私はまだ、直接あの人に会ったことはない。
あの人は手紙でしか私に話しかけてくれない。
その手紙がどこからどのように来るのかはわからない。
だけどいつも手紙には、私の知りたいことが書かれていた。
探偵水瀬名雪
月の光にいざなわれ
vanishing body
#8「カセット・テープ」
「北川・・・・・・」
「北川君・・・・・・」
「よぉっ、相沢、水瀬」
どこか乾いた笑みを浮かべながら、北川君が部屋に入って来た。
「北川さんは、コーヒーでいいかしら」
お母さんが北川君に訊く。
「あ、はい」
北川君が笑顔で返事をする。
「祐一さんと名雪も飲む?」
「お願いします」
「お母さん、私砂糖二つね〜」
「了承。そうだ、ケーキもあったんだわ」
「イチゴのケーキ?」
「そうよ」
「わ〜、私食べる」
「いわれなくても持ってきてあげますよ」
私に微笑んだあと、お母さんは部屋から出ていった。
部屋の中には私と祐一と北川君だけが残っている。
「ビューティー・ムーンのことについて調べていたのか」
北川君はしばらく部屋の中をうろついたあと、空いてる椅子に座った。
「どうしたんだ?北川」
北川君が席に座ったのを見計らって、祐一が声をかける。
「ああ、ちょっと聴いて欲しいものがあってな」
北川君が少し真剣な顔をする。
「聴いて欲しいもの?」
「そうだ」
そういって、北川君がカセットテープを取り出した。
「カセットデッキはあるか?」
「ああ、あるぞ。ちょっと待ってろ」
祐一が部屋の奥の方をがさがさと探す。
「北川君、それ何のテープなの?」
「ビューティー・ムーンが俺の家に現れたときさ。庭にRX−78号を出しておいたろ」
「うん。あ、そうだ。あとで北川君に78号のことで訊きたいことがあるんだけど・・・」
「ああ、俺でよかったら何でも訊いてくれ」
「とりあえず、あとでいいよ〜」
「そうか。えっと、それで・・・・・・、あの日の夜、78号が怪しい人物を見かけたら、屋敷の方に電波で知らせてくるようにしておいたんだ」
「覚えてるよ〜。私が『ファイトだよ!』っていったらサイレンが鳴ったんだよね。あのときはビックリしたな〜」
「あのときな、78号からの受信電波をテープに録音しておいたんだ」
「とういことは、それがそのテープなのか?」
祐一がカセットデッキを部屋の奥から持ち出してきた。
それを、どすんと机の上に置く。
「名雪、こいつをそっちにつなげてくれ」
「うん」
私は祐一から受け取ったプラグを壁のコンセントに繋ぐ。
「北川、テープをくれ」
「・・・・・・」
「どうした?北川、テープをくれ」
「相沢――――――」
北川君が少しうつむいて呟いた。
「―――俺、悩んでたんだよ。一昨日このテープを聴いてからずっとな」
北川君は立ち上げり、自らテープをカセットデッキにセットする。
「ここに録音されてることが、信じられなくてさ。だけどな、もしこれが本当なのなら・・・・・・」
「何が録音されているんだ?」
「とにかく、訊いてくれ」
北川君がゆっくりと再生ボタンに手を伸ばした。
『・・・・・・・・・ガガッ・・・・・・・・・』
「特に何も聴こえないぞ」
「まだだ、これからだ・・・・・・」
『・・・・・・ガッ・・・・・・・・・・・・・・・ピーッ、ピーピピッ』
「あ、何か音がなったよ」
「今のは78号からの信号音だ。侵入者を発見したってシグナル」
「なら、今のがちょうど、サイレンがなったところだね」
「そうだ」
「北川、今のが何か問題あるのか?」
「大事なのは78号からの信号音じゃない。それ以外に受信していたもう一つの音声だ」
「もうひとつの音声?」
「もうそろそろだぞ――――――」
『・・・・・・・・・ピロピロピロ・ピロピロピロ』
「北川、これも78号からの信号音か?」
「違う。これは78号からの電波じゃない。何か違う電波を受信したんだ」
「違う電波〜?」
「静かにっ!こっからが重要なんだ!」
『ピロピロピロ・ピロ・・・プッ!はい、こ・・・ら白い氷菓で・・・』
『私よ、黒い鉄拳・・・』
『お姉ち・・・ガッ、どうした・・・・・・すか?』
『作戦を少・・・変更よ』
『変更?何か不都合・・・ガッ・・・あるの?』
『逆よ。名・・・達、私を一人だけ・・・ガッ・・・置いて、飛び出して行ってしまっ・・・の』
