あなたを思う
 祈りは空へ
 ざわめく星空
 沸き立つ大地




探偵水瀬名雪
天使の歌声
sing a song
#2「静寂、そして混乱」



 ユーリ・桜さんの歌声がホールに響く。
 静かに、そしてやんわりと。
 とても透き通っていて、だけどしっかりとした芯を持っている歌声が、ピアノやサクスフォンの調べにのって、人々の心へと染みとおってゆく。
 ほの暗いホールの中、スポットライトに照らされた舞台は、その一点だけがどこか別世界から切り取ってきた場所のようにきらめいている。その光の柱の中に佇むユーリ・桜さんの姿を見たとき、私は彼女が本当の天使のように思えた。
 ――天使の歌声。
 みんな、うっとりとした表情でユーリさんの歌を聞いている。
 北川君曰く、とっても癒される歌声なんだって。
 けど、私は。
 前に北川君の家でレコードを聴かせてもらったときもそうだったんだけど、どうもこの歌声を聴いていると不安になってくるんだよね。
 ううん、違う。
 今、ユーリさんの歌を聴いてて気付いたんだけど、不安をかんじている原因は、正確には歌声じゃないみたい。
 だって、ユーリさんの声は、とっても気持ちの良い声だと思うもん。
 不安の原因はメロディーの方。
 この昔どこかで聴いたことのあるような、掬おうとしても零れ落ちてしまうようなこのメロディーが、私を不安にさせるみたい。
 うにゅ〜。
 どうしてだろ?
 私が変なのかな?
 けど、祐一もそうだっていってた。
 それに、この前知り合った女の子――天野美汐ちゃんも、そういってた気がする。
 私はふと隣に座る祐一を見てみる。
 祐一は、複雑な表情を浮かべながら舞台の上の天使――ユーリさんを眺めていた。


 曲が終わった。
 とたんに沸きあがる拍手。
 みんな、心からの拍手をユーリさんに贈る。
 『みなさん、ありがとうございます』
 ユーリさんが笑顔でみんなに手を振る。
 「は〜、生きてて良かった〜」
 北川君がため息をついた。
 『みなさん、今日はユーリのために集まって頂いて本当にありがとうございました。ユーリもとっても楽しかったです。時間もあっという間にたってしまいました。気がついたら、もう終わりの時間です。ですから、今日のコンサートは次の曲で終わりですね。本当はもっとみなさんに楽しんでもらいたいんですけれど、こればかりはユーリにもどうしようもありません。ですからみなさん、お別れの前に、最後の曲を存分に楽しんでいってくださいね』
 ユーリさんがにっこりと微笑む。
 さらに拍手が高まる。
 そして、今日のコンサート最後の曲が始まった。



 『あなたを思う 祈りは空へ。ざわめく星空 沸き立つ大地』

 天使の紡ぎ出す、どこか懐かしいメロディー。
 隣に座っていた北川君が、「あ、新曲だ」とポツリともらした。

 『夢を紡いで 歌をさえずる。命の光は 地上に輝く永遠の星』

 私は、ユーリさんの静かな歌声を聴きながら、どうやらこのまま無事に終わるみたいと心の中で思った。
 けど、その希望的予測は、突然の乱入によって一気に破られてしまった。


 「あれ?」
 はじめそれに気付いたのはみさきさんだった。
 「どうした、先輩」
 「何か変」
 「変って、何が?」
 「歌に混じって、音が……。これは、機械音――」
 みさきさんが言いきる前に、私の耳にも変な音が聞えてきた。
 うなるようなその音は、どこか遠くから近づいてくる。
 それは、音というより、地響き――。
 「な、なんだこの揺れは!」
 ホールが実際に揺れ出した。
 ざわつく客席。
 演奏がストップする。
 きょとんとするユーリさん。
 ドーンドーンと、何か重いものをぶつけているような音がホールに木霊する。
 「舞台の向こう側っ!?」
 みさきさんが立ちあがった。
 つられて私や祐一も立ちあがる。
 みしっ!
 嫌な音がなった。
 次の瞬間、舞台の左端の壁がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
 砂塵がもうもうとあがる。その白い塵の向こうに、力強い何かが潜んでいた。
 ズシーン。
 また地響き。
 そして、低い機械音。
 舞さんが舞台に飛び乗った。
 それに祐一が続く。
 誰かが悲鳴をあげた。
 混乱は恐怖を呼ぶ。
 ざわめきが広がる。
 怒声。
 泣き声。
 意味にならない言葉。
 その人々の声をかき消すように、鉄の塊が唸り声をあげた。
 強暴な、破壊的な響き。
 「Sマシーン……」
 祐一が絶句する。
 劇場の壁を割って現れたのは、強大な鋼鉄製の人型ロボット。
 俗にいう、Sマシーンだった。


