あの人は教えてくれた。

 私が今必要なものを。

 そして、それのものの使い方を。

 私に必要なものは、飴玉。

 奇跡の飴玉、『ギャラクシー・キャンディー』






探偵水瀬名雪

月の光にいざなわれ
vanishing body

#9「大時計塔」





 6月15日、土曜日。時間は午後9時。

 私たち―――私と祐一と北川君は、スウィート・シティ大時計塔前にいる。

 「ここが最後だ」

 祐一が時計塔見あげながらいった。

 「美坂は来てるのか?」

 北川君が私に訊いてくる。

 「香里は来てるけど、栞ちゃんは・・・・・・」

 「そうか」

 北川君が、少しだけ悲しそうな顔をした。

 「栞が来てないってことは、今回も栞がビューティー・ムーン役か・・・・・・」

 「北川君。まだ、香里たちがムーさんだって決まったわけじゃないよ。証拠だってないし」

 「それは、そうだが」

 「名雪、北川」

 祐一が私と北川君に声をかける。

 「どっちにしろ、これから全てがわかる。そして、俺たちが今確実にやらなければならないことは―――」

 祐一が私と北川君の目を見る。

 「―――怪盗ビューティー・ムーンを捕らえることだ。例え、やつの正体が誰であろうとな」

 祐一の言葉に私と北川君は深く頷いた。





 三人で今日の作戦をたてたあと、私たちは時計塔の中に入った。

 塔の内部はがらんどうで、全体的な形はちょうど筒のようだった。

 筒の一番上の部分に大時計がのっている形だ。

 筒の中心部分に太い柱が1本建っており、柱の中には大時計の機械室に通じているエレベータがあった。

 柱の周りには螺旋階段がぐるぐるとまわっており、これもやっぱり機械室に続いていた。

 私たち三人はエレベーターを使って機械室に登った。

 「遅かったじゃない」

 エレベータの扉が開いたところで、先に登っていた香里が声をかけてくる。

 「それがな、名雪が寝ぼけて大変だったんだ」

 祐一がエレベーターを降りながらいった。

 私と北川君も祐一に続く。

 エレベーターを出たところは8畳ぐらいの大きさの部屋になっていた。

 奥のほうに二つ扉があって、片方が機械室、もう片方が動力室に続いている。

 部屋の中には香里の他に、普段からこの大時計で働いている事務員さん―――常田さんがいた。

 「名雪。今度は何をしたの?裸踊り?」

 椅子に座っていた香里がいじわるそうにいう。

 「違うよ〜。いくら私でもそんなんことしないもん」

 私の言葉を聴いて、香里が「ふふふ」と笑った。

 「冗談よ、名雪。ちょっとからかっただけよ」

 「うにゅ〜」

 私は香里の顔を見つめた。

 いつもと同じ香里の笑顔。

 私の昔からの友達。

 「香里・・・・・・」

 本当に香里がムーさんなの?

 ギャラクシー・キャンディーズを集めているのは香里と栞ちゃんなの?

 もし本当にそうだとしたら、いったい何のためにそんなことをしてるの?

 香里に訊きたいことがいっぱいある。

 いっぱいあるけど・・・・・・。

 「どうしたの?名雪。私の顔に何かついてる?」

 「な、なんでもないよ。そうだ。サタン・パイン。どんなふうに置かれてあるのか一度確認しなきゃ」

 私は慌てて香里から目をそらし、動力室の扉の方へ歩いていった。



 がちょん!

