着ちゃうのかな〜?

 「相沢君、あなたも落ち着きなさいっ!!」

 私の目の前で、香里が祐一にラリアットを決めた。

 祐一は、北川君の横まで飛ばされていく。

 「お、漢の浪漫は死んだ・・・・・・・・・ぐふっ」

 祐一も、安らかな顔をしながら目を閉じた。

 「ゆ〜いち、北川君、大丈夫?」

 「いいのよ、ほっとけば」

 「でも、香里〜」

 「あいつら、好きでああいうことやってるんだから」

 香里が二人の方を一瞥する。

 二人はいつのまにか立ち上がり、どうやってメイド服を着させるかについて話あっていた。

 「祐一と北川君って、仲いいよね〜」

 ほんと、少しうらやましくなるぐらい。

 「二人そろうと、馬鹿の相乗効果が発生するわ」

 香里がため息をつく。

 「私は、ビューティー・ムーンを捕まえるのを手伝って欲しいって頼まれたからここに来たのよ。メイド服を着に来たんじゃないわ」

 香里が近くのソファーに座る。

 「だいたい、こういう依頼は探偵の仕事じゃないのよ。そこを来てあげてるのに、アレよ、アレ。ほんと、頭が痛くなりそうだわ」

 香里が頭を抑える。

 「探偵の仕事じゃないって?」

 「探偵の仕事は事実の解明よ。財物を守るのは警備会社の仕事、怪盗捕まえるのは警察の仕事。今回の依頼は探偵の仕事じゃないわ」

 「ふ〜ん、そうなんだ〜。じゃあ、香里。どうして手伝いに来てくれたの?」

 「それは―――」

 香里が一瞬北川君を見る。

 「―――あの馬鹿が、泣きながら頼むから」

 香里がつまらなそうにいう。

 けど、私は知ってるもんね〜。

 香里がこういうしゃべり方をするときは、何かを隠してるときだってこと。

 そっか〜、香里ってやっぱり北川君が・・・・・・





 「これが『女神の林檎』なの〜?」

 北川君の持ってきた飴玉『女神の林檎』にみんなが注目する。

 「そうだ、これが『女神の林檎』だ。この前、夜風オークションで手に入れた」

 「相変わらず無駄に金使ってんだな」

 「ほっとけ」

 「それで、今日これを怪盗ビューティー・ムーンが盗みにくると思われるんだけど―――」

 香里が私達を見まわす。

 「―――警備にあたれる人数は4人しかいないの?」

 「そうだよ〜。今回は4人もいるんだよ〜」

 「4人も?」

 「怪盗うぐぅのときは3人だったからな。今回は幾分楽だな」

 「3人・・・・・・」

 「相沢、今回も前回と同じ作戦でいくのか?」

 「作戦?相沢君、その作戦ってなに?」

 「飴玉のまわりを4人で包囲する」

 「・・・・・・あなた達って、いろんな意味でとてもすごいわ」

 香里がすっごく疲れた顔をした。





 ねむいよ〜。

 ねむくって〜、ねむくなくって〜。

 ん〜、起きてる〜?

 「名雪、寝るな!起きろ!」

 「うにゅ〜、ゆ〜いち。いま何時〜?」

 「10時過ぎだ」

 「じゅ〜じ〜?だったら、今から学校行っても2時間目はもう間に合わないね〜」

 「ね〜ぼ〜け〜る〜な〜!目を開けてまわりを見てみろ!」

 「まわり〜」

 え〜と、どこだろ、ここ。

 広いおうちで、北川君がいて、香里がいて。

 北川君が香里を追いかけてるんだお〜。

 「美坂!この俺の考案した探偵スーツを着るんだ!」

 「それさっきのメイド服じゃないっ!」

 「いや、違うぞ!ここの胸のラインの切れ込みが・・・・・・」

 「同じよっ!」

 わっ、香里のレッグ・ラリアートが北川君に炸裂!

