夢を紡いで
歌をさえずる
命の光は
地上に輝く永遠の星
探偵水瀬名雪
天使の歌声
sing a song
#3「混乱、そして始動」
「北川、何かわかるか?」
祐一が北川君に訊いた。
けど、夢中でSマシーンを分解する北川君には、祐一の声は全く聞こえてないようだった。
大黒天ビール・コンサートホール。
舞台の左側のSマシーンが壊した穴から風が吹き込んできて、少し涼しい。
祐一は、その瓦礫の向こうの街灯を一度見つめてから、もう一度北川君に問いかけた。
「なぁ、北川。どうだ?」
「ん?ああ。なかなかおもしろいぞ」
北川君が振り向く。
にぃっと笑った顔には、ところどころに機械油がこびりついていた。
「相沢、水瀬。まぁ、これを見てみな」
そういって北川君が指差したSマシーンの胴体部分は、装甲が外され、内部の機械がむき出しになっていた。
「このエンジン部分なんだが、これは四季研製だ」
「シキケンセイ?」
「四季研究所の製品」
「ああ。そういう意味か。ん?四季研究所ってのは、季節のを研究しているんじゃないのか?」
「違うよ。名前のイメージで誤解してるやつが多いが、四季研は帝都最大の蒸気エンジン・メーカーだ。最近は結晶エンジンなんかも開発してる」
「へ〜、そうなんだ」
「ねぇ、北川君。それのどこがおもしろいの?」
「水瀬。そうあわてるな」
そういって北川君は、今度は顔の部分を指差す。
「こいつの頭部、メイン・カメラは帝都電気、排気ダクトはマッケンジー、けど頭部全体はアナハイムのSマシーンJMシリーズのものだ」
「なんか、ずいぶんとごっちゃだね」
「これだけじゃない。胴体とマニュピュレーターは久瀬重工の製品だが、足は住井エンタープライズのもの。ムーバブル・フレームは氷川産業で、内部配線とシステム統合ソフトはAd−lez。おまけにバックパックはDMCだ」
「なんか混乱してきたのだが、いったいどういうことなんだ?」
「要するにこのSマシーンは、寄せ集めでできているってことさ」
そういって北川君が部品を一つ拾いあげた。
「これはパノラマ社だな。うん。これだけバラバラの製品を一つに纏め上げるなんて、かなりの腕を持った奴だ。だから怪盗貴族には、かなり優れた技術者と工場がついてるんじゃないか?」
「そうなのか」
祐一がSマシーンの部品をしげしげと見つめる。
「なぁ、北川。この部品の出所からたどっていくことはできると思うか?」
「無理だろな」
北川君はあさっりと否定する。
「これらの大半はジャンクだ。それを上手く治して使ってある。ジャンクの出所をたるのはさすがに無理じゃないか」
「どうしてジャンクだとわかる?」
「見りゃわかる。材質の消耗とか、そこら辺でな。それに、物によっちゃぁ、ジャンク屋の書き込みがあったりするし」
そういって北川君が指し示した先には、<良品 10000シュガー>とマジックで書き殴ってあった。
「そうか、このSマシーンはジャンクの塊なのか。ん?それならジャンク屋が犯人なんじゃ……」
「それはないだろう。俺の知る限り、これだけの腕を持つジャンク屋は見たことないし、それに、これだけの腕を持ってたらジャンク屋なんてやらんだろう」
「そうか。けど、一応当たってみるよ。他に手がかりがないんだしさ」
「いや、あるぞ」
「え?」
「さっき言ったとおり、このSマシーンは寄せ集めだ。しかも四季研、帝都電気、久瀬重工、住井エンタープライズと帝都の大手メーカーの部品が大概入ってる」
「ああ。そこに何か手がかりがあるというのか?」
「そうだ。このSマシーンには、いろんなメーカーの部品が使われているにもかかわらず、ある1社のものだけは全く使われていないんだ」