 常田さんが重い動力室の扉を開けてくれる。

 4畳ぐらいの空間に、真っ黒な鉄のパイプが縦横無尽に走っていた。

 パイプは部屋の中心部の機械に集まっている。

 その機械の真中に、六つ目のギャラクシー・ギャンディーズ、『サタン・パイン』―――俗称『魔王』―――がはめ込まれていた。

 冷たい金属の中心部で黄色い輝きを放つ『魔王』。

 「きれい・・・・・・」

 私はしばらくその飴玉に見とれた。

 『魔王』はときどき太陽のように光り輝く。

 「うにゅ?どうして光るんだろう」

 「それはじゃのう―――」

 常田さんが私の傍らにやってきた。

 「―――『魔王』が昼間集めた太陽のエネルギーを放出しているからじゃ」

 「昼間集めた太陽のエネルギー?」

 「さよう。この部屋には窓があってな」

 常田さんが『魔王』の向かいにある壁を横にひっぱる。

 すると壁がスライスし、目の前にスウィート・シティーの夜景が広がった。

 「わっ!凄い!」

 私はその光景に目を奪われる。

 「ほっほっほー、ここから眺める景色はなかなかのもんじゃろ」

 常田さんもそこから外を眺める。

 「これは明り取りの窓なんじゃ。昼間はここを開けておく。そうするとな、ちょうど『魔王』に日の光があたる。『魔王』はその光を使ってエネルギーを作り出すんじゃよ」

 「夜はお日様が沈んじゃうよね。その間はどうするの?」

 「『魔王』は日の光を蓄えておくことができるんじゃ。半日当て続ければ3日はエネルギーを作り続けれる」

 「けど、一週間ぐらいお日様がでないときもあるよ。そういうときは?」

 「そのときはじゃな、機械室の方にある非常用の補助発電機を使うんじゃ」

 私はしばらく夜景を楽しんだあと、壁の扉を閉め、事務室の方へと戻った。





 「さて、怪盗ビィーティー・ムーンがここの『魔王』を狙っているのだが―――」

 祐一がそう切り出した。

 「―――今現在、『魔王』はそこの動力室にある」

 祐一が動力室の扉を見る。

 みんなも一瞬そちらを向いた。

 「見ての通り、あそこに行くにはこの部屋を通らなければならない。そしてこの部屋へは・・・・・・」

 祐一が、今度はエレベーターの方を見る。

 「あのエレベーターを使うか、もしくは螺旋階段を登ってくるしかない」

 祐一の言葉にみんなが頷く。

 「ということはだな、ここの部屋さえしっかりと固めておけば、ビューティー・ムーンは入ってくることも出ていくこともできないはずだ」

 「そうね」

 香里が祐一の意見に同意する。

 「それならこの部屋の四隅に一人づつ立って、それぞれが部屋の中の動きを警戒するって守り方はどうかしら」

 香里が警備の方法を提案する。

 「ちょうど俺も同じことを考えていたんだ。隅に立てば部屋の中を見渡すことができるし、四隅に一人づついれば、お互いをフォローしあえるからな」

 そういって祐一が部屋の隅へと歩いて行く。

 「俺がここに立つ。向かいは、そうだな。香里が立ってくれ」

 「いいわよ」

 香里が祐一の向かいの隅に立つ。

 「名雪はこっちだ。北川はあっちにいってくれ」

 「まかされたよ〜」

 「了解」

 私と北川君も部屋の隅に立つ。

 祐一を起点として左回りに、北川君、香里、私の順で部屋の隅に立った。

 祐一と私の間の壁に、エスカレーターと螺旋階段への扉があり、北川君と香里の間の壁に機械室と動力室への扉がある。

 「わしはどうすればいいのじゃ?」

 常田さんが祐一に訊く。

 「常田さんは、いつもどおりにしていてもらって結構です」

 「そんなこといわれても・・・・・・、そうじゃ。わしはエスカレーターの前に陣取っていよう」

 そういって常田さんは、エスカレーターの前に立った。

 「さて―――」

 祐一がみんなをぐるっと見渡す。

 「―――現在、時刻は9時28分だ。過去のデータ―からいくと、ビューティー・ムーンは9時半から10時半頃に現れる。つまり、これからだ。だからみんな、しっかりと部屋の中を見張っていてくれ!特に名雪、寝るなよ!」

 みんなの視線が私に注がれる。

 「いくら私でも寝ないよ〜」

 私の訴えに、祐一と北川君と香里が一斉に笑った。

 う〜。

 みんな、酷いよ〜。





 部屋の隅っこに立ちながら、私は考えた。

 ふと左を見る。

 そこには香里が立っていた。

 香里は私の視線に気付くと、笑いながら手を振った。

 「香里・・・・・・」

 私はそんな香里を見つめる。

 本当に香里がムーさんなの?