 北川君は、壁まで吹き飛ばされて動かなくなっちゃった。

 今の光景、どこかで見たような・・・・・・。

 そうだ!お昼ごろここに来たとき。

 えっと、ここに来た理由は・・・・・・。

 「思い出したよ。私達ムーさんから飴玉を守ろうとしているんだよね」

 そうだよ。その為に北川君の家に来たんだよ。

 「やっと思い出したか。ほっっっんとうに、名雪は夜が弱いんだから」

 「うにゅ〜、仕方ないよ。だって眠いんだもん」

 「夜だけじゃなくて、朝も弱いけどな」

 「それも、仕方のないことなんだよ」

 「はいはい」

 祐一が「やれやれだぜっ」って顔をする。

 「いつビューティー・ムーンが来るのかわからないんだ。しっかりしてくれよ」

 「わかってるよ〜」

 私だって、探偵だもん。

 気を抜くつもりはないよ。

 「祐一のためにも頑張るよ〜。ファイトだよっ!!」

 ビーッ!ビーッ!ビーッ!

 「うにゅっ!?」

 ビーッ!ビーッ!ビーッ!

 私がファイトのポーズをしたら、いきなりサイレンが鳴り出したよ。

 何かいけなかったのかな?

 「すごいぞ名雪。おまえのファイトでサイレンが鳴り出したぞ」

 「やっぱりこの音。私のせいなのかな?」

 どうしよ〜?

 「違うぞ水瀬」

 「北川君?」

 いつ復活したの?

 「このサイレンは、外に待機させてあった鉄人RX−78号からの連絡だ」

 「鉄人RX−78号!・・・・・・・・・ってなんだっけ?」

 あ、北川君がずっこけた。

 「忘れたのか名雪。怪盗うぐぅのときに、北川がひっぱり出してきたロボットがあっただろ。あの登場しただけで何の役にもたたなかった・・・・・・」

 「あ、思い出したよ祐一。あのイチゴサンデー2000杯は軽く食べれる程の値段がするにもかかわらず、ダミーの風船を追いかけてただけの、あのロボットだね」

 「てめーらぁぁぁ!漢の浪漫を馬鹿にすんなぁぁぁ!」

 北川君が憤慨の声をあげる。

 頭に薬缶をおいたら、お湯が沸かせそ〜。

 「北川君。漢の浪漫はどうでもいいから、このサイレンのことを説明してよ」

 「そうだったな、美坂。実はな、屋敷の外に78号を待機させておいたのさ。怪しい人物を見みたら追い掛け回すように設定してな。ついでに、こっちに電波で知らせるようにもしておいた」