『ということ・・・ガッ、私が囮で時間を稼・・・・・・要がなくなったんですね』
『そうよ』
『じゃあ、どうす・・・ガッ・・・ですか?』
『あなたはどこ・・・の建物の屋上に出なさい。私は屋敷のバルコ・・・ガッ・・・出るわ。そこで作戦その3を実行する・・・』
『作戦その3で・・・ね。蒸気の発生タイミングは・・・ガッ・・・るんですか?』
『私が通信機で知ら・・・ガッ。音声を消して、バイブモードにしておきなさい』
『わかりま・・・た』
『じゃあ、実行よ』
『ラジャーです・・・・・・ブッ・・・・・・』
『・・・・・・ガガッ・・・・・・』
カチッ
北川君がテープを止めた。
「まさか・・・・・・そんな・・・・・・」
「嘘だよね・・・・・・」
「俺はこいつが信じられなかったんだ。だから何回も聴き返してみた。だがな―――」
北川君がカセットデッキをじっと見つめる。
「聴けば聴くほど確信が持ててしまうんだ。この通信をしている声は―――」
北川君が悲しそうな顔で私たちをみた。
「―――美坂たちだって」
「香里と栞ちゃんが今の会話をしていたってことは・・・・・・」
「あの二人がビューティー・ムーンだってことになってしまうんだ」
北川君が頭をかかえる。
「そんなことがあるかっ!」
祐一が机を叩いた。
「香里がビューティー・ムーンだとっ!?アホらしい」
私もそう思う。けど―――
「けど、今のテープの声は、確かに香里の声だったよ・・・・・・」
「ビューティー・ムーンは変声機を持ってるんだろ?それで香里そっくりの声を出したんだ」
「変声機で変えた声はもっと機械っぽくなるよ」
「じゃあ、俺達の聴き間違えだっ!」
聴き間違え?
そうなら嬉しい。
けど―――
「祐一、私は親友の声を聴き間違えたりしないよ。悲しいけど、やっぱりあれは香里の声だよ・・・・・・」
「じゃあ、なんだ?名雪は香里が犯人だっていうのか?」
「うにゅ、それは・・・・・・」
それはどうなんだろう。
今まで香里が犯人だなんて思ったことなかった。
それに、今だって香里が犯人だなんて思いたくない。
思いたくないけど、もし香里が犯人だったら。
三日前に『女神の林檎』を盗んだのが香里だったとしたら。
消えたムーさんも、蒸気だらけの庭も、櫓をたてたのも香里だったとしたら!
「にゅ〜・・・・・・」
「どうしたんだ?名雪」
「だって、だって・・・・・・」
否定したいのに否定できない。
「だって、香里と栞ちゃんが犯人だと、三日前のことに説明がついちゃうんだもんっ!」
「えっ!」
「私だって信じたくないよ。けどね、あのとき香里なら『女神の林檎』を盗み出すことができたんだよ」
「何いってんだ、名雪!あの日香里は、俺たちと一緒に警備をしていたじゃないか」
「それはきっと、『女神の林檎』に近づくため・・・・・・」
「どういうことだ?」
「屋敷の外で78号に追いかけられていたのは栞ちゃん。栞ちゃんが私たちの注意を外へ向けさせたの。案の定、私たちはみんな外に飛び出した。香里を除いては・・・・・・」
「あのとき香里が残ったのは偶然だろ?」
「そう。あのときは確かに偶然。だけど、もし香里が『ここは私一人で大丈夫よ』っていったら、私たちは香里を信頼しているから・・・」
「・・・・・・たぶん、香里一人に任せただろうな」
「私たちが出て行ったあとなら、香里は『女神の林檎』を手に入れることができたはずだよ。そのあと部屋を荒らして、二階に登るの。それでムーさんの格好に着替えて、バルコニーに出る」
「そんなすぐに着替えられるのか?」
「マントとカツラとマスクさえあれば、すぐに着替えられるよ。もしかしたら、マントはカーテンか何かで代用したかもしれないし」
「・・・・・・屋敷の二階の黒いカーテンが一幕外されてた」
「それで、そのあとは私たちが見た通り。倉庫の屋上に出た栞ちゃんが蒸気をたく。それと同時に香里もバルコニーで蒸気をたく。栞ちゃんは素早く倉庫の中に身を隠す。代わりにバルコニーで香里が自分の姿を現す」
「俺たちは、今度はバルコニーに現れたビューティー・ムーンに気をとられる・・・・・・」
「栞ちゃんは、しばらく倉庫の中に隠れていて、辺りに人の気配がなくなったら、どこかの通用口から塀の裏側にでるの。そして、あらかじめ刈っておいた道を走って、あの櫓のところまで走っていく」
「香里は?」
