あなたを思い
流るる星空
高まる心
硝子のきらめき
探偵水瀬名雪
天使の歌声
sing a song
#4「始動、そして屈折」
8月26日。
あの大黒天コンサート・ホールの事件から2日後。
私は祐一のもと――スウィート・シティ警察署を訪れた。
祐一に頼まれていた、クラタ・インダストリーと倉田佐祐理さんの関係の調査資料を持ってきたんだ。
それで、いつもどおりに祐一のいる部屋にいったんだけど、そこでいつもどおりな展開に――。
「――それでね、舞さんにも話を訊いてみたんだ。そしたらね、倉田の社長さんと佐祐理さんは親子じゃないんだって。小さい頃、身寄りのなかった舞さんと佐祐理さんは、二人一緒に倉田さんに引き取られて、それ以来倉田さんのところで暮らしてるんだって。別に養子とかそういうのでもないんだって。けど、たまたま佐祐理さんは倉田って苗字だったから、よく人に社長さんの子どもと間違えられるんだって」
「ふーん」
「なんか佐祐理さんと舞さんって、美汐ちゃんと真琴ちゃんに似てるよね。身寄りがなくて、そこを誰かに引き取られて。もし、佐祐理さんと舞さんにも7年前の記憶がなかったら、全く同じだよ」
「そうだな〜」
「ねぇ、祐一。私の話聴いてた?」
「聴いてたよ〜。それよりさ〜、なゆき〜」
「にゅ〜?」
「ダメか?」
「うにゅ〜……」
「いいだろ〜。こう、仕事の合間にも楽しみがないと」
「それはそうかもしれないけど……」
「なぁ、いいだろ〜」
「けどね、やっぱりね、ダメだと思うんだよ、祐一」
「何でだ、名雪。嫌なのか?」
「そうじゃないけど……」
「じゃあ、いいじゃないか」
「でもね、絶対に邪魔が入ると思うんだ」
「大丈夫だ」
「そういって、いつも大丈夫じゃないよ」
「舞は巡回中でしばらくは帰ってこない」
「けど、ここにはお母さんがいるよね。いっつもお母さんに邪魔されるから……」
「今日は用心に用心を重ねて、扉に鍵をかけてある」
「うにゅ、ちゃんと鍵がかけてあるなら――、って祐一。今まで鍵をかけてなかったの?」
「む、いわれてみれば、そうだな。かけたことなかったかも」
「無用心過ぎるんだお〜」
「すまんすまん。次からはちゃんと鍵をかけるからさ」
「本当にっ!そ〜ゆ〜とこ、いい加減なんだから〜」
「まぁ、いいじゃないか、名雪」
「わっ!」
ゆ、祐一が抱きついてきたよっ!
「ダ、ダメだよ、祐一!そんな、いきなり」
「ん?何がダメなんだ?本当は嬉しいんだろ」
「そ、そんなことない――、うにゅう〜」
にゅ〜、力が入らないよ〜。
あふぅっ、祐一が私を抱きしめて・・・・・・。
「ふっふっふっ、連載4作目にして、ついに――」
「遂に何ですか?」
「そりゃぁ、ナニですよ」
「ナニですか?」
「ナニです」
「嬉しそうですね」
「そりゃぁ、そうですよ。満願成就!漢の浪漫――」
「ねぇ、祐一。何をいってるの?」
「そりゃぁ、ナニについて――」
「誰に?」
「誰に、そういえば誰に――」
「だお……」
「はう……。も、もしかして、またダメだったのかな?」
「はい。実は、了承なんですよ――」
私と祐一の背後。
そこには、頬に手を当てたポーズのお母さんが立っていた。
「ゆ〜いち〜」
「馬鹿なっ!鍵はちゃんとかけたはずっ!」
「祐一さん、私はここの署長ですよ。マスターキーぐらい持っているんです」
「はうっ……、不覚……」
祐一ががっくりと首をうな垂れる。
うにゅ〜、やっぱりここではダメだよ〜。
「祐一さん、名雪――」
お母さんが私と祐一の顔を交互に見つめた。
「――私に気にせずに続きをどうぞ、といいたいところですけど、今日はそういうわけにはいきません」
「お母さん、何かあったの?」
「通報がありました。帝都中央図書館で事件です」
「通報!事件!」
事件と聴いた瞬間、祐一の顔が警察の顔に変わった。
さっきまでのふにゃけたスケべ大王とは違う、正義を愛する熱い漢の顔。
にゅ〜、かっこいいんだお〜。