 「じゃあ、今サイレンが鳴っているのは・・・・・・」

 「78号からの電波を受信したからだ。どうやら庭に誰かいるらしい」

 「どうやらいるらしいって、もしかしたらそれがビューティー・ムーンかもしれないぞっ!」

 祐一はそういうと、部屋から飛び出していった。

 「おい、待てよ相沢。俺も行く」

 北川君も、祐一に続いて出てゆく。

 「うにゅ〜、待ってよ〜」

 私も部屋を出て行こうとしたとき、香里が私を呼び止めた。

 「ちょっと、名雪。みんな出ていっちゃったら、ここの警備はどうするのよ?」

 「香里〜、お願い〜」

 「お願いって、私一人でできるわけないじゃないっ!」

 香里が何か叫んでいたけれど、私は祐一のことが気になるから、ここは香里に任せることにした。





 外に出ると、ズシン、ズシンと地響きがした。

 何の音かな〜って思ってたら、やがてそれがロボットの足音だってわかった。

 ロボットは、ある建物の周りをぐるぐるとまわっていた。

 「ゆ〜いち〜」

 私はロボットから少し距離をおいたところに立っていた祐一に話しかける。

 「あのロボットは何をやってるの?」

 「建物のまわりを走ってる」

 「何で?」

 「それはな―――」

 祐一の代わりに、隣に立っていた北川君が答えた。

 北川君は、ロボットのコントローラーみたいなものをガチャガチャと動かしながらいった。

 「―――ロボットに、建物に2メーター以上近づけないよう設定しておいたからだ」

 「どうして〜?」

 「考えてみろよ。怪しい人物が建物の中に逃げ込んだときにロボットがそのまま追ってったら、建物に衝突してしまうだろ」

 「あ、そっか〜」

 「ロボットがこの建物の周りをぐるぐるまわってるってことは、この中に誰かが逃げ込んだってことだ」

 北川君がコントローラーのボタンを何個か押す。

 すると、ロボットが北川君の隣でピタッと止まった。

 「よし、これで建物の中に入れるぞ」

 祐一が腕を振るう。

 そっか。今までロボットがまわりをまわってたから、危なくて入れなかったんだ。

 「北川、ここは何の建物だ?」

 「プラモデルの倉庫だ」

 「いろんな倉庫があるんだな・・・・・・。とにかく、とりあえず入ってみよう」

 祐一が倉庫に入ろうとしてドアに手をかけたとき、いきなりどこからか声が聞こえてきた。

 「ふっふっふー」

 「誰だ?」

 「どこだ?」

 祐一と北川君が辺りを見回す。

 私も周りを見てみる。

 けど、誰もいない。

 「見ろっ!」

 北川君が、上を指差しながら叫んだ。

 私はその指差す方向を見上げる。

 目の前に建つ、3階ぐらいの高さの石造りの倉庫。

 その倉庫の屋上だと思われる平らな部分。

 そこに、人が一人立っていた。

 背後に輝く太った月。

 全身を包み込む真っ黒いローブ。

 流れる長い金髪。

 顔を覆う、目だけが覗いている仮面。

 「ビューティー・ムーン・・・・・・」

 祐一がうめき声をあげる。

 「ばいばい・・・・・」

 ムーさんが私達に向かって手を振った。

 ばしゅうっ

 いきなりムーさんの足元からすごい勢いで煙が吹きだした。

 あっというまにムーさんの姿が見えなくなる。

 「目くらましっ!?怪盗うぐぅと同じ手か?」

 「あ、相沢!向こうっ!向こうも見てみろっ!」

 北川君が叫び声をあげる。

 そっちを見ると、さっきまで私達がいた本館の2階のバルコニーのところからも、同じように煙が噴き出していた。

 「なんなんだいったい?」

 祐一が、2箇所の煙を交互に見つめる。

 私と祐一がオロオロしている隣で、北川君がロボットのコントローラーを操作し始めた。

 「78号スペシャルアタッチメント!突風発生システム稼動!」

 北川君が絶叫しながらコントローラーのスイッチをいれる。

 ギンッ!

 78号の眼の部分が光輝く。

 そして機械的な音をたてながら、右腕を目の前の煙の方へと向ける。

 ガチョンッ!

 右拳が腕部に回収され、代わりにそこから筒状のものが飛び出した。

 「スイッチ・オンッ!」

 再び北川君が叫ぶ。

 すると、78号の右腕からすごい勢いで風が吹きだした。

 ぶおぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!

 風が煙を吹き飛ばしてゆく。

 「すごいぞ、北川!78号が役にたってるじゃないか!」

 「前回煙に泣かされたからな。この装置を新しく取り付けておいたのさ」

 78号が煙をすべて吹き飛ばす。

 けど、そこにはもう誰も立ってはいなかった。

 「倉庫の中に戻ったのかな?」

 祐一が再度倉庫の扉に手をかける。

 すると、

 「ふふふふふっ」

 また笑い声が聞こえてきた。

 今度は本館の方から―――。

 「えっ?」

 三人が一斉に本館の方を向く。

 さっき煙が立ち昇っていたバルコニー。

 そこに、いつのまにかムーさんが立っていた。

 「うそっ!」

 私は倉庫の屋上をチラッとみる。

 さっきまで確かにここにいたのに・・・・・・。

 本館のバルコニーでこっちを見ながら笑い声をあげる人影。

 「怪盗うぐぅのときみたいにダミーか!?」

 祐一がそういった刹那、ムーさんはガラスを割って本館の中へと侵入した。

 「なっ!風船とかじゃないのか!?」

 「まずいっ!本館には『女神の林檎』がある!」

 「向こうには香里しかいないよ〜」

 私達3人は一瞬顔を見合わせたあと、まっすぐに本館へと走りだした。





(続く)



戻る