「どこだ?」
「帝都最大のSマシーン企業。クラタ・インダストリーだ」
「クラタ・インダストリー……」
「クラタの製品は全く使われていない。その子会社の倉田科学や倉田蒸気のものもだ」
「それって、犯人が意図的に避けたってことか?」
「少なくとも俺はそう思う」
「そうか……。もしかしたら、犯人はクラタの関係者かもしれないな。足がつかないようにわざと使用を避けた――か。よし、そっちの線からも洗ってみよう」
そういって祐一は、手のひらと拳をぽんっとあわせた。
「名雪。そっちの方は何か手がかりあったか?」
祐一が、今度は私に問い掛けてきた。
私は客席の方をいろいろと調べてみたんだけど――。
「出口の所にこれが落ちてた。他は――」
祐一に黒い帽子の入ったビニール袋を差し出す。
「この帽子は?」
「さっき言った、帽子を被っていた人のものだと思うよ」
「ああ。例の犯人らしき人物のか」
祐一がビニール袋を受け取る。
「けど、これだけじゃよくわからんな」
「うん……。ごめんね、祐一。私が逃がしちゃったから……」
「いや、名雪のせいじゃないさ。まさかSマシーンで来るとは思わなかったからな。仕方ない」
そういって祐一は私の肩を抱いてくれた。
うにゅ〜ん。
「さてと、もうここはいいかな」
祐一がホール内を見渡した。
「それじゃ、舞たちの所にいこうか」
そういって控え室の方へ歩き出した祐一に私と北川君も続く。
舞さんは今、浩平さんとみさきさんと一緒にユーリ・桜さんの所にいる。
私たちが現場検証している間、ユーリさんに事件のことを説明してもらってるんだ。
「うひょうっ!生ユーリに会えるぜいっ!」
北川君が両手をあげて喜んだ。
「おまえ、けっこうミーハーだな」
「だってよう。ユーリだぜ!」
踊る北川君。
そんな北川君を見て、祐一が困ったように肩をすくめた。
控え室は、Sマシーンが入ってきた所とは反対の位置――舞台の右側あった。
ちょっと薄暗い廊下に並んでいる扉の一つがそれだ。廊下の一番奥には、直接外へと出れる扉があった。扉の上には非常口とかかれたプレートが貼られている。
コンコン
祐一が控え室の扉をノックした。
「誰だ?」
このぶっきらぼうな声は、たぶん折原さんの声。
「俺だ」
「鼻の穴に指をつっこみーの!」
「アンド!くすぐりーの、するとオ!」
「やったーッ」
「血を流して気絶だッ!」
「祐一だな。入れ」
扉が開かれ、折原さんが顔を出し、中に入るよう勧める。私たち3人はするりと室内に入り、きっちりと扉を締め、しっかりと鍵をかけた。
これも用心のため。
万が一のことを考えて、さっき祐一と折原さんが言ってた合言葉を言わない限り、扉を開けないことにしたんだけど……。
あの合言葉。
何いってるんだか全然わからないんだお〜。
「祐一、終わったのか」
「ああ。とりあえずな」
折原さんが立ちあがって私に椅子を勧めてくれる。
祐一と北川君も、適当な椅子を見つけ出してきてそれに座った。
部屋の中にいるのは、私、祐一、北川君、舞さん、折原さん、みさきさん、そしてユーリ・桜さんとそのマネージャーさん。
「ユーリさん、この度は――。すみません、事件を防ぐことができなくて」
祐一がユーリさんに頭を下げた。
それはうちも同じだといって、折原さんもユーリさんに頭を下げた。
それを見て、ユーリさんが少し困ったような顔をする。
「そんな、頭を下げてもらっては困ります」
「いえ、でも――」
「みなさんは、佐祐理を守ってくれました。だからむしろ、佐祐理の方がみなさんに頭をさげなくてはいけませんね」
今度はユーリさんとマネージャーさんが頭を下げた。
って、あれ?佐祐理?