「巡回中の舞ちゃんにすぐに現場に向かうよう連絡をいれましたが、祐一さん、あなたにも出動を要請します」
「わかりました、秋子さん。けど、いったい何があったんです?」
「詳しくはわかりませんが、どうやらSマシーンが帝都中央図書館を襲っているらしいのです」
Sマシーンと聴いて、私と祐一は顔を見合わせた。
帝都中央図書館は、街の中心部から少し外れたところにある、甚大植物公園の隣に建ってる石造りの大きな建物だ。図書館だけでなく、公民館としても機能している。街の人もよく訪れる場所で、私も小さい頃、よくここに本を借りに来ていた。
私と祐一、そして舞さんは、図書館から少し離れたところに立っていた。
ここからだと図書館の全体像が見て取れる。
入り口を中心とした左右対称の3階建ての建物。その向かって右側の1階部分の壁が、見るも無残に崩れ落ちていた。前庭に石の塊が散乱している。
ぽっかりと空いたその穴からは、中の様子が少しだけ見て取れた。
崩れた壁。壊された扉。ひしゃげた本棚。散乱する本――。
今日は休館日だったから、館内にはほとんど人がいなかっと思うけど、もしこれが平日だったらと思うと少しぞっとする。
「本当に、派手にやられたよなぁ」
崩れた瓦礫を見ながら、祐一ががりがりと頭をかいた。
「で、舞はそのSマシーンを見たのか?」
「……ぽんぽこたぬきさん」
舞さんが首を横に振る。
「そうか……」
祐一は図書館の入り口の方へと足を向けた。
私と舞さんは、そのあとについて歩き出す。
私と祐一がここに着いたのは、Sマシーンはすでに逃げ去ったあとだった。
舞さんの方が少し先に着いたみたいだけど、やっぱり逃げてしまったあとだったみたい。
どんな感じだったのかを、周りに集まってた人たちに聞いてみたんだけど、その話がまたすごかった。
そのSマシーンは、飛んできたっていうんだもん。
それで、逃げるときも飛んで逃げたんだって。
にゅ〜。
あんなおっきいものが空を飛べるのかな〜。
今度北川君に訊いてみよう。
図書館の入り口には同じ服――おそらくこの図書館の制服だと思う――を着た人が三人立っていた。三人ともどこか呆然とした様子で突っ立っている。
祐一が三人に声をかけた。
「スウィート・シティ警察のものです」
祐一が警察手帳を提示する。
3人が私たちに気付いた。
「スウィート・シティ警察の相沢です」
祐一がもう一度三人にいった。
「帝都警察の人ですか……。あ、私はこの館の副館長をやってる水島です。それで、こっちが司書の木村君と金本君」
紹介された二人が会釈する。
「あの、ここで何があったんですか?」
祐一の問いに水島さんが、一度二人を振りかえってから答えた。
「それが私どもにもよくわからないんです。いえね、私たちは図書館の中にいたのでね。中にいたのは私と木村君と金本君の三人だけです。あと、入り口の管理室に一人いましたが。今日は、図書館を休館にして蔵書点検をしてたんです。といっても、簡単な資料整理だけですが。それで、しばらく三人で業をしてたら、いきなりぐらぐらって建物が揺れ出して、地震だって思って慌てて外に飛び出したんですけど、そうしたら、外にでっかいロボットがいるじゃないですか。おまけにそいつは建物の1階部分にめり込んでる。何だこいつはって思いながらしばらくそいつを見つめてたんですよ。そしたら、目の前でいきなりロボットが飛びあがって、そのままどっかに飛んで行ってしまいました」
「飛んだ……。飛んだところを見たんですか?」
「はい。それは見ました。こう、背中とか足の裏からゴーッと炎を噴き出して、そうだよなぁ」
水島さんの言葉に横の二人も頷いた。
「あの、誰か一部始終を見ていた人は?」
「私たちは中にいたので……。あ、でも、もしかしたら、入り口で管理兼守衛をやってる土橋さんなら見てたかもしれません」
「その人は、今どこに?」
「館長を呼びに行ってもらってます。十分ぐらいすれば帰ってくると思いますが」
「そうですか」
