空に揺られて
静まる星々
手を伸ばせば
私がつかまる
探偵水瀬名雪
天使の歌声
sing a song
#8「飛来、そして沈黙」
広場にいたのは、舞さんと佐祐理さんだった。
「舞っ!」
祐一が声をかける。
「それに、佐祐理さん。どうやら無事だったようだな」
ほっと胸を撫で下ろす祐一。
「さあ、署に入ろう」
そういって警察署に向かって歩き出した祐一を、舞さんが呼び止めた。
「どうした、舞」
「つけられてる――」
「えっ!?」
私と祐一は、体は動かさずに意識だけを周囲に向ける。
「俺たちがか?」
私たちだけが聴き取れるぐらいの小さな声で会話をする。
「違う。私と佐祐理がつけられた」
「はぇっ!?そうなんですか?」
驚きの声をあげる佐祐理さん。それを、祐一と舞さんが体を動かして上手く隠した。
「まけなかったのか?」
「佐祐理と一緒じゃ無理。だから、逆にここまで付けさせた」
「む、そうか。そういうことか」
祐一の言葉に舞さんが無言で頷く。
そのあと祐一は、懐から拳銃を出し、銃の先に何かをセットして、空に向かって一発パアンッと発砲した。
銃弾は光輝き、耳障りなロケット花火のような音をあげながら、ぐんぐんと天に向かって昇っていく。そして、星の空に飛びこんで、ぱーんと弾けてオレンジ色の火球となった。
小さな月が、しばらくそこで光輝く。
やがてそれは、だんだんと夜の闇へと溶け込んでいった。
今のは、ONEさんが良く使う信号弾だね。
どういう合図だろ?
祐一が信号弾を撃ってから数分後。
誰かが警察署前広場に入ってきた。
祐一と舞さんが少し緊張する。
やってきたのは、帽子を被りジャンパーを着た男の人だった。歳は私たちとそんなに変わらないぐらい。
全力で走ってきたみたいで、ぜえぜえと肩で息をしている。
「あ、あの……、なんかあったんすか……。集合の合図があったみたいなんですけど……」
苦しそうに言葉を吐き出す男の人。
その人に向かって、祐一と舞さんがいきなり各々の武器を突き出した。
「きゃっ!」
佐祐理さんが思わず声をあげる。
「な、なんすか……」
冷や汗をかく男の人。
「あやしい奴……」
「あ、あやしいものじゃないっす。自分は、ONE綜合警備保障の……」
全部を聴く前に、祐一が引き金をガチャリとひいた。
男の人が生唾を飲み込む。
「ひっかかったな。ONEの連中はな、今日は今の信号弾見ても、この広場には入ってこないんだよ」
「え、そ、そうなんですか!?自分はその事を聴いてないっす――」
「おまけにな、ONEは所長の浩平以外は、み〜んな女の子なんだよっ!」
いきなり、祐一が空いている方の手を伸ばした。
それより一瞬早く、男の人が身を低くしながら後ろに飛びずさる。
舞さんが抜刀する。
男の人が何かを佐祐理さんに投げつける。
舞さんがそれを剣で受け止める。
その隙に、男の人は私たちから少し距離をとった。
舞さんの足元には、男の人が被っていた帽子が真っ二つになって落ちていた。
「ふっ、まさか帝都警察がこんなにやるとは思ってなかったよ」
男の人の口調が変わる。
「探偵貴族――」
祐一が呟く。
それを聴いた男の人は、にぃと口の端を持ち上げた。
この人が、女の敵、怪盗貴族さん!?