「ねぇ、ユーリさん。えっと、その、佐祐理さんっていうのは?」
私はユーリさんに訊いてみる。
「ユーリも佐祐理も佐祐理です。佐祐理は、舞台にあがるときだけユーリで、他は佐祐理なんです。ですから今は、佐祐理は佐祐理です」
ユーリさんは私の質問にそう答えた。
うにゅ?
ユーリさんの本名が佐祐理さんなのかな?
「佐祐理、みんなが混乱している」
舞さんがユーリさん――佐祐理さんにいった。
「はぇー、佐祐理の説明がいけないんですね」
口元に手を当てる佐祐理さん。
「えっと、つまり、佐祐理さんってのが本名なんだよね」
みさきさんが佐祐理さんに訊く。
「はい、そうですよ」
そういって佐祐理さんはあははーと笑った。
そのあと舞さんと佐祐理さんのしてくれた話をまとめると、佐祐理さんの本名は倉田佐祐理で、アイドルとして活動するときはユーリ・桜って名前を使い分けてるんだって。それで、アイドル活動をしている間は、自分のことをユーリって呼ぶけれど、それ以外のときは、自分のことは佐祐理っていうんだって。
「ファンのみなさんの前ではユーリですけれど、それ以外のときは、佐祐理は佐祐理でしかないんですよ〜」
「ということは――」
北川君が身を乗り出す。
「――俺がこの色紙にサインを頼んだときは?」
ちゃっかりと色紙とマジックを佐祐理さんに差し出す北川君。
「佐祐理はユーリです」
佐祐理さんは笑いながら、色紙に『ユーリ・桜』とサインをした。
「あ、ありがとうございます」
北川君がサインを抱きしめる。
「おいおい、何やってるんだ、北川」
祐一が呆れ顔で北川君を見つめる。
その隣で、折原さんが佐祐理さんに話しかけた。
「ユーリさん、……いや、佐祐理さん」
「はい」
「真面目な話がある」
「何ですか?」
「実は――」
「ちょっと待って、浩平君」
みさきさんが折原さんの首根っこをつかんで引っ張る。
「何するんだ、先輩」
「真面目な話があるとかいっときながら、それは何?」
みさきさんが折原さんの手元を指差す。そこには、色紙とマジックが握られていた。
「いや、せっかくだから、話のついでにサインを――って、どうして見えるんだっ!」
「女の感だよ」
みさきさんの目がきらりと光る。そして、折原さんの手から色紙とマジックをボッシュートした。
ちゃらっちゃらっちゃ〜。
「これは、お仕事の話が終わってからだね」
折原さんが、恨めしそうな顔をしてみさきさんを見つめる。それから気を取り直して、佐祐理さんの方へと向き直った。
「話が逸れてしまったが、佐祐理さん」
「はい?」
「さっきも言ったとおり、あなたは狙われているんだ」
「あははー、どうやらそのようですね」
「だから、ONEを警備に雇わないか?うちなら24時間どんな怪盗怪人からも守りとおしてみせるぜ!鉄壁の防御壁。それがONEのモットーだからな」
「けど、今日は簡単に突破されましたよ」
「ぐ……。今回は不意打ちだったからな。けど、次からは違う。やつの手口はわかった。もう、我々が遅れをとることはない。次回こそ、我がONEの力を全て結集し、アリンコが入り込むこともないような完全なる防御壁を約束――」
「そうですね。では、次のコンサートのときのガードを依頼しましょうか」
「いや、そんときのことは、既に警察の方からも依頼を受けてるから、別に新たに頼んでもらう必要はないのだが……。それよりも、普段の生活。こっちの方が重要だろう。プライベートのときこそ安心を提供する。これがONEの――」
「普段ですか?それなら必要ないです」
「え?どうして?」
「怪盗貴族さんが狙っているのは、ユーリなのですよね」
「ああ、そうだが……」
「普段は、佐祐理はユーリではなく佐祐理なので、襲われる心配はないですよ」