とりあえず私たちは、その土橋さんが帰ってくるまで、水島さんたちに中にいたときの様子を詳しく訊くことにした。
水島さんたちの話からは、Sマシーンについて特に重要なことは聞き出せなかった。建物の中にいたのだから、外のことがわからなかったのは仕方のないことだと思う。
ただ、Sマシーンが襲った部分が、どうやら資料室の辺りらしいということがわかった。
「資料室か……。いったい、犯人は何を考えてるんだ?」
祐一が、ぽっかりとあいた穴から中の様子を窺った。
「ねぇ、祐一。やっぱり犯人って――」
私は、ふと思いついたことを訊いてみる。
「たぶん、怪盗貴族じゃないかな。Sマシーンを使ってるし」
祐一も私と同じことを考えてみたい。
そうだよね、やっぱり犯人は怪盗貴族さんっぽいよね。
けど、それなら何で――。
「怪盗貴族さんは図書館に何のようだったんだろう?」
「それは、取られたものを調べてみないとわからないな。それにはまず、この瓦礫をなんとかしないと」
「そうだね」
部屋の入り口には崩れた瓦礫が山積みになっていて、これ以上先に行けそうもないんだ。だからまず、これを片付けないと。
けど、これを片付けるのは大変そうだな〜。
「祐一、それに名雪――」
舞さんが男の人を二人連れてやって来た。
「舞、そちらの方は?」
「あ、私館長の日吉です」
「建物管理の土橋だ」
二人の男の人がそれぞれに名乗る。
「俺は、スウィート・シティ警察の相沢――」
「そのことは、こっちの刑事さんから窺ってます。それで、君があの名探偵水瀬名雪さんですね」
日吉さんの言葉に私は頷く。
「あの、あとでサインくれませんか?」
「え!?いいですけど……」
わぁ、サインだって。
なんか照れちゃうよ。
「えっとですねぇ、土橋さん――」
祐一が土橋さんと名乗った男の人に声をかけた。
「ん?俺か?」
「あの、入り口の管理室で管理兼守衛をしている人ですよねぇ」
「おう、そうだ。俺は毎日あそこにいるぜ」
「土橋さんは、例のSマシーンを目撃しましたか?」
「Sマシーン?あのくそでけえロボットのことか?ああ、見たぜ」
土橋さんは自分の目を指差し、この両目でしっかりと見たといって嬉しそうにくくっと笑った。
「良かったら、そのときの話、訊かせてくれませんか?」
「おう、いいぜ。そうだな。俺はそんとき、ちょうど外に出ててな。いや、ガキどもが入り口の前に集まってたむろしててな、それを追い払おうと思って外に出たんだ。やつら、どうやら夏休みの宿題の調べ物かなんかでここに来たみたいでよ。けど、うちは今日明日は蔵書点検で休みだろ。そこんとこ知らねえで来たみたいで、中に入れないんだったらさっさと帰りゃぁいいものを、入り口の辺りにたむろしてやがったんだ。それがうっとおしくてな。だから、ここでいくら待ってても無駄だぞ、さっさと帰れってガキどもに言ってやろうと外に出たんだ」
「それで、外に出たらSマシーンがいて、壁を壊してたんですか?」
「それがな、そうじゃないんだ。はじめは何もいなかった。やつはいきなり現われたんだ」
「いきなり?」
「おう、そうだ。あんとき俺は外に出た。そんときはまだロボットなんていねぇ。いるのはガキどもだけだ。だから俺はガキ共にいってやったんだ。夏休みの宿題なんぞ、9月1日にやりゃあいいんだ。だから、31日まではめいいっぱい遊べってな。そしたらガキん中に、どうしても今やりたいから開けてくれって噛み付いてくる奴がいてよ、そいつと開けろ開けねぇってちょっと言い争ったんだ。そしたら、建物の方から、こう、ぶわっと甘ったるい風が吹いてくるじゃねえか。何だ、空調機でもイカレたかって思ってそっちの方を振り向いて見りゃ――」
「Sマシーンがいたんですか?」
「そうだ、そのとおりだ。くそでけえ白色のロボットが、壁をバリバリと剥がしてたんだ」
「Sマシーンが現われる瞬間は見てないんですか?」
「見てねえなぁ。何せ、例の甘ったるい蒸気を嗅ぐまで気がつかなかったんだから」