ちゃりっ
舞さんが剣を構える。
それを祐一が片手で制した。
「大丈夫だ、舞。この広場に入った時点で俺たちの勝ちだ。舞は佐祐理さんと署の中に入っててくれ」
舞さんはコクリと頷いてから、佐祐理さんを連れて警察署へと向かった。
「君たちの勝ちだと?」
怪盗貴族さんが眉をひそめる。
「そうさ。おまえはここで捕まってジ・エンドだ」
祐一が一歩詰め寄る。
「それは違うな。確かに今日は、倉田さんをさらうことはできないだろう。しかしね、君たちから逃げることぐらいは可能だよ。勝ちはしないが負けもしない。さしずめ、いたみ分けってところだな」
「それはどうかな?」
祐一が不敵に笑う。
「この警察署前の広場はな、回りに開け放たれているように見えて、実は出口は6個所に限定されているんだ」
「ほぅ……。それで」
「今、その6箇所の出口は全てONEの手によって封鎖されている。さっき俺があげた信号弾は、ここに集合の合図じゃない。ここを封鎖する合図だったのさ」
「ふんっ、そんなこと……」
怪盗貴族さんがくくっと笑う。
「それで僕をはめたつもりか?ふんっ。出口がない?それなら作ればいいのさっ!」
怪盗貴族さんがポケットから機械を取り出す。そしてそのスイッチをカチッと押した。
「僕が用意したSマシーンが3体だけだと思ったのか?愚かな。この付近一帯に隠してあるに決まってるだろ。いくら人数を集めた所で、僕のSマシーンには勝てないんだよっ!」
怪盗貴族さんがたからかに笑う。
しばらくは気持ちよさそうに笑っていた怪盗貴族さんだったけど、だんだんとその勢いが衰えてきた。
「あれっ?おかしいな。もうそろそろ来てもいいころだが……」
怪盗貴族さんが不安そうに辺りをキョロキョロと見まわす。
「遅い。いくら何でも遅すぎる」
「ふっふっふっ……」
「な、何がおかしい」
「いくら待っても無駄さ。ここいら一帯の電波は封じさせてもらった」
「なっ――!まさか、ジャミングかっ!」
怪盗貴族さんがポケットからお菓子の箱ぐらいの機械を取り出す。その小さな機械を耳にあてた後、ちっと舌打ちをしてその機械を地面に投げ捨てた。
そのまましばらく無言で祐一の顔を見つめる。
すると、怪盗貴族さんはいきなり体を翻し、広場の出口に向かってやにわに走り出した。
「あ、逃げたよ、祐一」
「大丈夫だ、名雪。ここはもう封鎖されているんだ」
祐一がゆっくりと怪盗貴族さんの後を追う。
「それにしても、よりによって、あっちに逃げるとはなぁ」
祐一が苦笑する。
何が「よりによって」なのかなぁ〜、って思ってたら、前方から「きぇーっ!」という声が聞えてきた。
今の力強い声、もしかして、女の人の声?
しばらく歩くと広場の入り口が見えてくる。
そこには、仁王立ちの青い髪の女の子と、顔を真っ赤にはらしてひっくり返っている怪盗貴族さんの姿があった。
うにゅ〜。
いったい何があったんだろう?
私たちが怪盗貴族さんを縛りあげた頃、他のONEの人たちがこの場所に集まってきた。
怪盗貴族さんが完全に目をまわしてるのを確認したあと、祐一が信号弾で呼び集めたんだよ。
集まった女の子たち――ONEは浩平さん以外はみんな女の子なんだ――に、ここを守っていた女の子、七瀬留美さんが武勇伝を聴かせていた。
「それでさ、そのうらなり男が私の顔を見るなり、いきなり殴りかかってきたのよ。これは乙女のピンチだと思ったわ。それで、怖くなった私はきゃ〜って思わず拳を出しちゃったのよ」
七瀬さんがパンチのモーションをする。その動きは、空手の正拳突のそれであり、素振りにもかかわらず周囲の空気が震えた。
だお。
あのパンチで怪盗貴族さんはKOされたんだ……。
「これで怪盗貴族の事件も解決だ」
祐一が縄の端を感慨深げにぎゅっと握った。
「警察、この頃調子いいじゃないか」
折原さんが祐一の肩を叩く。
「優秀な警察官がいるからな」
祐一が得意げにいう。
「そうか。川澄さんはそんなに優秀なのか。ONEで引き抜くかな?」
「優秀なのは俺だ、浩平」
祐一と折原さんが嬉しそうに笑う。
事件が解決したあとの、なんともいえない清々しさと喜びを誰もが感じていたとき、ONEのみさき先輩が「あれっ?」と声を出した。
「ん、どうしたんだ?先輩」
「あのね、浩平君。おかしいんだよ」
「おかしいって、そういえばさっきもそんなこと言ってたよな。いったい何がおかしいんだ?」
「えっとね、よくわからないんだけど――」
みさき先輩が広場の奥を指差す。
「あっちの方が……」
みさき先輩が指差した方向。
ここからじゃ見えないけど、あっちにはスウィート・シティ警察署がある。
そこには今、避難した佐祐理さんと、佐祐理さんをガードしてる舞さんがいるはず――。
「よくわからないって、別に、変な音がしたりはしないぞ」
折原さんが耳に手をあてる。
「そうなんだよ。別に、変な音がするわけじゃないんだよ。音が……?音――!?」
みさき先輩がそこで押し黙る。
そして、さっき指差した方向――警察署のある方向をじっと見つめた。
いや、みさき先輩は目が見えないから、その方向に警察署があるかどうかはわからないはず。
にもかかわらず、みさき先輩の視線は、真っ直ぐに警察署のある方向へ向いていた。
「音が――」
「音?音がどうした?」
「ない。音がないよ。あっちの方向だけ、不自然に音がしないんだよ」
「音がない?」
浩平さんがみさき先輩の視線の先に目をやる。
私や祐一もその視線を追う。
ONEの人たちもその方向を見る。
そうやって誰もが警察署の方を向いたとき、いきなり時が止まった。
(続く)
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