「香里はバルコニーから一階に降りて、あの部屋から裏庭に出る。そして、あの櫓のある場所まで走っていくの」
「ちょっとまて、あの視界の悪い中で、真っ直ぐに櫓の下にたどりつけるのか?」
「ペンライトを使えばできるんだよ」
「どうやって?」
「あらかじめペンライトを道標においとくの。あのペンライトにはタイマーがついてたから、ある時間になったら光るようにセットしておいたんだと思う」
「そうか。そのペンライトを拾いながらいけば、まっすぐに例の塀のところへ行けるな・・・・・・」
「塀についたら、栞ちゃんが櫓の上からロープ付きのバケツを下に降ろす。香里はそこに『女神の林檎』とペンライトと変装につかったマスクとカツラを入れる。あとは、栞ちゃんはバケツを引き上げて中身を回収し、雑木林の方に逃げる。香里はムーさんを探しているフリをして私たちと合流する・・・・・・」
たぶんこれがあの日に起きたこと。
けど、どうして香里が―――
「確かに、三日前のことは香里が犯人の可能性がある。だが、博物館はどうだ?香里じゃ屋上まで登れないぞ?」
「祐一、ムーさんが屋上に登ったっていったのは、香里なんだよ」
「うっ・・・・・・」
「それに―――」
さっき、栞ちゃんの絵を見ていて「みえた」もの。
ムーさんは、屋上に登ったりなんかしていないんだって事実。
これを祐一にいったほうがいいのか?
それとも―――
こんこん
がちゃ
部屋の扉が開かれる。
「コーヒーが入りましたよ」
「あっ・・・・・・」
お母さんが、コーヒーとケーキを持ってきてくれた。
「どうしたの?みんなして暗い顔して」
お母さんがテーブルの上にケーキを並べる。
「あら?」
コーヒーとケーキを並べ終わったあと、一冊の本を手に取った。
「『ギャラクシー・キャンディーズ』。懐かしいわねえ」
「お母さん、知ってるの?」
「知ってるわよ。10年ぐらい前だったかしら。新しい技術だって、結構話題になったのよ」
「ふ〜ん」
「それにね、不思議な謎かけもあったから」
「謎かけ?」
「キャンディーを作った人が、このキャンディーの使い方を書いたんですけど、それがほとんど謎かけだったのよ。確か、その謎かけは・・・・・・」
『陽の光に導かれ、人は力を手に入れる。
月の光にいざなわれ、人は夢を手に入れる。
月と太陽が交じあうとき、私は全てを手に入れる』
「にゅ〜?」
「それが使い方ですか。よっぽどひねくれてたんですね、その製作者は」
「北川君、何かわかった〜?」
「俺はなぞなぞは苦手だ」
「祐一は?」
「はじめの二つはなんとなくわかるな。ほら、さっき調べたときあっただろ。キャンディーに日の光をあてるとエネルギーになって、月の光をあてると催眠光線になるって」
「あ〜、そうだね〜。じゃあ、最後のは?」
「月と太陽が交じあうとき、私は全てを手に入れるか。全然わからんな。世界征服でもできるようになるのか?」
祐一が頭を捻る。
「当時もこのことについて、いろいろな説が流れたんですよ。けど最後の一文は誰もわからなかったんです」
「制作者はこれ以上何かいわなかったんですか?ヒントとか」
「何もいわなかったんです。そういう人でしたから・・・・・・」
「そうですか」
「あ、そうだ。祐一さん」
「はい?」
「これ。祐一さん宛ての手紙です」
お母さんが封筒を祐一に渡す。
「あ、倉田科学からだ」
祐一が封筒の端を切る。
「倉田科学って?」
「あの例のペンライトの製造元。一応、確認をとってみたんだ」
祐一が封筒の中から書類を取り出す。
「えっと・・・・・・、『そのペンライトは、わが社の開発したKK−32型ペンライト、商品名ホタルさんであることが確認できました。この商品はまだ一般販売をしておらず、一部の業界のお客様のみに販売しております』と。ふむ、それで『最近、このペンライトを発注されたお客様のリストを添付しておきます』か。えっと、こっちのプリントかな?」
祐一がもう一枚のプリントを読む。
「ん?三つしかいないな。まだ正式販売してないからかな?5月31日、100本。納入先、久瀬重工。6月3日、3本。納入先、四季研究所。6月9日、20本。納入先・・・・・・」
「どうしたの?祐一」
「納入先、美坂少女探偵団・・・・・・」
(続く)
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