 「こんなもので突っ込んでくるなんて、スケールのでかさで負けた」
 「……非常識」
 祐一と舞さんがSマシーンとユーリさんの間に割り込む。
 「浩平、ユーリさんを頼むぞ」
 「任せておけ」
 折原さんとみさきさんがユーリさんを避難させる。
 「それと浩平、客を外に出せ。ホールの中に閉じ込めておくには危険過ぎる」
 祐一がSマシーンと対峙したまま叫んだ。
 私は舞台に飛びのり、祐一の隣に立ってSマシーンを見上げた。
 高さ3メートルほどのその鉄の巨人は、エンジン音を響かせながら、どっしりとそこに佇んでいる。
 「危ないぞ、名雪」
 祐一がそういいかけたとき、Sマシーンが動き出した。
 折原さんたちがユーリさんを避難させたのを見て、それを追いかけ始めたみたい。
 「この野郎!」
 祐一が銃を一発撃つ。
 けど、Sマシーンの装甲はそれを何なく跳ね返す。
 「相沢、装甲にいくら打っても無駄だ。狙うなら、間接部かカメラだ」
 舞台の下から北川君が叫ぶ。
 歩き出すSマシーン。
 「ちっ!」
 舞さんが普段から持ち歩いている剣を抜刀し、Sマシーンの腕に斬りかかった。
 ガキーンッ!
 金属的な音が鳴り、舞さんの剣が弾かれる。
 「舞!無駄だ!いくらなんでも剣じゃ――」
 ごとり
 「えっ?」
 祐一が口をあんぐりとあける。
 私も、一瞬目を疑った。
 Sマシーンの腕が、舞さんが叩いたところからスッパリと斬れていたからだ。
 「嘘だろ――」
 祐一がそういった瞬間、舞さんがSマシーンのもう片方の手を切り落とした。
 「ま、舞。鉄が切れるのか?」
 「ちょっとしたコツがある」
 舞さんが再び剣を構える。
 「舞さん――」
 北川君が舞さんに呼びかける。
 「――狙うなら、あの首の後ろのアンテナだ!Sマシーンは遠隔操作だから、アンテナがなくなったら複雑な動きができなくなるっ!」
 「わかったっ!」
 舞さんがSマシーンの後ろに周りこもうとする。
 するとSマシーンは、砂糖蒸気を噴出しながら素早く舞さんの方へと向き直った。
 「舞、俺が囮になるっ!」
 祐一が発砲しながらSマシーンの背後へと走る。
 けど、Sマシーンは祐一には全く反応しなかった。
 あれ?
 ってことは――。
 「北川君」
 「何だ、水瀬」
 「Sマシーンは誰かが動かさなければ動けないんだよね」
 「簡単な動きならプログラムできるが、複雑な動きは誰かが操縦しなければ」
 「じゃあ、今みたいに、自分を攻撃できるとわかった舞さんだけを相手にして、自分に対して無力な祐一を無視するって動きは――」
 「そんなのは、誰かが操作でもしない限り――!?」
 北川君が客席の方へ振り返る。
 「このホールの中に、誰か操縦しているやつがいるのか!」
 私は素早く舞台を飛び降りる。そして北川君と一緒に、逃げようと扉に殺到する人たちの中に、妖しい素振りを見せている人がいないかを探した。
 必死になって逃げる人々。
 もう、半分ぐらいは外に出たみたい。
 みんな一心に出口を――外を見つめている。
 中の様子を気にしている人は――。
 「いたっ!」
 北川君がそう叫んで走り出す。
 私は北側君の後を追いながら前方を見つめる。
 すると扉の横の隙間に、舞台の方を見つめている人がいた。
 帽子を目深に被ってるから、顔はよく見えない。
 手に持ってる鉄の箱みたいなものは、あれはSマシーンのコントローラー?
 「あっ!」
 私たちに気付いたのだろうか、その帽子の人はいきなり観客の中に滑り込んだ。あっという間に逃げようとする人たちと同化する。
 「気付かれたんだおっ!」
 私は帽子の人を追いかけようとする。
 けど扉まではまだ沢山人がいて、とてもそこにたどり着くことはできない。
 うねる群衆の中、私は帽子の人を見失ってしまった。
 「に、逃げられたんだお〜」
 これが祐一がいっていた、中でパニックを起こして逃げる方法。
 見事にやられちゃったんだお〜。
 仕方なく私は、舞台の方を振り返ってみる。
 ざわめく出口とは対照的な、静かな舞台。
 Sマシーンは祐一たちの前で、その動きをぴたりと止めていた。


 (続く)



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