流転――混沌――無常
探偵水瀬名雪
天使の歌声
sing a song
#7「遭遇、そして飛来」
「すぐに中止にしろっ!」
折原さんが、スタッフさんに怒鳴った。
あっけにとられるスタッフの人々。
ずしん。
また――振動が響いた。
「おいっ!」
折原さんに怒鳴られて、ようやくスタッフの人たちが動き出す。
だけど、歌ってる佐祐理さんや観客の人たちは、まだ誰も気付いていない――。
反対側の舞台袖から舞さんが飛び出した。
佐祐理さんがすぐに舞さんに気付く。
音楽がぴたっとやんだ。
ファンの人たちも異常に気付く。
そのとき、客席の後方で悲鳴があがった。
それはさざ波のように会場に波紋する。
ぶおおおおおっ!
機械が蒸気を吹き上げる音が公園に木霊した。
そこにいる誰もが、舞台の反対側――客席後方の暗い林を見つめた。
暗闇の中に何か光るものがあった。
唸るようなモーターの音。
ずしん、ずしんという、重いものが歩くような振動。
迫り来る圧迫感。
その緑色の鉄の巨人は、林の中からゆっくりと姿を現した。
会場は一瞬でパニックになった。
押し合いもみ合う人々。
そんなことはおかまいなしに、Sマシーンは舞台に向かって真っ直ぐに歩いてくる。
「川澄さん、ユーリをっ!」
折原さんが舞台の真ん中に立つ舞さんと佐祐理さんに叫んだ。
二人が一緒に舞台袖に引っ込む。
Sマシーンがまた一歩こちらに近づいた。
がんっ!
何かがいきなりSマシーンに体当たりをした。
ずんっという音を立てながら倒れるSマシーン。
その倒れたSマシーンの傍らに、もう一体のSマシーンが立っていた。
それは、北川君ちのSマシーン、RX−78号!
倒れたSマシーンが立ちあがる。
そこへ78号が再び体当たりをかました。
「名雪!」
誰かが私を呼んだ。
振り向くと、いつのまにかそこには祐一が立っていた。
「名雪、佐祐理さんはっ!」
「舞さんが連れてった」
「怪盗貴族が来る!舞のところへ行くぞ!」
「舞さんは、向こうに行ったよ」
「そうかっ」
祐一が反対の舞台袖へと走り出す。
私も祐一の後を追った。
走りながら横目で会場を見る。
客席には、もうほとんど人が残っていなかった。
今回の会場は前回の会場とは違って、まわりに壁がないから、みんなすぐに逃げれたみたい。
ふいに、遠くから爆音が聞こえてきた。
それはどんどん近づいくる。
私は舞台の真ん中で立ち止まって、夜の空を見上げた。
「!?」
何かが飛んでいた。
それも二つ。
それはこちらに向かって飛んで来ていた。
「祐一!」
私は視線を空に向けたまま、祐一の名を叫ぶ。
「どうした、名雪!」
祐一が引き返してくる。
「あれっ!」
私はそれを指さす。
爆音が酷くなった。
それはもう、すぐそこまで近づいて来ていた。
「空飛ぶSマシーン……」
ごーっという大音量の中、祐一がかすかにそう呟くのが聞こえた。
目の前に、赤色をした二体のSマシーンが浮いている。
その鉄の巨人たちは、背中から蒸気を噴き出しながら、ゆっくりと会場に降りてきた。
ずしーん。
着地とともに地面が揺れる。
背中の蒸気がおさまり、さっきより少し静かになった。
「全部で三体とは、こりゃたまげた……」
祐一が新手の二体をにらみつけた。
ずんっ!