 また、さっきと同じこと疑問が浮かんでくる。

 (名雪―――)

 私は時計塔の下で祐一にいわれたことを思い返した。

 (何かが起きたとき、名雪は香里から離れるな。もし香里がビューティー・ムーンならその場で捕まえることができる。違っていたならば、そこで名雪と香里がコンビを組むことになる。そうなれば最高の名探偵ペアの誕生だ。どんな怪盗も絶対に逃げられない)

 「最高の名探偵・・・・・・」

 そうだよ。

 香里は探偵なんだよ。

 スウィート・シティの平和を守る探偵さんなんだよ。

 香里は誇りをもって探偵をやってるんだよ。

 そんな香里が、怪盗なんてやるはずないよ。

 ね、香里。

 私はもう一度香里を見た。

 香里は――――――驚きの表情を浮かべながら、部屋の真中を見つめていた。



 「香里?」

 最初に声をかけたのは私だった。

 みんなも香里の方を見る。

 香里は、目を見開きながら部屋のどこかを見ていた。

 「どうした美坂?」

 「香里、なにかあったのか?」

 祐一と北川君も香里の異変に気付く。

 常田さんも香里の方を向く。

 みんなが香里の目を見た。

 「そ・・・・・・」

 香里が唸るような声を出す。

 「そこに・・・・・・」

 香里が震える手をゆっくりとあげ、部屋の真中を指差す。

 みんな、香里の指差す方向を見る。

 そこには、いつのまにかビューティー・ムーンが立っていた。



 「馬鹿な・・・・・・」

 「俺は、一瞬たりとも目を放さなかった・・・・・・、この部屋に誰かが入ってくる隙など・・・」

 驚きのあまり、みんなの動きが止まる。

 その間にムーさんは螺旋階段へ続く扉に向かい、音もなく扉を開け、あっというまに部屋から出て行ってしまった。

 「・・・・・・はっ!しまった!」

 慌てて祐一がそのあとを追う。

 「逃がしてたまるかっ!」

 北川君もムーさんのあとを追って、螺旋階段を駆け下りていった。

 「あ、そうよ―――」

 香里が動力室の扉に視線を向けた。

 「―――『魔王』が無事かどうか確認しないと」

 香里が動力室の扉に手をかける。

 「待って、香里!」

 その香里を私は呼び止めた。

 香里が私の方に振り向く。

 「どうしたの?名雪」

 「香里、私と一緒にいて」

 「名雪と?」

 「うん。私と香里が組めば、この街で最高の探偵コンビになるんだよ」

 「この街で、最高の、探偵・・・・・・」

 「だから、香里。『魔王』の様子は一緒に見に行こうよ」

 「そうね・・・」

 香里が私の目を見つめた。

 「一緒に見に行きましょう―――」

 香里がじっと私を見つめる。

 『私はどこにもいかないわ』

 『ずっと名雪と一緒にいるわよ』

 何か変!