「理屈ではそうかもしれないが、けど、万が一ってことも――」
「それにですね。佐祐理の側にはいつも舞がいてくれるので大丈夫です。舞は、いつでも駆けつけてくれますから。ね、舞」
佐祐理さんの声に舞さんがコクコクと頷いた。
「側にいるって、一緒に暮らしているわけじゃないんだし、それよりONEを雇った方が……」
「私は佐祐理と一緒に暮らしている」
「え!?」
舞さんの言葉に、折原さんだけではなく、私と祐一と北川君も一緒に驚いた。
「そうなのか?舞」
コクコクと頷く舞さん。
「そうですよー、舞と佐祐理はずっと一緒に暮らしてるんです」
「知らなかった……。ユーリさんと友達だとは聴いていたが、そこまでとは……」
祐一が舞さんをまじまじと見つめた。
「あの、佐祐理さん――」
北川君が佐祐理さんに尋ねた。
「家はどこにあるんですか?」
「あ!北川!おまえストーキングするつもりだなっ!」
「アホか、相沢!んなことするかっ!」
「佐祐理の家ですか?綾金丘陵にありますよ」
「綾金丘陵……。そう――ですか」
「あの、何か?」
「いえ、何でもないっす」
北川君がぱたぱたと手を揺る。
「潤、もしストーキングしに来たら、斬る」
舞さんがすらりと剣を抜く。
「ま、舞さん!そんなことしないよ!」
北川君は、慌てて祐一の後ろに隠れた。
そのあと話を2、3聴いたあと、私と祐一と北川君は控え室をあとにした。
祐一は、佐祐理さんのガードを舞さんに任せるつもりみたい。確かに舞さんならとっても心強いよね。
折原さんとみさきさんは、依頼してもらうようもう少し粘ってみるといって控え室に残った。
コンサート・ホールの外は、人の通りも車の通りもほとんどなかった。
考えてみれば、コンサートがはじまったのが7時。怪盗貴族さんが現われたのはコンサートの終わりだから、だいたい9時頃。それからSマシーンを止めるようがんばったり、現場検証したり、控え室で佐祐理さんと話したりで、今はもう12時ぐらいかな。
うにゅ〜。
そう思ったら、急激に眠くなってきたんだお〜……。
「おい、名雪」
「うにゅ?」
「道の真ん中で寝るな」
「だお……、起きてるだお〜……」
「だめだこりゃ」
「相沢、水瀬がこんな時間まで起きてたこと事態奇跡みたいなもんだ。だから大目に見てやれよ」
にゅにゅにゅ〜、北川君、優しい〜。
「んっとに、仕方のないやつだなぁ。よいしょっと」
うにゅ?
あれ?
あ、祐一が私をおんぶしている?
「うにゅ〜ん」
「こら、ボケた声を出すんじゃない。捨てるぞ」
「だお〜?」
えい。
「これで捨てれないだお〜」
「わ、しがみつくな。首、首しまってる!」
「お〜、お〜、お熱いね〜」
「冷やかすな、北川」
「楽ちんだお〜」
「家の前までだからな。布団までは自分でいけよ」
「らじゃ〜」
けど、できればベットまでエスコートして欲しいんだお。
それでそのあと、うにゅふふふ。
「にゅふふふふ〜ん」
「背中から気色の悪い笑いが……」
「――そういえば、相沢」
「なんだ?北川」
「佐祐理さん、綾金丘陵に住んでるっていってたよな」
「そうだが……。おまえ、やっぱりストーキングする気か――」
「綾金丘陵には一件しか家がないんだ」
「何だ。おまえ知ってるのか?」
「金持ち連中の間じゃ有名さ。なんたってあそこの持ち主は、クラタ・インダストリーの社長だからな」
「え?」
「ついでにいうと、倉田家の令嬢の名前は、倉田佐祐理だったはず――」
ん〜。
祐一と北川君が何かムツカシイ話しをしているけど〜。
私はもう、眠くって、だお〜だから……。
おやすみ〜。
(続く)
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