会場の向こうで、緑色のSマシーンと戦っていた北川君のSマシーン―RX78号が、赤いSマシーンに向かって歩き出した。
その背後では緑色のSマシーンが寝転んでいる。どうやら、あの一体は動けなくなったみたい。
赤いSマシーンが迫り来る78号に体を向けた。
「2対1で勝てるのかな?」
私がそう思ったとき、78号が片手を真上に上げた。
拳の部分が腕に収納され、代わりにアンテナみたいのがにゅっと出てくる。
次に、アンテナがくるくるとまわりはじめた。
「なんだろう」と思った次の瞬間、舞台に設置されたスピーカーがハウリングを起こした。
私は慌てて耳を塞ぐ。
ハウリングはすぐにおさまった。
「何?」
私は傍らの祐一に訊いた。
「強制終了電波とジャマーだ!北川の最後の手段だ!」
「何それ?」
「Sマシーンは通常、外部からの電波を受けて動く。プログラムで動かすこともできるが、その場合も細かい動きをさせるには電波を使って命令する」
「それは聞いたことあるよ」
「北川は今、78号を使って、ここいら一帯に緊急停止の信号を送ったんだ!見ろ!」
祐一が赤いSマシーンを指差す。その2体のSマシーンは、いつのまにかその動きを止めていた。
「信号を受信したSマシーンは、もう一度信号を受けるまで動けなくなる。だから今度は、電波妨害電波を発信させて他の電波を妨害するんだ。それを一定の間隔で繰り返せば、この周囲ではSマシーンが稼動できなくなる」
「そんなことができるの?」
「できるらしい。といっても、俺もさっき北川に聴いたばかりなんだが――」
「そんなことができるなら、はじめからやれば良かったのに」
「それがそうもいかないんだと」
「どうして?」
「妨害電波があらゆる電波に干渉するからだ。さっきのハウリングなんかもあれの影響じゃないか?他にもたぶん、携帯用電話が使えなくなったとか、そんなこととが起きてると思う。それに、緊急停止電波が自分のSマシーンの動きも止めてしまうらしいんだ」
そういえば、赤いSマシーンだけじゃなく、北川君の78号も止まってる。
「ねぇ、自分が止まったら、電波も止まっちゃうんじゃないの?」
「あの電波を発生しているアンテナは、Sマシーンとは独立したユニットらしい。だから、Sマシーンが止まっても、ああやってずっと電波を送り続けられるんだと」
「ふーん」
私は78号の手の先を見てみる。
そこでは未だに、アンテナがぐるぐるとまわり続けていた。
「そうだ、名雪。こんなもんを見てる場合じゃない!怪盗貴族のもとへ――舞と佐祐理さんのところへ行くぞ!」
祐一が再び走り出す。
「待ってよ」
私も祐一を追いかける。
追いかけながら、祐一に疑問をぶつけた。
「ねぇ、どうして怪盗貴族さんが舞さんと佐祐理さんのところにいるってわかるの?わざわざロボットを繰り出してきたんだから、ロボットの近くにいるんじゃ……」
私の言葉に祐一も走りながら答える。
「奴がSマシーンを会場に突っ込ませたのは、何のためだと思う?」
「佐祐理さんをさらうためじゃないの?」
「違うな。Sマシーンじゃ、破壊活動はできても人さらいはできない」
「じゃあ、何で?」
「おそらく、警備を手薄にするのが目的だ。Sマシーンが破壊活動を行えば、それを無視するわけにはいかないだろ。だから警備のうち何人かが、必ずSマシーンの相手をさせられることとなる。さらに、Sマシーンの出現によってパニックになった会場の安全を確保するためにも、警備の手が割かれる」
「そっか。それで、警備が手薄になった佐祐理さんを――」
「そうだ。佐祐理さんは、今移動中だからな。狙うにはうってつけの状況だろ」
「でも祐一。舞さんと佐祐理さんがどこにいるのかわかるの?」
「ああ。そのことは舞と相談してある。何かあったら、佐祐理さんを警察署へ連れていくことにしてあるんだ」
「警察署?鍵開いてるの?だって、お母さんは今日はお昼から出張で、夜は帝都内にいないって――」
「そこらへんは大丈夫だ。秋子さんから預かったマスター・キーを舞に渡してある」
しゃべり終わったあと、祐一がスピードをあげた。
それにあわせて私もスピードをあげる。
舞台裏から公園の裏に抜ける。
そこから真っ直ぐに警察署に向かった。
警察署までは、会場からほぼまっすぐ。
距離は500メートルぐらい。
公園の敷地を抜け、警察署の前にある石畳の広場に出たところで、前方に人影を見つけた。
(続く)
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