 何がおかしいのかはわからないけど、絶対に変だよ。

 どこか、遠いところから香里の声がするような―――

 『私は名雪とずっと一緒に―――』

 私は両手で耳を塞ぎ、必死に頭を振った。

 この香里の声を聴いていたらいけない気がするから。

 すると、いきなり目の前がぐらっと揺れた。

 「うにゅっ!?」

 立ちくらみがする。

 私は倒れないように手を伸ばし、何かをつかんで体を支えた。

 顔を上げた瞬間、自分のつかんだものが開かれた動力室への扉だと気付いた。

 「えっ!空いてる!?」

 そのとき、急に辺りが真っ暗になった。



 「わっ!」

 私は思わず声をあげた。

 「ぬおっ!!」

 同時に誰かも声をあげる。

 今のはたぶん、常田さんの声。

 「停電か?『魔王』のエネルギーが切れたのか?」

 その常田さんの言葉を聴いたとき、私はすぐに違うと思った。

 「誰かが、『魔王』をはずした・・・・・・」

 私は暗がりの中、記憶を頼りに動力室へと向かった。



 動力室はどこからか明りが差していた。

 私はすぐに、その明りが外からのものだとわかった。

 明り取り用の壁の扉が開いていた。

 外には、青く細長い月が輝いている。

 扉から差し込む月明かりが、動力室の中を照らしていた。

 月明かりが、床を壁を機械を青く染めてゆく。

 そして扉の前に立つ人影も、青く染めあがっていた。

 「香里―――」

 私はその人影に声をかける。

 窓から外を覗いていた人影―――香里が、ゆっくりとこちらを振り向いた。

 「名雪・・・・・・」

 「香里、どうしたの?」

 「今いきなり部屋が暗くなったじゃない」

 「うん」

 「そのときね、この部屋からわずかだけど物音が聴こえたの。だから、慌ててこの部屋に飛び込んだんだけど・・・・・・」

 「私も一緒だっていったのに」

 「ごめんなさいね。いきなり真っ暗になって、名雪がどこにいるのかわからなくなっちゃたのよ。それに、声を出したら動力室の中の誰かに気付かれるかもしれないと思って」

 香里はそういって、すまなそうな顔をした。

 けど、私が見たときは、

 明りが消える前に私が見たものは、いなくなった香里と開かれた動力室への扉だった。

 そんな私の考えをよそに、香里は話を続ける。

 「私がこの部屋に入ったとき、ここの扉が開いていたわ。そしてちょうど今私が立っている位置に、あの怪盗ビューティー・ムーンが立ってたの」

 「え?ムーさんがいたの?この部屋に?だってムーさんはさっき階段を降りていって・・・」

 「けど、この部屋にいたのよ」

 「どうやって?」

 「たぶんいったん下に降りて、それから外壁を登ってここから入って来たんじゃないかしら」

 香里が開かれた扉を指差す。

 「そんなことできるのかな?」

 「ビューティー・ムーンは博物館の壁を登って屋上に出たのよ。ここの壁を登るのだって似たようなものだわ」

 「そ〜かな〜」

 「とにかく、ビューティー・ムーンがこの部屋にいたの。手には『魔王』を持っていたわ。たぶんこの停電は、ビューティー・ムーンが『魔王』をそこの機械からはずしたから起きたのでしょうね」

 「香里、そのあとムーさんはどこへいったの?」

 「逃げたわ」

 「逃げたって、どこから?私は暗くなる前はずっとこの部屋の前にいたし、暗くなってからもそこから真っ直ぐにこの部屋に来たんだよ。けど、誰かとすれ違った気配は感じなかった・・・・・・」

 「ここから逃げたのよ」

 香里が窓の外を指差す。

 「ビューティー・ムーンはここから飛び降りていったわ」

 香里がそういったとき、部屋の明りがぱっとついた。

 たぶん常田さんが非常用の発電機をつけたんだと思う。

 部屋に明りがともってすぐに、私は香里の格好に注目した。

 外から見た限りでは、どこかに『魔王』を隠している様子はなかった。

 もし『魔王』を隠していたとしても、『魔王』はときどき光を発していたから、さっきの暗闇の中で気付いただろう。

 だからたぶん、香里は『魔王』を持ってない。

 けど、もし香里がムーさんなら、ムーさんは一人じゃない。

 もう一人、栞ちゃんがいる。

 窓から『魔王』を落とせば、下で受け取ることができる。

 落下傘か何かをつけて落とせば、比較的安全に下に降ろすことができる。

 「名雪―――」

 考えごとをしている私に、香里が声をかけてきた。

 「―――とにかく、下に降りてみましょう。もう、手遅れかもしれないけど・・・・・・」

 「そうだね」

 私は香里の手を取る。

 「今度は一緒にいこうね」

 私は、香里の手を強く握った。



 (続く)



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