「それまでは、全く気がつかなかったんですか?」
「ああ、そうだ」
「音とか、そういうものは?なんか、こう、どこからか何かが飛んでくるような音は?」
「音?音ねぇ……。うーん、ガキどもと言い争ってたからなあ。そんなもん気にしてなかった」
「そうですか……」
「まぁ、とにかく、奴は気付いたらそこにいたんだ。だから俺はかなり驚いた。ガキどもも同じでよ、じっとそいつを見つめてたよ。ありゃぁ、でかさは1階と同じぐれえだったかな。で、その白い奴は、ある程度壁を剥がしてから体を建物につっこんだ。そのあと何やってたかは、でけえ図体が邪魔んなってこっちからじゃよく見えなかったがな。そんで、しばらくして中から副館長どもが飛び出してきた。、やつらもボケ面して例の白い奴を見つめて動かねえんだ。まぁ、俺も動けなかったから人のことをいえねえんだがよ。そんで、どーすんだこりゃって思ったとき、いきなりそいつが飛びあがったんだ」
「やっぱり、飛んだんですか」
「ああ。空に向かって真っ直ぐに。えらい静かに飛んでった。それで――」
土橋さんがあごをさする。
「――なんか手に抱えてたかな」
「え?何か抱えてた?」
祐一が身を乗り出す。
「そうだ、何か持ってた」
「何を持ってたかわかります!?」
「なんか、黒い箱みたいなもんを持ってたなぁ。あの白いロボットがこうつかんでたから――だいたい高さ1メートルぐらいの立方体だな」
「すると、だいたいこのぐらいの大きさ――」
祐一が手で宙に形をとる。
「色は黒かったんですよね」
「そうだ。見た目、けっこう重そうだったぞ」
土橋さんが両手を広げながらいった。
Sマシーンが持っていったもの。
それっていったいなんだろう。
これくらいの大きさで、黒くて、重そうで。
にゅ?それって――。
「ねぇ、祐一。それってなんだか金庫みたいだね」
「金庫?そうだ、嬢ちゃん!金庫だよっ!」
私の言葉を聴いて、土橋さんが大声をあげた。
「今考えてみると、ありゃぁ確かに金庫だ。ん?するってえと、あの場所にあった金庫だから、あの例の7年前の事件の――」
「土橋さんっ!」
いきなり日吉さんが大声を出した。
「おっと――、そうだったな。あの件についちゃあ、タブーだったっけか」
土橋さんが片手で頭をかく。
「土橋さん、その7年前の事件って――」
「いや、刑事さんっ!何でもないですっ!」
祐一の言葉に、日吉さんが大げさに手を振りまわしながらいった。
「あ、あの刑事さん。被害状況がどうかを確認したいので、もう行っていいでしょうか?」
日吉さんが早口で祐一に詰め寄る。
「え、ああ、いいですけど――」
勢いに押されて、思わず返事をしてしまう祐一。
「いいですね。では」
呆然としている私たちを尻目に、日吉さんは土橋さんを連れて図書館の中に入っていってしまった。
「なんか、おかしな具合になってきたな」
祐一が手帳を懐にしまいながらいった。
「そうだね〜。怪盗貴族さんは何を考えてるんだろね〜」
私は崩れた壁を見つめる。
「私は土橋さんがいってた、7年前の事件が気になる……」
舞さんが腕を組みながらいった。
「7年前か――」
祐一が空を見上げた。
7年前。
それは、私にはない時間。
私の記憶は7年前から始まっている。
その前には、何もない。
いったい7年前に何があったんだろう。
土橋さんがいってた、7年前の事件が何か関係あるのかな?
『おっと――、そうだったな。あの件についちゃあ、タブーだったっけか』
タブー?
それって、触れてはいけないってこと?
7年前、この帝都で何か事件があったの?
その事と私の記憶がないのとは、何か関係があるの?
私も空を見上げてみた。
蒸気に覆われた空は、淡い水色をしている。
――私は全てになる。
ふと、どこからか、そんな声が聞こえたような気がした。
(続く)
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